DESIGNER-STUDY · 2026-06-27

Maddy Thorson の哲学 — 難しいまま、優しくする

TowerFall / Celeste と、見えない優しさの設計

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はじめに

Maddy Thorson は、カナダ出身のインディー開発者で、4人で殴り合う弓のローカル対戦『TowerFall』(2013)と、雪山を登る高難度プラットフォーマー『Celeste』(2018)で知られる人物だ。『Celeste』は「死にゲー」でありながら「優しい」と評され、入力補助の Assist Mode を含むアクセシビリティ設計でも繰り返し語られてきた。パズルそのものの作家ではないが、画面単位で問題を組み立て、難しさと親切さを両立させるその設計論は、パズル設計を考える上でも参照する価値が高い。

私(Kizuki)がこの人物に惹かれるのは、彼女が「難しさ」と「優しさ」を対立させずに同居させようとし続けている点だ。インタビューやブログを並べると、彼女のこだわりは一貫して「プレイヤーをこっそり助ける」ことに向いている。本稿では作品の攻略ではなく、Maddy Thorson という設計者そのものを——哲学・こだわり・失敗と乗り越え方・ジレンマ・影響源——本人の発言を引きながら考察する。なお 2018 年以前の媒体では旧名で表記されているが、本稿では一貫して Maddy / 彼女と記す。

経歴 — フリーゲームから雪山まで

Thorson はもともと『Jumper』『An Untitled Story』『Give Up, Robot』といったフリー/Flash 系の作品を長く作っていた開発者で、商業デビューは『TowerFall』だった。『TowerFall』は 2013 年に Android ベースの小型機 Ouya で発売され、のちに PC・PS4 版『TowerFall Ascension』、拡張「Dark World」、Switch 版へと広がった(Rolling Stone, 2024)。彼女自身は最小構成の Switch 版を決定版と呼んでいる。

次作『Celeste』は Noel Berry との共作で 2018 年に発売され、その年の多くのベスト級リストに名を連ねた。主人公マデリンが雪山を登りながら自分の不安と向き合う物語は、開発者自身の経験と重なっていく。Thorson は 2020 年に自身がトランス女性であることを公にし、Rolling Stone は『Celeste』が「彼女が自分を女性だと気づく上で果たした役割」について彼女が率直に語ってきたと伝えている(Rolling Stone, 2024)。現在はスタジオ Extremely OK Games(EXOK)を率いている。

哲学 — 難しいまま、優しくする

複数の発言を横断して最も一貫しているのは、「難しさを下げずに優しくする」という姿勢だ。『Celeste』の Assist Mode について彼女はこう語る。「In Celeste, we try to gently push the player to do things that they thought was impossible for them」——プレイヤーが自分には無理だと思っていたことへ、そっと背中を押す(Vice, 2018)。難しさは罰ではなく、できるようになるための装置だという立場である。

目的もはっきりしている。「We want people to come out of this game feeling capable and powerful, so that means we have to teach them, challenge them, and support them through the failures along the way」——プレイヤーに「できる」「強い」という感覚を持って帰ってほしい、だから教え、挑ませ、失敗の途中で支える、と(Vice, 2018)。挑戦と支援を別物にせず、一続きの設計として扱っているのが彼女の核だと読める。

こだわり — プレイヤー側に「少しだけ」傾ける

彼女の設計で繰り返し現れるのが、操作感をプレイヤー有利に「ほんの少し」ごまかす手癖だ。本人がまとめた『Celeste & Forgiveness』では、崖を離れた直後でも跳べる猶予(コヨーテタイム)、着地直前の入力先行(ジャンプバッファ)、頭をぶつけた時に角を回り込ませる補正、壁ジャンプの猶予拡大、スタミナの払い戻しなどを列挙し、こう締める。「All are centered around widening timing/positioning windows, so that everything is fudged a tiny bit in the player's favor」(Celeste & Forgiveness, 2020)。

そして「I think this is a big reason why Celeste can feel kind even though it's very difficult — it wants you to succeed」——これこそ、難しいのに優しく感じる大きな理由であり、ゲームの側がプレイヤーに成功してほしがっている、と書く(Celeste & Forgiveness, 2020)。同記事で彼女は「I don't think we invented any of these」とも断っており、発明者を気取らず、既存の技を丁寧に積む職人気質がうかがえる。

もう一つのこだわりは「動詞を絞る」ことだ。『TowerFall』は撃つ・跳ぶ・ダッシュだけ、『Celeste』も移動・ジャンプ・ダッシュ・登りに集約される。『TowerFall』ではキャラ性能を全員同一にし、差を付けなかった点について「I felt like I had to make it as simple as possible」と語っている(Rolling Stone, 2024)。少ない語彙で深い局面を作る——パズル設計に通じる発想だと整理できる。

失敗と乗り越え方 — 「面白い方」を選び直す

彼女が公に語る最大の方向転換は『TowerFall』だ。「At the very start, it was going to be single-player ... but it just wasn't working. And then I prototyped the multiplayer and, immediately, that was fun ... I was like 'screw the single-player.'」——当初は一人用の塔登りローグライク的な企画だったが上手くいかず、対戦版を試したら即座に面白かったので一人用を捨てた、と(Rolling Stone, 2024)。

対戦に振るのは商業的には怖い選択だった。「It seemed like a really dumb idea, but it wasn't up to me. [That] was what was fun about the game, and it felt like a waste to shelve it」と振り返る(Rolling Stone, 2024)。売りやすさより「面白さの所在」に従った判断であり、失敗した初期案を握り続けず、機能した部分へ素早く乗り換える身軽さが見える。

もう一つは Assist Mode の命名だ。当初は「Cheat Mode(チート)」だったが、それが「judgmental(裁いている感じ)」に思えた。「That judgmental feeling really was what drove us to continue workshopping the name ... we eventually landed on Assist Mode」と語る(Vice, 2018)。自分の言葉がプレイヤーをどう感じさせるかに気づき、名前と説明文を何度も練り直した——小さな失敗の自己修正である。

ジレンマ — 作家の意図と、手放すこと

彼女が最もはっきり言葉にした葛藤は、作家の意図とプレイヤーの自由の衝突だ。Assist Mode について「From my perspective as the game's designer, Assist Mode breaks the game. I spent many hours fine-tuning the difficulty of Celeste, so it's easy for me to feel precious about my designs. But ultimately, we want to empower the player and give them a good experience, and sometimes that means letting go」——設計者の立場ではこれはゲームを壊す機能だが、最終的にはプレイヤーを力づけたい、だから時に手放す、と(Vice, 2018)。

その上で、押し付けにならない言い回しを探し続けた。「The goal is a fluid experience where players are safe to float around between loosely-defined difficulty levels as suits them, without judgement or implication that they aren't playing the game 'as intended.'」(Vice, 2018)。難易度の境界をゆるく保ち、「本来の遊び方」から外れているという含みを与えない——意図と自由のあいだで、彼女は「裁かないこと」を解に選んだと読める。

もう一つの葛藤は、作ることへの没入と持続可能性だ。初期の制作を振り返り「I just have to finish this game, and then I can die」という思いが何度もよぎったと述べ、それを今は「terrible(ひどい)」と評する。一方で「there's something nice about that, even though it was not a sustainable lifestyle」とも言い、献身の尊さと不健全さの両方を手放さずに語っている(Rolling Stone, 2024)。

影響源 — 任天堂、岩壁、共同生活

本人が認める影響源は具体的だ。『TowerFall』について彼女は『Super Smash Bros.』の「rip-off(丸パクリ)」だと率直に呼んでいる(Rolling Stone, 2024)。Assist Mode の発想は、難度が議論を呼んだ『Cuphead』周辺の会話を注視する中から生まれたもので、より良いアクセシビリティの形を探る試みだった(Vice, 2018)。

『Celeste』の面単位の設計には、現実のロッククライミングからの示唆がある。GDC 2017 の講演「Level Design Workshop: Designing 'Celeste'」で、彼女は岩登りの発想や、面に物語的な起伏(導入・緊張・山場・解決)を持たせる考え方、暗黙のうちに教える設計などを論じている(GDC Vault, 2017 / YouTube)。

そして見落とせないのが生活そのものだ。『TowerFall』期は共同生活でパーティが絶えず、「Did TowerFall make me have all those parties ... or was it the other way around?」と語るほど制作と社交が地続きだった(Rolling Stone, 2024)。一方『Celeste』とマデリンは、自身を見つめ直す個人的な経験と分かちがたく結びついている。

Kizuki の読み

ここからは私 Kizuki の解釈だ。Maddy Thorson の設計を貫くのは「自分を名乗らない優しさ」だと私は読む。コヨーテタイムも角の補正も、プレイヤーには見えない。Assist Mode も「裁かない」言葉でそっと差し出される。彼女自身が「I don't think we invented any of these」と言うように、誇示ではなく、気づかれないところで効く配慮こそが彼女の作家性だと整理できる。

そして私は、『TowerFall』と『Celeste』を正反対の作品ではなく、同じ衝動が二方向を向いたものだと読む。彼女自身、前者を「bring people together」、後者を「a poem or a short story」「the main event itself」と対比している(Rolling Stone, 2024)。人と人をつなぐことと、一人が自分と向き合うこと——どちらも「相手を力づける」という同じケアの設計だ。最後に一つだけ指摘しておきたい矛盾がある。自己への赦しを描いた『Celeste』を、彼女は「終わらせたら死んでもいい」と思うほど自分を追い込んで作った(Rolling Stone, 2024)。作品が説くものと、作り方とのこの落差にこそ、私はこの作家の切実さを見る。

おわりに — どこから触れるか

彼女を理解するなら、まず『Celeste』を Assist Mode を使わずに数面だけ進め、次にブログ『Celeste & Forgiveness』を読むのがいい。手応えと、その裏で働く目に見えない優しさを、順番に体験できる。友人が集まる日があれば『TowerFall』を出してみてほしい。同じ作者の「人をつなぐ」側の顔がよく分かる。

難しさと親切さの両立というテーマでは、当サイトで扱った他の作家も補助線になる。説明しない設計の Stephen Lavelle、「考える」を名付けた Alan Hazelden、信頼を土台に置く Jeppe Carlsen——彼らとの差分を見比べると、Thorson の「裁かない優しさ」の輪郭がいっそう際立つだろう。

参考文献

本記事で参照した一次資料:

・GDC 2017: Level Design Workshop — Designing 'Celeste'(本人講演) / YouTube 版

・Vice (Waypoint) — Why The Very Hard 'Celeste' is Perfectly Fine With You Breaking Its Rules(本人メール取材) 2018年2月

・本人ブログ "Celeste & Forgiveness"(元は 2020-03-12 の Twitter スレッド/個人サイトに保存) / Medium 版

・Rolling Stone — Why Maddy Thorson Could Never Make a Sequel to 'TowerFall'(本人取材) 2024年3月

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