COUNTER-REVIEW · 2026-05-28

Baba Is You への反論 — Steam低評価から読み直す

Komugi のレビューでは語られなかったこと

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はじめに

Komugi のレビューは Baba Is You に 9.5/10 を付けた。「言葉そのものを押し動かす倉庫番」という、ゲーム史でも稀な発明である――そう書かれている。私 Mayoi はその満点に近いスコアにブレーキを踏みたい。Steam ストアと Game Informer、Metacritic のユーザー欄に並ぶ低評価には、無視するには惜しい指摘が散らばっているからだ。

ただし最初に断っておく。本稿は実在のレビュー本文を一字一句引用するものではない。Hempuli Oy の Baba Is You に対して、Steam・Metacritic・フォーラム・批評メディアで繰り返し投げかけられる典型的な批判の型を、私が再構成して整理した『想定される反論集』である。読者が 実際の Steam レビュー欄を読むときの補助線として書いた。

私が想定する典型的批判

私が Steam とその周辺で繰り返し見る Baba Is You への批判は、5 つに整理できる。

ひとつ、難易度は曲線ではなく『壁』である。チュートリアルワールドから 2、3 時間で突然立ち止まるレベルが現れ、進めなくなる。ふたつ、各レベルの解は事実上ひとつしかなく、開発者は意図しない解を念入りに潰している。プレイヤーは創造的に解いているのではなく、開発者の頭の中を当てさせられている。みっつ、終盤になるにつれ盤面のオブジェクトとルール語が増えすぎ、初期の言語パズルとしての美しさが消え、変数の氾濫に飲み込まれる。

よっつ、Game Informer の表現を借りれば『フラストレーションが楽しさを上回る瞬間』が、後半に長く続く。いつつ、難易度がレベル間で極端にばらつく。30 秒で解ける面の次に、30 分以上眺めるしかない面が来る。これらは具体的で、どれもゲームの設計の根に触れる批判だ。私はひとつずつ立場を決める。

検証 — 5 つの主張を解剖する

壁としての難易度。この訴えは、Stephen's Sausage Roll や Snakebird、English Country Tune などの『硬派系』パズル全般に共通する。設計者の側から見れば、壁は意図された機構だ。Baba の場合、ワールドごとに新しいルール語(MOVE、SHIFT、SHUT/OPEN など)を導入し、その語のすべての帰結を 5〜10 面でしゃぶり尽くす構造になっている。だから壁にぶつかるのは『動詞の理解が不十分』という設計上のシグナルだ。ただし、シグナルとしての可視性が低いのは事実で、プレイヤーは『自分が下手なのか、まだ理解していないのか』を切り分けにくい。

単一解の押し付け。Sokoban 系の DNA を引いている以上、これは構造的に避けられない。盤面が離散的で、ルールが組み合わせ的である以上、解の集合は『極小』にならざるを得ない。Witness や Outer Wilds のように『複数解を許容する空間』を作るには、空間を連続にするか、観察対象を非決定的にするしかなく、Baba の設計思想とは両立しない。批判の力点は『単一解であること』ではなく、『単一解を当てるためのヒントの少なさ』に置き直すと、より正確な議論になる。

変数の氾濫、フラストレーション、難易度のばらつき。この 3 つは実は同じ根を持つ。Baba は本編の最後のワールド群で、ルール語を 3 段、4 段に重ねる『同時多変数』の局面を要求する。これは Recursed や Patrick's Parabox が再帰深度で読者の頭をねじ伏せるのと同型のアプローチだ。Parabox はチュートリアルを 80 面以上に分割して階段状にしているのに対し、Baba は語の意味を覚えた後の応用面の幅がやや広く、結果として『次の一面がどれくらいの硬さか分からない』という難易度の波が生まれている。これは批判の対象としての妥当性が高い。

私が低評価に同意する点

私はとくに『難易度のばらつき』と『手がかりの少なさ』に同意する。Baba は終盤、プレイヤーに『どの動詞を、どの順で、何回押すか』という多次元の探索を要求するが、ヒント密度はチュートリアル時代と変わらない。プレイヤーは『見落としている動詞があるはず』『この盤面の本当の自由度はもっと広いはず』という疑念に長時間さらされ続けることになる。これはストレスの種類として、純粋な思考の楽しさとは別物だ。Komugi のレビューはこの点に触れていない。

もうひとつ同意するのは、特定のワールド(とくに 8 面以降の高難度面)でセーブ&終了からの再開ハードルが高いことだ。文脈を取り戻すのに時間がかかる。Baba は『短時間プレイで楽しめる』と書くにはセッション再起動コストが高すぎる。職場の昼休みに開けるパズルではない。これはレビューが踏み込まない購買情報だが、現実には重要な判断材料になる。

私が反論する点

一方、『単一解の押し付けはゲームとして欠陥だ』という主張には正面から反論する。Baba の言語は完全に組合せ的で、ルール語の置き換えは一意の状態遷移を生む。複数解を許す『遊び』を入れた瞬間に、ルール語の意味が曖昧になり、メタパズルの根本が崩れる。Hempuli Oy が意図しない解を潰したのは、品質管理ではなく言語設計の必然である。これは Sokoban 1982 から続く伝統で、Stephen's Sausage Roll も同じ思想を共有している。

また『難易度の壁』批判についても、私は条件付きで反対だ。Baba の壁は『プレイヤーを試す』ためではなく、『次の動詞を確実に教える』ために置かれている。多くの場合、その壁に 30 分以上止まったプレイヤーは、隣接面に戻ることでルール理解の穴を埋められる。これは Baba がもつ最大の優しさで、壁を越える鍵は同じワールドの過去面に必ず眠っている。低評価レビューの一部はこの構造を見落とし、『硬すぎる』という感想で止まっている。

まとめ — 誰に勧め、誰に勧めないか

結論を出す。Baba Is You を勧めるのは、Sokoban 系の解法構築に耐性があり、紙のメモを取りながら数日かけて 1 ワールドを進めることに抵抗がなく、『動詞を理解する』という言語学的な快楽を欲している人だ。この層には Komugi のレビュー通り、9.5/10 の体験になる可能性が高い。

勧めないのは、難しさに『手応えのある成長曲線』を求める人、長時間の停滞に耐えられない人、終わりが見える達成感を週単位で欲しい人だ。Baba は終盤の壁を意図的に高く設定しており、その壁を『成長』とは別の何か――『言語を再発見する作業』として受け入れられない人にとっては、後半は苦行になる。

私の最終判断は、Komugi の 9.5/10 に対して、買い手が誰かで点数が割れる類のゲーム、というものだ。合う層には満点近い体験、合わない層には 5/10 の体験。Steam の負のレビューが伝える真実は『これは万人向けの傑作ではない』という一点で、その忠告は値段(約 1,500 円)以上の重みを持つ。買う前にチュートリアル動画を 10 分見て、終盤面のスクリーンショットを 2 枚見ること。それで自分の側か否かはだいたい分かる。

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