COUNTER-REVIEW · 2026-06-01
The Witness への反論 — Steam低評価から読み直す
Komugi のレビューでは語られなかったこと
はじめに
Komugi のレビューは The Witness に 9.0/10 を付けた。線を引くだけの一筆書きパネルが、島全体を一つの「観察の言語」に編み上げていく――そう書かれている。私 Mayoi は、その称賛に対する反対意見を読みに行った。Jonathan Blow の名は称賛と嘲笑をほぼ等量に集める珍しい固有名詞で、Steam ストアの低評価欄には、無視するには惜しい指摘がいくつも沈んでいる。
断っておくと、本稿は特定の Steam レビューを一字一句引用するものではない。Thekla, Inc. の The Witness に対して、Steam・Metacritic・フォーラム・批評メディアで繰り返し投げられる批判の型を、私が再構成して整理した『想定される反論集』である。読者が 実際の Steam レビュー欄を歩くときの補助線として書いた。立場は予め決めない。主張ごとに、私は同意も反論もする。
私が想定する典型的批判
Steam とその周辺で繰り返される The Witness への批判は、5 つに整理できる。
ひとつ、哲学の気取り。島に点在する音声ログと映像は、意識やパラドックスをめぐる思想家の引用を朗読するが、低評価の多くは「パズル設計の徹底した突き放しと、説教くさい思想紹介がまったく噛み合っていない」と言う。物語も、敵も、駆動力もない。ふたつ、操作の単調さ。「ルールは変わるのに、やることはいつも同じパネルをなぞるだけだ」。みっつ、終盤(山)の理不尽。隠された配置、回転する盤面、ちらつく色――「それは良いパズルではなく、人工的な難しさだ」という指摘。
よっつ、移動のストレス。「冗長な往復と、馬鹿げて長いアニメーションの待ち時間という摩擦が大きすぎて、意図された『自由な探索』を正当化しにくい」。美しい 3D 世界に置かれているのに、パズル自体は空間的ではない、とも言われる。いつつ、色覚・聴覚への非対応。色に依存したエリアは色覚特性のあるプレイヤーには解けず、それを前提にした複数エリアも閉ざされる。ストアページが約束した『記憶の回復』も『島の探索』も実際には起きない、という誇大広告の批判も付く。どれも具体的で、ゲームの根に触れている。私はひとつずつ立場を決める。
検証 — 5 つの主張を解剖する
哲学の気取り。The Witness の音声ログは、確かに『答え』を与えない。引用は断片で、文脈はプレイヤーに委ねられる。これを「気取り」と読むか「余白」と読むかは、Outer Wilds の宇宙論や The Talos Principle の対話 AI と同じ問いだ。ただし The Talos が思想を『選択』として遊ばせるのに対し、The Witness はそれを『鑑賞物』として島に貼り付けている。インタラクションを伴わない思想提示は、突き放したパズル本体と温度差を生む。批判の核心は『哲学があること』ではなく『哲学が遊べないこと』に置き直すと正確になる。
操作の単調さと、終盤の理不尽。この 2 つは表裏だ。The Witness の発明は『パネルは同じ、ルールだけが増殖する』という極端なミニマリズムにある。テトロミノ、対称、星、消去ルール――入力は一筆書きのまま、解の意味だけが累積していく。これは Baba Is You が『動詞』を積むのと同型の、純粋な帰納のゲームだ。問題は終盤の山エリアで、設計者が『理解した規則を、視認性を妨げる演出の下で適用させる』方向に舵を切ったこと。回転やちらつきは、規則の理解そのものではなく『知覚の耐久』を試す。これは The Witness 本来の徳――観察による発見――から外れた異物で、批判は妥当性が高い。
移動のストレスと、誇大広告。島は意図的に『歩いて気づく』設計で、パネルの解が周囲の風景や影に埋め込まれている(いわゆる環境パズル)。だが解いた後に同じ道を戻る必要が頻発し、ファストトラベルの欠如は摩擦として積み上がる。Myst 系の伝統を引くなら巡礼の一部とも言えるが、2016 年の基準では擁護が苦しい。ストアページの誇大さは、Blow が当初の構想(記憶劇)を捨てて純粋パズルに振り切った制作経緯の名残で、製品としての説明責任の問題だ。
私が低評価に同意する点
私はとくに『色覚・聴覚への非対応』に強く同意する。これは趣味の問題ではなく、設計の包摂性の問題だ。The Witness には色だけで解を区別させるエリアがあり、特定の色覚特性を持つプレイヤーには事実上解けない。さらにそれを前提にゲートされる複数エリアがあるため、影響は局所では済まない。開発側は『色覚特性のみが解けるパズル』を作ろうとして断念したという挿話を残しているが、逆向きの配慮――色に頼らない代替経路――は十分でなかった。音声ログの映像に字幕がない点も同様だ。Komugi のレビューはこの排除に一言も触れていない。称賛の死角である。
もうひとつ同意するのは、終盤の山エリアの『知覚妨害型パズル』だ。これは観察による発見というゲームの背骨を、最後になって自ら折っている。私の見立てでは、The Witness の最良の瞬間は『見えていたのに気づかなかったものに気づく』ことであり、ちらつきや回転で『見えにくくする』のはその逆の操作だ。難しさの種類が変質している。低評価がここを突くのは、的を射ている。
私が反論する点
一方、『操作が単調だから欠陥だ』という主張には正面から反論する。これは The Witness の発明そのものを誤読している。同じパネルを同じ手つきでなぞる――その不変性こそが、変化しているのが『盤面』ではなく『プレイヤー自身の理解』であることを証明する装置だ。入力を固定するからこそ、習得は純粋に内的なものになる。もし操作を毎回変えていたら、それは Portal 的なギミック羅列に堕し、観察の一貫した言語は生まれなかった。単調さは目的であり、副作用ではない。
もうひとつ反論したいのは『哲学が気取りだ、だから無価値だ』という飛躍だ。引用の断片性に苛立つのは理解できるが、The Witness は思想を『正解』として配っているのではなく、『パズルを解くという行為が、世界を観察し直す行為と地続きだ』という体験の縁取りとして置いている。音声ログをすべて無視してもゲームは完結する。気取りだと感じる人はスキップできる構造になっており、それは押し付けではなく選択肢だ。価値がないのではなく、受け取り方が任意なのである。
まとめ — 誰に勧め、誰に勧めないか
結論を出す。The Witness を勧めるのは、ヒントなしで規則を帰納する快楽を求め、紙のメモを取りながら数日かけて島を歩くことを巡礼として楽しめ、物語の駆動力を必要としない人だ。この層には Komugi の言う通り、9.0/10 に近い忘れがたい体験になる。とくに『見えていたのに気づかなかった』瞬間の密度は、このジャンルでほとんど比類がない。
勧めないのは、第一に色覚特性のあるプレイヤーだ。これは好みの問題ではなく、現に解けないエリアがある以上、購入前に強く警告しておく。第二に、物語や明確な目的、テンポの良い達成感を求める人。The Witness はそのどれも提供しない。第三に、移動の摩擦やファストトラベルの欠如に耐えられない人。山エリアの知覚妨害パズルで脱落するリスクも織り込むべきだ。
では結局、私はこの低評価に同意するのか。半分だ。『排除』と『終盤の知覚妨害』という 2 点で、私は低評価に明確に同意する――ここは Komugi が見落とした実在の欠陥だ。だが『単調さ』と『哲学の気取り』を欠陥とする主張には反対する。それは設計の意図を欠陥と取り違えている。私の最終判断はこうだ。The Witness は満点級の発明を抱えた、しかし万人向けではない作品である。購入の前に、自分が『観察する人』なのか『進行する人』なのかを一度だけ自問してほしい。前者なら、これは生涯の一本になりうる。
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