DESIGNER-STUDY · 2026-07-03

Zach Barth の哲学 — 解ではなく、正直な問題を置いていく

SpaceChem / Opus Magnum と Zachtronics のエンジニアリング・パズル

はじめに

Zach Barth(ザック・バース)は、アメリカ・ワシントン州を拠点にしていたインディースタジオ Zachtronics の創業者にして中心設計者である。『SpaceChem』(2011)、『Infinifactory』(2015)、『TIS-100』(2015)、『SHENZHEN I/O』(2016)、『Opus Magnum』(2017)——彼が作ってきたのは、与えられた解を探すのではなく、プレイヤー自身が機械や回路や工程を「組み立てる」タイプの、いわゆるエンジニアリング・パズルだ。日本のパズル好きにも Zachtronics の名は届いているが、作者本人の言葉に触れた人はまだ多くないだろう。

私が今この人物を取り上げるのは、2026年に『Opus Magnum』の新DLCが突如発表され、一度「終わった」はずのスタジオがふたたび動き出したからだ(Wikipedia: Zachtronics ↗)。区切りがついたと思われた作家の輪郭を、本人が公に残した文章と発言だけを頼りに、もう一度なぞってみたい。作品紹介ではない。人物そのものへの考察である。

経歴 — 無料の実験から商業スタジオへ

Barth はレンセラー工科大学(RPI)でコンピュータ・システム工学と計算機科学を学び、在学中には障害のあるプレイヤー向けの学習ゲーム『Capable Shopper』(2008) を制作するプロジェクトの中心にいた(Wikipedia ↗)。卒業後、彼は自身のサイト Zachtronics Industries で無料のブラウザゲームを次々に公開する。そのひとつ『Infiniminer』(2009) は、のちに『Minecraft』の作者マルクス・ペルソンに着想を与えたことで知られる。

商業への転機は『The Codex of Alchemical Engineering』への好反応だった。それを土台に生まれたのが、初の商用作『SpaceChem』(2011) である。彼はこのために Zachtronics LLC を立ち上げた。だが道は一本調子ではない。次に出したカードゲーム寄りの『Ironclad Tactics』(2013) は『SpaceChem』ほど振るわず、彼は「自分にはパズルゲームの市場のほうがある」と悟って再びエンジニアリング・パズルへ回帰する(Wikipedia ↗)。

2015年には一時 Valve に加わり SteamVR に携わるが、10か月ほどで離れる。経営の重圧からスタジオ閉鎖を考えていた時期に、Alliance Media Holdings が買収と出版の肩代わりを申し出、Barth は創作上の主導権を保ったまま『SHENZHEN I/O』『Opus Magnum』『Exapunks』を送り出した。2019年には設計資料集『Zach-Like』を無料公開し、教育機関に自作を無償提供する Zachademics も始めている。そして2022年の『Last Call BBS』を最後に、Zachtronics は幕を下ろした。

哲学 — 「物語をゲームプレイそのものにする」

Barth の発言を横断して最もはっきり浮かぶのは、抽象的な仕組みと、それが語る意味とを一致させようとする執念だ。2017年の対談で彼は、ゲームプレイと物語が乖離する「ルド・ナラティブ・ディソナンス」を「いつも背中に張りついている悪魔」と呼び、こう言い切っている。「ルド・ナラティブ・ディソナンスを避ける方法は、物語をゲームプレイそのものにしてしまうことだと思う」(Gamasutra 2017 ↗)。インターフェースを扱うゲームなら、物語もインターフェースについてでなければならない——彼の作品が題材(化学、回路、アセンブリ言語)と操作を分かちがたく結ぶのは、この信念の帰結だと私は読む。

もうひとつの柱は「本当に何かをしている」感覚への信頼である。偽の進行や資源採掘のような仕掛けを彼は嫌い、対談では「こういうのには本当にこれっぽっちも興味がない。全部インチキだ」と吐き捨てた。対して自作についてはこう語る。「僕にとって本当に惹かれるのは、正直に何かをやっているゲームを作ることなんだ。(中略)本当にシステムを学んで、それをどう使うかを覚えなきゃいけない」。そして「ゲームがリアルになれる、たぶんいちばん近いところだ」と(Gamasutra 2017 ↗)。技巧ではなく習熟を、飾りではなく手応えを——彼の設計思想はここに根を張っている。

こだわり — 解を知らずに問題を作り、優劣は棒グラフに委ねる

Barth の作品を貫く第一のこだわりは「開いた解(open-ended puzzles)」である。『SpaceChem』のポストモーテムで彼は、これを「間違いなく最大の成功」と呼び、その作り方を明かした。「僕たちはほとんどのパズルを、それがどう解かれうるかを知らないまま設計できた」。求める出力さえ作れれば正解、という枠組みだから、設計者は解と問題を同時に考える鶏と卵の悩みを避けられる。副産物として、パズルは「エンジニアや設計者が現実で直面する問題」に似てくる、と彼は書く(SpaceChem Postmortem 2012 ↗)。

第二のこだわりは、優劣の見せ方だ。彼はグローバルなランキング表を退け、代わりに自分の解が全体の分布のどこにあるかを示す「ヒストグラム(棒グラフ)」を採用した。理由を彼はこう説明する。ランキングは不正の温床であり、しかも多くのプレイヤーにとって「自分がダメだということ(それも、どれだけダメかも分からずに)しか伝えてこない」。さらにサイクル数・記号数・反応炉数という「互いに敵対する三つの指標」を置くことで、一つを最適化すると他が犠牲になり、誰もがどこか一項目では平均を超えられる(SpaceChem Postmortem 2012 ↗)。競争を、他人を蹴落とす快感ではなく自己ベスト更新の動機に組み替えた設計だと私は整理している。

第三は「共有されるかたち」への嗅覚だ。『SpaceChem』では動画を YouTube に上げる機能を作り、『Infinifactory』では一度お蔵入りさせた。ところが発売後、あるファンが解法をループGIFにしたのを見て彼は閃く。「あのGIFを見た瞬間、頭の中でひらめいた」——二日間没頭してGIF生成機能を作り上げ、のちに『Opus Magnum』で洗練させた。彼はそれを「自分が作った中でいちばんクールなもののひとつ」と呼ぶ(Gamasutra 2017 ↗)。動く解が美しく拡散していく——この設計は、彼のパズルが本質的に「見せられる工程」であることを物語る。

失敗と乗り越え方 — 自分で書いた『SpaceChem』検死報告

Barth の稀有なところは、ヒット作の欠陥を本人が詳細に検死したことだ。『SpaceChem』のポストモーテムには「うまくいかなかったこと」が五つ並ぶ。まず「観客を読み違えた」。彼は「誰もが科学好きだ」と思い込んでいたが、返ってきたのは「でも私、化学は苦手で」という声で、その回数は「呆れるほど」だったという。同僚が「『SpaceGems』と名づけて錬金術の話にしていたら二倍売れた」と言ったことにも、彼は「その見立てに反対しきれない」と正直に書いている(SpaceChem Postmortem 2012 ↗)。

次に「ゲームを長くしすぎた」。物語とパズルを固く結んだ結果、難度は「40時間超の抑圧的な曲線」となり、「最後までたどり着くのはわずか2%」だった。教訓として彼はこう記す——「物語つきで徐々に難しくなるパズルゲームを作るなら、いちばん難しい内容は物語が終わった後に置くべきだ」。そして「チュートリアルをついぞ正しく作れなかった」。彼は「複雑なゲームを作りたいという僕の愛は、それをちゃんと説明する能力をいつも追い越してしまう」と認め、説明を増やそうとしたこと自体が「ゲームを説明ではなく作り変えるべきだったという明確なサイン」だったと振り返る(SpaceChem Postmortem 2012 ↗)。

重要なのは、これらが後づけの反省で終わっていない点だ。検死の結びで彼は、当初の望みは「開発費を回収して少し儲ける」ことだったのに、結局は職を辞してスタジオを興したと述べ、次回作は「『SpaceChem』よりも近づきやすい(more accessible)ものであってほしい」と書いた(SpaceChem Postmortem 2012 ↗)。以後の『Opus Magnum』における滑らかな導入やGIF映えする2D化は、この誓いの実装だと読める。失敗を、次の作品の設計仕様へ翻訳したのである。

デザイン上のジレンマ — 近づきやすさ・商業性・「同じことに縛られる」こと

本人が語った葛藤は、少なくとも三つある。第一は「近づきやすさ」と「本物志向」の綱引きだ。実在の知識に基づくゲームを作りたいという欲求と、それが多くの人を「化学の授業」を思い出させて遠ざけてしまう現実。前述の『SpaceGems』の逸話で、彼は自分の美学と売上のあいだで揺れる姿をそのまま書き残している(SpaceChem Postmortem 2012 ↗)。

第二は商業性と作家性のジレンマだ。2017年の対談で彼は、偽の進行やガチャ的な設計を「ダーク」だと断じつつ、同時に「僕はゲームデザイナーだ。仮にもそれは商品で、偽の達成感を与えれば、もっと稼げる『もっと良い』ゲームを作れたはずなのに、そこには興味が持てない」と、罪悪感めいた矛盾を吐露している(Gamasutra 2017 ↗)。人を搾取しない設計を選ぶことと、より多くに届けたい欲求は、彼の中で完全には和解していない。

第三は、自分の得意技に「縛られる」ことへの恐れである。Zachtronics を畳んだ2022年、彼は、似たパズルばかりを作り続けることが自分たちを「やりたくないことを永遠に続ける状態に閉じ込めていた」と語り、別の種類のゲームへ移るためにスタジオを終える、という趣旨の説明をしたと伝えられる(Wikipedia ↗)。開いた解を作り続けた人が、最後に自分自身の型を「開こう」とした——ここに私は最大の一貫性を見る。

影響源 — Portal、廃墟のパイプライン、そして自分の無料ゲーム群

本人が明言している影響源は限られるが、いくつかは確かだ。ひとつは『Portal』である。『SpaceChem』のポストモーテムで彼は、自作の見た目(偽の化学)が「中毒性のある Portal 的な問題解決」を覆い隠してしまう、と書き、良質なパズル体験の参照点としてこの作品を挙げている(SpaceChem Postmortem 2012 ↗)。

もうひとつは、意外にも物理的な風景だ。彼はシアトルの Gas Works Park を訪れ、そこに残る朽ちた化学処理パイプラインに触発されたと明かしている。この体験が、低レベルの分子操作と高レベルの工程構築を組み合わせる『SpaceChem』の着想につながった(SpaceChem Postmortem 2012 ↗)。そして最大の影響源は、彼自身の過去作だ。『Codex of Alchemical Engineering』や『KOHCTPYKTOP』といった無料の実験が、開いた解・テキストによる解の保存・非公式の効率競争といった Zachtronics の骨格を先に生んでいた(SpaceChem Postmortem 2012 ↗)。彼の設計は外からの影響以上に、自分の実験を執拗に磨き直すことで育ってきたのだと私は読む。

Kizuki の読み

ここからは私 Kizuki の解釈である。Barth を貫く一語を選ぶなら、私は「正直さ」を採る。彼が偽の進行を嫌い、習熟だけが物を言う設計に惹かれ、ヒット作の欠陥を自ら検死し、同僚の『SpaceGems』評に「反対しきれない」と書いてしまう——これらはすべて、プレイヤーに対しても自分に対しても嘘をつかない、という一本の線でつながっていると読める。彼のパズルが「開いている」のは、設計者が解を隠していないからだ。解答を握って出し惜しみする代わりに、彼は問題だけを差し出し、優劣の判定さえ棒グラフという非人格的な鏡に委ねる。これは技術的選択である以上に、倫理的な選択だと私は読む。

だからこそ、最後に自分の型を畳んだ判断も、私には転向ではなく忠実さに見える。「同じことに縛られたくない」という別れの言葉は、開いた解を信じてきた人間が、ついに自分の作家性そのものを開いた解として扱おうとした瞬間だ。2026年に『Opus Magnum』へ静かに戻ってきたことも含め、私はこの人を「解ではなく、正直な問題を置いていく設計者」と読む。

おわりに

Barth という人物に触れるなら、まず『Opus Magnum』から入るのがよいと私は思う。彼が『SpaceChem』の検死で誓った「近づきやすさ」と、GIFで拡散する「見せられる工程」への嗅覚が、最も洗練されたかたちで結実しているからだ。そこから『SpaceChem』へ遡れば、荒削りだが「開いた解」の原理がむき出しで立っている。

関連して、同じく開いた解や「考えること」を主題化してきた作家——Alan Hazelden、Arvi Teikari、あるいはシステムから人間性へ回帰した Daniel Cook の回も、本サイトに用意している。設計者の哲学を読み比べたい方は、そちらへも足を運んでほしい。

参考文献

本記事で参照した一次資料:

Zach Barth『Postmortem: Zachtronics Industries' SpaceChem』(Game Developer / Gamasutra, 2012年6月13日) — 本人執筆のポストモーテム

『Dev Q&A: Zachtronics team on building personality into puzzles』(Game Developer / Gamasutra, 2017年11月14日) — 本人インタビュー(Zach Barth/Matthew Burns)

『Zachtronics』(Wikipedia) — 経歴・作品史・スタジオ閉鎖に関する背景事実

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