DESIGNER-STUDY · 2026-07-02
Daniel Mullins の哲学 — 額縁を裏返す人
『Pony Island』『The Hex』『Inscryption』と、ルールの外側で客を掴む設計
はじめに
Daniel Mullins は、カナダ・バンクーバーを拠点とするインディーゲームデザイナーである。ほぼ一人で作った『Pony Island』(2016)、『The Hex』(2018)、そして『Inscryption』(2021)——いずれも「見た目通りに終わらないゲーム」で知られる。特に『Inscryption』はカードゲームと脱出パズル、実写映像、そして現実へ滲み出す ARG を一本に束ね、カルト的な評価を得た。当サイトでは Mullins 作品の個別レビューはまだないが、メタパズルや「ルールが動く」設計を語るとき、彼の名は避けて通れない。
私がこの人物を今取り上げるのは、彼が2022年の GDC で自作を振り返るポストモーテム講演「Sacrifices Were Made: The 'Inscryption' Post-Mortem」を行い、加えて発売直後の複数のインタビューで設計の内側をかなり率直に語っているからだ(GDC 2022)。本稿は作品の攻略でも紹介でもない。複数の発言を横断して、Mullins という設計者そのものを読む。引用はすべて本人が公に語った原典に当たり、私 Kizuki の解釈は最後の一節に限って明示する。
経歴
Mullins は自らの役割をこう要約している。「私の役割は、やらなかったことを挙げた方が早い」(Game Developer, 2022)。『Inscryption』では作曲とサウンド、ゼロから作る3Dアート以外はほとんど自分でやった、という趣旨だ。子どもの頃は紙で、のちに Flash や RPG Maker で、大学で計算機科学を学んでからは XNA・Cocos2D・Unity へと道具を移してきた、と経歴を語っている(同)。
バンクーバーのゲーム会社でプログラマーとして数年働いたのち、初の商業インディー作『Pony Island』を出して以降はフルタイムのインディー開発者になった、というのが本人の説明である。つまり彼は「一人でほぼ全部やる」タイプの作家として立ち上がった。この一人称的な制作体制は、後述する彼のこだわり——プレイヤーの期待をまるごと設計し、まるごと裏切るという芸当——と無関係ではない、と私は見ている。
哲学 — ルールの外側で客を掴む
Mullins の発言を横断してもっとも一貫しているのは、「面白さの中心はルールの外側にある」という感覚だ。『Inscryption』のカードゲームの核となる規則について、彼は「正直に言えば、コアルールにはさほど計画を注いでいない」と認め、綱引き式の勝利条件も生贄システムもレーン戦闘も48時間のゲームジャムで一気に生まれた、と語る(Game Developer, 2022)。そのうえでこう続ける。「プレイヤーを引き込み続けているものの多くは、ゲームの規則の外側にある——謎めいた対戦相手、小屋に置かれた奇妙な備品、しゃべるカード、といったものだ」(同)。
もうひとつ彼が繰り返すのは、「そのまま真っ直ぐには終わらせない」という姿勢である。「過去二作のせいで、見た目通りではない何かがあるだろうという期待が生まれている。もし見た通りのゲームだったら、ファンは失望すると思う」と彼は言う(Game Rant, 2021)。ルールを丁寧に磨くより、ルールを取り巻く額縁——UI、メニュー、メディアそのもの——を疑い、裏返す。ここに彼の設計思想の重心がある、と読める。
こだわり — 期待の裏返しと、消えるゲーム
作品ごとに繰り返し現れる手つきがいくつかある。第一に、UI と定型への裏切りだ。「典型的なゲームの期待を裏返すことを、いつも考えていた」と彼は言い、「ゲームを始めるとき New Game を押すと思うだろう。でも、もし押さなかったら?」という発想を例に挙げる(Game Rant, 2021)。この線は『Pony Island』のメニュー破壊から『Inscryption』の「データを消す選択肢が逆に進行を駆動する」構造まで、まっすぐ続いている。
第二に、「ゲームが自らを消して終わる」という結末への偏愛。『Inscryption』のエンディングについて彼は「しっくり来ただけ。これほど決定的に幕を引ける結末は他に思いつかなかった」とし、そのうえで「過去作に少し似ている。古い手に頼っているのかもしれない」と自認している(同)。『Pony Island』にも『The Hex』にも近い仕掛けがある、と本人が認めている点は重要だ。
第三に、発売後にコミュニティが総力で解く「二次的な体験」への執着がある。「プレイという体験の後に、一人では解けないほど難解なものを用意する二次的な体験がある。共同作業が要る」と彼は語る(Game Rant, 2021)。GDC でも、最終エンディングをフロッピーディスクでファンに郵送し、配信上で狂言の二重殺人を演出したこの ARG を振り返っている(GDC 2022)。
失敗と乗り越え方 — 難易度と、素人監督
Mullins が公に「うまくいかなかった」と認めているものは主に二つある。ひとつは難易度調整だ。「小屋の悪役を20時間かけて倒したと言う人もいれば、2時間で駆け抜けたと言う人もいた。両者を調整しようとしたが、最後まで完全に成功したかは分からない。簡単すぎるという理由で低評価を付ける人もいる」と彼は語る(Game Rant, 2021)。彼の対処は、易しいと感じる層に障害物(roadblock)を増やし、難しいと感じる層がいずれ乗り越えられるように調整するという地道なものだった(同)。ここで彼が「完全には成功していないかもしれない」と留保している点を、私は正確に写しておきたい。
もうひとつは実写パートで初めて監督を務めた経験である。「あれは試練の連続で、監督としてもっとうまくやれたはずだ。小道具を持ってくるのを忘れたり、まったくの素人だった」と彼は率直に振り返る(Game Rant, 2021)。加えて ARG では、埋めたフロッピーの座標がわずかにずれていてファンが見つけられず、配信で探す彼らを見かねて本人が現地へ助けに向かった、という顛末も語っている(同)。失敗を隠さず、むしろ演出の素材にしてしまうところに彼の身のこなしがある。
デザイン上のジレンマ — 裏切りが芸風になるとき
Mullins が語る葛藤のうち、私がもっとも興味を引かれるのは「裏切りの常態化」である。彼は次作について「予想を裏切れ、と言いたいところだが、たぶん君は『予想を裏切られること』を予想できる。いつものアレになるだろう」と冗談めかして言う(Game Rant, 2021)。ファンは見た目通りでは失望する——だが裏切りそのものが期待されてしまえば、裏切りはもう裏切りではない。この発言と、先の「見た通りだったら失望する」という発言(同)を並べると、彼の芸風が抱える緊張がくっきり見える。
もうひとつは制作規模との折り合いだ。『Inscryption』終盤の二人の Scrybe(GrimoraとMagnificus)について、彼は「あと三つ別々の3Dパートを作る体力が、プレイヤーにも自分にもあるとは思えなかった」「どちらにもフル3Dパートを作る意志が湧かなかった」と語り、代わりに彼らを出来事への影響力で示す道を選んだ(Game Rant, 2021)。加えて、彼はコンテンツを削ることを嫌う。「あまり削りたくない。作ったものには何らかの価値があると感じるから」と言い、完全に取り除くより弱めることを選ぶ(同)。作りたい量と、出せる量。その間で彼が下した判断が、あの非対称な終盤の形になった、と読める。
影響源 — カードゲームと、森の魔物
影響源について、Mullins は具体的に名を挙げている。カードゲームの系譜としては、生贄という発想の源に『Magic: The Gathering』を、荒唐無稽な論理の魅力に子ども時代の『遊☆戯☆王』を、そしてデジタルカードゲームの手触りに『Hearthstone』を挙げ、「『Hearthstone』はデジタルのカードゲームで初めて、プレイして気持ちいいと感じさせた作品だ」と評している(Game Rant, 2021)。第二幕のピクセルアート・カードゲームの誘惑は、ゲームボーイの『ポケモンカードGB』や『Shovel Knight』の拡張に入っていた小さなカードゲームから来た、とも語る(同)。
視覚面では、彼は『Celeste』を挙げる。「ピクセルアートのキャンバスの上に、ピクセルより高解像度のブルームなどのエフェクトが乗っている」その手法が好きだった、と述べ、これが3Dをピクセル解像度へ落として上からエフェクトをかける『Inscryption』の絵作りにつながった(同)。物語面の造形では、小屋の目玉の主 Leshy を、スラヴ神話の森の魔物「レーシー」の不気味な絵から着想したと明言している(同)。いずれも本人が認めた影響源であり、私の憶測は含めない。
Kizuki の読み
ここからは私 Kizuki の解釈である。私はこの人を「ゲームという額縁を裏返す人」と読む。多くの作家がキャンバスの中を描くのに対し、Mullins は額縁——New Game ボタン、セーブメニュー、ディスクという容れ物、そして『これはゲームである』という前提そのもの——を作品の主題にする。だからこそ彼は「コアルールに計画を注いでいない」と平然と言えるのだ(Game Developer, 2022)。彼にとってルールは、裏返すための表面にすぎない。ただし、私はここに一つの逆説を読む。裏切りを芸風にした作家は、いつか『裏切られることを期待される』という最も裏切りにくい期待に直面する。本人が「予想を裏切られることを予想できる」と冗談で言ったあの一言(Game Rant, 2021)は、私には彼自身がその逆説を正確に自覚している証拠に聞こえる。次に彼が本当に裏切るとすれば、それは『まっすぐ作る』ことかもしれない——というのは、あくまで私の勝手な期待だ。
おわりに
Mullins という人物に触れるなら、私は『Pony Island』から順に辿ることを勧める。メニューやUIを裏返す彼の原初の手つきが最も素朴な形で見えるからだ。そのうえで『Inscryption』に進むと、同じ手つきがカードゲーム・脱出パズル・実写・ARGへと肥大していく様が分かる。逆に『Inscryption』から入った人には、その仕掛けが天才の一発ではなく、二作にわたって鍛えられた反復の到達点だと知ってほしい。
関連する作り手として、当サイトでは『ルールが動く』設計を追う Arvi Teikari や、説明を作品にする Stephen Lavelle の考察がある。額縁とメタ構造という主題でつなげて読むと、Mullins の立ち位置がより鮮明になるはずだ。次に彼が何を裏返すのか、私は番茶を淹れて待っている。
参考文献
本記事で参照した一次資料:
・GDC 2022: Sacrifices Were Made — The 'Inscryption' Post-Mortem(本人講演)
・Daniel Mullins(@DMullinsGames)X 投稿 2022年3月10日(GDC ポストモーテム準備に言及)
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