DESIGNER-STUDY · 2026-07-13

Jason Roberts の哲学 — 額縁の外側を、遊び場にする

『Gorogoa』と「宇宙的アクロスティック」

はじめに — 額縁を疑った人

今回取り上げるのは Jason Roberts。手描きの絵をパズルのように動かす『Gorogoa』(2017) を、絵もコードもほぼ一人で、約5年かけて作り上げた作家である。日本語圏では作品名すら知られていないことも多いが、『Gorogoa』は GDC Choice Awards 2018 で Best Mobile Game を受賞し、パズルゲーム史に残る一本と評された。

私が Roberts を選んだのは、彼が「ゲームの設計論」ではなく「額縁(frame)とは何か」という、もっと手前の問いから出発しているからだ。彼の発言をいくつも並べると、作品紹介では見えない一本の芯が浮かぶ。この記事では作品ではなく、その芯を持った人物のほうを読む。

経歴 — 頭の中に住んでいた子供

Roberts 自身の言葉によれば、父は森林警備官として働く野生生物学者、母は国際保健教育に携わる世界の旅人だった。だが本人は「比較的退屈な子供で、たいてい自分の頭の中に住んでいた」と振り返る(Game Pilgrim, 2020)。両親の外向きの冒険とは対照的な内向の子供だった、という自己像である。

彼はコンピュータに惹かれて学校で学び、十年以上テック業界で働くが「心はそこになかった」と語る。それどころか「自分は創造的なプロジェクトを完成させられない人間だと思っていた」「アイデアを走り書きしたノートを埋めるばかりだった」と明かす(Game Pilgrim, 2020)。2008年前後のインディーゲームの波を見て、一人で作れるかもしれないと思い、四年の逡巡の末に仕事を辞めた。

2012年に最初のデモを公開し、IndieCade でノミネートされる。彼は「あの年の IndieCade で最も驚き励まされたのは、作品への注目よりも、ゲーム制作を取り巻く大きく温かい創作コミュニティを発見したことだった」と述べている(Game Pilgrim, 2020)。作品は2017年に Annapurna Interactive から発売。屋号は Buried Signal。音は Eduardo Ortiz Frau、音楽は Joel Corelitz に委ねている。

哲学 — 額縁は「無害」ではない

Roberts の哲学の起点は、頓挫した漫画制作にある。彼は「ページを構成することのほうが、順を追って物語ることよりも自分には面白かった」「漫画にならなくても、これで何かをしなければと思った」と語る(Game Developer, 2018)。連続した物語ではなく、枠で区切られた場面のモザイクそのものに惹かれた、という告白だ。

そこから彼は額縁を徹底的に見つめる。「漫画をやると額縁を無視できない」。そして GDC 2018 講演で額縁の性質を列挙する。額縁は手がかりであり、キュレーションであり(「中立ではない。何を含むかを気にかけている」)、「愛情の行為だ。額縁の中のものは、大切だから見えている」。さらに「額縁は牢獄のようだ」——境界の外を意識させ、破りたくなる緊張を生む、と(Thumbsticks, 2018)。

この額縁論はそのまま物語論に接続する。彼は『Gorogoa』を「物語の中にパズルがあるのではなく、パズルの中に物語が吊るされている」構造だと言い、物語を寓話(parable)として扱う(Thumbsticks, 2018)。謎について彼が残した一言が要点を突いている。「本物の神秘の感覚には、半分だけ垣間見えるパターンが要る」(Game Developer, 2018)。

こだわり — すべてに二つの顔を与える

彼が作品の核心と呼ぶのは「視覚的アクロスティック」だ。アクロスティックとは各行の頭文字が縦に別の語を綴る詩を指す。彼はこう説明する。「期待された形だけを、横に読んでいると、本質的な何かを取りこぼす。答えは見えない軸の上にある」(Thumbsticks, 2018)。ある画像が一方の見方では線路、別の見方では梯子の一部になる——そうした二重性を彼は設計原理に据えた。

「すべては二重の性質を持つ。それが設計の本質的な原則だった」と彼は言い切る。同時に、その二重性が露骨な仕掛けに見えないよう腐心する。「世界の何ものも、パズルのためだけにそこにあるように見えてはならない、そこは非常に苦労した」(Thumbsticks, 2018)。博物館や地下の宝物庫のような場面を用意し、多彩な物体を自然に同居させるのは、その「ずる」でもあると認めている。

もう一つの譲れないこだわりは、鉛筆による手描きだ。「鉛筆で描くのが好きだ。それはゲームデザインとは無関係の、プロジェクトの要件だった」(GamesBeat, 2018)。設計上の合理からではなく、個人的な好みが作品の姿を決めている点を、彼は隠さない。

失敗と乗り越え方 — 完成だけを誇る

彼は自作の遠回りを率直に語る。「ゲーム作りで学習の過程は飛ばせない」「未熟さがプロジェクトに何年も足した。早すぎる段階で磨き込んだ仕事を大量に捨てた」(Thumbsticks, 2018)。そして重い一言を添える。「ある種の教訓は、何かを完成させることでしか学べない」。

だが最大の失敗は技術ではなく自己像にあった。前述の通り彼は長らく「自分は創造的なプロジェクトを完成させられない」と思い込んでいた。だからこそ彼は、受賞でも売上でもなく「何があっても、ただゲームを完成させたこと(そして最後まで多くの人の助けを借りたこと)」を最も誇る、と述べる(Game Pilgrim, 2020)。乗り越え方は劇的な逆転ではなく、完成という一点への執着だった。

彼はこの遠回りを美化しすぎない注意も見せる。「もっと事前にデザインを読んでおくべきだった」(GamesBeat, 2018)。より規則的な絵で作れば、もっと多くのパズルを入れ、もっと早く終えられたかもしれない、とも認めている。

デザイン上のジレンマ — 意味は本物でなければならない

彼が語る第一のジレンマは「パズルを入れるか否か」だった。彼はプレイヤーが偶然に秘密のつながりへ出くわすよう、いっそパズルを全廃することを検討したという。だが最終的に残した。理由は先の一言に尽きる——神秘には半分だけ見えるパターンが要る、から(Game Developer, 2018)。物語とパズルの両立についても、「小説のページを破って街中にばら撒く」比喩で葛藤を語り、「素敵な小説と素敵な宝探しが、合わさって意味あるものになるのか?」と自問している(Game Developer, 2018)。

より深いジレンマは「意味の真正性」だ。彼が最も影響を受けたと言う謎解き本『Maze』(Christopher Manson) について、彼は子供の頃に解けず、大人になってからは解こうとするのをやめたと明かす——解けば魔法が消えるのが怖く、しかし「実は解などなく、意味をほのめかすだけの手がかりで埋まっていた」と知るのも同じく魔法を壊す、と(Game Pilgrim, 2020)。だから彼は「物語と映像は意味を持たねばならない。プレイヤーがその意味を簡単に見つけられるようにではなく、彼らの信頼が裏切られないように」と述べる。仕掛けだけの空虚を、彼は自らに禁じた。

商業と作家性のジレンマも本人が語っている。『Gorogoa』の結果を彼は「成功とヒットの中間」と表現し、だからこそ少人数で保つべきだと言う。「10人のフルタイムで作っていたら、同じ売上では成功ではなかった」。スタジオ化は魅力的だが、「自分の強みを手放すことになる気がする」と(GamesBeat, 2018)。規模を取れば統制を失う——彼はその交換をよく理解した上で、あえて小さく留まる選択を語っている。

影響源 — エッシャーと、解かなかった迷宮

本人が認める影響源はまず M.C. エッシャー。「毎回いくつか忘れてしまうが、エッシャーは間違いなく」と彼は言う(GamesBeat, 2018)。視覚的な錯覚とだまし絵的な構成への嗜好が、二重性の設計に直結している。

だが彼が繰り返し名を挙げるのは、Christopher Manson の謎解き絵本『Maze』だ。各ページが迷宮の一室で、最短経路を見つけ謎を解く構造のこの本を、彼は「子供の頃に解けなかった本」として愛し、その「解かないままの魔法」を作品の感触の源だと語る(GamesBeat, 2018 / Game Pilgrim, 2020)。

さらに19世紀に世界を旅してスケッチを残した挿絵画家 Gustave Doré と David Roberts、そして廃墟や謎めいた建造物を見る建築的な眼差しを挙げる(GamesBeat, 2018)。頓挫した漫画制作という直接の出発点も含め、彼の影響源は「絵の中に意味を隠す」系譜で一貫している。

Kizuki の読み

ここからは私 Kizuki の解釈である。私は Roberts を「額縁の外側を信じているデザイナー」と読む。彼の額縁論はすべて、枠の内側ではなく、見えない外側——外の空間、二つ目の軸、隠された意味——へ注意を向けさせるためにある。「頭の中に住んでいた」内向の子供が、内側に閉じるのではなく、内側から外を覗く装置として額縁を選んだ、と整理できる。

一つ、私が指摘せずにいられない点がある。彼は2018年のインタビューで「素晴らしいゲームには一定のぎこちなさ(awkwardness)が必要だ」という趣旨を強調した(GamesBeat, 2018)。ところが2020年、同じ主張を向けられると彼はこう答えている。「私は何だってそう言ったのか? どれか一つの性質が『必要』などとは言っていないことを願う。もし言ったなら、その発言を撤回する」(Game Pilgrim, 2020)。二年で断定を引っ込めたのだ。私はこれを翻意ではなく一貫性と読む。彼にとって「ぎこちない設計の荒野」は普遍の法則ではなく、意味が本物である限りにおいてのみ価値を持つ、あくまで条件付きの道具だったのだろう。空虚な仕掛けを自らに禁じた『Maze』への態度と、この撤回はきれいに符合する。

おわりに — どこから触れるか

Roberts を理解したいなら、遠回りは要らない。『Gorogoa』そのものが二時間ほどで一巡でき、ここまで述べた哲学・こだわり・ジレンマがすべて手の中で起きる。額縁を動かしながら「なぜこの枠はここにあるのか」と一度立ち止まれば、彼の設計の芯に触れられるはずだ。

関連する導線として、隠された意味とパターンをテーマにした作家では当サイトの Jonathan Blow(『The Witness』)の考察が響き合う。また Roberts 自身が「ぎくしゃくした設計の荒野」の例として名を挙げた『Return of the Obra Dinn』の作者 Lucas Pope の記事も、あわせて読むと「意味を本物にする」ための遠回りという主題が立体的に見えてくる。

参考文献

本記事で参照した一次資料および出典:

GDC 2018 講演「Gorogoa: The Design of a Cosmic Acrostic」(本人講演)YouTube 版

Game Developer (Simon Parkin)「Gorogoa: how the hit indie game derived from a failed comic book」2018年3月20日(GDC 2018 講演レポート・本人発言引用)

Thumbsticks (Daniel New)「Framing the story: Jason Roberts on the making of Gorogoa」2018年4月12日(GDC 2018 講演の詳細レポート・本人発言引用)

GamesBeat / VentureBeat (Dean Takahashi)「Jason Roberts interview: Creating Gorogoa required awkwardness and chaos」2018年(本人インタビュー)

Game Pilgrim (Taryn Ziegler)「Developer Interview: Jason Roberts」2020年1月20日(本人インタビュー)

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