SOUNDTRACK · 2026-06-11
Blue Prince のサウンドトラック — 音楽までドラフトされた屋敷
Trigg & Gusset(Bart Knol & Erik van Geer)
はじめに — メニュー画面のバスクラリネット
起動すると、Mount Holly の見取り図の手前で「Stories of All Manor」が流れ出す。ピアノとくすんだシンセの上を、Erik van Geer のバスクラリネットがゆっくり這う。ダークジャズと呼ばれる類の音だ。私は癖でこれを BPM で測ろうとして、三回失敗した。だいたい60前後を漂うのだが、拍は数えるそばからほどける。ルバート——時計を演奏者が握っている音楽だ。
作ったのはオランダの二人組 Trigg & Gusset。Bart Knol(ピアノ・シンセ・プログラミング)と van Geer(バスクラリネット)が2010年ごろデルフトのジャムセッションで出会い、2013年から作品を出してきた。ゲーム音楽はこの Blue Prince が初仕事だという。全32曲・2時間強の OST に、打楽器はほぼ一度も登場しない。Komugi のレビューが9.5点を付けたこの屋敷は、音楽の側から覗いても異形だ。
鳴らない屋敷 — 音楽は部屋に住んでいる
Blue Prince の探索は、その大半が無音に近い。足音、ドアの軋み、図面を引く音。音楽は特定の部屋・特定の瞬間にだけ立ち上がる。Music Room に入ると「Simon's Theme」が始まる、あの感じだ。毎日部屋をドラフトするこのゲームでは、音楽そのものがレアな部屋のように振る舞う。鳴ったこと自体が事件になる。
Knol はインタビューで、アトモスフェリックなゲーム音楽では『どの音もゲームプレイに干渉してはならない』と語っている。プレイヤーが背景音楽を『ゲーム内で何かが起きた合図』と誤読してはいけない、と。象徴的なのが、van Geer のバスクラリネット録音からキーの『カチャッ』という機械音をすべて除去した話だ。Blue Prince は壁の染みまで手がかりに見えるゲームである。音楽は情報のふりをしてはならなかった。
そしてこの『鳴らさない』方針は、作曲家ではなく開発者 Tonda Ros(Dogubomb)の判断だったという。Trigg & Gusset の他のアルバムにはもっとリズムやテクスチャが詰まっている。音数を絞ったのは設計であって、作風ではない。
音楽までドラフトされている — スケッチを書く人、配置する人
制作の発端は、Ros が Spotify で Trigg & Gusset を聴き込んでいて、リリースの1年半ほど前に直接メールを送ったことだった。初期のビルドには既存曲「Sea & Wind」「Ominous Clouds」「Dim」「Dark Matter」が仮置きされ、これらが OST 全体の出発点になったという。
面白いのはここからだ。Knol が見たのは数枚のスクリーンショットと断片だけ。彼は完成曲ではなく大量のスケッチを書き、どの曲をどの部屋に置くかは Ros が決めた。曲を書く人と、それをドラフトして屋敷に配置する人。この分業は、部屋を引いて間取りを組むゲームのメカニクスと正確に相似形だ。音楽までドラフトされている。
Room 46 への到達で流れる「Ovinn Nevarei」には制作秘話がある。最初のスケッチは鐘の音が主役の「Bells of Eternity」。だが鐘はこの曲に合わず、ピアノの和音とシンセに差し替えられ、ファイル名は「Bells of Eternity 2 with No Bells」になった。鐘のない永遠の鐘だ。もうひとつ——「Lessons of the Past」終盤の2:33には、Knol のスタジオ近くの金属フェンスがゆっくり開くときの軋みが、長いケーブルを引いてマイクで録られたまま入っている。
パズルとのアナロジー — 打楽器を抜くと、時計が消える
ドラムは時計だ。等間隔の打点は『いま何拍目か』を常に教えてくる。だが Blue Prince の一日は、引いた部屋の前で延々と考え込む時間でできている。もし背後で打点が時を刻んでいたら、長考はすべて『遅れ』として聞こえてしまう。打楽器を丸ごと捨てたこの OST は、プレイヤーの思考時間を測らない。ルバートで揺れる旋律は、考えるテンポと同じ速さで伸び縮みする。
Baba Is You のチップチューンはリトライを背中から押す循環で、Stephen's Sausage Roll はほぼ沈黙を選んだ。Blue Prince の解はその中間にある。基底は静寂、音楽は句読点。一日の終わりに「Call it a Day」、扉の向こうに「Ovinn Nevarei」。だいたい、長考に必要なのはリズムではなく残響だ、と私は思っている。
聴くべきトラック
公式音源は Trigg & Gusset 自身の YouTube チャンネルと Bandcamp にある。まず三つ。
・Stories of All Manor ↗ — OST の玄関。バスクラリネットの遅いジャズラインが、このアルバムの全部を予告する。
・Foundation ↗ — ゲスト Jurren Mekking のエレキギターがアンビエントの構造をそっと支え、終盤にバスクラリネットが数音だけ降りてくる。
・Bandcamp: Blue Prince - The Original Soundtrack(全32曲)↗ — 2時間7分を頭から。打楽器が一度も現れないことを確認しながら聴いてほしい。
おわりに — 自分が作るなら、ここを盗む
盗むのは三つ。第一に、打楽器を抜いて時計を消すこと。聴き手の時間を測らない曲は、作業や思考の横に置いても急かさない。第二に、曲を完成品ではなくドラフト可能なスケッチの束として書き、文脈への配置を他人——あるいは未来の自分——に委ねること。第三に、現実の音をひとつだけ署名として混ぜること。フェンスの軋みひとつで、シンセの屋敷に体温が宿る。
聴き直すなら朝がいい。屋敷の一日を始めるように黒コーヒーを淹れて、「Westwardly Winds」を。屋敷と音楽の組み合わせでは Lorelei and the Laser Eyes の Daniel Olsén についても書いたが、あちらが回り続ける悪夢なら、こちらは毎朝リセットされる白昼夢だ。
参考リンク
・Bandcamp: Blue Prince - The Original Soundtrack(公式・2025年4月10日リリース)
・Trigg & Gusset 公式サイト — Blue Prince
・NOWPLAYING — Bart Knol インタビュー(制作秘話の出典)
・RPGFan — Blue Prince Original Soundtrack レビュー(クレジット・無打楽器の指摘)
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