SOUNDTRACK · 2026-06-18
Manifold Garden のサウンドトラック — 落ちても戻ってくる音
Laryssa Okada
はじめに — 白い回廊で最初に触れる音
真っ白な回廊に立ち、見上げると同じ建物が天地左右に折り返して続いている。Komugi のレビューが扱ったこの一人称パズルで、最初に耳へ届くのは輪郭のやわらかい弦とパッドの層だ。拍を刻む打楽器はほとんどいない。テンポはだいたい測れないほど遅く、小節の角が取れている。歩く速度も、世界が裏返る速度も、この音の呼吸に合わせて落ち着いている。
音楽を書いたのは Laryssa Okada。インスタレーション作家出身の William Chyr が約7年かけて作った作品で、効果音は Limbo/Inside 系の仕事で知られる Martin Kvale が担当している。Okada はこの仕事で Game Audio Network Guild の Breakout Talent Award を受けた。生楽器も使われていて、ヴァイオリンは Kate Miterko と Matt Farthing、フルートとオーボエは Alex Parrish。合成音の海の中に、息で鳴る楽器がそっと混ざっている。
循環する空間と、終止しない和音
Manifold Garden の肝は、空間が無限に折り返すことだ。底まで落ちれば天井から同じ高さへ戻ってくる。終わりが始まりに直結している。Okada の音楽は、この構造を和声で真似ている。多くの曲が明確な終止形を避け、解決しそうでしない和音をゆっくり繰り返す。終わったと思った瞬間にまた頭へ戻る——耳が『落ちて、上から出てくる』のだ。
Chyr は当初40分ほどの音楽で足りると考えていたが、最初の一曲を聴いた時点で『どこにでも音楽を』という方針に変わり、最終的には合計4時間近くにまで膨らんだという。広大で繰り返す建築には、薄く長く流れ続ける音が要る。打点で区切らず、パッドと弦の持続で空間そのものを満たす設計は、ここから来ている。無音で締めずに『継ぎ目を消す』ことで、プレイヤーがどれだけ長居しても音楽が手すりであり続ける。
重力を選ぶ手つきと、音色の重心
このゲームの操作は、面を見て重力の向きを選ぶことだ。壁が床になり、天井が壁になる。視界がぐるりと回っても、プレイヤーの足元は必ずどこかの面に着く。音楽もこの『どこに着地しても破綻しない』感覚を支えている。低い持続音が常に下に敷かれていて、和音がどう転んでもそこへ帰れる。重心の低いドローンは、視界が回転しても気持ち悪くならないための錨だ。
建築面では Chyr が Frank Lloyd Wright と Tadao Ando を挙げている。装飾を削ぎ落とした面と、巨大なスケール。音楽もそれに呼応して、音数が少なく、余白が広い。Martin Kvale の効果音——種を撒く音、水が登っていく音——が乾いた建築に湿り気を足す役で、Okada の音楽はその上に薄い空気の層を張る。UI も世界も音も、同じ『少なさ』の美学で揃っている。
パズルとのアナロジー — 長考のあいだも切れない持続
Manifold Garden のパズルは、空間把握の長考が要る。今どの面に立っていて、立方体をどこへ落とせばどの重力で運べるか。頭の中で建築をひっくり返す時間が長い。チップチューンのように刻む音はこの思考を急かしてしまうが、Okada の持続音は急かさない。考えている間、音楽は同じ和音の周りをゆっくり旋回し続ける。私の感覚では、解けた瞬間に音楽が『盛り上がる』のではなく、ずっと続いていた流れにこちらが追いつく、という手触りに近い。
解法が見えた時の快感は、音楽の側にも仕込まれている。終止しない和音がいつまでも続くからこそ、ふいに視界が正しく揃った瞬間の『あ、ここだ』が際立つ。音は何も変わっていないのに、空間が腑に落ちると音まで腑に落ちて聞こえる。テンポを上げて煽るのではなく、テンポを消して『気づき』に席を譲る——これがこの作品のアナロジーの核だと私は思う。
聴くべきトラック
まずは Trust Fall ↗。タイトルどおり『身を任せて落ちる』感触の曲で、終止を避けた弦とパッドが循環する空間の手触りそのものだ。Okada の公式アーティストチャンネル(Provided to YouTube by CDBaby)の音源。
続けて Strange Worlds ↗ と Raymarching ↗。前者は広い余白に弦がそっと立ち上がる曲、後者は持続音の重心が低く、視界が回っても錨になる感覚がよく出ている。どちらも公式音源。全27曲は Bandcamp・Spotify で通して聴ける。
おわりに — 自分が作るなら盗む一点
私が曲作りで盗むなら、『終止を置かないことでループを繰り返しに聞かせない』設計だ。普通ループは何度も聞くと飽きるが、解決しそうでしない和音を芯に据えると、耳は毎周を『途中』として聞く。長居するゲーム——探索や長考のあるパズル——の音楽を書くとき、これは効く。締めの和音を一つ我慢するだけで、同じ素材が驚くほど長くもつ。
聴き直すなら、夜に作業をしながら部屋を一周するくらいの距離感がいい。Manifold Garden を遊んだ人なら、あの白い回廊の感触が音だけで戻ってくるはずだ。終止のない持続という意味では、COCOON の Jakob Schmid や Outer Wilds の探索音楽とも線がつながる。次に空間を歩くゲームの音を聴くときは、『この曲はどこで終わるつもりがないのか』を一度耳で探してみてほしい。
参考リンク
・Steam: Manifold Garden(公式ストア / OST DLC)
・Laryssa Okada — Manifold Garden (Original Soundtrack) Bandcamp
・Laryssa Okada 公式アーティストチャンネル (YouTube)
・AUTOMATON WEST: Manifold Garden 開発者インタビュー(7年・音楽の量について)
・Creative Review: Williams Chyr Studio — Manifold Garden(建築・Wright/Ando)
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