SOUNDTRACK · 2026-06-23
Obduction のサウンドトラック — 世界ごとに音色を着替える
Robyn Miller
はじめに — 砂漠の小屋で最初に鳴る音
薄暗いキャンプ場のような風景に放り出され、錆びた給水塔やトレーラーの間を歩き出すと、音楽はすぐには来ない。Komugi のレビューが扱ったこの Myst 系一人称パズルで、Robyn Miller が書いた音楽はまず『鳴らないこと』から始まる。風と金属のきしみが先に立ち、そこへピアノが一音、また一音と落ちてくる。だいたいテンポは数えるのも野暮なほど遅く、拍の角は丸い。歩幅と、世界がほどけていく速度に、音がそっと合わせてくる。
Robyn Miller は Cyan Worlds の共同創業者で、1993年の Myst と1997年の Riven の音楽を書いた人だ。Obduction はその Riven 以来、約20年ぶりの Cyan 作品への復帰になる。面白いのは、彼が当初『音楽はやらない、出演だけだ』と固辞していたこと。兄 Rand の説得と、出来上がりつつある世界を見たことで気が変わり、結局28曲の長丁場を引き受けた。最初の一音が遠慮がちに聞こえるのは、たぶん偶然ではない。
歩く映像に弾き当てる — 体験と音楽の隠れたリンク
Obduction の音楽の作り方には、私が膝を打った逸話がある。Miller は完成前のゲーム世界――たとえば最初の舞台 Hunrath ――を誰かが歩き回る映像を用意し、それを iPad でループ再生しながら、隣に置いたピアノで弾いた。映像に合う旋律が出てくるまで、ただ弾き続ける。曲が先にあって場面に貼るのではなく、場面の中を歩く時間に合わせて旋律を探り当てたわけだ。
これは『ゲーム体験と音楽の隠れたリンク』として、ほとんど理想的な作り方だと思う。プレイヤーが実際に過ごす時間――立ち止まり、引き返し、また進む――の伸び縮みが、作曲の母型になっている。だから Obduction の旋律はどれも、急かさない。歩く人の歩幅に最初から合わせて生まれているからだ。Myst/Riven で培った『場所ごとに固有の響きを持たせる』流儀も健在で、世界が切り替わると音色そのものが着替える。砂漠の Hunrath、機械的な Kaptar、有機的な Maray――それぞれに別の楽器の手触りが割り当てられ、音を聴くだけで『どの世界にいるか』が分かる設計になっている。
解いている間、音楽は退く — パズル固有の設計
Myst 系のパズルは長考のゲームだ。スイッチの順番、回路の配線、世界をまたぐ仕掛けを、メモを取りながら何分も――ときに何十分も――考える。ここで音楽が主張し続けたら、思考の邪魔になる。Obduction の音楽が賢いのは、難所では前に出ず、移動や発見の瞬間にだけ顔を出すことだ。プレイヤーが盤面とにらめっこしている間、音は持続音や環境音に溶けて、ほとんど『部屋の空気』になる。そして謎が解けて世界が動き出すと、ピアノや弦がまた立ち上がってくる。
これは無音とループのあいだの第三の置きかたで、Myst の頃からの Cyan の伝統でもある。音楽を BGM として垂れ流すのではなく、『沈黙』『環境音』『主題』の三段階を、プレイヤーの状態に合わせて行き来する。長考に沈黙を、移動に持続音を、解決に旋律を――という配分は、私が COCOON や Outer Wilds で見てきたパズル音楽の良作と同じ呼吸だ。鳴り続けないからこそ、鳴った瞬間が効く。
アナロジー — 謎の前で止まる呼吸
私はいつも音楽を BPM で測る癖があるのだが、Obduction の音楽はそもそも BPM で捉えるのが難しい。それがこのゲームの解き心地とよく合っている。Myst 系の謎解きは、一定のテンポでは進まない。ある仕掛けの前で長く止まり、ひらめいた瞬間に一気に動く。テンポが揺れる。音楽もまた、明確な拍を持たず、ピアノの一音が落ちてから次の音までの『間』が伸び縮みする。だいたいの拍はあっても、メトロノームには乗らない。
言い換えれば、これは『止まっていても気まずくない音楽』だ。プレイヤーが盤面の前で固まっている数分間、音楽が急かさないでいてくれること。これはパズルゲームの伴奏として、想像以上に高度な技術だと思う。沈黙を恐れず、しかし完全な無音にもしない。Robyn Miller が映像を見ながらピアノで探り当てた『間』は、まさにプレイヤーが謎の前で止まる呼吸そのものだったのだろう。
聴くべきトラック
まず一曲なら Mutated Clockwork ↗(公式の自動生成チャンネル「Robyn Miller - Topic」より)。題のとおり、歪んだ時計仕掛けのような反復が、Kaptar の機械的な世界の手触りを音にしている。難所で延々と鳴るのではなく、その世界へ踏み込む瞬間に立ち上がる類の音だ。
アルバム全体を腰を据えて聴くなら、作曲者本人の Bandcamp(28曲・公式) ↗ が一番だ。緊張感のある弦が b 級映画めいて鳴る Welcome Music、世界の境界で漂う The Space Between Worlds、終幕の Post Game Tristesse まで、世界ごとに音色が着替わるさまを通しで追える。Spotify などの配信でも全曲そろっている。
おわりに — 私が作るなら盗む点
私がこのサウンドトラックから盗むなら、『場面の映像をループさせて、その上でただ弾く』という作り方そのものだ。曲を先に完成させて画に合わせるのではなく、プレイヤーが過ごす時間の伸び縮みを母型にする。これは机上で拍を割るやり方とは、出てくる旋律の呼吸がまるで違う。止まる時間を含んだ素材に向かって弾くと、自然と『急かさない音楽』になる。パズルやアドベンチャーの曲を書くなら、一度この手順を真似てみたい。
もう一つは、世界ごとに楽器の手触りを変える割り当ての設計だ。プレイヤーが音だけで居場所を思い出せること――これは長い探索ゲームでは、地図と同じくらい親切な道しるべになる。聴き直すなら、ぜひ世界をまたぐ移動の最中に。鳴り始めの一音が、いつも少し遅れてやってくるのに気づくはずだ。同じ Cyan の系譜が気になったら、この後は Myst や Riven の音へ遡ってみてほしい。
参考リンク
・Robyn Miller 公式 Bandcamp: Obduction - Original Game Soundtrack(全28曲)
・Steam: Obduction - Original Sound Track(公式 OST)
・YouTube: Robyn Miller - Topic(公式・自動生成チャンネル、Provided to YouTube by TuneCore)
・Original Sound Version: 作曲者 Robyn Miller インタビュー(参加経緯・作曲手法)
・Wikipedia: Robyn Miller(Myst/Riven 以来約20年ぶりの Cyan 復帰、リリース情報)
リアクション(ログイン不要)
匿名で残せます • 同じリアクションは1日1回まで
関連シリーズ
パズルのサウンドトラック第25回 / 全103回
次に読む
関連レビュー
Tetris Effect: Connected
落ちてくるブロックを積んで列を消す、あのテトリス。ルールはそのままに、30を超えるステージで音と光がプレイに合わせて動く。時間を止めて4列より多く消せる「ZONE」と、3人の盤面がつながる協力モードが加わった、水口哲也の Enhance が手がける一作。
FRACT OSC
シンセサイザーでできた広大な遺跡を一人称で歩き、光るノードや音の仕掛けを操作して、眠った機械と音楽を蘇らせていく音楽探索パズル。説明はほとんどなく、何が触れられるのかを自分の目で見極めることそのものが謎解きになる。IndieCade で音響デザイン賞を受けた Phosfiend Systems の2014年作。



