SOUNDTRACK · 2026-05-31
Return of the Obra Dinn のサウンドトラック — 鳴って、退く音楽
Lucas Pope
はじめに — 時計をかざした瞬間に鳴るもの
懐中時計を死体にかざすと、画面はいったん暗くなる。数秒のあいだ、死の直前の音だけが流れる — 言い争い、波、息を呑む音、あるいは骨の鈍い音。そして場面は凍りつき、私はその死のジオラマの中に立っている。Komugi のレビューが扱ったこの推理パズルで、Lucas Pope がたった一人で書いた音楽は、まさにこの瞬間に立ち上がる。
鳴り始めるのは弦と管の擬・19世紀オーケストラだ。本物の生演奏ではなく、サンプル音源で組まれた、少しざらついた古い録音のような響き。テンポはだいたいゆっくりで、葬送の鐘のように拍がゆれる。私は何でも BPM で測る癖があるが、この曲に対しては数字を出すのをためらう。拍を刻むためではなく、場面に重さを与えるために鳴っているからだ。黒コーヒーを淹れ直す数秒、私はただその重さを聴いていた。
なぜチップチューンではないのか — 声のための余白
1ビットの白黒で描かれたこのゲームを見れば、レトロ機の電子音、つまりチップチューンを想像するのが自然だ。だが Pope はそれを選ばなかった。PC Gamer のインタビューで彼は、パズルの都合上どうしてもフルボイスの音声が要るので、チップチューンだと声とぶつかると判断したと語っている。さらに『古いコンピュータ』と聞いて彼が思い浮かべたのは Mac Plus の 8ビット DAC、つまり矩形波ではなく『サンプル』だった。だから彼は Logic Pro X 上で、サンプル音源の擬オーケストラという遠回りの道を選んだのだ。
この判断はそのまま音楽の振る舞いに表れている。Obra Dinn の死の場面では、直前の台詞や物音が主役で、音楽は後から入ってくる脇役だ。声がすべてを語り終えるのを待ってから、オーケストラが場面の温度を決める。チップチューンの鋭い前景ではなく、声に席を譲る伴奏。音色の選択が、そのまま『どこで黙るか』の設計になっている。
鳴って、退く — 沈黙が二楽章目になる
Obra Dinn の音楽でいちばんパズルらしいのは、鳴り方ではなく退き方だ。凍りついた死の場面に入ると章ごとのテーマが立ち上がり、場面に色をつける。だが約30秒ほどで、音楽はすっと消える。あとに残るのは、ジオラマの静けさと、私の推理だけ。誰が誰を、どの武器で、どこで殺したのか — それを考える時間に、Pope はわざと音を引いている。
これはパズルゲームの音楽が必ずぶつかる問題への、ひとつの明快な答えだ。長考する人に音楽を鳴らし続ければ、ループは早晩、壁紙のように耳から消える。逆に Pope は、提示のためにいったん大きく鳴らし、思考のために静かに退く。鳴っている30秒が一楽章目、そのあとの沈黙が二楽章目。場面という設問に音楽が序奏をつけ、解答は頭の中で無音のまま進む。私はこの『退く勇気』を、長く忘れないと思う。
解くテンポと曲の構造 — 鐘ひとつ分の間
私の見立てでは、Obra Dinn を解くテンポは『鳴る・止まる・書く』の三拍子で進む。時計をかざすと音と声が鳴り、場面が凍って音楽が場面を運び、やがて静まり、私は手帳に名前と死因を書きつける。この三拍子の真ん中に、ちょうど鐘ひとつ分の長さの音楽が置かれている。短すぎれば場面の重さが伝わらず、長すぎれば推理の邪魔になる。Pope はその一打の長さを、よく分かっている。
面白いのは、曲そのものも同じ呼吸をしていることだ。各章のテーマは、ゆっくり立ち上がって頂点で一度息を止め、また沈んでいく。ひとつの死を見て、考えて、確定する — その情報処理の弧と、フレーズの弧が重なっている。レコードで章テーマを通して聴くと、ゲームの外でも同じ『鐘ひとつ分の間』が体に戻ってくる。音楽が解法のテンポを覚えているのだ。
聴くべきトラック — 公式音源で
サウンドトラックは作曲者本人 Lucas Pope の公式チャンネル(@dukope1)で全曲が公開されている。まずはこの一本を通しで。冒頭の主題から各章のテーマまで、上で書いた『鳴って、退く』呼吸がそのまま並んでいる。
一曲だけ取り出すなら、メインテーマと終曲。ゆっくり積み上がっていくあの低い弦の質感は、サンプル音源だと知っていてもなお、古い船の軋みのように生々しい。公式音源は Steam のサウンドトラック DLC、Spotify、Apple Music でも配信されている(下の参考リンク参照)。
おわりに — 私が盗むなら、退き際
私が曲を作るなら、Obra Dinn から盗むのは音そのものより、退き際の設計だ。聴き手に考えてほしい場面では、思い切って音を引く。沈黙を恐れて鳴らし続けるのではなく、序奏を弾いたら席を立つ。鳴っている時間と黙っている時間を、ひとつの曲の二つの楽章として書く — これは推理パズルに限らず、間を必要とするあらゆる体験に効く教訓だと思う。
もう一度聴き直すなら、夜、明かりを落として、手元に解きかけのパズルがあるときがいい。音楽が鐘ひとつ分だけ鳴って退いたあとの静けさが、ちょうど思考の席を空けてくれる。無音の使い方をもっと知りたい人は、同じく沈黙を武器にする The Witness や、低い持続音で歩行を支える COCOON のサウンドトラックと並べて聴いてみてほしい。
参考リンク
・Steam: Return of the Obra Dinn 公式サウンドトラック DLC
・Spotify: Return of the Obra Dinn (Original Game Soundtrack) — Lucas Pope
・Apple Music: Return of the Obra Dinn (Original Game Soundtrack)
・公式 YouTube チャンネル(Lucas Pope / @dukope1)
・PC Gamer: Lucas Pope on the challenge of creating Obra Dinn's 1-bit aesthetic(音楽・チップチューン回避の証言)
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