SOUNDTRACK · 2026-06-29

The Pedestrian のサウンドトラック — 標識の街を歩く、ジャズの足取り

Logan Hayes

🎧 音声で聴く

はじめに — 黒板から始まる、軽いスイングの一歩

棒人間のような歩行者が、街角の道路標識の中に住んでいる。プレイヤーは標識のパネルをスライドさせ、はしごや扉を線でつないで道をこしらえる。レビューでも触れられたこの作品で、最初に耳へ入ってくるのは、ピアノが軽くスイングしながら歩き出す音だ。作曲は Logan Hayes。ジャズとオーケストラ、それにわずかな東欧の哀愁が混ざった音色で、テンポはだいたい100前後の心地よい速歩。重くも軽すぎもしない、街を一歩ずつ進む足取りそのものだ。

Hayes 本人とスタジオ Skookum Arts が語るところでは、彼が下敷きにしたのは Danny Elfman や Jerry Goldsmith といった映画音楽家の語法だという。だから矩形波のチップチューンではなく、生楽器を思わせる管弦とピアノが主役で、そこにジャズの和音とアンビエントの余白が差し込まれる。黒コーヒーを一口含んで聴くと、この音楽が『パズルを解くBGM』ではなく、街そのものの体温として鳴っているのが分かる。

パズル固有の特徴 — プレイヤーが止まっても、音は止まらない

パズルゲームの音楽がいちばん試されるのは、プレイヤーが手を止めて長考に入る瞬間だ。標識を睨み、どのパネルをどこへ動かすか考えている間、音楽が同じ4小節をぶつ切りでループしていたら、思考はすぐに耳障りになる。The Pedestrian がうまいのは、ここを FMOD ——アダプティブ音楽のための実装ツール——で組み切っている点だ。Skookum の開発記によれば、Logan Hayes は約一週間スタジオに泊まり込み、音楽をゲームのシステムと噛み合わせる作業に取り組んだという。とりわけ難所だったのが、セーブ/ロードをまたいでも音楽が破綻しないようにする仕掛けだった。

つまりこの音楽は、最初から『再生される完成品』としてではなく、状況に応じて層を出し入れする部品の集合として設計されている。プレイヤーがパズルの前で固まっている時間、曲は無理に盛り上がらず、けれど完全に止まりもしない。少しずつ表情を変えながら、解けるまで隣で待っていてくれる。リトライや失敗を咎める鋭いキューがほとんど無いのも特徴で、間違えても音楽は責めてこない。思考の速度を急かさないという一点で、これはパズルゲームならではの音設計だと私は思う。

パズルとのアナロジー — 解の手前で、和音は宙づりにされる

私はいつも音楽を BPM で測る癖があるが、The Pedestrian で測りたいのはテンポより『解決(レゾリューション)の遅さ』だ。ジャズは、不安定な和音をわざと長く宙づりにし、ようやく落ち着く和音へ降りる瞬間に快感を作る。パズルもまた、答えに届きそうで届かない緊張を引き延ばし、最後の一手が噛み合った瞬間に解決する。だからこの音楽の宙づりの和音は、プレイヤーが『あと一歩』で止まっている心理状態と、そっくり同じ形をしている。

歩いている間の軽いスイングは前進のリズムで、立ち止まって考え込む間はそのスイングが薄れ、持続音と漂う和音だけが残る。解けて扉が開くと、保留されていた和音がようやく落ちる。音楽が『進む・止まる・解ける』の三拍子をなぞっているから、プレイヤーは自分の思考の状態を、耳でも確かめられる。解の手前の宙づりを、音楽が代わりに鳴らしてくれている——それがこの作品の、いちばん静かな親切だ。

聴くべきトラック

まずは街へ踏み出す一歩から。作曲者 Logan Hayes 公式アップロードの『Lost in the City』を貼っておく。軽いスイングとピアノが、標識の街の体温をそのまま運んでくる一曲だ。

立ち止まって長考に沈むときの伴走者として、漂う持続音が美しい Out To Sea ↗。そして終盤の到達感をジャズの解決とともに鳴らす Last Stop ↗。どちらも Logan Hayes 名義の公式音源だ。

おわりに — 私が作るなら盗む点

もし自分が曲を作るなら、私がこの作品から盗むのは『止まっても止まらない』設計思想だ。ループの完成品を一個置くのではなく、最初から層に分けて書き、状況に応じて足し引きできる形にしておく。プレイヤーが固まっている長考の時間を、無音でも喧噪でもなく、薄く揺れ続ける和音で満たす——FMOD のようなツールがなくても、『主旋律を抜いた持続層』を別テイクで用意しておくだけで、その思想の半分は再現できる。

もう一つは、ジャンルを混ぜることを恐れない態度だ。ジャズもアンビエントも東欧の旋律も、ピアノとオーケストラという一本の背骨さえ通っていれば、雑多なまま一着になる。次に標識のパネルを並べ替えて道を通すとき、あるいは自分のプロジェクトで素材が散らかったとき、この街の足取りを思い出してほしい。背骨を一本決めれば、混ぜ物は街になる。同じく標識の街を歩くなら、FEZ のような作品の音も合わせて聴くと、街と音の関係がまた違って見えるはずだ。

参考リンク

・Steam: The Pedestrian Soundtrack (公式 OST)

・Logan Hayes — The Pedestrian: Original Soundtrack (Bandcamp)

・The Pedestrian: Original Video Game Soundtrack (Spotify)

・Game Developer: How Skookum Arts built The Pedestrian's puzzles out of urban signage

・YouTube (Logan Hayes 公式): The Pedestrian (OST) - Lost in the City

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