SOUNDTRACK · 2026-06-25
TUNIC のサウンドトラック — 説明書のページをめくるように鳴る音
Lifeformed × Janice Kwan
はじめに — 浜辺に流れ着く音
小さな狐が見知らぬ岸に流れ着く。Komugi のレビューが扱ったこの作品で、最初に耳へ届くのは「To Far Shores」だ。輪郭のぼやけたパッドと、遠くで鳴るシンセのアルペジオ。テンポは、だいたい一拍を数える気も起きないほど遅い。拍の角が取れていて、波が引くようにフレーズが伸び縮みする。緑色の世界をまだ何も知らないまま歩き出す、その心細さにちょうど寄り添う音量だ。
音楽は Terence Lee(Lifeformed 名義)と Janice Kwan の共作で、全60曲・約3時間という長尺だ。Lee はかつて『Dustforce』の音楽で知られた人で、TUNIC には五年以上を断続的にかけている。アコースティック楽器の出番は少なく、聞こえるのはソフトシンセの持続音と、台北の路地で録った環境音を原形がわからなくなるまで加工した素材。最初の数歩で漂う「人工的なのに有機的」な手触りは、ここから来ている。
場所に付く音、人物に付かない音
TUNIC の音楽でまず気づくのは、曲がキャラクターや物語の山場ではなく、場所に紐づいていることだ。きらめく「Redwood Colonnade」も、薄気味悪い「Sigil Seeker」も、特定の感情を煽るのではなく、幾何学的な風景そのものを描く。これはパズル探索のゲームに効く設計だ。プレイヤーは決まった順序で泣かされるのではなく、自分の足で場所を見つけ、その土地の空気を音で受け取る。順序が前後しても破綻しない音楽、という言い方もできる。
Bandcamp Daily のインタビューで Lee は、レトロゲーム音楽の「好きだった記憶」を頼りにはしたが、実際のサントラそのものは参照しなかったと語っている。二人が引用元にしたのはむしろ台湾の風景で、丘陵の美しさや、都市で「公と私が滲む」感覚。野良猫の声や夏の風までサンプリングして、原形がわからなくなるまで加工した。だから TUNIC の音は、どこかで聴いたようでいて、結局どこにも属さない。Kwan のピアノ寄りの旋律(「The Librarian」「The Scavenger」)が、Lee のアンビエントな地層の上に少しずつ顔を出してくる構成も、世界が解けていく感覚と重なる。
二台のワークステーションと、原題だった曲
制作秘話は音そのものに刻まれている。Lee と Kwan は2020年にコロナ禍で台北に足止めされ、Lee の実家で隣り合わせの二台のワークステーションに座り、あいだに赤い大きな鍵盤を置いて、毎日のように曲を作った。二人の作り方は対照的だという。Lee は「鉱夫のように」何十ものアイデアを掘り、引っかかる原石が出るまで試す。Kwan にとって音楽は自己解放で、言葉にできない部分を表に出す手段だ。この異質さが、アンビエントな地層とピアノの旋律という二層構造をそのまま生んでいる。
個人的にいちばん好きな逸話がある。アルバム31曲目「Secret Legend」は、TUNIC の開発初期のタイトルそのものだ。完成作の中に、かつての仮の名前が一曲として残っている。曲名のひとつが作品の前史を密かに抱えているわけで、断片から全体を推理させる TUNIC らしい仕掛けが、サントラのトラックリストにまで及んでいる。ちなみに二人はこのサントラを作る過程で実際に結ばれた。音に滲む親密さは、後付けの解釈ではないらしい。
パズルとのアナロジー — 読めない説明書のテンポ
TUNIC のパズルの核は、拾い集めた説明書のページを読み解くことだ。文字は架空の言語で、最初はほとんど読めない。プレイヤーは断片を並べ、見当をつけ、ある瞬間に「そういうことか」と腑に落ちる。この思考のテンポは、急かされない。だからこそ音楽も、明確なビートで前に押し出すのではなく、ゆっくり明滅する持続音で「待ち」の時間を支える。だいたいのテンポを測ろうとすると拍が逃げていく曲が多いのは、解読という行為が一定のリズムを持たないからだと私は思う。
そして「わかった」瞬間にだけ、Kwan の旋律がふっと立ち上がる。アンビエントの霧の中からピアノが顔を出す構成は、長い見当外れのあとに訪れる小さな閃きの形そのものだ。音楽が答えを先に教えないこと——これが TUNIC のサントラの規律だと思う。解く側の沈黙を尊重し、閃きの瞬間だけ少しだけ華やぐ。レコードで通して聴くと、その緩急が一枚の地図のように見えてくる。
聴くべきトラック
まずは開幕の「To Far Shores」。狐が岸に流れ着く場面の音だ。何も説明しないまま世界の広さだけを差し出す、入口として完璧な一曲。公式音源で聴ける。
次に、かつての原題でもある Secret Legend ↗。アンビエントの地層から旋律が立ち上がる瞬間を味わうならこれだ。通しで浸りたい人は フルアルバム(約3時間) ↗ をどうぞ。どちらも Lifeformed 公式チャンネルの音源だ。
おわりに — 私が盗むなら
私が曲を作るなら盗むのは、「場所に音を付け、人物には付けない」という割り切りだ。感情を先回りして指定しない音は、聴き手の歩幅に主導権を返す。パズルでも探索でも、プレイヤーの思考に余白を残したいなら、旋律は閃きの瞬間のためにとっておく。素材を身の回りの環境音から採り、原形が消えるまで加工するのも真似したい——既製のシンセプリセットより、その土地の匂いが残る。
聴き直すなら、何かを解いた直後がいい。「Secret Legend」が、答えに辿り着いた自分の小さな高揚にそっと重なる。次は環境音だけで音楽を成立させた The Witness や、同じく合成音で世界を満たす COCOON と並べて聴くと、パズルの沈黙にどう音を置くかの三者三様が見えてくるはずだ。
参考リンク
・Steam: TUNIC 公式 Original Game Soundtrack
・Lifeformed × Janice Kwan — TUNIC (Bandcamp)
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