SOUNDTRACK · 2026-06-10
World of Goo のサウンドトラック — 積み上げる手に寄り添う、嵐の前のワルツ
Kyle Gabler
はじめに — 嵐の前に鳴る、少し古びたワルツ
黒い空に向かってぷにぷにの塔がぐらりと傾く。その瞬間に鳴っているのは、どこか古びた遊園地のオルガンのようなワルツだ。レビューで扱ったこの物理パズルで、Kyle Gabler が書いた音楽は、最初の一音から『これは怖くて可愛いお話だ』と宣言する。だいたい三拍子、テンポはゆっくりで、低い弦とチェレスタめいた高音が交互に顔を出す。ティム・バートンの映画を、ひとりで全部やってしまった人の音だ。
それもそのはず、Gabler は 2D Boy を Ron Carmel と二人で立ち上げ、ゲームデザインも絵も音楽も自分で背負った人だ。彼が憧れたのは Danny Elfman、Vangelis、Bernard Herrmann、Hans Zimmer、そして Ennio Morricone——『映画音楽の大物全員』だと本人が語っている。ひとりの作り手の机の上で、その全員が小さく鳴っている。それが World of Goo の音の正体だ。
寄せ集めという設計 — 余り物が物語になる
面白いのは、このサウンドトラックの少なからぬ曲が、World of Goo のために新たに書き下ろされたものではない、という点だ。Gabler 本人が公開した制作の経緯によれば、何曲かは過去の小さなプロジェクトのために、あるいはただ楽しみのために書いた音楽の流用・改作だという。たとえば『Threadcutter』は、彼が以前に作った『Blow』というゲームのために書かれた曲だった。
これは怠慢ではなく、むしろ World of Goo というゲームそのものの哲学と響き合っている。プレイヤーは決まったブロックではなく、その辺に転がっている『余り物のぷにぷに』を寄せ集めて橋や塔を建てる。間に合わせの素材で、なんとか形にする。音楽もまた、書きためた断片を寄せ集めて一本のゴシックな物語に組み上げている。素材の出自がバラバラなのに、Gabler の手癖——半音ずつ滑り落ちる和声、行進曲めいた三拍子——が全体を一人の作家の声に束ねている。
もう一つ、彼の代表曲『Ode to the Bridge Builder(橋を架ける者への頌歌)』は、讃美歌『Amazing Grace』を下敷きに、モリコーネの西部劇のあの大きな音で鳴らし直した変奏だと本人が明かしている。橋を架ける、というゲームの中心動作に、開拓と祈りの音を重ねたわけだ。
パズルとのアナロジー — 崩れる構造に、崩れない拍子を
物理パズルの体感は、こうだ。慎重に積む、ぐらつく、息を呑む、また一本足す。手は常に微かに震えている。だからここに細かく刻むチップチューンを当てたら、プレイヤーの神経はもたない。Gabler の選択は逆だった。崩れるかもしれない構造の上に、決して崩れない三拍子のワルツを置く。これは賢い。
ワルツの『1・2・3、1・2・3』は、人が体を揺らせる最も穏やかな周期だ。塔がぐらついても、音楽は同じ振り子で揺れ続ける。すると不思議なことに、画面の不安と音楽の安定が引き算されて、プレイヤーは『なんとかなる』気持ちのまま試行錯誤を続けられる。崩れる映像と崩れない音楽——この温度差こそが、World of Goo を理不尽な物理パズルではなく、愛嬌のある寓話に変えている。
私が好きなのは、音楽がプレイの成否にほとんど反応しないことだ。塔が崩れても曲は中断しない。リトライのたびに頭から鳴り直すのではなく、ただ同じワルツが回り続ける。失敗が叱られない。この『無関心の優しさ』は、思考時間の長いパズルにこそ効く設計だ。
聴くべきトラック
Kyle Gabler はこのサウンドトラック全27曲を、自身の公式サイトで無料配布している。公式音源として、彼自身の SoundCloud アカウント(kylefromthefuture)からまず三曲を挙げる。
・Brave Adventurers ↗ — 『Ode to the Bridge Builder』を快活にした行進曲。一歩を踏み出す勇気の音で、塔を組み上げる序盤にいちばん似合う。
・World of Goo Soundtrack(全曲プレイリスト)↗ — 寄せ集めの断片が一本の物語に束ねられる流れを、頭から通して聴いてほしい。
・Kyle Gabler 公式サイト(全27曲 無料ダウンロード)↗ — ゲーム内版より長い拡張セクションを含む曲もある。作り手の意図に最も近い形がここにある。
おわりに — 私が盗むなら『余り物の流用』だ
自分が曲を作るなら、私はこの『余り物の流用』を盗む。新曲を一から書こうと身構える前に、過去のスケッチ、ボツになった断片、ただ遊びで弾いたフレーズを並べてみる。出自がバラバラでも、自分の手癖が——半音の滑りでも、好きな拍子でも——それらを一人の声に束ねてくれる。Gabler が証明したのは、統一感は素材の出所ではなく、作り手の指から生まれるということだ。
そしてもう一つ。崩れるかもしれない緊張の上に、崩れない拍子を一本通すこと。映像が不安なら、音楽は安心していい。引き算で生まれる温度差は、プレイヤーの背中をそっと押す。聴き直すなら、何かを積み上げる作業の最中がいい。書類でも、レゴでも、コードでも。手が震えるとき、このワルツは『大丈夫、もう一回積めばいい』と三拍子で言ってくれる。
アンビエントで歩行に寄り添う COCOON や、生活の手触りを音にした Unpacking とあわせて聴くと、『パズルの手元に音楽がどう寄り添うか』の振れ幅がよく見えるはずだ。
参考リンク
・Steam: World of Goo Soundtrack(公式 OST DLC)
・Kyle Gabler 公式サイト(全27曲 無料配布・制作経緯)
・Kyle Gabler 公式 SoundCloud(World of Goo Soundtrack)
・Black Screen Records: World of Goo Original Soundtrack 2xLP(公式ヴァイナル)
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