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関連エッセイ
ケーニヒスベルクの橋(1736) — 日曜日の散歩の悩みを、オイラーが地図を消して解いた年
答えは単純だ。1736年、数学者レオンハルト・オイラーは、プロイセンの町ケーニヒスベルクにあった七つの橋を、同じ橋を二度渡らずに全部渡って元の場所へ戻る散歩道は存在しないと証明した。町の四つの陸地は、5本・3本・3本・3本と、どれも奇数本の橋につながっていたからだ。論文「Solutio problematis ad geometriam situs pertinentis」は1735年8月26日に発表され、1741年に出版された。陸地を点に、橋を線に置き換えるこの発想が、後にグラフ理論と呼ばれる数学の一分野を生み、いまも学校で習う「一筆書き」の判定条件として残っている。本稿は、この290年前の一枚の証明が、経路や接続を答えにする現代のパズルゲーム(『Cosmic Express』『Lyne』『Mini Metro』など)の設計の土台に、姿を変えていまも残っていることを辿る。
ナンバーリンク(1897) — 新聞のパズル欄から、フロー・フリーとジップの時代へ
1897年、ブルックリン・デイリー・イーグル紙のコラムにサム・ロイドが載せた「困った隣人たちのパズル」。1917年にはヘンリー・アーネスト・デュードニーが自著でモータリスト向けの一本道パズルとして磨き直し、1980年代のニコリがこれを「アルコネ」「ナンバーリンク」として日本の誌面に定着させた。2012年にはビッグ・ダック・ゲームズの『フロー・フリー』が色付きの点とパイプに姿を変えて1億ダウンロードを超え、2025年にはリンクトインの日課パズル『ジップ』にまでこの系譜は続く。一本の線を交差させずに引く、という百二十年以上前からの規則がどう生き延びてきたかを辿る。
