DESIGNER-STUDY · 2026-07-19

今林宏行の哲学 — 片づける荷物が、片づけの邪魔をする

『倉庫番』(1982) の作者を、本人の言葉だけで読む

はじめに

『倉庫番』を知らない人は少ない。荷物を押して所定の位置に収める、あの一手の重さ。当サイトでも倉庫番系の解き方や、その系譜に連なる作品を何度も扱ってきた。だが、その作者である今林宏行(Hiroyuki Imabayashi)本人の言葉は、日本語圏でも意外なほど読まれてこなかった。今林は1982年に『倉庫番』を発売し、シンキングラビットを興した人物である。

私がいま彼を取り上げるのは、番茶をすすりながら古いゲーム雑誌の文字起こしを読み返すのが趣味だからだ。40年以上前のインタビューと、ごく近年の対話を並べて読むと、この人が驚くほど同じことを言い続けているのに気づく。以下は作品紹介ではなく、人物そのものへの考察だ。引用はすべて本人が公に残したものに限り、私の解釈は解釈として明示する。

経歴 — 三日三晩の後に、荷物を押す男

本人が公式サイトの挨拶で語るところによれば、『倉庫番』が生まれたのは「1981年の桜の花びらが舞う春」だという(倉庫番公式サイト「ごあいさつ」)。友人が置いていったシャープの MZ に触れて以来コンピュータに没頭し、やがて自分で PC-8001 を買った。1983年の LOGiN 誌インタビュー(英訳)では、初めて触れた三日三晩の後「立とうとしたら足が支えられなかった」ほど熱中したと伝えられている(shmuplations 訳, LOGiN 1983)。

『倉庫番』はまず1981年に BASIC で書いた趣味の試作だった。「I made a Sokoban as a hobby in 1981」と本人は近年の対話で述べている(Sokoboxes 対話, 2020/公開2022)。それを妻の実家の店に置いたパソコンで見た流通会社の営業マンが「売れるから作れ、と」言い、今林はダビング機を買い込んで製品化に踏み切った(公式サイト)。1982年、シンキングラビットを設立し、テープを自分でダビングし、パッケージも販売も自分で担った(LOGiN 1983)。日本語圏では作品が有名すぎて作者が見えにくいが、出発点はこの徹底した個人作業だった。

哲学 — 「面の楽しさ」が本体である

今林の発言を横断して最も一貫しているのは、システムやプログラムではなく「問題(面)」こそがゲームの本体だ、という主張だ。近年の対話で彼はこう言い切っている。「The system of Sokoban is simple. You can also make it in Basic. The important point of Sokoban is the fun of the stage.」(Sokoboxes, 2020)。仕組みは単純でよい、面白さは面の設計に宿る、というわけだ。

だからこそ彼は面を方眼紙の上で手作業で設計した。1983年のインタビューでも「To be perfectly honest, I'm not the best programmer」と認めつつ、「technology is something you can buy with money, so I'd rather people focus on developing their ideas-- and enjoying themselves, that's the most important thing」と語っている(LOGiN 1983)。技術は金で買えるが、アイデアと楽しさは買えない — この序列は40年を通じてぶれない。

私が面白いと思うのは、彼が『倉庫番』を「詰将棋のようなものだ(Sokoban is sort of like Tsume Shogi)」と早くから位置づけていたことだ(LOGiN 1983)。作者が解を仕込んだ一問一問を配る作曲家的な態度。ここに、後のパズルデザイン全体に通じる「面=作品」という感覚の原型が見える、と私は読む。

こだわり — 邪魔をする荷物と、悩む人を見る楽しみ

『倉庫番』の核にあるのは、ある一つの発想だ。公式サイトで本人はこう書いている。「構想として、片づけるべき荷物が片づけの邪魔をするというものにしたかったのです」(公式サイト「ごあいさつ」)。片づけるべき対象そのものが障害物になる — この自己言及的な緊張が、押して戻せないという不可逆性と組み合わさって、あの独特の詰み感を生む。彼のこだわりは飾りではなく、この一点の構造にある。

もう一つのこだわりは、遊ぶ人の反応そのものへの執着だ。試作を友人に遊ばせていた頃を、彼は「ああでない、こうでないと、友人、知人が悩む姿を見ながら、ほくそ笑んでいたのです」と回想する(公式サイト)。1983年当時も、電話のヒント窓口で「プレイヤーが何につまずいたかを聞くのが楽しい」と語っていた(LOGiN 1983)。作者が机上で完結せず、人が悩む様子を燃料にしている。

面作りの手つきも一貫している。近年の対話では「when making a stage, we make it by trial and error. As a result of that trial and error, many stages remain unadopted」と述べ、方眼紙での作業を「a very difficult task」だったと振り返る(Sokoboxes, 2020)。採用されない没面が大量に出る試行錯誤 — これは今日の良質なパズル作家が口を揃える工程そのものだ。

失敗と乗り越え方 — 『壊せる壁』をめぐって

今林は自分の初期の見落としを率直に語る。「At that time, I didn't understand the depth of the Sokoban. I didn't expect the stage to be any harder」— そう考えて、彼は第11〜20面に「壊せる壁(breakable walls)」という仕掛けを入れた(Sokoboxes, 2020)。特定方向から押すと隠し通路が開く、というギミックだ。

これは賛否を呼んだ。本人の言葉を借りれば「it became a hot topic with pros and cons. Some people got angry that it wasn't a puzzle.」。彼の応答は明快だった。「Because I thought that noticing that trick was also a puzzle. Since then, there is no such gimmick.」(Sokoboxes, 2020)。仕掛けに気づくこと自体もパズルだ、と一度は擁護しつつ、以後は使わないと決めた。批判をそのまま呑むのでも突っぱねるのでもなく、自分の基準を確かめた上で引っ込めた、という乗り越え方だ。

興味深いのは、彼が自分の記憶の不確かさすら開示することだ。対話の許諾に際して「there are some parts of my memory that aren't accurate. We cannot guarantee the accuracy of the information. It's okay to write it as a just episode」と断っている(Sokoboxes, 2020)。自作の神話化を自ら戒める姿勢だと、私は受け取った。

デザイン上のジレンマ — 「それはパズルか、ギミックか」

『壊せる壁』の一件は、単なる失敗談を超えて、今林自身が言語化したジレンマを含んでいる。プレイヤーが「it wasn't a puzzle」と怒った一方で、彼は「noticing that trick was also a puzzle」と考えていた(Sokoboxes, 2020)。何を「パズル」と呼び、何を「不当なギミック」と呼ぶのか — この線引きは、いまなお隠し要素や叙述トリックを扱う作家が直面し続ける問いだ。彼はその境界を、作品史のごく初期に一度きり踏み越え、そして自ら引き返した。

もう一つ、彼が語った緊張は、限られた腕と勝負どころの選び方にある。なぜパズルとアドベンチャーだったのかを問われて、彼はこう答えている。「We couldn't make advanced games because we weren't very good at programming at first. If you make it a thinking type like a puzzle or an adventure game, you can compete by ideas, I thought.」(Sokoboxes, 2020)。技術で戦えないなら、アイデアで戦う。制約を弱みとしてでなく、勝てる土俵の選択として語っているのが、私には彼らしく映る。

影響源 — ハドソンのアクション、詰将棋、SF小説

『倉庫番』の直接の種を、今林ははっきり明かしている。「Sokoban was inspired other video game. It's a Hudson game. It was an action game in which luggage was moved as a wall to prevent radiation. I made that movement into a puzzle.」(Sokoboxes, 2020)。荷物を壁として動かし放射線を防ぐアクション — その「動き」だけを取り出してパズルに変えた、という。彼はそのゲームをハドソンの『ALDEBARAN』だとして動画へのリンクまで示している(同, 2020)。憶測ではなく、本人が名指しした系譜だ。

設計の枠組みとしては前述の詰将棋があり、複数人が問題を作る文化を彼は歓迎していた(LOGiN 1983)。趣味の源泉についても率直で、1983年にはアーサー・C・クラークの『宇宙のランデヴー』を挙げ、SF小説やカードゲームを「the root of my inspiration」と呼びつつ、「I don't want to just convert them as-is to computer games. That would be boring」と付け加えている(LOGiN 1983)。原案をそのまま移植せず、動きや構造だけを抽出する — 影響の受け方そのものが、彼のパズルの作り方と相似形をなしている。

Kizuki の読み

ここからは本人の発言から一歩踏み込んだ、私 Kizuki の解釈である。私は今林宏行を、「引き算で純度を守る作家」だと読む。彼が繰り返し語るのは、単純な仕組み・買える技術・そのまま移植しないという禁欲であり、残すのはただ一点、「面の楽しさ」と「荷物が邪魔をする」構造だけだ。『壊せる壁』を一度入れて自ら抜いたのは、その純度を守るための最も分かりやすい所作だと私は見る。足すことより、抜くことで作品の芯を露わにする人だ。

そしてもう一つ。彼が友人の悩む姿に「ほくそ笑む」と書き、記憶の不確かさまで開示するとき、私はそこに、作品を神話にせず一つの「エピソード」として手放す軽さを感じる。名作の作者にありがちな重々しさがない。この身軽さこそが、40年以上ぶれずに同じことを言い続けられた理由ではないか — と、これは私の推測として書き添えておく。

おわりに

今林宏行に触れるなら、遠回りは要らない。『倉庫番』の第1面を、方眼紙の上で誰かが手で置いた一問だと思って解いてみるといい。押して戻せない一手の重さの中に、彼の哲学のほとんどが詰まっている。公式サイトの「ごあいさつ」を読めば、その一問が生まれた春の空気まで本人の言葉で辿れる。

系譜として横に広げるなら、当サイトが取り上げてきた箱押しの後継者たち — Alan Hazelden、Arvi Teikari、Patrick Traynor、Stephen Lavelle の『Sokobond』 — を併せて読むと、今林が置いた一点の構造が、どれだけ多くの作家に受け継がれ、変形されてきたかが見えてくるはずだ。

参考文献

本記事で参照した一次資料:

shmuplations.com “Thinking Rabbit – 1983 Developer Interview”(LOGiN 1983年12月号インタビューの英訳)

Sokoboxes “My conversation with Mr Hiroyuki Imabayashi”(2020年の対話, 2022-05-22公開)

倉庫番 オフィシャルサイト「ごあいさつ」(今林宏行 本人による文章)

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