DESIGNER-STUDY · 2026-07-18

Marc ten Bosch の哲学 — 発明ではなく、宇宙から発見する

『Miegakure』『4D Toys』と、4次元を「発見」として設計する方法

はじめに

Marc ten Bosch(マーク・テン・ボス)は、4次元空間をそのまま遊ばせるパズルゲーム『Miegakure(見え隠れ)』の作者である。日本語圏では作品名だけが断片的に知られ、作り手本人の言葉はあまり紹介されてこなかった。長年ほぼ一人で開発を続け、その過程で 4D の物理おもちゃ『4D Toys』(2017年)も生み出した、数学と設計のあいだに立つ稀有な作家だ。

私がいま彼を取り上げるのは、古い講演の文字起こしを読み返すのが趣味だからだ。番茶をおかわりしながら彼のブログの連載を追うと、10年以上にわたって驚くほど同じことを言い続けているのに気づく。以下は作品紹介ではなく、この人物への考察である。引用はすべて本人が公に残したものに限り、私の推測は推測として明示する。

経歴 — DigiPen から、4次元へ

本人が Gamasutra の IGF インタビュー(2010年)で語ったところによれば、彼は DigiPen で学部を過ごし、そこでの課題作『Orblitz』が IGF Student Showcase 2006 にノミネートされた。その後ブラウン大学の大学院に進み、エレクトロニック・アーツにも「ごく短い期間」在籍したという(Gamasutra, 2010)。

『Miegakure』の原型は、2009年の GDC「Experimental Gameplay Workshop」で発表された。同作は IGF 2010 の Excellence in Design 部門ファイナリストに選ばれる。以来、開発は長期にわたって続き、その技術基盤を活かした『4D Toys』(2017年)が先に世に出た。純粋なパズル作家という肩書きには収まらないが、「解く瞬間をどう設計するか」という一点で、彼はパズル設計の最前線にいる。

彼の思想がまとまった形で見えるのは、2011年に Jonathan Blow と共同で行った Indiecade 講演「Designing to Reveal the Nature of the Universe」だ。以後のブログ連載と合わせて読むと、彼の設計論の骨格がはっきりと立ち上がってくる。

哲学 — 「発明ではなく、発見する」

彼の中心にある言葉は、はっきりしている。「It's part of my game design philosophy to try and make games that are discovered, not invented(発明されたのではなく、発見されたようなゲームを作ること。それが私のゲームデザイン哲学の一部だ)」(本人ブログ, 2014)。彼は同じ文章で、囲碁やおそらくテトリスを、単純すぎて純粋で根源的で「発見されたように感じる」ゲームの例に挙げている。

2011年の Indiecade 講演の要旨も、これと地続きだ。「あるシステムの構造を丹念に調べることで、そのシステムの核となるアイデアを見つけ、それらのアイデアが私たちの宇宙の根本的な真実をどう描き出すかを知ることができる」。そして彼らは「そうした真実を可能なかぎり清潔な形で表現するシステムを探す」という美学を提示している(Indiecade 2011 / 本人ブログ)。私見では、これは「面白さを盛る」設計の逆で、すでにある真実を邪魔せず取り出すという考え方だ。

この哲学は「正しさ」への信仰と結びついている。彼は「In the aesthetics of game design, I feel like a game that is very consistent is more beautiful than one that is not(ゲームデザインの美学において、非常に一貫したゲームは、そうでないゲームより美しいと私は感じる)」と書く(本人ブログ, 2014)。美しさは装飾ではなく、システムの整合性そのものから来る、というわけだ。

こだわり — 一つのボタン、数学、頭に入る大きさ

彼のこだわりは「絞る」ことに現れる。4次元を移動させる操作を、彼は複数のボタンではなく一つに畳んだ。「I loved the idea that the game plays like a regular platformer, except for this one special button that you press once in a while. Braid is also this way(ゲームがふつうのプラットフォーマーのように遊べて、ただ時折押すこの特別な一つのボタンだけが違う——その考えが私は大好きだった。Braid もそうだ)」(本人ブログ, 2014)。彼はこの発想が、色を切り替える一つのボタンだけで複雑さを生む『Ikaruga』に触発されたと明言している。

もう一つは、難しさの出し方への態度だ。「I want to make each level show off some interesting aspect, rather than increasing its difficulty for arbitrary reasons like increasing the number of steps required to solve it(各レベルは、解くのに必要な手数を増やすような恣意的な理由で難しくするのではなく、何か面白い側面を見せるものにしたい)」(Gamasutra, 2010)。難易度は水増しの対象ではなく、理解の深まりとして立ち上がるべきだという立場だ。

そして数学。NYU Game Center のインタビュー(2015)で彼はこう語る。「I also approach game design as a science as well as an art. A lot of puzzles in Miegakure are about interesting topological facts(私はゲームデザインを芸術であると同時に科学として捉えている。Miegakure のパズルの多くは、興味深い位相幾何学的な事実についてのものだ)」。同時に、4次元空間は指数的に「満たす」のが難しいため、レベルは小さく保ち、プレイヤーが盤面全体を頭に入れられる状態を保つ——「that means they are truly thinking in 4D」と彼は書く(本人ブログ, 2014)。

失敗と乗り越え方 — 速さを捨てて、パズルになった

本人が公に語っている失敗は、初期に試して機能しなかった要素の話だ。何がうまくいかなかったかと問われて彼はこう答えている。「There were tons(山ほどあった)。A fundamental aspect seems to be that fast-paced elements don't work well in the game(根本的なこととして、速いテンポの要素はこのゲームでうまく機能しないようだ)」。理由も本人の言葉で明快だ——どの瞬間も世界の断面しか見えないため、変化を観察し理解するのに時間がかかる(Gamasutra, 2010)。

重要なのは、その失敗への応答だ。彼はそこから「the game should give the player plenty of time to think, which makes the fourth dimension mechanic better-suited to a puzzle game than an action game(ゲームはプレイヤーに考える時間を十分に与えるべきで、それゆえ4次元のメカニクスはアクションよりパズルに向いている)」と結論づけた(Gamasutra, 2010)。速さを捨てたことが、そのまま作品のジャンルを決めている。私見では、これは失敗というより、素材が自ら適した形を教えてきた——まさに「発見」の哲学が実地で働いた瞬間に見える。

ジレンマ — 正しさと、分かりやすさ・美しさ

彼が繰り返し悩みとして語るのは、4次元を正確にシミュレートすることと、ゲームを分かりやすく・単純に見せることの綱引きだ。NYU のインタビューで彼はこう述べる。「the more correctly the game can simulate the fourth dimension, the more players can pick up on an underlying consistent pattern. On the other hand I try to keep certain aspects of the game fairly simple to make it appear simpler and behave like a regular game(正確に4次元をシミュレートするほど、プレイヤーは根底にある一貫したパターンに気づける。一方で私は、単純に見え、ふつうのゲームのように振る舞うよう、ある側面はかなり単純に保とうとしている)」(NYU Game Center, 2015)。

この葛藤は、より鋭い一文にも現れる。「Sometimes I want to make things clearer or more beautiful at the expense of correctness(時に私は、正しさを犠牲にしてでも、物事をより明確に、より美しくしたくなる)」(本人ブログ, 2014)。整合性を美とする作家が、その整合性をあえて崩したくなる瞬間があると認めている——ここに彼の設計の一番きわどい縁がある。同じ文章で彼は、問題のある場面を削り取るこの営みこそ「a lot of what game design is(ゲームデザインの多くの部分だ)」とも書いている。

影響源 — Flatland、Ikaruga、Braid、日本庭園

影響源は、本人が明確に認めているものだけを挙げる。まず 1884年の小説『Flatland』(Edwin A. Abbott)。彼は「only really made progress once I read Flatland(Flatland を読んで初めて本当に前進した)」と語り、2次元の住人にとって3次元の存在が「魔法(miracles)」に見えるという構図を、4次元へ拡張したのが企画の核だと説明している(Gamasutra, 2010)。

設計上の直接の参照は二つ。色替えの一ボタンだけで複雑さを生む『Ikaruga』、そして Jonathan Blow の『Braid』だ。彼は Braid のある鍵と扉のパズルを「probably my favorite in the game(たぶんこのゲームで一番好きだ)」と呼び、「Everything extraneous to the puzzle itself has been removed(パズルそのものに不要なものはすべて取り除かれている)」その圧縮ぶりを称える(本人ブログ, 2014)。Blow とは2011年の講演も共にしている。

タイトル『Miegakure』そのものが、影響の告白でもある。彼は「Miegakure literally means 'hidden from sight'(見え隠れは文字どおり『視界から隠れている』を意味する)」とし、庭園を歩くと木や丘が視界を遮り、隠れた部分を想像させる日本庭園の技法から採ったと述べる(Gamasutra, 2010)。さらに「Consistency Boundary」では J.C.R. Licklider の「The laws of the model's nature have to be logically and mathematically consistent with one another, but not with physics」という言葉を引き、自らの整合性の思想の支柱にしている(本人ブログ, 2014)。

Kizuki の読み

ここからは私 Kizuki の解釈である。私は Marc ten Bosch を、「作家が消えることを目指す作家」と読む。「発見であって発明ではない」という彼の言葉は、謙虚な方法論であると同時に、自分の趣味や癖を作品から締め出すための規律に見える。囲碁やテトリスに作者の顔がないように、彼は4次元という既にある真実の前で、自分を可能なかぎり透明にしようとしている。だからこそ操作は一ボタンに畳まれ、レベルは頭に入る大きさに切り詰められる——余計なものはすべて「発見」を曇らせる不純物だからだ。

だが彼自身が漏らした「正しさを犠牲にしてでも美しくしたい」という一言に、私はこの作家の人間くささを見る。完全に透明な作者などいない。整合性という神を掲げながら、時にその神を裏切ってでも見せたい景色がある——その矛盾こそが、数学者ではなく作家としての Marc ten Bosch なのだと、私は読む。

おわりに

この人物に触れ始めるなら、まず『4D Toys』を勧めたい。4次元の物体が3次元の床に落ちてくる様子を指で転がせる、彼の思想がもっとも手早く体感できる小品だからだ。そのうえで『Miegakure』のトレイラーと、本文で引いたブログ連載「Nature as Designer」「Consistency Boundary」を読むと、一つのボタンに畳まれた4次元の像が立ち上がってくる。

関連する導線として、同じ2011年の講演を共にした Jonathan Blow、慣習を理由まで疑う Alexander Bruce、ルールそのものを遊ばせる Arvi Teikari、説明しないことを作品にする Stephen Lavelle の各回を並べて読むと、「システムを発見する」系の作家たちの地図が見えてくるはずだ。

参考文献

本記事で参照した一次資料:

Indiecade 2011 講演「Designing to Reveal the Nature of the Universe」(Jonathan Blow と共同 / 本人ブログの要旨)

本人ブログ "Nature as Designer (There was only one way to design Miegakure)" 2014-10-15

本人ブログ "Consistency Boundary: What makes a logically and mathematically consistent system?" 2014-07-27

NYU Game Center "Game Designers in Detail: Marc ten Bosch" インタビュー 2015

Gamasutra (Game Developer) "Road To The IGF: Miegakure's Marc Ten Bosch" 2010-02-11

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