DESIGNER-STUDY · 2026-06-03
Arvi Teikari の哲学 — 驚かせたいから、ルールそのものを遊ばせる
『Baba Is You』を作った Hempuli を、本人インタビューから読む
はじめに
今回取り上げるのは Arvi Teikari、ハンドルネーム Hempuli として知られるフィンランドの個人開発者である。代表作は『Baba Is You』——盤上に「ROCK IS PUSH」「BABA IS YOU」といった言葉のブロックが並び、その文を押して並べ替えると、ゲームのルールそのものが書き換わるパズルだ。当サイトでもこのゲームは メタパズルの系譜 や 学習曲線の記事 で繰り返し参照してきた。
だが私がここで考察したいのは作品ではなく、それを作った人物だ。なぜ「ルールを遊ばせる」という発想に行き着いたのか。難しさをどう捉えていたのか。私は彼のインタビューを三本横断して読み、本人が実際に語った言葉だけを手がかりに、その設計思想を追ってみたい。引用は短く、原典に飛べるようにした。私の推測は最後の一節にだけ置く。
経歴 — ゲームジャムから生まれた個人開発者
Teikari は日本語圏ではまだ「Baba Is You を作った人」以上には知られていないので、まず簡単に紹介しておく。彼は幼少期、いとこのスーパーファミコンで『スーパーマリオワールド』に触れてゲームに興味を持ち、小学校で友人に Game Maker を教わり、以後 Clickteam 社のツール(Multimedia Fusion 2)を長く使い続けてきた個人開発者だ(Indie Game Website, 2019)。
『Baba Is You』は2017年の Nordic Game Jam(48時間でゲームを作るイベント)で生まれた。プロトタイプ版は IGF(Independent Games Festival)で Excellence in Design 賞・Nuovo 賞・Best Student Game 賞を受賞し、2019年3月に製品版が Nintendo Switch と PC で発売された(PC Gamer, 2018)。それ以前の彼は、2008年ごろから小さな実験的ゲームを大量に作り続けていた——この「短い実験作で古典的なシステムのひねりを探る」という習慣は、後で見るように彼の核に残り続けている。
哲学 — 「驚かせ、楽しませたい」
彼の発言を横断して最も繰り返し現れる言葉は「驚かせたい」である。「私にとっての大きな動機は、プレイヤーを驚かせ、あるいは感嘆させたいという欲求だ」(Indie Game Website, 2019)。彼は自分が子どもの頃にゲームで味わった「予想外の体験」を、今度は他人に差し出したいのだと語る。難しさそのものが目的ではない、という点は後で繰り返し効いてくる。
もう一つの柱は「自己表現」だ。「一番の動機は、ただ自己表現がしたいということだ」「私は絵を描くのも好きで、それらはどれも頭の中にある概念を他人に見せるための手段なのだ」(同)。彼にとってゲームは、論理パズルである前に、頭の中の像を外に出すための媒体である。
そして三つ目——これは私が最も重要だと考える——は「意味はルールからのみ生まれる」という決断だ。彼は当初、氷は初めから溶ける性質を持つ、というように物に固有の性質を持たせる予定だったが、それをやめた。「レベルの中の唯一の意味が、その中の操作可能なルールからのみ生まれるようにした方が、ずっと面白いと気づいた」(同)。物に意味を持たせず、盤上に置かれた文だけが世界を定義する——この潔さが『Baba Is You』の骨格になっている。
こだわり — 相互作用から逆算し、つまらない別解を削る
彼のレベル設計には明確な手順がある。まず言葉と仕組みを眺め、その間の「面白そう・笑えそうな相互作用」を探す。見つかったら、その相互作用を使わなければ解けないレベルを逆算して組み立てる。「面白そうだと思ったら、その相互作用の使用を要求するレベルを逆算して作った」(Game Developer, 2019)。仕組みが先、問題は後。これは前項の「驚かせたい」哲学の、設計手順としての翻訳だと整理できる。
もう一つのこだわりは、面白くない別解を執拗に潰すことだ。「テスト工程の大きな部分は、十分に面白くない別解を取り除くことだった」「私の狙いは、どのレベルも最低限なにか新しい相互作用や機能を取り入れることだった」(Red Bull, 2019)。ただし彼は別解を一律に憎んでいるわけではない。同じ学びを別の形で伝える別解や、序盤でプレイヤーに新しい発見を与える別解は、むしろ残す価値があると語っている(同)。
関連して、彼はある時点で「ミスリード(赤ニシン)をそれ自体のために置くこと」をやめた。「無意味に難易度を上げるだけで、たいてい面白い問題解決にはつながらない」(Indie Game Website, 2019)。難しさを足すのではなく、面白い一手を仕込む——彼のこだわりは一貫して「驚き」の純度に向いている。
失敗と乗り越え方 — 自分で過小評価し、想定外に作り直す
意外なことに、最初に作品を過小評価したのは作者自身だった。「正直に言えば、最初はこのゲームにかなり生ぬるい感情を抱いていた。他の人が触って『この発想が好きだ』と言ってくれて、ようやく自分でもその面白さを理解した」(Indie Game Website, 2019)。ジャムの場でも、彼はアイデアに確信が持てず「技術的問題にぶつかるか、遊んでみたらつまらないかのどちらかだろうと思っていたが、とにかくプロトタイプを作ることにした」(Red Bull, 2019)。確信がないまま手を動かす、という乗り越え方である。
技術面では、開発中盤に大きな見落としが露呈した。彼はルールシステムを「一つのマスには常に一つの言葉しかない」という前提で組んでいたが、ある日プレイヤーが言葉を積み重ねられることに突然気づいた。「積み重ねを正しく扱えるようルールシステムを作り直すことは、開発全体でも大きな仕事の一つになった」。それでも彼はこう続ける。「プレイヤーが何かまったく予想外のことをする可能性を考慮に入れることが、とても重要に感じられた」(Game Developer, 2019)。失敗を、プレイヤーの自由を守るための投資に変えている。
難易度の構造についても、彼は事後に手を入れている。完成度の高い別エリアに進める設計にしたものの、収集癖のあるプレイヤーが一つのエリアを完全制覇しようとして詰まるリスクは認識していた。「そのリスクは分かっていた」とし、リリース後に一部のレベルを通常から『Extra』へ格上げしたり、後のエリアへ移したりした。それでも「構造はまだ改善の余地がある」と率直に語っている(同)。
ジレンマ — 難しさと親切さ、そして『次作』の重圧
彼が公に悩みを語っているテーマが、難易度とアクセシビリティの両立である。彼は「難しさがこのゲームの本質的な部分だとは言わない」とし、狙いは「レベルが要求する『一手』が満足できるもの、あるいは巧妙であること」だったと言う。だが「ゲームは予想よりずっと難しくなった」(Red Bull, 2019)。ターン制パズルは難易度を連続的に下げる変数が乏しい——この技術的制約が、親切さの実装を難しくしていると彼は説明する(同)。
そのうえで彼は、ヒントやアクセシビリティ機能に前向きだ。「Celeste をはじめ様々なゲームが示したように、アクセシビリティを高めても、その機能を使いたくない人にとってゲームが『損なわれる』わけではない。むしろ、ほかの人にとっては体験がずっと楽しくなる、あるいはそもそも遊べるようになる」(同)。難しさを誇るのではなく、入口を広げる側に彼は立っている。当サイトの Undo の倫理 とも響き合う姿勢だ。
もう一つのジレンマは、成功そのものが生む重圧だ。「次に何を作るにしても『Baba Is You』を超えなければならない、という感覚が育つのを避けたい」「ゲーム開発でもっと『真面目』であろうとする義務感が、私が得ている楽しさを損なうことを恐れている」(Indie Game Website, 2019)。彼は意図的に、これまでと同じ作り方を続けようとしている。
影響源 — ブロック押しパズルの系譜と、お絵かき物理
影響源について、Teikari は珍しく具体的だ。彼自身が「『Baba Is You』の設計に最も影響を与えた単一のタイトル」と呼ぶのが、Noumenon Games の『Snakebird』である(Red Bull, 2019)。加えて increpare の『Stephen's Sausage Roll』、Draknek の『A Good Snowman Is Hard to Build』、Qrostar の『Jelly no Puzzle』、Corey Martin の『Pipe Push Paradise』、smestorp の『Corrypt』を挙げる。『Baba』が踏むターン制ブロック押しの型は、これらの系譜の延長線上にあると本人が認めている(同)。
発端そのものにも明確な源がある。ジャムのテーマ「Not There」が、論理における「Not X」——概念 X を否定で反転させる仕組み——を彼に連想させ、そこに上記のパズル群の記憶が重なって、「Ice Is Not Melt」という一文で溶けずに済む氷、という最初の心像が生まれた(同)。アートワークの面では Petri Purho の『Crayon Physics Deluxe』を、パズル設計への姿勢という点では Number None の『Braid』を影響源として挙げている(同)。
興味深いのは、彼が Jonathan Blow の「インディーは10年前の約束を果たせず停滞している」という見方に同意しない点だ。「私はそうは思わない。10年前よりはるかに多くのゲームが作られ、リリースされている」(Indie Game Website, 2019)。当サイトの Blow 論 と並べて読むと、同じパズル系作家でも世界の見え方がここまで違う、という対照が浮かぶ。
Kizuki の読み
ここからは私 Kizuki の解釈である。本人発言ではなく、それらを並べて私が読み取ったものとして書く。私は Teikari を「論理学者ではなく、いたずら好きの自己表現者」と読む。世間は『Baba Is You』を冷たい形式論理のゲームとして語りがちだが、彼の言葉の重心は一貫して論理ではなく『驚き』と『自己表現』にある。物に固有の意味を与えず、ルールだけが世界を定義するという決断も、私には体系的厳密さの追求というより「その方が予想外で面白いから」という、いたずらの動機から出ているように読める。最初は自作を生ぬるく評価し、他人の笑いで初めて価値を知ったという告白も、彼が頭の中ではなく他者の反応の中に作品の意味を見出す人であることを示している。難しさを誇らず親切さの側に立ち、『次作で超えなければ』という重圧を意識的に拒む姿勢——これらを束ねると、彼の創作の芯にあるのは野心ではなく、楽しさを手放さないための慎重さだと整理できる。私はそこに、長く作り続ける人の静かな知恵を見る。
おわりに — どこから触れるか
Teikari を理解したいなら、まず『Baba Is You』を序盤だけでよいので自分で触ってみるのがいい。言葉を一つ動かすたびに世界が組み替わる手触りが、彼の言う『驚かせたい』を最短で体験させてくれる。そのうえで本記事のインタビュー三本を読むと、あの軽やかな仕掛けが、確信のないまま手を動かす慎重な作家から生まれたことが分かるはずだ。
関連デザイナーへの導線としては、彼自身が影響源に挙げる increpare(Stephen Lavelle)や Draknek(Alan Hazelden)が次の一歩になる。世界観の対照を楽しみたいなら、当サイトの Jonathan Blow 論 と読み比べてほしい。同じパズルという言葉を使いながら、一方は『真実』を、もう一方は『驚き』を中心に据えている。
参考文献
本稿で引用・参照した一次資料(いずれも本人発言を含むインタビュー):
・John Harris『Designing Baba is You's delightfully innovative rule-writing system』Game Developer, 2019年5月 — gamedeveloper.com
・『Baba Is You Developer Arvi Teikari Talks Indie Innovation, Influences and Puzzle Design』The Indie Game Website, 2019年7月 — indiegamewebsite.com
・Jamie Stevenson『Baba Is You creator on difficulty, Nintendo Switch and breaking the rules』Red Bull Games, 2019年5月 — redbull.com
・『Night in the Woods tops IGF Awards, student game Baba Is You wins big』PC Gamer(IGF 受賞の確認用) — pcgamer.com
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