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ESSAY · 2026-05-26

Undo の倫理 — 試行を許すか、罰するか

巻き戻しが変えるパズルの意味

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はじめに

パズルゲームにおいて、Undo は空気のような存在だ。あれば当たり前、なければ息苦しい。けれどこの『当たり前』が成立したのは、実はそれほど昔のことではない。1982年の倉庫番にはUndoがなかった。プレイヤーは箱を間違った角に押し込んだ瞬間、レベルを最初からやり直すしかなかった。しかもリスタートの回数には上限があり、4回失敗すると最初のレベルに送り返された。

それから40年が経ち、Baba Is You はボタンを押し続けるだけで開始時点まで巻き戻せるようになった。この変化は、インターフェースの改善にとどまらない。Undo の設計は、パズルそのものの意味を書き換える。試行を許すか、罰するか。この問いに対する答えが、作品の手触りを根底から決めている。

罰する時代 — 再起動というコスト

倉庫番が Undo を持たなかったのは、技術的制約だけが理由ではない。1980年代のパズルゲームは、アーケードの文法を引き継いでいた。失敗にはコストがあるべきだ、という暗黙の前提があった。プレイヤーが慎重に考えることを促すために、失敗の痛みが必要だと考えられていた。

この設計には合理性がある。Undo がなければ、プレイヤーは1手ごとの意味を吟味する。盤面を脳内でシミュレートし、確信を持ってから手を動かす。将棋や囲碁の思考プロセスに近い。倉庫番の設計者・今林宏行がアクションゲーム『アルデバラン#1』の荷物を押す動きからパズルを着想したとき、その慎重さこそが遊びの核だった。

けれど、この設計には副作用がある。プレイヤーは失敗を恐れて実験しなくなる。正解を見つけてから動くという態度は、解法の発見プロセスから『偶然の気づき』を排除してしまう。失敗のコストが高いほど、プレイヤーの行動は保守的になる。

Braid が開いた扉 — 巻き戻しの発明

2008年、Jonathan Blow の Braid は、時間の巻き戻しをパズルの中核に据えた。プレイヤーは死んでも、ボタンひとつで時間を逆再生できる。重要なのは、これが単なる救済措置ではなく、パズルの文法そのものに組み込まれていたことだ。

Braid の各ワールドは、巻き戻しに異なるルールを課す。あるワールドでは緑色に光るオブジェクトだけが巻き戻しの影響を受けない。別のワールドでは、プレイヤーの移動方向と時間の流れが連動する。Blow は、Prince of Persia: The Sands of Time や Blinx: the Time Sweeper とは異なり、巻き戻しが世界に重大な変化をもたらす設計を意図していた。

Braid 以前、Undo は『間違いを取り消す消しゴム』だった。Braid 以降、Undo は『パズルの動詞のひとつ』になった。この転換は、後続のすべてのパズルゲームに影響を与えている。巻き戻しをどう扱うかという問いが、設計者にとって避けられないものになったのだ。

許容のスペクトル — Snakebird から Baba まで

Braid 以降、試行を許す度合いは作品ごとに異なるスペクトルを形成している。Noumenon Games の Snakebird(2015)は、死亡時に自動で1手戻る設計を採用した。プレイヤーは崖から落ちた瞬間、落ちる前の状態に戻される。リスタートのロード時間も、死亡演出の待ち時間もない。失敗のコストが限りなくゼロに近い。

Stephen's Sausage Roll(2016)はさらに踏み込んだ。Undo はレベルをまたいで機能し、理論上はゲーム開始時点まで巻き戻せる。increpare games の Stephen Lavelle は、この無制限 Undo を、極端な難しさとセットで設計した。ソーセージを正しく焼くパズルは、倉庫番の数倍の組み合わせ爆発を持つ。Undo がなければ、ほとんどのプレイヤーが序盤で脱落するだろう。

そして Baba Is You(2019)は、Undo をプレイの実験性と直結させた。ルール文を押して壊してみる、結果を観察する、気に入らなければ巻き戻す。Hempuli の Arvi Teikari は、実験こそがこのゲームの解法であると理解していた。Undo を制限すれば、プレイヤーは実験をためらい、ゲームの核が損なわれる。無制限 Undo は、Baba の設計思想そのものだ。

Undo を持たない選択 — Witness と Cocoon

すべてのパズルゲームが Undo を必要とするわけではない。The Witness(2016)のパネルパズルには Undo がないが、線を引き直すコストはほぼゼロだ。パネルに触れた瞬間、前の線は消え、新しい試行が始まる。Jonathan Blow は、各パネルを短い試行単位として設計することで、Undo の必要性そのものを消した。

Cocoon(2023)はさらに異なるアプローチをとった。Jeppe Carlsen は、そもそも失敗状態が発生しにくい空間を設計した。詰み状態が存在しないから、Undo も不要になる。ボス戦で倒されても、10秒で復帰できる。Cocoon は『罰しない』のではなく、『罰する場面を作らない』のだ。

この2作品は、Undo の倫理を別の角度から照らしている。試行を許すか罰するかという二項対立ではなく、そもそも試行の単位を小さくするか、失敗そのものを設計から排除するか。どちらも、プレイヤーの実験を阻害しないという目的は同じだ。手段が違うだけで、設計者の意図は一致している。

参考リンク

本記事で言及した作品の一次資料:

Wikipedia: Sokoban (1982, Thinking Rabbit)

Wikipedia: Braid (2008, Jonathan Blow)GDC Vault: Braid — Designing with Time

Steam: Snakebird (2015, Noumenon Games)

Steam: Stephen's Sausage Roll (2016, Stephen Lavelle)

Steam: Baba Is You (2019, Hempuli)

Steam: The Witness (2016, Thekla)

Steam: COCOON (2023, Geometric Interactive)

まとめ

Undo の設計は、パズルの難しさだけでなく、プレイヤーとゲームの関係を規定する。Undo がなければプレイヤーは慎重になり、無制限なら大胆になる。試行の単位が小さければ Undo は不要になり、失敗状態がなければ問い自体が消える。どの設計を選ぶかは、作品が何を体験させたいかで決まる。

私が次にパズルを作るとしたら、Undo の有無をゲームデザインの最初期に決めたい。それは難しさの調整ではなく、プレイヤーに対する姿勢の宣言だからだ。あなたの試行を全て受け入れると言うのか、一手の重みを噛みしめてほしいと言うのか。その宣言が、パズルの全体設計を方向づける。

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