REVIEW · 2023-09-29
COCOON
オーブを背負って歩く
第一印象
虫のような姿の主人公が、薄暮色の風景の中をゆっくり歩き出します。説明文はなく、矢印もなく、ただ一つだけ操作できるボタンがあります。
そのボタンで近くのオーブを拾い、台座に置きます。それだけで、世界の一部がほどけて道が伸びる。やがてオーブの中に入れることを知ります。
最初の30分は、ただの3D探索アクションに見えるかもしれません。けれど一度オーブの中に入って外を見返した瞬間、自分が今までいた世界が小さな球の中の景色だったと気づく。その瞬間に、このゲームの設計図が頭の中で組み変わります。
メカニクスの言語化
歩く、ボタンを押す、オーブを持つ、オーブに入る、オーブから出る。それだけが、ゲーム全体の語彙です。本当に One Button と言って差し支えない。
けれども、それぞれのオーブには固有の能力が割り当てられていて、橙のオーブを持っていると不可視の足場が見えたり、緑のオーブを持っていると特定のレリーフが起動したりします。
終盤になると、オーブを別のオーブの中に持ち込む状況が頻発します。世界 A の中に世界 B を持ち込んで、B の能力を A で使う。Patrick's Parabox の再帰倉庫番を、抽象論理ではなく身体感覚に落とし込んだ、と言えばニュアンスが伝わるでしょうか。
このゲームの魅力
『世界が入れ子になる』というたった一つのアイデアを、最後まで折りたたみ続ける純度の高さ。一切の説明なしに、体で理解させる。導入されたメカが30分後に必ず別の意味で再登場する、その律儀さに惚れ惚れします。
Geometric Interactive は LIMBO / INSIDE で Lead Gameplay Designer を務めた Jeppe Carlsen の会社です。LIMBO の『静かに歩いて少しずつ理解する』ペース感が、ここでは完全に開花しています。BGM、効果音、振動、すべてが歩く速度に合わせて呼吸しています。
そして全編にわたって、台詞も文字もありません。代わりに置かれているのは、低い音、虫の動き、世界が広がる時の地響き。プレイヤーが言葉ではなく感覚で世界を読む時間が、6時間ずっと続きます。
ゲームデザインの工夫
Jeppe Carlsen が LIMBO / INSIDE で見せた『詰まらせない設計』がここでも徹底されています。失敗状態がほぼなく、流れが止まらない。ボス戦ですら、死ぬのは『学習のきっかけ』であって、ペナルティではありません。リトライは即時で、考える時間と試す時間がほぼ等価に保たれています。
メカニクスを順番に積み上げる教師の手腕が、Patrick's Parabox とよく似ています。両作とも『新概念を1個だけ導入して、応用を5-6面続け、次の概念へ』というリズムを愚直に守る。けれど Cocoon は概念の数を Parabox より絞り、その分だけ視覚と音響の演出に予算を回した。学習曲線を平らに保つために、新ギミックの導入数を減らすという判断は、6時間という尺と相性が良かったと思います。
もし私がこれを設計するなら、おそらく『説明テキストを少しだけ入れたい誘惑』に負けたと思います。Cocoon はそれを一切やらず、代わりに『プレイヤーが今やるべきこと』を視線誘導と光源だけで伝えている。これは Inside の遺産で、Limbo 以降の Playdead 系統の作家が確立した文法です。一人で UI を全部捨てる勇気を、私は次の作品で参考にしたい。
難しさの手触り
難しさよりも、ペース管理の上手さが光ります。気がつくと深夜で、3時間続けて遊んでいました。難所はなく、けれども退屈もない。プレイヤーが詰まる可能性を、設計の段階で潰し切っています。
難しさラベルとしては『易』ですが、これは『考えなくていい』という意味ではありません。考える対象が空間構造に絞り込まれているために、思考の方向が一つしかなく、自然に答えに辿り着けるという意味の易しさです。
結論
6時間で終わってしまいます。値段は安くはありません。けれど入れ子の世界を一度自分の体で歩いた経験は、たぶん長く残ります。ラスト10分のためにある6時間と言ってもいい。
近年のメタパズルの中で、Cocoon は『言語化されない美しさ』の側に振り切った一作です。Parabox が概念の明晰さで勝負したなら、Cocoon は概念の身体感覚で勝負した。制作者として、自分はどちらの極に立ちたいかを毎回問い直されました。
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