DESIGNER-STUDY · 2026-05-31
Lucas Pope の哲学 — 問題がなければ、興味が湧かない
『Papers, Please』と『Return of the Obra Dinn』の設計者を、その「エンジニアの視線」から読む
はじめに
Lucas Pope は、入国審査官を演じる行政書類シミュレーター『Papers, Please』(2013)と、1-bit の船で乗員60人の死因と身元を推理する『Return of the Obra Dinn』(2018)を、ほぼ一人で作り上げたアメリカ人ゲームデザイナーである。日本でも『パペーズプリーズ』『オブラ・ディン号の帰還』として根強い人気を持つが、本人がどんな考えで設計しているかまで踏み込んで読まれることは少ない。
私(Kizuki)がこの人物を取り上げたいと思ったのは、彼の発言が驚くほど一貫しているからだ。10年以上にわたるインタビューを並べても、彼は同じことを別の言葉で言い続けている。『私はエンジニアとして問題を解く』『削ぎ落とす』『プレイヤーの想像力を信じる』——この3本の柱が、まったくジャンルの違う2作を貫いている。本稿では作品紹介ではなく、Lucas Pope という人物そのものを、本人の言葉を引きながら考察する。
経歴 — HyperCard から Naughty Dog、そして一人開発へ
Pope は自身の出発点を率直に語っている。「最初に作ったゲームは Mac Plus の HyperCard 上だった。最高だった」。そこから全盛期を過ぎた C64 向けの小さな作品へ進み、「90年代後半に友人たちと Ratloop というゲーム開発会社を立ち上げた」(Game Developer, 2014)。会社は数年で解散し、彼は LA で Realtime Associates、そして Naughty Dog へ移る。「Naughty Dog で最初の2本の Uncharted を手がけた」と彼は述べている(同)。
大手スタジオで AAA タイトルを経た後、彼は小規模な実験的ゲームへ戻った。「私はいつも小さな実験的ゲームに惹かれてきたし、今やっているのは基本的にそれだ」(Game Developer, 2014)。この AAA から個人開発への移動が、後の『削ぎ落とし』の哲学と無関係には読めない。2022年のインタビューでは、初期作『Mightier』『Helsing's Fire』を妻でゲームプログラマーの Keiko Ishizaka と共に開発したこと、現在は基本的に一人で作っていることを語っている(GAMINGbible, 2022)。
哲学 — 「エンジニアとして問題を解く」
Pope の設計哲学の核は、彼自身が何度も口にする一文に凝縮されている。「私が取り組むどのプロジェクトでも、エンジニアのように、解くべき問題があるかのように向き合う」(Game Developer, 2018)。そして続けてこう言う。「問題がなければ、私はそれほど興味が湧かない。だが問題があれば、何か制約や限界があれば、急に興味が湧く」(同)。1-bit という縛りも、物語が作れそうにない地味な仕組みも、彼にとっては『解くべき問題』だから魅力なのだ。
もう一つの柱は、平凡なものへの愛着だ。「私は硬いコアメカニクスの大ファンだ」と彼は語り、自分を「少し強迫的なエンジニア」と呼ぶ(Game Developer, 2018)。そのうえで「平凡な体験の中の面白い部分を捉えようとするのが好きだ」と言う(同)。世界中で退屈な仕事をしている人々にも面白い人生がある——その視点が、入国審査や死体検分という題材選びを支えている。
三つ目は、プレイヤーへの信頼である。「私はプレイヤーの想像力をとても信頼している」(GAMINGbible, 2022)。物理的にすべてをゲーム内に置かないことで、世界はかえって豊かになる、と彼は考える。観察と推理を遊びの中心に据える設計——この系譜に、彼の2作はきれいに収まる。
こだわり — 反転させ、そして削ぎ落とす
Pope の作品に繰り返し現れる手法の一つが『反転』だ。『Papers, Please』について彼はこう説明している。「コンセプトは、いつもと違う方向から物事に近づくことに焦点を当てている。よく見かける出来事を反転させて、あなたを反対側に置く。あなたは国境をすり抜ける英雄ではなく、書類をチェックする門番だ」(Game Developer, 2014)。スパイ映画の脇役、本来は描かれない側に主役の座を与える——これが彼の発想の起点になっている。
もう一つは徹底した削ぎ落としだ。「これがゲーム作りの基本的な信条だ。私はとことん冷静でいる。必要なものだけに削ぎ落とさなければならない」(GAMINGbible, 2022)。低解像度すら、彼は美徳に変えている。「低解像度は私の限界によって決まったが、結果として、私はビジュアル、とくにアニメーションをとても速く作れた」(Game Developer, 2014)。制約を言い訳にせず、制約を様式へと昇華させる癖が、ここにも見える。
そして1-bit への執着。「色がもっと欲しいと思ったことが一度もなかったのを、はっきり覚えている。私にとって1ビットは常に美しく見えた」(Game Developer, 2018)。子供の頃に遊んだ Macintosh Plus の白黒ゲームの記憶が、四年半を費やす作品の根を成している。
失敗と乗り越え方 — 船と、嫌われたディザリング
Pope は自分の失敗を珍しいほど率直に語る。『Obra Dinn』の規模について彼ははっきりこう言った。「船にしようと決めたとき、四層のデッキを問題なくモデリングできると思って簡単だと考えた。それがこのゲームでの最初の大きな失敗だった」(Game Developer, 2018)。リアルな船には120〜200人が必要だと知り、80人に削り、実際に作り始めて60人が限界だと悟る。「キャラクターを作るのに気が狂いそうだった」と彼は振り返る(同)。物語より先に船の現実から積み上げてしまった順序の誤りを、彼は隠さない。
ビジュアル面の失敗も語られている。最初に試した、版画のようなディザリングのパターンについて。「私が記録していた TIGSource の開発日誌では、誰も気に入らなかった。みんなが嫌った」(Game Developer, 2018)。彼は振り出しに戻り、視点を動かしてもディザが画面上を滑らないよう、シーンに固定される技法を編み出す。「正しく仕上げるのにとても時間がかかったが、最終的には、ほとんど気づかれない」と彼は言う(同)。失敗を公開の場に晒し、批判を受けて作り直す——その過程そのものを彼は資料として残している。
設計の方向転換も失敗からの回復として語られる。当初『Obra Dinn』は『どう死んだか』を当てるゲームだった。「長い間それにこだわっていたが、やがて、それはたいてい難しくないと気づいた」。そして「本当に面白い部分は、彼らが誰なのかを突き止めることだと気づいた」(Game Developer, 2018)。この遅い気づきが、推理ゲームとしての核を生んだ。
ジレンマ — 想像力への信頼と、近づきやすさ
プレイヤーの想像力に賭ける哲学には、本人が認める代償がある。「私が見ている不利な点は、彼らの頭の中に作ろうとしている絵が完全に間違っているときだ。私はプレイヤーがある一つの仕方で世界を埋めると想定してゲームを作る。それが噛み合わないと、後で問題にぶつかる」(GAMINGbible, 2022)。信頼は時に裏切られる。その裂け目を彼は直視している。
近づきやすさを巡る葛藤も率直だ。彼は『Obra Dinn』の近づきにくさを「最も弱い点の一つ」と考えている。「一つの問題は、まさに近づきやすさだ。3D環境を動き回ることは私には完全に慣れたものだが、人によってはとても方向感覚を失わせるものだと分かる」(GAMINGbible, 2022)。対照的に『Papers, Please』を彼はこう評価する。「コンセプトが少し上で、設計がより強かった。入っていくための、ずっと滑らかな坂だ」(同)。商業的に最も成功し、自分でもより好きなのは『Papers, Please』だと彼は明言している。学習曲線の設計という観点から見ても示唆深い自己評価だ。
続編を作らないという選択も、彼の中では葛藤を経た決断である。「続編にはそれほど興味が湧かない。他にやりたいアイデアがある」「ゲームを考えるときも『他の誰もやっていないことは何か』と考える」(GAMINGbible, 2022)。新規性のある空間でこそ自由に表現できる、という確信が、安全な続編という選択肢を退けている。
影響源 — Macintosh Plus と、スリラーの定石
Pope は影響源について慎重に、しかし具体的に語る。『Papers, Please』の発想源を問われ、彼は「特定のものはない」と前置きしつつ、「だが多くの出来事を、私が知っているスパイや政治スリラーのよくある定石に基づいて作った」と述べている(Game Developer, 2014)。既存の物語類型を素材として認めつつ、特定の単一作品への借りは主張しない——この線引きが彼らしい。
視覚と仕組みの面での影響ははっきりしている。子供の頃の Macintosh Plus の白黒ゲーム体験が『Obra Dinn』の1-bit 様式の直接の源だと彼は語った。さらに、参考にした具体的な一作も挙げている。古い Mac の一人称ゲーム『Colony』だ。多くの現代の1-bit ゲームがレンダーをディザして「何が起きているか見えない」のに対し、『Colony』は「すべてが非常に明瞭に見えた」。そこから彼は、すべての形状を輪郭線で囲むという決定を引き出している(Game Developer, 2018)。
同業者への敬意も記録されている。2014年、IGF のファイナリストとして彼は『The Stanley Parable』を挙げ、「典型的なゲームからどれだけ外へ踏み出しているか」を称賛した(Game Developer, 2014)。また、Naughty Dog 時代に学んだ『ゲーム要素を削る技術』が、後の一人開発を支えていることを2022年に語っている(GAMINGbible, 2022)。
Kizuki の読み
ここからは本人発言から一歩踏み込んだ、私 Kizuki の解釈である。私は Lucas Pope を、『感情を直接作らず、仕組みだけを作って、感情はプレイヤーに作らせる人』と読む。彼は『Obra Dinn』の60人に背景物語を与えなかったことを「少し恥ずかしい」と認め、「とても機械的に組み立てた」と語っている(GAMINGbible, 2022)。名前と顔を別々に用意し、最後まで結びつけない。普通ならここで作家性が立ち上がるはずの場所を、彼は意図的に空白にする。
その空白こそが彼の作家性だ、と私は整理したい。『反転』も『削ぎ落とし』も『想像力への信頼』も、突き詰めれば同じ一つの態度——自分が意味を注ぎ込むのをやめ、プレイヤーが意味を注ぎ込める容器を、エンジニアの精度で作る——に還元できるように読める。妻 Keiko Ishizaka を「正気の声」「自分の泡から出してくれる存在」と呼ぶ彼の言葉も(GAMINGbible, 2022)、この自己抑制と響き合う。Pope は感情を設計しない設計者であり、だからこそ彼のゲームは、プレイヤー自身の感情で満たされたとき最も濃くなる。これはあくまで私の読みであり、本人がそう言っているわけではないことを、念のため明記しておく。
おわりに — どこから触れるか
Lucas Pope を理解したいなら、私はまず『Papers, Please』から入ることを勧める。本人が「入っていくための、ずっと滑らかな坂だ」と評する通り(GAMINGbible, 2022)、彼の『反転』『削ぎ落とし』『平凡の中の物語』がもっとも親切な形で体験できる。そこで彼の手つきに慣れてから『Return of the Obra Dinn』へ進むと、同じ作者が1-bit と推理という新しい『問題』に挑む様子が、より鮮明に見えてくるはずだ。
プレイヤーの想像力に賭ける作家として、彼は Jonathan Blow とは対照的な極にいる。Blow が『一語まで意味は確定している』と言い切るのに対し、Pope は意味の充填をプレイヤーに委ねる。Blow の考察と並べて読むと、『作者の意味』と『プレイヤーの意味』というデザインの根本的な分岐が、二人の対比の中にくっきり浮かび上がる。
参考文献
本稿で引用・参照した一次資料:
・『Road to the IGF: Lucas Pope's Papers, Please』Game Developer(旧 Gamasutra), 2014年2月 — gamedeveloper.com
・『For Lucas Pope, Return of the Obra Dinn was a bunch of appealing design problems』Game Developer, 2018年11月(GDC Twitch 対談の書き起こし) — gamedeveloper.com
・『Award-Winning Game Designer Lucas Pope Explains Why He Won't Make Sequels』GAMINGbible, 2022年5月 — gamingbible.com
・参考(本文で言及した本人の開発日誌): Return of the Obra Dinn Development Logs(dukope.com) — dukope.com
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