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DESIGNER-STUDY · 2026-06-20

Stephen Lavelle の哲学 — 説明しないことを、作品にする

PuzzleScript と『Stephen's Sausage Roll』を作った increpare を、本人の言葉から読む

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はじめに

今回取り上げるのは Stephen Lavelle——ハンドルネーム increpare(ラテン語で「叱責する」の意)として知られる、ロンドン拠点のゲーム開発者である。代表作は、グリッド上のターン制パズルを誰でも書ける無償のエンジン PuzzleScript(2013)と、フォークでソーセージを焼く sokoban『Stephen's Sausage Roll』(2016)。当サイトでも PuzzleScript は繰り返し土台として登場し、SSR には 反論レビュー まである。

だが私がここで考察したいのは作品ではなく、それを作った人物だ。Lavelle は、自作について多くを語らない作家として知られる。だからこそ書斎にこもる人物観察家としては腕が鳴る。私は彼のブログ記事三本とインタビュー一本を読み込み、本人が実際に書いた・話した言葉だけを手がかりにする。私の推測は最後の一節(Kizuki の読み)にだけ置く。

経歴 — 月に何本も作る男

日本語圏では Lavelle はまだ「PuzzleScript と SSR を作った人」以上には知られていないので、まず簡単に紹介しておく。彼は2004年以降、500本を超えるゲームを公開してきた。その大半は無償のフリーゲームで、しかも月に複数本というペースで出すことも多い。2008年から2014年のあいだに178本を出し、2016年版のギネス世界記録ゲーマーズ・エディションで「最も多作な独立系ゲーム開発者」に挙げられている(Wikipedia「Increpare」)。

もとはアイルランド出身で、ダンディーやケンブリッジを経てロンドンへ。2011年初頭の年次回顧では、勤め先が倒産して全員が整理解雇された一件を淡々と書きつつ、それを機に本格的にインディー開発へ踏み出した経緯を記している(increpare.com「Hey Hey Retrospective」2011-01-02)。商業作は『English Country Tune』(2011)、『Stephen's Sausage Roll』(2016)、『Hypnocult』(2019)、そして近作『Oeuf』(2026)。その合間に、無償で誰にでも開放したエンジン PuzzleScript(2013)がある(Wikipedia, 同上)。

哲学 — 作ること、配ること、そして語らないこと

複数の発言を横断して最初に見えてくるのは、「ともかく作り続ける」という姿勢だ。2011年の回顧で、彼は仕事を失ったあとフルタイムでゲームを作る道を選んだ理由をこう書いている——たとえうまくいかなくても、それは「the most worthwhile thing I can think of doing(自分に思いつくかぎり最も価値のあること)」の半年になる、と(increpare.com, 2011)。作ること自体が目的であり、報酬の前にまず制作がある、という重心の置き方だ。

二つめは、その大半を無償で配るという実践である(Wikipedia, 同上)。三つめは、自分が使う道具を他人にも開く姿勢だ。PuzzleScript を彼は「a wee puzzle game engine(ちっぽけなパズルゲームエンジン)」と紹介し、無料で公開した(increpare.com, 2013)。作る・配る・道具を開く——ここまでは本人の行動と言葉から確かに読める。

だが四つめが、Lavelle を Lavelle たらしめている。彼は自作の設計を、ほとんど説明しない。SSR の難所について「設計プロセスを少しだけ教えてくれないか」と尋ねたプレイヤーに、彼はこう返した——「Nah I don't feel like it(いや、その気になれない)」(increpare.com, 2017)。よく語られる SSR の美点——「要素を増やさないまま、既にあった結果に驚かせ続ける」——は、実は同業のデザイナーたちの言葉であって(後述)、Lavelle 本人が掲げた標語ではない。彼の哲学のいちばん芯にあるのは、整った哲学を語らないことそのものだ、と私は整理している。

こだわり — 短い実験を、大量に

繰り返し現れる手法は、何より「短い実験作を大量に作る」ことだ。2011年の回顧には、たった一年分として小品から音や絵の実験まで、数十本の作品アイコンが並ぶ(increpare.com, 2011)。注目したいのは、彼が自作群を半ば自嘲気味に呼ぶ語彙だ。同記事で彼は、自分の作品を遊んで「suffered through playing some of my nonsense(私のくだらない代物を我慢して遊んでくれた)」人々に礼を述べ、年の締めには「make less crap(もう少しガラクタを減らす)」と書く。多作と自己卑下が同じ手で書かれている。

もう一つのこだわりは、グリッドと sokoban という土台である。PuzzleScript はグリッド上のターン制パズルのための言語であり、SSR もまた sokoban の系譜にある。ただし——ここは慎重に分けたい——「動詞を少なく保つ」「規則を足さず深掘りする」といった整理は、当サイトの 減算設計の記事 でも論じた美学だが、Lavelle 本人がそう宣言した記録を私は持っていない。観察できるのは作品の形であって、本人の標語ではない。

失敗と乗り越え方 — 「二つとも死んだ」

本人が公に語った失敗が一つある。2011年の回顧で彼はこう書いている——「I tried starting two large projects while in full-time employment and I just couldn't put in the time to bring them anywhere and they both died(フルタイムで働きながら大きめのプロジェクトを二つ始めたが、時間を割けずどこにも持っていけず、二つとも死んだ)」(increpare.com, 2011)。大作が頓挫した、という率直な告白だ。

乗り越え方も同じ記事に書かれている。勤め先の倒産という外圧が、彼に時間を与えた。さらに彼はサイトで寄付を募り、一週間ほどで約4000ポンドが集まった——半年分の生活費だ、と彼は感謝とともに記す。Bennett Foddy が助成金申請の文面づくりで助けてくれたことにも触れている(同上)。大作で挫けた経験のあと、彼が選んだのは「大きく一発」ではなく、時間と小さな実験を確保する道だった、と読める。

ジレンマ — 無償で配るか、暮らしを立てるか

Lavelle が公に向き合ったジレンマは、無償で配る作家でありながら、いかに暮らしを立てるか、という点にある。前述のとおり彼は寄付やグラント申請、整理解雇の退職金で食いつないだ時期を率直に書いている(increpare.com, 2011)。一方で『English Country Tune』『Stephen's Sausage Roll』は有料で売った。

面白いのは、その商業性に対する彼の身ぶりだ。SSR の販売ページで彼は各販路の取り分を明記し(自サイトなら9割、Steam なら7割、と)、Steam で買うと自分の取り分が減ることをわざわざ客に伝える。取り分が少ないと気に病む購入者には、こう返している——「70% is still ok! I wouldn't sell it if it wasn't ok(7割でも十分だ。十分でなければ売っていない)」(increpare.com, 2017)。無償で配る原則と、生計のために売るという現実。彼はそのあいだを、隠さず・気負わず歩いているように見える。

影響源 — 本人が認めているもの

影響源については、憶測を避けて本人が認めた範囲だけを挙げる。PuzzleScript について、Tom7 の『T in Y World』(Ludum Dare 23 の作品)との類似を指摘されたとき、Lavelle はこう答えている——「Yeah, I like it a lot (and did credit it)(ああ、とても好きだ。ちゃんとクレジットもした)」(increpare.com, 2013)。エンジンの発想に先行作があったことを、彼は自ら明かしている。

人としての支えも本人が記している。前述の Bennett Foddy のほか、Terry Cavanagh らケンブリッジのインディー仲間が、移住や生活の面で彼を受け入れた(increpare.com, 2011)。これらは「作風の師」というより、作り続ける環境を支えた人々だ。なお嗜好の手がかりとして、2011年のインタビューで彼は自分を悲観主義者だと述べ(「I won't deny my disposition as a pessimist」)、「experimental or bizarre games(実験的・奇妙なゲーム)」を好むと語っている(qodemaster インタビュー, 2011)。体系立った「影響を受けた作品リスト」を本人が掲げた記録は、私は確認できていない。

Kizuki の読み

ここからは本人の発言から一歩踏み込んだ、私 Kizuki の解釈である。私はこの人を、「自作の意味を語らないことで、発見の全権をプレイヤーに渡すデザイナー」と読む。500本のフリーゲームも、無償の PuzzleScript も、「Nah I don't feel like it」という短い拒絶も、同じ一つの態度の表れに見える——作者は答えを配らない。配るのは、答えにたどり着くための場と道具だけだ。多作とは、一本ごとに意味を背負わせないための戦略でもある。一本が「私のくだらない代物」でいられるなら、プレイヤーは安心してそれを使い倒し、自分で結論を出せる。悲観主義者が、それでも毎月作り続ける——その沈黙と量こそが、彼の最も雄弁な設計だと私は読む。むろんこれは私の読みであり、本人が認めた発言ではないことを、最後にもう一度断っておく。

おわりに — どこから触れるか

Lavelle に触れるなら、まず PuzzleScript(puzzlescript.net)で自分の手を動かし、数マスのパズルを一本書いてみるのがいい。彼の「道具を開く」哲学を最短で体感できる。作品からなら、難度を覚悟のうえで『Stephen's Sausage Roll』の序盤を——当サイトの 反論レビュー と併せて読むと、賛否の両側が見える。設計思想の文脈は 減算設計の記事 が補ってくれる。

関連デザイナーへの導線としては、PuzzleScript と sokoban の系譜を共有する Alan Hazelden(Draknek)Arvi Teikari(Hempuli) が近い。実際、SSR 10周年特集で Hazelden は SSR を「要素を増やさず、既にあった結果で驚かせ続ける」と評し、Patrick Traynor は「Player. Fork. Sausage. Grill. Block. Ladder. たった6つの要素から、これほど多くが生まれる」と書いた(Thinky Games, 2026)。本人が語らない哲学を、影響を受けた作家たちが代わりに言葉にしている——その対比こそ、Lavelle という作家の輪郭を最もよく描く。

参考文献

本記事で参照した一次資料:

increpare.com 本人ブログ「Hey Hey Retrospective」2011-01-02(独立、寄付、頓挫した二大プロジェクト等を本人が回顧)

increpare.com「PuzzleScript」2013-10-06(エンジン公開告知。コメントで Tom7『T in Y World』のクレジットに言及)

increpare.com「Stephen's Sausage Roll」2016-04-18(販売告知とコメント欄。「Nah I don't feel like it」「70% is still ok」等の本人発言)

qodemaster「Exclusive Interview with Stephen Lavelle」2011-03-12(悲観主義・好むゲームについての本人発言)

Wikipedia「Increpare」(経歴・多作の記録・商業作の年表)

Thinky Games「10 years of grilling…」2026-04-18(SSR 10周年特集。Hazelden / Traynor ら同業者の評。本人発言ではない)

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