REVIEW · 2018-10-22
EXAPUNKS
地下雑誌を片手に、少数の命令でネットワークへ潜る
はじめに
舞台は1997年。かつてハッカーだったあなたは「フェイジ」という病に冒され、一回のハッキングと引き換えに一回分の投薬を受け取る取引をしている。EXA と呼ばれる小さな実行エージェントに擬似アセンブリ言語で命令を書き、銀行や大学、テレビ局のネットワークへ送り込む——それが EXAPUNKS だ。Zachtronics が制作・発売し、2018年10月22日に正式リリースされた。
私はこの記事を、Steam に積み上がったユーザーレビュー群を読んで書く。評価ラベルは『圧倒的に好評』、1,357 件中 96% が好評だ(2026-07-08 snapshot)。不評は非購入者を含む全 1,874 件のなかでもわずか 97 件しかない。数字だけ見れば議論の余地のない成功作である。だが、その 97 件と、賞賛のなかにさりげなく差し挟まれた但し書きを並べると、この作品が『誰に向いているか』の輪郭がくっきり浮かぶ。
レビュー群を読み通してまず気づくのは、賛辞と不満がしばしば同じ一点を指していることだ。ゲーム内に説明を置かず、印刷できる地下雑誌(zine)をマニュアルとして配るという設計。これを positive 側は『天才的』と呼び、negative 側は『不必要に難解で、遊び方すら分からない』と呼ぶ。以下ではこの一致点を軸に、レビュアーの語りを設計の言葉へ翻訳していく。
1997年のデスクトップから始まる導入(Steam スクリーンショット)
第一印象
helpful 上位の positive レビューが、ほぼ判で押したように書く一文がある——『Zachtronics 史上最高傑作』『Opus Magnum と並ぶ』。同社の TIS-100 や Opus Magnum を通ってきた層が、その系譜の頂点としてこの作品を置く、という語り口だ。裏を返せば、第一印象からしてこのゲームは『Zachtronics を知っているか』という補助線の上で語られている。
もう一つ共通するのは『polish(磨き込み)』『charm』『atmosphere』という三語である。90年代サイバーパンクの美術、印刷物としての zine、抑えた音楽。あるレビュアーは『細部のすべてに愛情が注がれている』と書く。第一印象の段階で語られるのは、パズルの中身よりもまず、この世界に触れた手触りの良さだ。
私の観察では、この『第一印象=雰囲気』という語られ方そのものが設計の成果だ。本来なら参入障壁の高いプログラミング・パズルの入口に、物語と美術という別の動機を置く。TIS-100 が無愛想なマニュアルで人を選んだのに対し、EXAPUNKS はまず『ハッカーになりたい』という気分を先に手渡す。パズルを教える前に、パズルを解きたい理由を配っているわけだ。
退廃的なアパートと端末という舞台(Steam スクリーンショット)
メカニクスの言語化
中核は『擬似アセンブリ言語』だと、positive レビューは繰り返し言う。COPY や ADDI、そして EXA 同士をつなぐ LINK——十数個の命令(動詞)で、ネットワーク上のファイルを読み、書き換え、複製する。あるレビュアーは『サイクル数・コード行数という指標を最適化する楽しさ』を挙げ、別の一人は『解けたあと、もう一サイクル削れないかと粘るのが病みつきだ』と書く。
この『少数の動詞から底の見えない深さ』は、Puzzlebyrinth でいう動詞の設計そのものだ。命令の種類は絞られている。だが EXA は並列に走るため、二体を同期させ、処理を分割し、待ち合わせる——ここで組み合わせ爆発が起きる。positive が『ハッキングが本物に感じられた唯一のゲーム』と評すのは、少ない文法で大きな構造を組み上げるこの感覚を指している。
一方 negative 側は同じ並列性を逆から見る。あるレビュアーは『EXA が並列に走るのは自然なのに、制約が強くて効率的で楽しい並列解が組めない』『多くの面で解は事実上一通り』と書き、『プログラミングから面白い部分だけを抜き取った』と結ぶ。私はこれを、解の空間をどこまで開くかという設計判断として読む。作者は最適解の幅をあえて絞り、『とりあえず動く』から『美しく速い』への一本道を用意した。その道を『登り甲斐』と読むか『窮屈』と読むかで、評価は分かれる。
EXA に書き込む擬似アセンブリのコード(Steam スクリーンショット)
学習曲線の設計
このゲームで最も語られる固有の要素は、ゲーム内ヘルプではなく、印刷できる地下雑誌『TRASH WORLD NEWS』だ。命令リファレンスもヒントも、ハクティビストが初心者に手ほどきするという体裁の zine に載っている。positive 側はこれを『ドキュメントの天才的な使い方』『物理的な紙をめくる楽しさ』『おまけどころか主役』と絶賛する。あるレビュアーは『マニュアルが「分かっている前提」で書かれていないから、素人の自分でも入れた』と書く。
私の見立てでは、これは学習曲線を『世界観の中に隠す』手法だ。ふつうチュートリアルはゲームの外側に貼り付いた解説として浮く。EXAPUNKS は解説そのものを物語の小道具に変え、読む行為をロールプレイに繰り込む。減算の設計と言ってもいい——UI 上の説明文を引き算し、その分を虚構の印刷物へ移し替えることで、教えている事実を感じさせない。
だが同じ設計が negative 側では真逆に働く。『PDF や印刷ボタンが動かず、そもそも遊び方が分からない』という技術的なつまずき、『マニュアルが不必要に難解』という不満、そして好意的なレビューですら『ゲーム内でマニュアルを読めず、PDF ビューアを別に開き続けるのは煩わしい』と漏らす。ストアの紹介文は『経験は不要』と書くが、helpful 上位の一人ははっきり『経験不要とは言うが、プログラミングの論理は理解している必要がある』と訂正する。教材を虚構に溶かした代償として、教材への導線そのものが人を選ぶ。
マニュアル代わりの地下雑誌 TRASH WORLD NEWS(Steam スクリーンショット)
難しさの手触り
難しさについて、レビュー群は真っ二つというより『二つの層に分かれて』いる。CS の学位や十数年の実務を持つと名乗るレビュアーは『昔アセンブリを学んだ日々を思い出す、最高だ』と書き、難所を『達成感の源泉』と歓迎する。一方、プレイ時間が数十分で止まったレビューは『簡単な導入のあと、浮き輪を刺されて真夜中の北極海に落とされる』と難しさの段差を訴える。
私はこれを難しさの量ではなく、前提知識という名の入場料の問題だと読む。EXAPUNKS の学習曲線は、プログラミングの論理を既に持つ人にはなだらかで、持たない人には序盤の後で垂直に切り立つ。同じ坂が、立つ位置で崖にも見えるということだ。『TIS-100 より易しく Human Resource Machine より難しい』というレビューの相場観は、この入場料の高さをジャンル内で相対化した言い方に見える。
興味深いのは、熟練者からの批判もあることだ。あるレビュアーは『速度最適化の「正解」が、ランダムテストの穴を突いたハードコードになりがちで、課題の精神に反する』と、採点メトリクスの設計そのものを突く。難しさが足りないのではなく、難しさの向く方向が磨き足りない、という高度な不満だ。これは組み合わせ爆発を審査する仕組みの解像度の問題であり、単純な賛否の外側にある第三の視点として記録しておく価値がある。
後半に増える複雑なネットワーク(Steam スクリーンショット)
参照したレビュー群
本記事は 2026-07-08 時点での Steam ストアページのユーザーレビュー群を読んで書いた。レビュー本文の直接引用はせず、典型的な主張を再構成している。
・Steam: EXAPUNKS(圧倒的に好評 / Overwhelmingly Positive、1,357 件中 96% が好評。全レビュー 1,874 件では positive 1,777 / negative 97)
・helpful 順 positive 上位 10 件、negative 側 5 件(英語・全期間)、recent 上位 15 件を Steam のレビュー API 経由で読了
・(専門メディア)Steam ストアが引く惹句として、PC Gamer(『EXAPUNKS はふざけていない』)と Vice(『ハッキングが本物に感じられた唯一のゲーム』)の評を参照
結論
Steam の総評は 96% 好評、私の設計批評としての採点は 9.0 だ。両者に大きなズレはない。少数の動詞、虚構に溶かした学習曲線、最適化がひらく組み合わせ爆発——Zachtronics が十年かけて磨いた文法が、ここで最も遊びやすい形にまとまっている。Opus Magnum を入口とし、その次の一歩としてこれを挙げるレビューの相場観に、私も異存はない。
減点というより留保を一つ。この 96% は、プログラミングの論理を既に持つ層に強く支えられた数字だと、レビューの内訳が教えてくれる。作者は『経験不要』と掲げつつ、実際には入場料を課している。それは欠陥ではなく射程の設定であり、誰に向き誰に向かないかを最初に見極めるための材料が、賛否そのものに詰まっている。レビューで語られるプレイ時間は10〜30時間台が多く、最適化にのめり込めば数百時間に達した人もいる。
レビュー群がほぼ満場一致で出す結論は明快だ——『他の Zachtronics 作品が好きなら、これも好きになる』。裏返せば、擬似アセンブリで小さなロボットに命令を書くという行為に一片の好奇心も湧かないなら、遠ざかっていい。この作品の価値は、どの動詞を面白いと感じるかで決まる。それを本人に代わって測ってくれるのが、この 97 件の不評と 1,777 件の賞賛だ。
ネットワークへ潜り込むハッキング画面(Steam スクリーンショット)
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7 Billion Humans
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