DESIGNER-STUDY · 2026-07-07

Zach Gage の哲学 — 知っている遊びを、作り替える

SpellTower / Really Bad Chess / Good Sudoku / Puzzmo と「間口と奥行き」

はじめに

Zach Gage(ザック・ゲージ)は、ニューヨークを拠点にするアメリカのゲームデザイナーである。『SpellTower』(2011)、『Really Bad Chess』(2016)、『Typeshift』(2017)、『Good Sudoku』(2020)、『Knotwords』(2022)、そしてデイリーパズルのサイト『Puzzmo』(2023)——彼が手がけてきたのは、チェス・数独・ソリティア・クロスワード・ポーカーといった、誰もが名前だけは知っている「古い定番」を、一度分解して組み直した作品群だ。日本のパズル好きにも Wordle 以降の日替わりパズル文化を通じて名前は届き始めているが、作者本人の言葉に触れた人はまだ多くないだろう。

私が今この人物を取り上げるのは、彼の『Puzzmo』が2023年に Hearst の傘下に入り(Digital Trends 2023 ↗)、2024年には『Pile-Up Poker』を加えて、いわゆる「日替わりパズルの家」を本格的に育て始めたからだ。作品紹介ではない。既存のゲームを作り替え続けるこの作家が、いったい何にこだわり、何を避けようとしてきたのか——本人が公に残した発言だけを頼りに、その輪郭をなぞってみたい。

経歴 — 美術からパズルへ

Gage は1985年にニューヨークで生まれ、芸術家の家庭で育った。Wikipedia の経歴によれば、母親は家でのゲーム購入をあまり許さず、代わりに「自分でゲームを作る」ことを勧めたという。この「無ければ自分で作る(DIY)」姿勢が、のちに彼が創作の行き詰まりを抜け出す手段になっていく(Wikipedia: Zach Gage ↗)。

彼は Skidmore College で美術を、Parsons School of Design で新メディアの MFA を修めている。学生時代の代表作『Lose/Lose』(2009)は、画面のエイリアンを撃つと、その一体一体に対応するプレイヤーのハードディスク上のファイルが実際に削除されるという実験作で、セキュリティ企業 Symantec からはマルウェア扱いされた(Wikipedia ↗)。ゲームの美術家として出発した人物が、その後 App Store の商業パズルへと軸足を移していく——この経路は、彼の設計を読むうえで無視できない。

2011年の『SpellTower』は商業的に成功し、複数のベンチャーキャピタルからの出資話を、独立性を保つために断ったと記録されている(Wikipedia ↗)。以後、『Ridiculous Fishing』(Vlambeer)の iOS 開発や Bennett Foddy『Getting Over It』の iOS 移植にも関わりながら、『Really Bad Chess』『Good Sudoku』『Knotwords』と、既存ゲームの再解釈を積み重ねてきた。

哲学 — 「誰でも勝てて、達人はもっと戦える」

複数のインタビューを横断して、彼が繰り返し口にするのは「間口と奥行きを同時に満たす」という一点だ。『Pile-Up Poker』について彼はこう語る。「It should be something that anybody at any skill level can play and win, but people who are really highly skilled can play at a super high level and really compete.(どんな技量の人でも遊んで勝てるべきだが、本当に上手い人はきわめて高いレベルで本気で競えるべきだ)」(Six Colors 2024 ↗)。ポーカーの魅力を彼は「20年間仲間と遊んできても、初めて座った人が勝てる」ことだと説明していて、その「初心者でも勝てる」性質こそが Puzzmo に持ち込みたかったものだという(Six Colors 2024 ↗)。

さらに踏み込んで、彼は「A game has a responsibility to educate its players and turn low-skill players into high-skill players.(ゲームには、プレイヤーを教育し、低い技量の者を高い技量へと変える責任がある)」とまで言い切っている(Six Colors 2024 ↗)。ゲームは楽しませる装置であるだけでなく、上達を引き受ける装置だ——この「教育の責任」という言い方は、単なる遊びやすさの話を超えて、彼の設計倫理の中心にあると読める。

そしてその先に、彼はもっと大きな主張を置く。いま人が交わすのはゴシップか受け売りの情報ばかりで、共有すべきは「意見や感情」ではなく「発見や創作」だという。彼が Puzzmo で試みているのは、人が創造的・好奇心的に関われるものを目の前に置き、友人に『今日は変な戦略になった』といった発見を語らせることだと語っている(Six Colors 2024 ↗)。パズルを、健全な社会的つながりの器として設計しようとしているのだ。

こだわり — 三つの視線と、手で触るプロトタイプ

作品を横断して繰り返し出てくる手法が二つある。ひとつは美術・グラフィックデザイン由来の「three reads(三つの視線)」だ。ポスター設計と同じで、最初に見せる主役、次に必要な情報、そして必要なときだけ見える細部——この三段の優先順位で画面を組む、と『SpellTower』について語っている。「そのどこに目を向けさせるか、という部分のほうが、色を選ぶことよりずっと複雑だ」という趣旨の発言もある(Inverse 2017 ↗)。彼のパズルの、あの過剰なほど整理された画面は、communication design 出身の設計者の癖だと読める。

もうひとつは「まず自分が面白いと感じる場所へ、プレイヤーをどう連れて行くか」という視点だ。彼はこう説明する。「I sort of fiddle around with systems until I find something that I like. But then when I show that to other people, they don't find their way to the same part of it that I'm enjoying.(自分が好きだと思えるものが見つかるまでシステムをいじり回す。だが他人に見せると、私が楽しんでいるのと同じ場所には彼らはたどり着けない)」——だから設計の第一の仕事は「how do I get a person who's playing this to the place that I'm enjoying?(遊ぶ人を、自分が楽しんでいる場所へどう連れて行くか)」だと(Inverse 2017 ↗)。

そしてその探索は、しばしば画面の外で行われる。「A lot of the time, I'll do something with cards, or board game pieces(多くの場合、カードやボードゲームの駒で何かを試す)」——コンピュータ上のプロトタイプは後回しで、まず手で触れる物で仕組みを確かめる、と語っている(Inverse 2017 ↗)。既存のカードゲームやボードゲームを作り替える彼の作風は、この「手で試す」癖と地続きに見える。

苦労と乗り越え方 — 嫌いなジャンルと、5年の書き直し

本人が公に語っている「うまくいかなかった話」を二つ挙げる。ひとつは、そもそもの出発点だ。「When I did SpellTower, it was because I really didn't like word games. I'm into exploring genres that I don't like, because they're totally new to me.(SpellTower を作ったのは、私が言葉遊び系のゲームを本当に好きではなかったからだ。自分が嫌いなジャンルを探索するのが好きなんだ。まったく未知だから)」(Inverse 2017 ↗)。嫌いなジャンルに正面から入り、結果として「言葉遊びを楽しむ人間になる入口」を自分に開いた、と彼は振り返る。苦手を避けず、素材にしてしまう。

もうひとつは技術と組織の話だ。『SpellTower』のマルチプレイヤー実装は難航し、彼はゲーム全体を別言語で書き直そうとするなどして時間を溶かした。「When I wrote SpellTower, it was just me, and it was my first hit game, and so I had never really worked with other people(SpellTower を書いたときは自分一人で、初めてのヒット作で、他人と仕事をしたことがなかった)」——大きな更新に5年かかったのは、契約先やチームとの働き方を「走りながら学んでいた」からだと、笑いながら認めている(Inverse 2017 ↗)。彼はこの遅延を隠さず、今なら同じ更新は5年もかからないだろう、と自分の成長として語り直している。

デザイン上のジレンマ — 無限の関与と、確率の不公平感

本人が悩みとして語ったジレンマがある。ひとつは「無限に遊べてしまうこと」への抵抗だ。『Pile-Up Poker』を彼はあえて一日5ハンドに制限した。「I'll be honest: five hands is even more than I am sort of into. I would like it to be three.(正直、5ハンドでも私にとっては多すぎる。本当は3にしたい)」——開発中に好きなだけ遊んだ結果「燃え尽きる」感覚を知り、「I never want people to be playing one of my games and go, 'What am I doing? Why am I doing this right now?'(自分のゲームを遊びながら『何をしているんだ、なぜ今これを?』と思ってほしくない)」と語る(Six Colors 2024 ↗)。もしアプリなら無限に遊べるよう作らざるを得ないが、その場合は高難度の一発勝負を別に用意する、とも言う。商業的な「関与の最大化」と、プレイヤーの健全さ——彼はこの綱引きを明示的に語っている。

もうひとつは「確率をどう扱うか」だ。彼は、ランダム性は人間には機能しない、という Sid Meier の有名な講演を「I actually really hate(実は本当に嫌いだ)」と名指しで批判する。90%の成功をうたうなら100%にしろ、という主張に対し、彼は「それは違う」と考える——10面ダイスで「1以外なら成功」と言われて1を出したなら、人は『ランダムは壊れている』ではなく『やっちまった』と思うはずだ、と(Six Colors 2024 ↗)。運を排除するのではなく、運を面白く感じさせる設計をどう組むか。これは『Tharsis』で「偶然を魅力的にする」システム設計を担った経歴とも響き合う(Wikipedia ↗)。

影響源 — 母の新聞、Sid Meier という反面教師、Spelunky の日替わり

本人が認めている影響源はいくつかある。まず、母親と新聞のパズル欄だ。Puzzmo の発想の核を彼はこう語る。「my mom doesn't care about games ... But growing up, she tried new games. And where did I see that? Well, it was in the newspaper, because she played the crossword.(母はゲームに興味がない…でも私が育つ間、新しいゲームを試していた。どこで見た? 新聞だ。クロスワードを解いていたから)」——クロスワードの隣にある別のパズルに、ひと月も経つと手が伸びる。その「隣に置いておく」構造こそ新聞が持つ強みだと(Digital Trends 2023 ↗)。

次に、反面教師としての Sid Meier。前述の通り、彼はランダム性についての Meier の講演を明示的に否定することで、自分の確率観を鍛えている(Six Colors 2024 ↗)。影響とは、憧れだけでなく「これは違う」という反発の形でも働く。

そして『Spelunky』の日替わりモードにまつわる逸話。彼は友人と『一日一回だけ遊び、互いのプレイを観る』という縛りでこのローグライクを半年続け、深く上達した経験を語り、その体験をもとに開発者へ「PC版には日替わりモードを作るべきだ」と直談判した——それが多くのローグライクに広がる日替わりモードの一契機になったという(Six Colors 2024 ↗)。「一日一回」という制約の思想は、いまの Puzzmo に流れ込んでいる。

Kizuki の読み

ここからは私 Kizuki の解釈である。私は Gage を「画廊を出た概念芸術家」として読む。学生時代の『Lose/Lose』は、『指示に従うこと』とその現実の帰結を問う実験だった——エイリアンを撃てばファイルが消える。あれと、いまの彼のパズルは、じつは同じ身振りをしていると私は整理している。よく知られた系(チェス、数独、ポーカー)を持ってきて、ルールを一つだけずらし、その結果プレイヤー自身の何が見えるかを観察させる。作り替えは、単なる遊びやすさの工夫ではなく、概念芸術家の中心的な操作の反復に見えるのだ。

そして『Lose/Lose』が挑発だったのに対し、いまの彼の『一日5ハンド』や『無限に遊ばせない』設計は、同じ問い——『装置は人にどこまでさせてよいか』——を、今度は守りの側に立って引き受けているように読める。かつて画面の外のファイルを消してみせた作家が、いまは画面の外の時間を守ろうとしている。挑発から保護へ。私はこの反転にこそ、この人物の成熟を見る。もちろんこれは私の読みであって、本人がそう言ったわけではないことは、はっきり断っておく。

おわりに

Gage という作家に触れるなら、まずは『Really Bad Chess』か『Good Sudoku』から入るのがよい。どちらも「知っているつもりの定番」が一箇所だけずらされていて、彼の「間口と奥行き」の設計思想を最短で体感できる。そこから日替わりの『Puzzmo』へ進むと、彼が言う「発見を共有する場」としてのパズルという主張が腑に落ちるはずだ。

関連する導線としては、当サイトで既に扱った『Braid』『The Witness』の Jonathan Blow、そして「既存ジャンルを作り替える」という点で通じるところのある作家たちの考察も合わせて読むと、パズル設計における「再解釈」という営みの幅が見えてくるだろう。

参考文献

本記事で参照した一次資料:

Inverse『Developer Zach Gage Talks ‘SpellTower’ and Indie Game Design』(2017年2月13日) — 本人インタビュー ↗

Digital Trends『If you love Wordle and Connections, Puzzmo may be your next daily obsession』(2023年10月19日) — 本人インタビュー ↗

Six Colors『Interview: Zach Gage on Pile-Up Poker and resisting dark patterns』(2024年8月14日) — 本人インタビュー ↗

『Zach Gage』(Wikipedia) — 経歴・作品史に関する背景事実 ↗

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