DESIGNER-STUDY · 2026-07-06

Greg Lobanov の哲学 — 戦うのではなく、創ることを主動詞にする

Wandersong / Chicory と、創作の輪を広げる設計

はじめに

Greg Lobanov(グレッグ・ロバノフ)は、歌でパズルを解く『Wandersong』(2018)と、色を塗って世界を進む『Chicory: A Colorful Tale』(2021)を作ったカナダ・バンクーバー拠点のインディー・デザイナーである。後者は Family BAFTA を受賞し、The Game Awards の「Game for Impact」にもノミネートされた。パズルサイトで彼を扱うのは、彼の作品が「戦闘ではなく創作を動詞に据えたアドベンチャー」であり、その創作が同時にパズルの解法になっているからだ。

私(Kizuki)がこの人を取り上げたいのは、彼の言葉が驚くほど一貫しているからである。『Wandersong』の頃も『Chicory』の頃も、そして自作の技術を語る場でも、彼は同じことを言い続けている——「私は物を作るのが本当に好きだ。それが私のすべてだ」(Sportskeeda, 2021)。本稿では作品の攻略ではなく、Lobanov という設計者そのもの——その哲学・こだわり・失敗・ジレンマ・影響源——を、本人の発言だけを頼りに考察する。

経歴 — 13歳の webコミックから BAFTA まで

Lobanov がゲームを作り始めたのは13歳、自分の描いていたファンタジー webコミックをゲームにしたくて、2005年に GameMaker を見つけたときだ。「絵を描くのが好きで、代数で落第していた子ども」だった彼は、コードの代わりのドラッグ&ドロップに惹かれたと本人が語っている(GameMaker.io, 2024)。最初に挑んだのは webコミックのキャラを使った2D格闘ゲームで、彼はそれを「絶望的な試みで、完全に手に余っていた」と振り返る。

その後 Dumb and Fat Games 名義で『Pollushot』『Perfection』などの小品を作り、2014年には『Coin Crypt』を発表。多くの実験的な小作品で技術を積み上げた末に、5か月・8000km に及ぶ自転車での米大陸横断(2014年)を経て『Wandersong』へと結実する。以後は『Chicory』、そして現在の新作『Beastieball』(モンスターでバレーをするオープンワールド RPG)まで、一貫して GameMaker で作り続けている(GameMaker.io, 2024)。

哲学 — 「作る喜び」を分け与える、非暴力のアドベンチャー

複数のインタビューを横断して最も強く見えるのは、「創作の喜びをプレイヤーと分かち合う」という一貫した動機だ。「私は物を作るのが本当に好きで、それが私のすべてだ。他のことも含め、私は自分のゲームを、その創作の喜びをプレイヤーと分かち合う機会だと捉えている」と彼は語る(Sportskeeda, 2021)。だから彼のゲームの中心動詞は戦闘ではなく、歌う・描くといった「作る」行為になる。

もう一つの柱は、明確なメッセージ性である。米大陸横断の旅を彼はキックスターターで「楽観と、人間性の善良さへの再確認によって何を成し遂げられるかを学んだ旅」と書き、その体験を『Wandersong』に注いだ(Into The Spine, 2018)。制作中に世の空気が荒れていくのを見て、彼は「愛と敬意、互いを大切にすること——そういう大きなメッセージの重要性が、以前にも増して高まっていると感じた」と述べている(同)。

この理念はアクセシビリティにも直結している。『Wandersong』では音を色と方向に結びつけることで「耳が聞こえなくても、色が見えなくても、常に何をすべきか分かる」設計にし、『Chicory』でも「色はパズルの解法にはいっさい使っていない」と明言する(Into The Spine, 2018 / Game Rant, 2021)。優しさは彼にとって主題であると同時に、設計の制約でもあるのだ。

こだわり — 「常に創作している」ことを主動詞にする

作品を横断して繰り返し現れるのは、「プレイヤーが常に何かを創作している」状態を核に据えることへの執着だ。『Chicory』の出発点について彼はこう語る——「まず、プレイヤーが常にやる中心的な行為がアートを作り、絵を描くことであるようなアドベンチャーゲームが作れるのか、という好奇心があった。ゲームの中で絵を描くのは見たことがあったが、たいていは脇役の活動だった」(Sportskeeda, 2021)。描画を「副次的なミニゲーム」から「主動詞」へ引き上げること、それ自体が彼の発明だった。

このこだわりは前作から地続きだ。『Wandersong』は「ゲームコントローラーを楽器のようにしたら?」という一つの問いから生まれ、その最初の決定の中に、方向・色・音程を結びつける発想がすでに埋め込まれていたという(Into The Spine, 2018)。歌にせよ絵にせよ、Lobanov は「表現する行為そのものをゲームの入力にする」という一点を、媒体を替えながら追い続けている。

失敗と乗り越え方 — 巨大 RPG の頓挫と、「コードを学ばなかった」自分

Lobanov は失敗を隠さない。2012年に手がけた JRPG は、彼が当時それまで最も稼いだ2000ドルをキックスターターで集めたものの、発売後に関心も商業的見込みも急速にしぼんだ。彼はこう総括する——「これだけの時間をかけて、この巨大なアドベンチャーゲームに魂を注ぐのは、正直あまり理にかなっていない。だって家賃を払わなきゃいけないから」(Into The Spine, 2018)。この痛手のあと、彼は小さく実験的な作品群へ切り替え、技術と設計眼を鍛え直す。

乗り越え方は「作り込む前に、小さく完成させる」への転換だった。『Wandersong』にたどり着いたとき彼は「もうかなり良いゲームを作れる気がする。だから一周まわって、ずっとやりたかったこと——本当に優しい物語を語ること——と、それを結びつけよう」と考えたと語る(同)。新人への助言も同じ思想で貫かれている——「一度に一つのことを学ぶこと。できるだけ少ないことだけを、一度に学ぶこと」(Game Rant, 2021)。

より若い失敗も率直だ。GameMaker を始めた頃、「コードを学ぶのを拒んでいたことが、しばらく自分の足を引っ張った」と認める。だが同時に「最初は、自分のやりたいやり方で下手にゲームを作る自由がなければ、そもそも学べなかったと思う」とも言う(GameMaker.io, 2024)。失敗を罰しない彼の設計思想は、まず自分自身の学びの過程に向けられていた、と読める。

デザイン上のジレンマ — 「二種類のプレイヤー」と、自由の縫い目

Lobanov が自ら「面白く、興味深い課題だった」と語るジレンマがある。『Chicory』には二種類のプレイヤーが来る、と彼は言う。一方は「本当に良い Zelda を遊びたい」人々——パズルを解き、ボスと戦い、結末を見たい。もう一方は「ただのんびりして、すべてを描き、物語を探検したい」人々。彼は「この両方のタイプにとって本当に良いゲームを作ろうとした。それはある種、楽しく興味深い挑戦だった」と振り返る(Game Rant, 2021)。

もう一つのジレンマは「自由と可読性の両立」だ。彼は「プレイヤーに好きなように描かせ、アートはこうあるべきだと決めつけずに、各自が楽しみ方を見つけてほしかった。そこがこの設計の難しい縫い目(a difficult needle to thread)だった」と述べる。さらに画面全体が塗れる仕様ゆえ「ゲーム画面のどこにもボタンや UI を出せず、色を使わずにすべての仕組みを伝えるのも難題だった」と明かす(Sportskeeda, 2021 / Game Rant, 2021)。作家性と親切さの両立を、彼は具体的な制約として引き受けている。

影響源 — カートゥーン、Zelda、そして同世代の仲間たち

本人が認める影響源は具体的だ。『Wandersong』は『Steven Universe』や『Over the Garden Wall』といったカートゥーンの作風とテーマから多くを借りている(Into The Spine, 2018)。『Chicory』については「『Splatoon』からペイントを泳ぐ動き、『あつまれ どうぶつの森』の心地よい収集・創作の仕組み、そして『ゼルダの伝説 夢をみる島』の画面ごとの探索を取り入れた」と明言している(Sportskeeda, 2021)。タイトルに脇役の名を冠する構成も、彼は「Zelda が Zelda の話でなく、Metroid が Metroid の話でないのと同じ」と Zelda/Metroid を引いて説明する(Game Rant, 2021)。

人からの影響も率直に語る。GameMaker コミュニティで共に育った同世代として、Noel Berry、Maddy Thorson、Chevy Ray、Andy Brophy、JW の名を挙げ、「Juju Adams が、直接・間接に GameMaker のプログラミングを最も多く教えてくれた」と認めている。バンクーバーに住んでいるのも、当時の友人たちと暮らすためだったという(GameMaker.io, 2024)。『Chicory』の音楽は『Celeste』の Lena Raine が手がけた(Game Rant, 2021)。

Kizuki の読み

ここからは本人の発言から一歩踏み込んだ、私(Kizuki)個人の解釈である。私は Lobanov を「協働で作ることの喜びを、そのままプレイヤー体験に移し替えようとする人」と読む。彼は『Chicory』について「これはただ私の反映ではない。関わった全員の個性が、たとえ小さな役割でも作品に滲み出ている」と語った(Game Rant, 2021)。この「作ることは一人の営みではない」という感覚は、GameMaker 時代に「自分と同じレベルで一緒に学ぶ仲間を作れ」と助言する彼の姿勢と、そのまま重なって見える(GameMaker.io, 2024)。

だとすれば、プレイヤーに絵筆や歌声を握らせ、色を塗るのに正解を設けない彼の設計は、単なる親切設計ではない。それは「あなたも作り手の側に来ていい」という招待状であり、彼が仲間と机を並べて学んだあの経験を、遊ぶ側に開いて差し出す身振りなのではないか——と私は整理している。彼の非暴力もアクセシビリティも、この「作る輪を広げる」一点から派生していると読むと、発言の一貫性がきれいに説明できる。

おわりに — どこから触れるか

Lobanov を理解するなら、まず『Wandersong』から触れるのがよい。歌=方向という単純な入力が、パズル・物語・アクセシビリティを同時に成立させる設計の骨格が、最も素直に見えるからだ。その上で『Chicory』へ進むと、同じ思想が「描く」という別の媒体でどう再構成されたか——より機構的にまとまり、より個人的な物語になったか——がよく分かる。最新作『Beastieball』は、関係性を育てることが強さになるという、彼らしい非暴力の系の新しい実験だ(GameMaker.io, 2024)。

関連するデザイナーへの導線も引いておく。GameMaker で共に育った Maddy Thorson(『Celeste』)は当サイトでも扱っており、Lobanov の「難しさと優しさ」の隣に置くと響き合う。少ないルールから遊びを引き出す設計に関心があるなら Daniel Cook の考察も併せて読むと、創作と系という二つの入口から現代インディー・パズルの思想が立体的に見えてくるはずだ。

参考文献

本記事で参照した一次資料:

Into The Spine「Interview: The Unbridled Positivity Behind Wandersong」2018-09-27(本人インタビュー)

Game Rant「Indie Developer Greg Lobanov Talks All Things Chicory: A Colorful Tale」2021-04-07(本人インタビュー)

Sportskeeda「Greg Lobanov talks creativity and imagination in Chicory」2021(本人インタビュー)

GameMaker.io「Greg Lobanov's GameMaker Journey」2024-11-26(本人インタビュー)

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