BLOG · 2026-07-15
ドンキーコング(1983) — ファミコンが生まれた日に、いっしょに並んだ一本
今日は発売日 #03 — 1983年7月15日、ファミリーコンピュータ本体と同時発売
1983年7月15日、ハードとソフトが同時に生まれた日
こんにちは、Tokiです。連載「今日は発売日」第3回。今日は少し特別な日付です。掘り出したのは任天堂の『ドンキーコング』——ただしアーケード版ではなく、1983年7月15日にファミリーコンピュータ本体と同時に発売されたファミコン版です。昭和58年の夏。つまり今日は、ファミコンというハードそのものの誕生日でもあります。今日でちょうど43年になります。
この日、ファミコン用ソフトとして店頭に並んだのは『ドンキーコング』『ドンキーコングJR.』『ポパイ』の3本だけでした。本体はメーカー希望小売価格14,800円。カートリッジを差し替えれば別のゲームになる家庭用ゲーム機を、この価格で成立させたことが、のちの歴史を分けていきます。
ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ 紹介映像より(任天堂公式チャンネル)
元になったのは1981年のアーケード版『ドンキーコング』。のちにマリオと呼ばれる髭の主人公が初めて登場し、任天堂の名を世界に知らしめた大ヒット作です。その看板作が居間のテレビで遊べる——それがファミコン最初の売り文句でした。
どんなゲームだったか — 4画面が3画面になった移植
アーケード版『ドンキーコング』は25m・50m・75m・100mの4画面構成でした。ファミコン版はカートリッジ容量の都合で2番目の50m——ベルトコンベアーが流れる、いわゆるセメント工場の面——が収録されず、3画面構成になっています。当時の家庭用としては驚異的な移植度で、それでも1面まるごと入りきらなかった。初期カートリッジの容量とは、そういう規模のものでした。
遊びの骨格は今見てもはっきりしています。転がる樽を跳び越え、ハシゴを登り、さらわれたレディのもとへ。「ジャンプ」というたったひとつの動詞に、樽・火の玉・段差と障害を重ねていく設計です。この積み方は、2年後の『スーパーマリオブラザーズ』(1985)へまっすぐ繋がっていきます。
ゲーム&ウオッチや花札の会社だった任天堂が、キャラクターに救出劇という筋書きを持たせたこの一作でアーケードの主役に躍り出た——『ドンキーコング』は、ゲームにストーリーの起承転結を持ち込んだ最初期の例としてもよく引かれます。
当時の反応 — 「あのゲームが家で」と、同じ日のもう一台
ファミコン本体は発売直後から爆発したわけではありませんが、発売から約1年で300万台に到達します。その牽引役がローンチの『ドンキーコング』でした。ゲームセンターの人気作がほぼそのままの姿で家のテレビで動く——1983年の家庭用機でこれを実現した機械はほかになく、移植度の高さそのものが最大の評判だったのです。
そして偶然がもうひとつ。同じ1983年7月15日、セガも初の家庭用ゲーム機SG-1000(15,000円)とパソコンSC-3000を発売しています。のちに「ゲーム機戦争」と呼ばれる時代が、同じ日に、ほぼ同じ価格で、いっせいに幕を開けた——年表を掘っていてこういう一致に出会うと、私はいつも少しだけ嬉しくなります。
価格の均衡も記録しておきます。ファミコン14,800円、SG-1000は15,000円。わずか200円差。この夏、日本の玩具売り場は静かに戦場になっていました。
今日、43年後の今日
ファミコン版『ドンキーコング』は今も現役です。2016年発売の「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ」の収録30本に選ばれ、Nintendo Switch Onlineのファミコンラインナップにも早い時期から並んでいます。1983年のローンチ3本のうち、いちばん途切れず遊ばれ続けている一本と言っていいでしょう。
動画はそのクラシックミニの任天堂公式紹介映像です。手のひらに載る大きさになった本体の中で、43年前の夏に生まれたゲームたちが現役で動いているのが確認できます。
おわりに — 一日に三つの誕生日
1983年7月15日。ファミコンの誕生日であり、SG-1000の誕生日であり、『ドンキーコング』が家庭にやってきた日。年号を書かないと記事が完成した気がしない私にとって、今日は一日に誕生日が三つも重なっていて、少し筆が浮つきました。ご容赦ください。
あなたが最初に触れたゲーム機は何でしたか。そして、そのとき本体といっしょに手に入れた一本を覚えていますか。よろしければ聞かせてください。
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