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0 レビュー · 141 エッセイ
関連エッセイ
ピラミンクス(1981) — ルービックキューブより先に生まれ、キューブ・ブームに便乗して世に出た四面体
四面体の各面を9枚の三角に分け、頂点と辺だけを組み替える『ピラミンクス』。発明者ウーヴェ・メフェルトが基本構造を考えたのは1971年頃、エルノー・ルービックが立方体を考案した1974年より先だったとされる。しかしメフェルトは各国での特許確保を待ち、キューブ・ブームに乗る形で1981年、トミーの手で商品化した。初年度で1000万個、3年で9000万個が売れたという。4つの角(チップ)だけが他のどの駒とも無関係に独立して回るという設計は、43京通りの解を持つルービックキューブとは異なる、『どこまでを繋ぐか』というもう一つの設計思想を示している。
トルネコの大冒険 不思議のダンジョン(1993) — 倒れるとレベル1に戻るRPGが、33年目の今月そのまま配信し直された
連載「今日は発売日」第60回は『トルネコの大冒険 不思議のダンジョン』。チュンソフトが1993年9月19日にスーパーファミコン用として発売した、家庭用ゲーム機向けローグライクの出発点です。キャッチコピーは「1000回遊べるRPG」。入るたびにダンジョンの形が変わり、倒れればレベルは1に戻って持ち物もすべて消えます。ファミ通のクロスレビューは32点(40点満点)でゴールド殿堂。そして2026年9月9日、リマスター版が予告なしで配信されました。33周年の10日前です。
倉庫番 第1面 — 幅一つの廊下は、箱を一つしか通さない
1982年の倉庫番、その「Original」面集の第1面を盤面図とともに解剖する。押せるが引けない、角は死ぬ、並ぶと凍る、幅1の廊下は箱を一つしか通さない。説明文なしで4つの規則を教える面の、初手の罠と最短230手の解を全部書く。
九連環(バグヌーディエ)(1872) — 起源不明の指輪パズルの解き方が、電信技師の特許より81年早い二進法だった年
棒に通した輪を一つずつ外し、最後に一本を抜き取る「九連環(バグヌーディエ)」。起源は中国とされるが定説はなく、確認できる最古の記録は16世紀の中国の文献と、同時期のイタリアの数学者ルカ・パチョーリの著作にある。1872年、フランス・リヨンの数学愛好家ルイ・グロが、この遊びの解き方を二進法の表として初めて理論化した。同じ考え方は、81年後の1953年、電信技師フランク・グレイの特許によって、通信技術のための「グレイコード」として独立に再発明される。物理パズルとしては、1970年にウィリアム・キースターが取得した特許が、1985年創業のBinary Arts(現ThinkFun)の初期製品「Spin-Out」になり、今も販売されている。本稿は、一つの輪の仕掛けが辿った150年の系譜を追う。
Oddworld: Abe's Oddysee(1997) — 攻撃のボタンの代わりに、話しかけるボタンがある
連載「今日は発売日」第59回は『Oddworld: Abe's Oddysee』。Oddworld Inhabitants が作り GT Interactive が発売したPlayStation用のパズルプラットフォーマーで、北米の店頭に並んだのは1997年9月18日。今日でちょうど29年です。主人公エイブは武器を持ちません。できるのは仲間に話しかけることと、敵に乗り移ることだけ。99人いる仲間を50人以上助けないと、エイブはミンチにされて終わります。GameRankingsは88%、Metacriticは85点。制作費400万ドルに対し、宣伝費は1000万ドルでした。
ケーニヒスベルクの橋(1736) — 日曜日の散歩の悩みを、オイラーが地図を消して解いた年
答えは単純だ。1736年、数学者レオンハルト・オイラーは、プロイセンの町ケーニヒスベルクにあった七つの橋を、同じ橋を二度渡らずに全部渡って元の場所へ戻る散歩道は存在しないと証明した。町の四つの陸地は、5本・3本・3本・3本と、どれも奇数本の橋につながっていたからだ。論文「Solutio problematis ad geometriam situs pertinentis」は1735年8月26日に発表され、1741年に出版された。陸地を点に、橋を線に置き換えるこの発想が、後にグラフ理論と呼ばれる数学の一分野を生み、いまも学校で習う「一筆書き」の判定条件として残っている。本稿は、この290年前の一枚の証明が、経路や接続を答えにする現代のパズルゲーム(『Cosmic Express』『Lyne』『Mini Metro』など)の設計の土台に、姿を変えていまも残っていることを辿る。
ビタミーナ王国物語(1992) — 戦闘にコマンド一覧が無く、数分おきに勝手にセーブするゲームボーイRPG
連載「今日は発売日」第58回は『ビタミーナ王国物語』。ナムコから1992年9月17日にゲームボーイで発売され、今日でちょうど34年です。戦闘に「たたかう」「まほう」の一覧が出ず、十字キーの4方向に魔法を割り当てて戦います。数分おきに勝手にセーブされ、登場人物の名前はほとんど食べ物。ファミ通のクロスレビューは40点満点で24点でした。
ペグソリティア(1697) — 発明者のいない遊びが、「解けない」を証明する数学になった日
十字形の盤に並んだ釘を、隣り合う一つを跳び越えては取り除き、最後に一つだけを残す。ペグソリティアの最初の記録は1697年、ルイ14世治世下のフランス宮廷誌『メルキュール・ギャラン』に載った。発明者は誰かわからない。伝わる「バスティーユの囚人が考案した」という逸話は、1801年の英国の書物にしか根拠がなく、史料としては疑わしいと歴史研究者ジョン・ビーズリーは指摘する。1912年にアーネスト・バーゴルトが18手の最短解を示し、1982年には『Winning Ways』がその不可能を証明する「パゴダ関数」という道具を数学に加えた。2007年、この盤は『レイトン教授と悪魔の箱』の謎として携帯機に移植される。本稿は、発明者を持たないまま300年以上遊ばれ続けた一つの規則を辿る。
九龍妖魔學園紀(2004) — ポケモン エメラルドと同じ日に出て、海を渡るのに16年かかった
連載「今日は発売日」第57回は『九龍妖魔學園紀』。アトラスから2004年9月16日にPS2で発売され、今日でちょうど22年です。同じ日の売り場には『ポケットモンスター エメラルド』が並んでいました。売れた本数は約4万2千本。それでも16年後、作り直されて世界に出たのはこちらでした。
逆転裁判 蘇る逆転(2005) — 4年前のゲームに1話だけ足したら、シリーズが海を渡った
連載「今日は発売日」第56回は『逆転裁判 蘇る逆転』。カプコンから2005年9月15日にニンテンドーDSで発売され、今日でちょうど21年です。2001年のゲームボーイアドバンス版に第5話を足しただけの移植でした。その1話のために入れた機能と、最初から日本版に入っていた英語モードが、シリーズを世界へ連れ出します。
マスターマインド(1970) — 電話技師が考えた四色の推理、半世紀後にFalloutのハッキングになる
1970年、イスラエルの通信技師モルデカイ・メイロウィッツが考案した「マスターマインド」は、四本の色ピンと赤白の採点ピンだけで、見えない答えを絞り込ませる遊びだった。大手玩具会社に断られ続けた末インヴィクタ・プラスチックスから1971年に発売され、70年代のうちに3000万個以上を売る。1976年にはドナルド・クヌースが五手以内で解けることを数学的に示し、2007年にはBethesdaのプログラマーがこの遊びをそのまま『Fallout 3』のハッキング画面に移した。本稿は、色しか教えないという半世紀前の制約が、Wordleの時代にも生き延びていることを辿る。
クロックタワー(1995) — 武器を1つも持たせないまま、ハサミの男から逃げ回らせた一本
連載「今日は発売日」第55回は『クロックタワー』。ヒューマンから1995年9月14日にスーパーファミコンで発売され、今日でちょうど31年です。主人公は戦えません。できるのは逃げることと隠れることだけ。ファミ通クロスレビューは31点、シルバー殿堂でした。
十角館の殺人(1987) — ノックスの十戒に挑んだ、新本格の産声
1987年、綾辻行人のデビュー作『十角館の殺人』は、海外推理小説の巨匠の名を背負った大学生たちを孤島の十角形の館に閉じ込め、日本に「新本格ミステリー」というムーブメントを起こした。その裏側にあるのは、S・S・ヴァン・ダインが1928年に記した二十則と、ロナルド・ノックスが1929年にまとめた十戒という、読者へのフェアプレイを定めた規則群である。この規則は21世紀、竜騎士07『うみねこのなく頃に』というSteamの推理ゲームにまで受け継がれている。
ポケットモンスター ピカチュウ(1998) — ボールに入らない一匹が、うしろを歩きはじめた日
連載「今日は発売日」第54回は『ポケットモンスター ピカチュウ』。日本での発売は1998年9月12日、今日でちょうど28年です。最初の一匹は選べず、しかもボールに戻らない。その仕掛けは、11年後の同じ日に全ポケモンへ広がりました。
サメゲーム(1985) — 月刊アスキーへの投稿から生まれた、隣接する同色を消すという文法
1985年、月刊アスキーに投稿されたプログラム『チェインショット!』が、隣接する同色ブロックをまとめて消すという規則を書いた。この規則は40年のあいだにSameGame、Clickomania!、Jawbreakerと名前を変え続け、2012年には解法アルゴリズムの、2024年にはAI推論ベンチマークの題材にもなった。作者の名前はほとんど忘れられたが、規則だけが生き延びている。
ファイナルファンタジーUSA ミスティッククエスト(1993) — アメリカ向けにやさしくしたFFが、国名を背負って日本に帰ってきた
連載「今日は発売日」第53回は『ファイナルファンタジーUSA ミスティッククエスト』。日本での発売は1993年9月10日、今日でちょうど33年です。もとは北米の初心者向けに作られた一本で、日本には11か月遅れて「USA」を名乗って上陸しました。ファミコン通信の点は7・6・6・4。それでも音楽だけは、辛口の評でも褒められています。
秘密箱(1894) — 開け方を教えない土産物が、寄木細工の街で生まれた年
1894年、箱根の温泉町で一つの木箱が形になった。寄木細工の模様の下に、決まった手順でしか開かない仕掛けを仕込んだ「秘密箱」である。取扱説明書はない。渡された者は自分の手だけを頼りに、正しい順番を探るしかなかった。今日のエスケープルームと同じ設計の骨格を、132年前の木箱の中に読み解く。
モータルコンバットII(1994) — 任天堂が血を許した金曜日。売れたのはメガドライブ版だった
連載「今日は発売日」第52回は『モータルコンバットII』。北米での家庭用版の発売は1994年9月9日、金曜日で、今日でちょうど32年です。前作でSNES版から血を抜いた任天堂は、この続編で血とフェイタリティを認めました。それでも北米で多く売れたのはジェネシス(メガドライブ)版でした。そして日本版だけ、血が緑に変えられています。
Pigs in Clover(1889) — 傾けるだけの木箱が、上院を巻き込んだ三か月
1889年、アメリカ全土を一つの木箱が止めた。透明なガラス板の下、渦巻きの迷路に閉じ込めた四匹のガラス玉の「豚」を、盤を傾けるだけで中央の囲いまで導く——それだけの遊びに、上院議員も新聞記者も指を止めた。発明したのはチャールズ・マーティン・クランドール。特許を取ったのは1889年9月10日である。二年後、サム・ロイドが「自分が発明した」と語ったことで、長らく発明者の記憶は揺らいだ。ホワイトハウスを揶揄する政治風刺画にまで登場したこの熱狂を、私は「最初のモバイルゲーム」として読み直したい。
朧村正(2009) — 絵はどの批評も褒めた。作り終えたとき、会社の資金は尽きていた
連載「今日は発売日」第51回は『朧村正』。北米での発売は2009年9月8日、今日でちょうど17年です。ヴァニラウェアの十六人が手で描いた2Dの和風アクションRPGでした。集計の平均は81点で、絵を褒めない批評はほとんどありません。それでも北米の初月は3万5千本。作り終えたとき、会社の資金は尽きていました。そして2026年6月、続きが発表されました。
ロードランナー(1983) — 一人で150面を作れず、隣の子に払った駄賃
1983年、ダグラス・E・スミスが発売したロードランナー。150面を独りで作れず同梱した「編集モード」が、日本でボンバーマンを生み、Portal 2のパズルメーカーにまで通じる「遊び手を作り手にする」発想の起点だったことを読み直す。
サイレントヒル4 ザ・ルーム(2004) — 一番安全な部屋を拠点にしたら、「謎解きが無い」と書かれた
連載「今日は発売日」第50回は『サイレントヒル4 ザ・ルーム』。北米での発売は2004年9月7日、今日でちょうど22年です。街の名前を冠したシリーズが、街を出てアパートの一室に入りました。その部屋はゲーム中で唯一のセーブ地点で、前半は体力が回復し、後半は逆に削られます。集計の平均は76点。批評でいちばん惜しまれたのは、部屋の不便さではなく、シリーズらしい謎解きが減ったことでした。
エッガーランド(1985) — 卵にした敵を押す、一室完結パズルの原型
1985年、MSX向けに一本の地味なパズルゲームが生まれた。『エッガーランド ミステリー』。敵を魔法弾で卵に変えて押し、宝箱を開けてハートを集める——数個の動詞だけで組まれた一室完結の設計は、HAL研究所がファミコンディスク版を重ねる中で磨かれ、1989年に『ロロの大冒険』として海の向こうへ渡った。この二年間、プロデューサーの椅子に座っていたのが、後に任天堂の社長となる岩田聡である。
シェンムーII(2001) — 本体の生産が終わって5か月後に出た、平均90%の大作
連載「今日は発売日」第49回は『シェンムーII』。ドリームキャストでの発売は2001年9月6日、今日でちょうど25年です。セガが家庭用ハードから撤退し、本体の製造が終わったのは、その5か月前でした。ファミ通は8・8・8・8、海外の集計は90%。それでも国内の売上は前作の3分の1。北米ではドリームキャスト版が出ず、完成していた英語版が見つかったのは20年後でした。
パズルボーイ(Kwirk)(1989) — じゃがいもを歩かせて、アトラスが初めて名乗った日
1989年11月24日、アトラスがゲームボーイ向けに出した『パズルボーイ』。海外では『Kwirk』の名で知られるこの一本は、下請け仕事を重ねてきたアトラスが初めて自社の名前を掲げた作品だった。回転する仕切り、押せる石、埋める穴という三つの動詞だけの迷路パズルは、同じ会社が22年後にまったく別の姿で送り出した『Catherine』にまで、静かに線を引いている。
LocoRoco(2006) — 傾けるのは主人公ではなく地面。企画は二度突き返された
連載「今日は発売日」第48回は『LocoRoco』。北米発売は2006年9月5日、今日でちょうど20年です。操作するのは丸いキャラクターではなく地面のほうで、使うボタンはLとRだけ。企画は二度突き返され、通したのは「転がるところ」だけの試作でした。批評の平均は83点、日本での初週は3万本あまり。
トルネコの大冒険 不思議のダンジョン(1993) — ドラクエの武器屋が着た、ローグの意地悪さ
1993年9月19日、チュンソフトがスーパーファミコンで発売した『トルネコの大冒険 不思議のダンジョン』。1980年生まれの海外産ローグライク『ローグ』の厳しい設計を、ドラゴンクエストの武器屋トルネコの姿で日本の茶の間に持ち込んだ。この一本が始めた「不思議のダンジョン」の系譜は、2024年12月、Steamでも遊べる最新作まで続いている。
スポア(2008) — 批評家の平均は84点、Amazonでは2,216件中2,016件が星1つ
連載「今日は発売日」第47回は『スポア』。世界でいちばん早く箱が並んだのは、2008年9月4日のオーストラリアでした。細胞から宇宙までを1本に詰めた設計は批評家に84点(75媒体の平均)と評価されましたが、同じ9月、Amazonのレビューは2,216件のうち2,016件が星1つ。争点はゲームの中身ではなく、コピー防止の仕組みでした。
Sleep Is Death(2010) — 対戦相手をAIから人間に取り替えた一手
2010年、『Passage』のジェイソン・ローラーが発表した二人用ソフト『Sleep Is Death』。台本もAIも置かず、画面の向こうに生身の人間を座らせるという発想は、2011年のMoMA、そして2018年の自作『One Hour One Life』へと続いていく。
メタルギア ソリッド(1998) — 隠れて進むゲームが、コントローラーの差込口まで芝居に使った
連載「今日は発売日」第46回は『メタルギア ソリッド』。1998年9月3日、コナミからプレイステーション用として5,800円で発売されました。敵を倒すことより「見つからないこと」を先に置いた一本です。当時は「まったく新しいジャンル」と呼ばれ、1998年度の文化庁メディア芸術祭では優秀賞を受けています。同じ回の大賞は『ゼルダの伝説 時のオカリナ』でした。
パズニック(1989) — 名前のないクレジット画面と、三十年後にROMから見つかった五人
1989年10月、タイトーはアーケードに『パズニック』を出した。同じ絵柄のブロックを滑らせて接触させ、消していく論理パズルで、乱数のない手作りの盤面と、ほぼ全ての8/16ビット機への移植で知られる。開発者の名はどこにもクレジットされず、三十年以上を経て基板のROM解析から堀本孝久ら五名の名前が確認された。
ライブ・ア・ライブ(1994) — 27万本は「失敗」と数えられた。28年後、同じ物語が世界で50万本
連載「今日は発売日」第45回は『ライブ・ア・ライブ』。1994年9月2日、スクウェアからスーパーファミコン用として9,900円で発売されました。時代も遊び方も違う7つの物語が1本に入った作品です。当時の評価は40点満点で29点、国内27万本。それが2022年のHD-2Dリメイクで、世界50万本に届きました。
ソロモンの鍵(1986) — 創る魔法を、生みの親自身が手放した年
1986年7月、テクモ(当時テーカン)がアーケードに出した『ソロモンの鍵』は、ブロックを「作る」と「壊す」の両方を主人公に許した珍しいアクションパズルだった。生みの親・鶴田道孝は1992年の続編『ソロモンの鍵2/Fire 'n Ice』で、この発明をあっさり手放し、氷を押すだけの規則に置き換える。倉庫番以来この連載が辿ってきた「押す」文法への合流を、本人の証言とともに追う。
コミックスゾーン(1995) — アイデアは絶賛され、帳簿は赤字だった
連載「今日は発売日」第44回は『コミックスゾーン』。1995年9月1日にセガからメガドライブ用として、7,800円で発売されました。漫画のコマの中を渡り歩くアクションで、発想と絵は当時から高く評価されました。ただし採点は79%どまりで、売上は損益分岐点に届きませんでした。
コラムス(1990) — ヒューレット・パッカードの練習用コードが、セガの手で宝石に変わった日
1990年にセガが発売した『コラムス』は、テトリスと同じ縦落ちパズルでありながら、消し方の文法がまったく違った。作ったのはゲーム会社の人間ではなく、ヒューレット・パッカードの技術者。個人の練習用コードが、半年の交渉を経て世界中の家庭用ゲーム機に渡るまでを追う。
ボンバーボーイ(1990) — 1本に移植と新作。どちらが本編かは、国によって違った
連載「今日は発売日」第43回は『ボンバーボーイ』。1990年8月31日にハドソンからゲームボーイ用として、3,500円で発売されました。中身は2つです。ファミコン版『ボンバーマン』をまるごと収めた「ボンバーマン」モードと、この作品のために作られた「ボンバーボーイ」モード。後者にはショップがあります。ラウンドをクリアするとGPというお金が入り(かかった時間と壊したブロックの数で決まります)、それで「パネル」と呼ばれる強化を買う。丸い枠のパネルは死ぬまで効き、四角い枠のパネルは1ラウンドで消えます。面は1つずつ順番ではなく、マップから好きな順に選べました。面白いのは受け止められ方です。イギリスの Mean Machines は81点をつけ、本作を「highly addictive」な『ボンバーマン』の移植として紹介し、パスワードの追加を歓迎しました。一方、日本のゲームカタログ@Wikiは「ショップ及びアイテム装備の概念により独特のカスタマイズ性を持つ」ことを評価点に挙げ、ファミコン版を丸ごと収録している点は「当時としてはかなりお買い得」、つまりおまけとして書いています。同じカートリッジの本編とおまけが、読む場所で入れ替わっていたのです。北米では『Atomic Punk』として1991年5月5日に、ヨーロッパでは『Dynablaster』として1991年に出ました(2026-08時点)。
マネーアイドル・エクスチェンジャー(1997) — 1円玉5枚で5円玉。説明のいらないパズル
連載「今日は発売日」第42回は『マネーアイドル・エクスチェンジャー』。1997年8月29日にアテナからゲームボーイ用として発売されました。元はフェイスが1997年1月にネオジオで稼働させたアーケードの両替パズルで、SNKの公式紹介では「ネオジオ参入第一弾タイトル」とされています。ルールは日本のお金そのものです。1円・10円・100円は5枚以上、5円・50円・500円は2枚以上、縦か横に隣り合ってそろうと、ひとつ上の硬貨に両替される。500円玉が2枚そろうと両替先がないので消えます。操作は「取る」と「投げる」の2つだけ。説明を読む時間がほぼゼロで遊びはじめられるパズルでした。ただし当時の日本の点数は真ん中どまりで、ファミ通はゲームボーイ版に40点満点で22点、1998年のプレイステーション版に26点。ファミリーコンピュータマガジンの読者投票は30点満点で19.4点でした。理由は連鎖の作りにあります。ゲームカタログ@Wikiは「偶発的な連鎖が起こりやすい」ことを評価点に挙げる一方、「変換された硬貨がどこに発生するか読めない」ため狙った連鎖を組みにくい、とも書いています。海外では『パズルボブル』や『マジカルドロップ』の隣に置かれて語られました。2018年6月28日からアケアカNEOGEOとしてPlayStation 4・Nintendo Switch・Xbox Oneで、2019年4月6日からWindows 10で配信されています(2026-08時点)。
パズルボブル(1994) — バブルボブルの余興が生んだ、32年現役の文法
1986年『バブルボブル』の余興として生まれた『パズルボブル』(1994)。同じ色を3つ以上つなげて消すという単純な文法が、細部への執着によって32年生き延び、2026年のSteam版にまで受け継がれている経緯を追う。
グラディウス外伝(1997) — 静止画では伝わらず、34,383本で終わった名作
連載「今日は発売日」第41回は『グラディウス外伝』。1997年8月28日にコナミからプレイステーション用として発売されました。価格は5,800円。シリーズで初めて家庭用のために設計された完全新作で、開発期間は1年足らずと伝えられています。自機はビックバイパー、ロードブリティッシュ、ジェイドナイト、ファルシオンβの4機。パワーアップの並び順を自分で組み替えられ、地形に強い「ガード」と3秒無敵の「リミット」というバリアが加わり、シリーズ初の2人同時プレイも入りました。ステージは雪原、ボスの残骸、レーザーを反射する結晶、回転するモアイと変化に富んでいます。ところが当時の受け止め方はねじれていました。ファミ通のレビュアー4人はプレイステーションで最も見た目の良いシューティングのひとつだと書いた一方、世の中では「ちょっと解像度が上がっただけのグラディウスIII」「今更2Dシューティング」と流され、3Dの陰に隠れます。生涯の売上は34,383本。1997年12月に発表された北米版の計画も中止になりました。評価が追いついたのは後年で、2018年12月3日のプレイステーション クラシックでは、内蔵20本の一角に選ばれています。
マーブルマッドネス(1984) — 顔のない球体が転がした、アーケードの『立体』
1984年12月、Atari Games社がアーケード向けに発表した『マーブルマッドネス』は、トラックボールで一個の球を転がし、重力と慣性を頼りに六つの斜め見下ろしコースを駆け抜ける作品である。デザイナーのマーク・サーニーは「何も目を持たない」抽象的な世界を志向し、プログラマーのボブ・フラナガンは当時としては珍しい物理モデルを書いた。だが全コースの完走時間はわずか4分ほど。稼働の短命さと引き換えに、球を転がすという発想はスーパーモンキーボールをはじめとする現代の系譜へつながった。私 Toki が、その裏取りを行う。
アストロノーカ(1998) — 同じ罠は二度と効かない敵と、20年遅れで届いた評価
連載「今日は発売日」第40回は『アストロノーカ』。1998年8月27日にエニックスからプレイステーション用として発売されました。価格は6,800円、開発はムームーとシステムサコム、ゲームデザインとAIは森川幸人さんです。宇宙で野菜を育て、交配マシンで重さや模様や風味を変えながらコンクールでの優勝を目指す一方、畑を荒らす害獣「バブー」をトラップで迎え撃ちます。特徴は、そのバブーが同じトラップに何度も掛かると順応して進化することです。落とし穴に落ち続ければ脚力が鍛えられ、羽が生えることもある。裏側では遺伝的アルゴリズムが動き、画面には1日1匹しか出てきませんが、内部では最低10世代ほどの世代交代を経た最優秀個体が選ばれています。進化が止まると突然変異の確率が上がる仕組みもありました。ところが当時の反響は静かで、森川さんは「こんなにAIがきちんと機能しているのに誰も評価してくれない!」とショックを受けたと後年語っています。評価が追いついたのは20年後。2019年の20周年イベントでAI研究者の三宅陽一郎さんは、本作を「遺伝的アルゴリズムを使った世界一のゲーム」と呼びました。
上海(1986) — 病室のPLATO端末から生まれた、世界一売れた牌合わせ
1986年、Activisionが発売した『上海』は、麻雀の牌を二枚ずつ消すだけの単純なパズルだった。だが原型は1981年、頸髄を損傷した一人の学生が病室のPLATO端末に書いたコードにある。歴史家の視点で、この45年の系譜をたどる。
エコー・ザ・ドルフィン2(1994) — 「前作より易しい」と「前作よりずっと難しい」が同時に書かれた一本
連載「今日は発売日」第39回は『エコー・ザ・ドルフィン2』。1994年8月26日にセガからメガドライブ用として発売されました。価格は6,800円、型番はG-4123、容量は16メガビットです。前作は1993年7月30日発売で、1年と1か月ほどでの続編でした。イルカのエコーを泳がせ、音で周りを探る遊びは前作どおり。今作では多方向に音を飛ばす「パルサー」と、カモメやクラゲやサメに変身する「メタスフィア」が加わり、輪をくぐって奥へ進む擬似3Dの面も入りました。開発はハンガリーのノヴォトレード・インターナショナル、箱の絵はボリス・バレホです。当時の評価は難易度で割れました。『Electronic Gaming Monthly』はメガドライブ版に7.25点(10点満点)を付け、4人のうち2人が前作よりずっと難しいと書き、『GamePro』は逆に遊びやすくなったと評しています。『Next Generation』は5点満点で3点。ゲームギア版はEGMで6.5点、セガCD版は7.6点でした。面白いことに、この割れ方は32年たった今の日本語の紹介にもそのまま残っています。
Book of Lenses(2008)— ゲームを覗くための、100枚のレンズ
2008年に出版された『The Art of Game Design: A Book of Lenses』。100の問いという発想がどこから来て、いまのパズル設計者にどう繋がっているかを、歴史家の視点で辿る。
バットマン アーカム・アサイラム(2009) — 「原作つきゲームは外れ」という常識が終わった日
連載「今日は発売日」第38回は『バットマン アーカム・アサイラム』。2009年8月25日に北米で、8月28日にヨーロッパで、9月3日にオーストラリアで発売されました。開発はイギリスのロックステディ・スタジオ、発売はエイドス・インタラクティブとワーナー・ブラザース・インタラクティブ・エンターテイメント。プレイステーション3とXbox 360が先で、Windows版は北米で9月15日でした。舞台はアーカム精神病院ひとつだけ。道具を手に入れるまで入れない場所があり、作りはゼルダとメトロイドを手本にしています。捜査モードで壁越しに敵が見え、リドラーの収集物は240個。評価は高く、Metacriticの平均はXbox 360版92点、PS3版とWindows版が91点。IGNは9.3点、Game Informerは9.5点、Edgeは8点。ギネス世界記録に「最も高く評価されたスーパーヒーローゲーム」として平均91.67点で載りました。売上は北米の集計5日で約59万3千本、3週間で世界200万本近く、2011年10月時点で430万本。日本語版は2010年1月14日にスクウェア・エニックスから7,980円(税込)で発売され、GAME Watchは「『原作付ゲーム』のお手本のような作品」と書いています。
Sokobond(2013) — 結合数だけの規則、倉庫番の三十一年後
2013年8月27日、アラン・ヘイゼルデンとハリー・リーが小さなパズルゲーム『Sokobond』を公開した。遊びの骨格は1982年の『倉庫番』そのままに、そこへ「元素ごとに決まった結合数」という一つの制約だけを足した一本である。この地味な変異は、IndieCade決勝進出とIGF音響部門の栄誉ある言及を経て、ヘイゼルデンを専業のパズル設計者に変えた。その十年後に生まれた『A Monster's Expedition』(2020)まで、押す規則がどう受け継がれたかを辿る。
マフィアII(2010) — 街はここまで作れるのに、できることは少なかった
連載「今日は発売日」第37回は『マフィアII』。2010年8月24日に北米で、8月27日にほかの地域で発売されました。開発はチェコの2K Czech、発売は2K Games。プレイステーション3、Xbox 360、Windows向けです。舞台は架空の街エンパイア・ベイ、時代は1945年から1951年、主人公は戦争帰りのヴィト・スカレッタ。シリーズ1作目の2002年から8年が空き、エンジンもLS3DからIllusion Engineへ作り直されました。ラジオ3局で当時の実在曲が流れ、PC版はNVIDIAのPhysXで布や破壊を見せます。評価は割れました。Metacriticの平均はPC・PS3版が75点、Xbox 360版が74点。Game Informerは9点、GameSpotは8.5点、IGNは7点、Eurogamerは4点。日本のGAME Watchも「こんなに美しい、こんなに広大なのに、できることは非常に少ない」と書いています。発売後は切られた中身も話題になり、デザイナーのDaniel Vávraはシチリア編が丸ごと消えたことを認めました。日本語版は同年11月にテイクツー・インタラクティブ・ジャパンから7,140円で発売されています。
MDAフレームワーク(2004) — パズル設計者がいまも使う三つの言葉
2004年、AAAIのワークショップで発表された数ページの論文が、ゲーム設計の語彙を変えた。ロビン・ヒューニック、マーク・ルブラン、ロバート・ズベックが定式化した「メカニクス・ダイナミクス・エステティクス」。Doug Churchの1999年の宿題から、GDCの一室、そしてOasisという実作を経て、Steamという棚にまで続く三つの言葉の旅をたどる。
3Dレミングス(1996) — 名作パズルを立体にしたら、カメラと戦うゲームになった
連載「今日は発売日」第36回は『3Dレミングス』。1996年8月23日、セガサターン用としてイマジニアから6,800円で発売されました(型番T-15013G)。原作の『レミングス』は1991年2月14日にAmigaで出たDMA Design開発・Psygnosis発売の横視点パズル。3D化を担当したのはイギリスのClockwork Gamesで、シリーズで初めてDMA Designが関わらない作品になりました。プレイヤーは4台のカメラを動かして立体の盤面を見渡し、レミングス1匹の目線に入る「ヴァーチャル・レミングス」も使えます。新しい役割は進路を左右90度に曲げる「ターナー」。本編はFun/Tricky/Taxing/Mayhemの4段階に20面ずつの計80面、ほかに練習用20面。評価は割れました。Electronic Gaming Monthlyはプレイステーション版に10点満点で8点、PC Gamer USは1995年のBest Puzzle Gameに選出。一方GamePro は3D視点の混乱と操作の悪さを指摘し、英Sega Saturn MagazineのRob Allsetterも「残り一瞬でカメラを動かしている自分に気づく」と書いています。ほめる側もけなす側も、見ていたのは同じカメラでした。日本ではサターン版が先で、プレイステーション版は1996年11月8日にソニー・コンピュータエンタテインメントから5,800円。シリーズはこのあと2000年の『Lemmings Revolution』で2Dのステージ構成に戻ります。
数独(1979) — 名前のない発明が世界の朝刊を制すまで
1979年、アメリカの雑誌に無名のまま載ったパズル「ナンバープレイス」。日本のニコリが「数独」として磨き上げ、香港の元判事ウェイン・グールドの自作プログラムを経て、2004年にロンドンの新聞へたどり着くまでの25年を追う。2024年のSteamパズル『Islands of Insight』にも息づく、その「論理だけで解ける」設計思想の系譜。
クロノ・トリガー(1995) — 北米で絶賛され、29万本だった夏
連載「今日は発売日」第35回は『クロノ・トリガー』。日本では1995年3月11日にスーパーファミコンで発売され、北米版が出たのは同じ年の8月22日でした。作ったのは坂口博信・堀井雄二・鳥山明の「ドリームチーム」。時代の違う世界を行き来し、過去に手を入れると未来の風景が変わるRPGで、敵がマップに見えたまま戦闘が始まる作りや、12通りの結末、強さを引き継いで遊び直せる仕組みが話題になりました。評価は高く、Electronic Gaming Monthlyは A、GamePro は5点満点、Next Generation は4点、ファミ通のクロスレビューは34点。Nintendo Power は「革命的」と紹介しています。ところが売上は対照的で、2003年8月のスクウェア・エニックスの資料では日本236万本に対し海外29万本、合計265万本のうち海外はおよそ1割でした。ヨーロッパではスーパーファミコン版が発売されず、初の正式版は2009年のニンテンドーDS版。北米発売の18日後にはプレイステーションが北米で発売され、16ビット機の時代が終わろうとしていました。2018年2月27日にはSteam版が登場しています。
ジ・アート・オブ・コンピュータゲームデザイン(1984) — 「ゲームとは何か」を定義しようとした最初の本
1984年、Atariを解雇されたばかりのゲームデザイナー、クリス・クロフォードが一冊の本を書いた。『The Art of Computer Game Design』。ゲームを「表現」「相互作用」「対立」「安全」という四つの要件で定義しようとした、世界で最初の本格的なゲームデザイン理論書である。本稿は、この本が生まれた1980年代前半の文脈と、彼が翌年から自宅のリビングで始めた小さな集まりが今のGDCへ育つまでの道、そして彼の定義がいまも学術的な議論の的であり続けている理由を、歴史の視点から辿る。
ドラゴンボール ファイナルバウト(1997) — 日本で24万本、海外で「PSで最悪の格闘ゲーム」
連載「今日は発売日」第34回は『ドラゴンボール ファイナルバウト』。1997年8月21日、バンダイがプレイステーション向けに発売しました(5,800円、型番SLPS-00949、開発はトーセ)。シリーズで初めて全体を3Dにした格闘ゲームで、相手を吹き飛ばしてタイミング入力で追撃をつなぐ「メテオスマッシュ」と、ビームの押し合いが目玉。使えるのは18人ですが、そのうち6人は悟空の別形態でした。英語圏の受け止め方は厳しく、GameRankingsの集計は50.00%。Next Generation誌の1998年3月号は「プレイステーションで作られた格闘ゲームの中で議論の余地なく最悪」と書き、IGNは「おもちゃを買ったほうがいい。少なくともそっちのほうが操作できる」と結びました。一方でElectronic Gaming Monthlyの1997年12月号は4人の評者で意見が割れ、Sushi-Xは「達人向けのゲーム」と評価しています。売れた数は日本245,000本、北米19,564本(初回生産は約1万本)、合計264,564本。オープニングアニメは東映アニメーションに発注され、音楽は山本健司、影山ヒロノブが4曲を歌いました。1998年7月23日には廉価版が出て、その後プレイステーションのドラゴンボールは2002年の『Budokai』(PS2)まで空きます。
テトリス(1984) — モスクワの計算センターから来た、七つの駒の四十年
1984年6月、モスクワのドロドニーツィン計算センターでアレクセイ・パジトノフが余暇に書き上げたプログラムは、ペントミノを四マスの七種類まで削り込んだだけの、ごく単純な規則だった。本稿は、フロッピーディスクでモスクワを駆け巡ったこの作品が、英国商社とソ連貿易機関エルオルグの権利争い、ヘンク・ロジャースの1989年ゲームボーイ交渉を経て世界的商品になるまでの経緯と、水口哲也『Tetris Effect』(Steam版2021年)に至る現代への系譜を辿る。
サモンナイト クラフトソード物語2(2004) — 自分で打った剣が、戦っている途中で壊れる
連載「今日は発売日」第33回は『サモンナイト クラフトソード物語2』。2004年8月20日、バンプレストがゲームボーイアドバンス向けに発売しました(ファミ通の発売スケジュールでは5800円・税抜表記)。開発はフライト・プラン。主人公が目指すのは召喚師ではなく鍛冶職人=マイスターで、シェイプストーンで剣・斧・槍・ナックル・ドリルといった武器を打ち、鉱石や素材を打ち込んで性能を足していきます。戦闘は2Dの横視点でリアルタイム、武器は3本まで持ち込んで戦闘中に持ち替え可能。ただし武器には耐久値があり、ゼロになると壊れて鍛冶場で修理するまで使えません(修理ができるようになったのはこの2作目からです)。ファミ通のクロスレビューは8・10・8・8の合計34/40。北米版はアトラスから2006年10月17日、日本では同年2月2日にバリューセレクションの廉価版が出ています。英語圏の採点はMetacriticで10件平均79点、IGN85点、GameSpot73点、GameSpy70点と幅があり、RPGFanのPatrick Gann(2006年12月11日)は86%をつけて「グラフィック面ではGBAの2Dゲームで間違いなく最高」と書きつつ、サウンドの半分以上が前作からの流用であることを指摘しました。
箱入り娘/クロツキー(1930年代) — 曹操を閉じ込めた駒たちの系譜
西洋では特許図面として、中国では曹操の敗走を模した切り紙として、日本では『箱入り娘』という木箱の玩具として——互いに参照し合った形跡のないまま、ほぼ同一の滑り駒パズルが1890年代から1930年代にかけて三つの場所で独立に立ち上がった。1964年にMartin Gardnerが最短81手の解を『Scientific American』に発表し、1991年にはWindows Entertainment Packが世界中のPCへこれを運んだ。2021年のSteam作品『Blockee』が自ら『クロツキーへのオマージュ』と明言するまでの、並行進化の記録。
幻想水滸伝IV(2004) — シリーズが海へ出て、「船旅が退屈」と書かれた日
連載「今日は発売日」第32回は『幻想水滸伝IV』。2004年8月19日、コナミがPlayStation 2向けに6,980円(税別)で発売しました。開発はコナミコンピュータエンタテインメント東京。初代の約150年前を描き、舞台は大陸ではなく海に浮かぶ島々。主人公はラズリル島の若い騎士で、使うたびに宿主の生命を削る「罰の紋章」を継いだうえ、上官グレンの死の責を負わされて島を追われます。船が拠点になり、108人の仲間集めも海の上で行われました。ファミ通のクロスレビューは8・7・8・7の合計30/40でシルバー殿堂入り。国内の売れ行きは2004年のうちに303,069本で、前作『III』の377,729本には届きませんでした。北米発売は2005年1月11日、GameSpotのレビューは6.7点で、短所の欄には「航海に費やす時間は退屈で、しかも航海がとても多い」と書かれています。
Wolfenstein(2009) — 採点がひとつも出ていない状態で棚に並んだ日
連載「今日は発売日」第31回は『Wolfenstein』。2009年8月18日、Activisionが北米でWindows・PlayStation 3・Xbox 360向けに発売しました(オーストラリアは8月19日、ヨーロッパは8月21日)。開発はRaven Software、エンジンはid Softwareのid Tech 4を拡張したもの。第二次世界大戦下のドイツの町を拠点に、「ヴェイル」と呼ばれる別次元との境目を押し開けて時間を遅くしたり見えないものを見たりしながら戦うFPSです。奇妙なのは当日の様子で、発売日の8月18日にTechCrunchが書いたのは作品の評ではなく「レビューが見つからない」という記事でした。数日後に出そろった評はGameSpotが7.5/10、Game Informerが7.25/10、Edge(PS3版)が5/10と大きく散らばり、売れ行きは1か月で約10万本。Activisionはその後Raven Softwareで人員削減を行い、この一本はActivisionが出した最後の『Wolfenstein』になりました。
マインスイーパー(1990) — Windowsに刷り込まれた確率と論理のパズル
1990年10月8日、Windows Entertainment Packの1本として配られた小さなゲームが、1992年のWindows 3.1から標準搭載となり、世界中のPCに埋め込まれた。原型を辿ると1983年、英国のIan Andrewが書いたZX Spectrum用『Mined-Out』にまで遡るとされる。本稿はこの「誰もパズルゲームとして意図的に設計しなかった論理パズル」の系譜を辿り、2017年の『Tametsi』が確率を排して純粋な演繹へ回帰するまでを追う。
エアー・フォートレス(1987) — シューティングの続きを、要塞の中を歩いて解く
連載「今日は発売日」第30回は『エアー・フォートレス』。1987年8月17日、ハル研究所が自社ブランドでファミコン用に発売した5,300円のソフトです。前半は要塞のエアロックを目指す横スクロールシューティング、後半はその要塞の内部をジェットパックで歩き、中枢のコアを壊して脱出するアクション。前半で集めたエネルギーやアイテムをそのまま後半に持ち越す設計で、内部パートではショットもボムも撃つたびに反動で後ろへ押される——つまり逆向きに撃てば速く飛べる、という無重力のような操作が最大の癖でした。北米版はHAL Americaから1989年9月に発売され、Nintendo Power、VideoGames & Computer Entertainment、Computer Entertainer、ドイツのPlay Timeがそれぞれ評を残しています。そしてこのソフトを出したハル研究所は、5年後の1992年6月22日に和議を申請することになります。
A Dark Room(2013) — 言葉だけの部屋で焚かれた、たった一つの火
2013年6月10日、絵も音もないブラウザゲーム『A Dark Room』が公開された。表示されるのは一行の文章と選択肢のボタンだけである。開発者マイケル・タウンゼンドが書いたこの実験は、同年『Candy Box!』や『Cookie Clicker』と並ぶインクリメンタルゲームの季節に生まれながら、隠された物語を持つ点で一線を画した。見知らぬ開発者アミール・ラジャンの手でiOSへ移植された本作は、2014年、Apple公式チャートで有料ゲーム1位に立つ。無名の個人による一本のコードが、想像力だけを頼りに市場の頂点へ届いた軌跡を辿る。
ソウル・リーバー(1999) — 世界を二枚重ねにしたアクションアドベンチャー
連載「今日は発売日」第29回は『レガシー・オブ・ケイン ソウル・リーバー』。1999年8月16日にEidos Interactiveが北米で発売した、Crystal Dynamics開発のPlayStation用アクションアドベンチャーです。主人公ラジエルは実体界と幽体界を自在に行き来でき、切り替えると地形そのものが歪む——この一つの仕掛けが、戦闘にも移動にもブロックパズルにも全部効いていました。Metacritic 91点、GameSpotとIGNの両方でEditors' Choice、IGNは9.3点。2001年までに全世界140万本を超え、シリーズで初めてSonyのGreatest Hitsに入りました。一方、日本ではPlayStation版がカプコンから発売予定だったものの中止となり、家庭用機に届いたのは2025年7月10日のリマスター版でした。
Lara Croft GO(2015) — 蒸留された記憶が動く盤上
2015年、Square Enix Montrealは『Hitman GO』に続く二作目として『Lara Croft GO』を配信した。旧作を再プレイせず「記憶の中の理想化された感触」だけを盤上へ蒸留するという方法論は、批評的な栄誉を総なめにしながらも、2022年のスタジオ閉鎖という結末を迎える。サーバーに依存しない買い切りソフトという形式が、開発元の消滅後も作品自体を生き残らせた——その方法論と行方の系譜を辿る。
クロノ・クロス(2000) — 並行世界の物語が、もう一つの世界に届いた日
連載「今日は発売日」第28回は『クロノ・クロス』。日本では1999年11月18日にスクウェアが発売したPlayStation用RPGで、北米版が出たのが2000年8月15日、今日でちょうど26年になります。ホームワールドとアナザーワールドという二つの並行世界を往復し、40人を超える仲間を集める作品でした。ファミ通は36/40、北米ではGameSpotが満点10点を付け、2000年のコンソール・ゲーム・オブ・ザ・イヤーに選出。IGNは9.7。一方で『クロノ・トリガー』の直接の続編を期待した人たちからは戸惑いの声も上がりました。2003年までに全世界150万本出荷(日本85万・海外65万)。ヨーロッパにはこのとき届かず、初上陸は2022年のリマスター版まで待つことになります。
Chip's Challenge(1989) — 携帯機と共に沈まず、オフィスの机で生き延びた迷宮
1989年、米Epyxが携帯機Atari Lynxのローンチタイトルとして送り出した『Chip's Challenge』は、チャック・サマヴィル設計の見下ろし型タイルパズルである。母体のハードは敗れ、開発元は破綻したが、この盤面は1992年のMicrosoft Entertainment Pack収録でオフィスのWindows PCに広まり、ファンの自作エディタ文化と、続編を長く凍結した権利問題を越えて、2015年5月28日にSteamへ帰還した。パズルの本体が機械ではなく規則の集合であることを、この37年ほど雄弁に語る例は少ない。
マッデンNFL 08(2007) — タイムズスクエアが年越しみたいに騒いだ発売日
連載「今日は発売日」第27回は『Madden NFL 08』。2007年8月14日、EAが北米で発売したアメリカンフットボールゲームで、シリーズ18作目にあたります。前夜のタイムズスクエアでは年越しのボール・ドロップを再現したカウントダウンイベントまで開かれました。米国での初週販売は約180万本・売上約1億ドル。一方でXbox 360版が60fps、PS3版が30fpsという差が大きな論争になり、初週の販売本数は360版がPS3版の4倍以上に。そして本作は、北米で発売されたゲームキューブ用ソフトの最後の一本として記録に残っています。今日でちょうど19年です。
Skipping Stones to Lonely Homes(2015)— 石を投げて架けた橋が、宇宙列車まで続いた道
2015年8月21日、イギリスのパズル作家アラン・ヘイゼルデンが無料ブラウザ作品『Skipping Stones to Lonely Homes』を公開した。石を投げて橋を架け、難破船の木材を探す一本のPuzzleScript作品だ。Steamの外で生まれたこの小品が、同年のプロトタイプ『Train Braining』、2017年の商業作『Cosmic Express』を経て、2026年発表の大作パズル『Order of the Sinking Star』にまで、作者自身の言葉で繋がっている。私はこの十年の航路をたどる。
パネルでポン(1995) — 名前を奪われ続けても、遊びの文法は生き延びた
1995年10月27日、任天堂とインテリジェントシステムズが送り出した『パネルでポン』は、隣接する2枚のパネルをカーソルで入れ替え、同色を3つ揃えて消す対戦パズルだった。プロデューサーは横井軍平。海外版は『テトリスアタック』としてヨッシーの絵柄に差し替えられ、妖精リップは西側から姿を消した。以後30年、ポケモン版、パズルリーグ、任天堂公式コンテンツとして生き延び、2025年12月にはSteamで無料公開された『Panel Attack』が自らを「Panel de Pon / Tetris Attack様式」と名乗っている。名前を奪われ続けた一本の、遊びの文法だけが生き延びた記録。
デスクリムゾン(1996) — 「せっかくだから」から30年
連載「今日は発売日」第26回は『デスクリムゾン』。1996年8月9日、エコールソフトウェアがセガサターン用ソフトとして発売した「暗黒」ガンシューティングです。ファミ通クロスレビュー13点、セガサターンマガジン読者レースでは297本中297位という記録的な低評価を受けながら、「せっかくだから、俺はこの赤の扉を選ぶぜ!」の一言でゲームファンの流行語を生み、シリーズ化されました。今日でちょうど30年。2026年の30周年に合わせて、あの台詞の意味がついに明かされています。
Baba Is You(2017年ジャム版)— 「Not There」が生んだ48時間の原型
2017年4月21日から23日、コペンハーゲンのDockenで催されたNordic Game Jam。テーマ「Not There」の48時間から、フィンランドの一学生アルヴィ・テイカリ(Hempuli)が単独で作った『Baba Is You』が優勝した。2019年にSteamで完成版が世に出るより2年早く、無料のitch.io版として生まれたこの原型を、私は祖形として読み解く。
ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル(2003) — GBAを4台持ち寄った夏
連載「今日は発売日」第25回は『ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル』。2003年8月8日、ニンテンドー ゲームキューブ用ソフトとして発売されました。据え置きの任天堂ハードに載る『FF』は1994年の『FFVI』以来9年ぶり、そしてスクウェア・エニックス合併後に出た最初のオリジナル『FF』。人数分のゲームボーイアドバンスを持ち寄る4人プレイは賛否を呼びつつ、第7回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門の大賞を受賞しました。今日でちょうど23年です。
Klax(1990) — 「三つ揃える」という着想は、二度発明された
1990年2月、アタリゲームズが北米のアーケードに放った『Klax』は、流れてくる色つきタイルを受け止め、縦横斜めに三つ揃えて消すパズルだった。テトリス訴訟の直後に生まれたこの一台は、しばしば「マッチ3の起源」と呼ばれる。しかし2020年、Bejeweledを作ったポップキャップ創業者ジェイソン・カパルカ自身が語った系譜は、Klaxを経由していない。同じ着想が独立に二度発明された記録を、開発者の証言から辿る。
がんばれゴエモン〜ネオ桃山幕府のおどり〜(1997) — 日本全土を舞台に変えられた夏
連載「今日は発売日」第24回は、コナミが1997年8月7日にNINTENDO 64へ送り出した『がんばれゴエモン〜ネオ桃山幕府のおどり〜』。1986年に始まったシリーズが初めて3Dになった一本で、開発中は『がんばれゴエモン5』の仮題で誌面に出ていました。舞台は北海道と九州を除く日本全土。ゴエモン・エビス丸・サスケ・ヤエを切り替えて進み、節目には巨大ロボのゴエモンインパクトが立ち上がります。オープニングは影山ヒロノブ、インパクト戦の挿入歌は水木一郎。発売前のプレビューでは「出来のよくないマリオの模倣」と書かれ、『ファミ通』のクロスレビューでは4人合計28点。翌1998年に海を渡ると、英『N64 Magazine』の90%とGameSpotの6.7点に評価が割れました。今日でちょうど29年です。
Mirror Isles / Skipping Stones to Lonely Homes(2014-2015) — 無料のジャム作品が、十年後の二つの脱出島に姿を変えるまで
2014年と2015年、ロンドンのパズル作家アラン・ヘイゼルデンがPuzzleScriptで書いた無料のジャム作品『Mirror Isles』と『Skipping Stones to Lonely Homes』。本人が公式サイトで明かすところによれば、前者は2020年の商業作『A Monster's Expedition』の精神的な原型であり、両作は2026年にデモが公開されたJonathan Blowの新作『Order of the Sinking Star』のインスピレーションの一つにもなった。無料の実験作が十年を超えて二つの異なる商業パズル大作へ流れ込んだ、その具体的な道筋を本人の証言だけを手がかりに追う。
聖剣伝説2(1993) — 中止になったCD-ROMの企画から立ち上がったアクションRPG
連載「今日は発売日」第23回は、スクウェアが1993年8月6日にスーパーファミコンへ送り出した『聖剣伝説2』。国外題は『Secret of Mana』。前作『聖剣伝説 〜ファイナルファンタジー外伝〜』はFFの外伝でしたが、本作から独立した世界観になりました。もともとは中止になったもう一つの『ファイナルファンタジーIV』の原案で、スーパーファミコン専用CD-ROMシステム用として作り直され、アダプタが世に出なかったためカートリッジ用に組み直された——という出自を持ちます。コマンド式ではない「モーションバトル」、ナーシャ・ジベリが開発したリングコマンド、菊田裕樹の初コンポーザー作。『ファミコン通信』のクロスレビューでゴールド殿堂を獲得し、国内売上は約150万本と伝えられています。今日でちょうど33年。
スーパーマリオ ヨッシーアイランド(1995) — スーパードンキーコングの「真逆」を選んだ手描き
連載「今日は発売日」第22回は、任天堂が1995年8月5日にスーパーファミコンへ送り出した『スーパーマリオ ヨッシーアイランド』。赤ちゃんを背負ったヨッシーが舌とタマゴで進む横スクロールアクションで、ヨッシーシリーズの1作目にあたります。前年11月に出た『スーパードンキーコング』の3DCGに社内から「うちもCGでは」という声が上がったものの、開発が進みすぎていて入れられず、開発陣は逆に手描き風という「真逆の作風」を選びました。ファミコン通信のクロスレビューは9・9・8・7の33点(40点満点)でゴールド殿堂、ファミマガのゲーム通信簿は24.8点(30点満点)。今日でちょうど31年。
学校であった怖い話(1995) — 「学校の怪談」ではない、と作者が言い続けた一本
連載「今日は発売日」第21回は、バンプレストが1995年8月4日にスーパーファミコンへ送り出したサウンドノベル『学校であった怖い話』。新聞部の主人公が6人の語り手から怪談を1話ずつ聞いていく——誰の話を何人目に聞くかで筋が変わり、隠しを含めた総数は50本以上。実写取り込みを背景だけでなく登場人物にも使った作品として知られています。ファミコン通信クロスレビューは8・6・6・5の25点(40点満点)、ファミマガのゲーム通信簿は22.3点(30点満点)。売上そのものは振るわなかったのに、関連書籍が同じ年に何冊も出て、翌年のPlayStation版『S』は配信開始まで中古にプレミアが付き続けました。今日でちょうど31年。
ましゅ(2000) — 誤読が生んだ、黒と白の真珠の輪
1999年4月、『パズル通信ニコリ』84号に「真珠の首飾り」という白丸だけの問題形式が載った。翌2000年、90号で黒丸が加わり「白真珠黒真珠」に改題、現在のましゅの論理骨格が完成する。正式名称「ましゅ」がついたのは2003年、社長の誤読がそのまま定着した結果だった。数字も文字も使わない盤面が、NP完全性の証明や公式コンシューマ移植、オープンソース実装として26年生き延びた跡を裏取りする。
真・三國無双(2000) — 初回出荷10万本未満から始まった「一騎当千」
連載「今日は発売日」第20回は、コーエーが2000年8月3日にPlayStation 2へ送り出した『真・三國無双』。海外題は『Dynasty Warriors 2』——数字が2から始まるのは、前作『三國無双』が1対1の対戦型格闘ゲームだったからです。格闘からアクションへ舵を切った理由も、PlayStation 2の仕様書を見て「戦場そのものを再現できるのでは」と考えたところにありました。ところが前評判はなく、初回出荷は10万本にも届かず、同社のローンチタイトル『決戦』の陰に隠れます。そこから口コミで伸びていった経緯と、ファミ通31点・Metacritic 75点という当時の受け止め方を、実際の映像とあわせて振り返ります。今日でちょうど26年。
ソマキューブ(1933) — 量子力学の講義中に生まれた、27個の断片
1933年、コペンハーゲンで量子力学の講義を聞いていたピエト・ハインは、四個以下の立方体を面で結合してできる非凸な断片を数え上げ、七片・27個からなる「ソマキューブ」を生み出した。1958年のマーティン・ガードナーのコラムで世界に知られ、1969年にパーカー・ブラザーズ社が商品化。240通りの解を手作業で解き明かしたコンウェイとガイの逸話、そしてルービックキューブの発明者エルノー・ルービック自身が語る「ソマキューブへの負債」まで、90年に及ぶ立体分割パズルの系譜を辿る。
トバルNo.1(1996) — スクウェアがPlayStationに置いた最初の一枚
連載「今日は発売日」第19回は、スクウェアが1996年8月2日にPlayStationへ送り出した3D対戦格闘『トバルNo.1』。同社のPlayStation参入第1弾であり、開発は『バーチャファイター』『鉄拳』の主要スタッフが集まって設立したドリームファクトリー、キャラクターデザインは鳥山明。攻撃をパンチ・キックではなく上段/中段/下段という「属性」で捉える3ボタン制と、柔道の組み手のような「つかみ」が土台にあります。初回版には翌年発売予定だった『ファイナルファンタジーVII』の体験版ディスク「SQUARE'S PREVIEW」が付属し、当時の話題はむしろそちらに集まりました。ローグライク風の「クエストモード」を含め、本編の評価が後追いで語られ続けている一本です。今日でちょうど30年。
ロックマンX4(1997) — ゼロが「選べる主人公」になった日
連載「今日は発売日」第18回は、カプコンが1997年8月1日にPlayStationとセガサターンへ同時発売した『ロックマンX4』。ロックマンXシリーズ第4作にして「ロックマン」10周年記念作品の第3弾で、スーパーファミコンから32ビット機へ移ったことでアニメカットシーン(制作はXEBEC、のちのProduction I.G)とキャラクターボイスが入りました。最大の変更は「ダブルヒーロー制」——開始時にエックスとゼロのどちらかを選ぶと、あとは変更できません。ゼロの主武装はバスターから近接のゼットセイバーへ変わり、この手触りが後のシリーズに強く影響します。同じ1997年8月1日には、オープニングテーマを歌う仲間由紀恵の4thシングルも発売されました。29年後の今日、本作は『ロックマンX アニバーサリー コレクション』に収録され、2025年10月にはアイリスのプラモデル化が発表されています。
Get Off the Earth(1896) — サム・ロイドが特許を取った、数え間違いの装置
1896年、パズル作家サム・ロイドが特許を取得した回転式の消失パズル『Get Off the Earth』。円盤を少し回すだけで13人の人影が12人に減る仕掛けの正体と、1880年の先行例『Magic Egg Puzzle』、1858年の『トリック・ミュールズ』からの系譜、そして現代の錯視パズルにまで続く「数えることを疑わせる」設計の起源を裏取りする。
リズム天国ゴールド(2008) — ニンテンドーDSを縦に持ち替えさせた「ノリ感ゲーム♪」
連載「今日は発売日」第17回は、任天堂が2008年7月31日にニンテンドーDS向けに発売した『リズム天国ゴールド』。公称ジャンルは「音楽ゲーム」ではなく「ノリ感ゲーム♪」。DS本体を横ではなく縦に持ち替え、タッチペンで画面を叩く・はじく・こする——操作はそれだけで、全10ステージ×各4種類、合計40種類のリズムゲームを渡り歩きます。前作はゲームボーイアドバンス用『リズム天国』(2006年8月3日)で、本作でも続けてシャ乱Qのつんく♂が楽曲をプロデュース。『週刊ファミ通』のクロスレビューではゴールド殿堂入り。そして2009年1月、1996年の『パラッパラッパー』が12年間保持していた音楽ゲームの販売記録を塗り替え、国内190万本規模まで伸びました。18年後の今日はというと、シリーズ最新作『リズム天国 ミラクルスターズ』が2026年7月2日にNintendo Switchで発売され、初週39万本で首位に立ったばかりです。
ナンバーリンク(1897) — 新聞のパズル欄から、フロー・フリーとジップの時代へ
1897年、ブルックリン・デイリー・イーグル紙のコラムにサム・ロイドが載せた「困った隣人たちのパズル」。1917年にはヘンリー・アーネスト・デュードニーが自著でモータリスト向けの一本道パズルとして磨き直し、1980年代のニコリがこれを「アルコネ」「ナンバーリンク」として日本の誌面に定着させた。2012年にはビッグ・ダック・ゲームズの『フロー・フリー』が色付きの点とパイプに姿を変えて1億ダウンロードを超え、2025年にはリンクトインの日課パズル『ジップ』にまでこの系譜は続く。一本の線を交差させずに引く、という百二十年以上前からの規則がどう生き延びてきたかを辿る。
ペントミノ(1965) — ソロモン・ゴロムが名付けた五マスの図形が、テトリスに姿を変えるまで
1965年、アメリカの数学者ソロモン・W・ゴロムは著書『Polyominoes』で、五つの正方形をつなげてできる十二種類の図形「ペントミノ」の理論を一冊にまとめた。名付けは1953年のハーバードでの講演に遡り、1957年にはマーティン・ガードナーのコラムで一般読者に届き、1975年にはロシア語訳が刊行される。そして1984年、モスクワの青年アレクセイ・パジトノフが子供の頃からのペントミノの記憶を頼りに実験用計算機の上で図形を動かし、テトリスが生まれた。五マスの図形が三十年以上をかけて世界を巡った道のりを辿る。
シーマン ~禁断のペット~(1999) — 口の悪い人面魚が、ドリームキャストで一番売れたソフトになった日
連載「今日は発売日」第16回は、セガがドリームキャスト向けに発売した育成シミュレーション『シーマン ~禁断のペット~』。発売日は1999年7月29日、開発はビバリウム、価格は6,800円。コントローラーにマイクデバイスを差し、水槽の中の人面魚に話しかけて一か月ほど育てます。呼べば来て、こちらの年齢や職業を覚え、そのうえで実に失礼な口をきく。ファミ通クロスレビューは9・7・7・6の29点で、孵化の瞬間のインパクトを賞賛しつつ「ある意味踏絵」「問題作」と好き嫌いの分かれる一本だと書きました。それでも売り上げは40万本前後に達し、ドリームキャストで最も売れたソフトになります。第3回文化庁メディア芸術祭優秀賞、第1回Game Developers Choice Awardsのキャラクター大賞など受賞も相次ぎました。
ヤジリン(1999) — 矢印とリンクが継ぎ足した、二つの規則の盤面
1999年7月、『パズル通信ニコリ』86号に登場した「ヤジリン」は、1989年のスリザーリンクが確立した「輪を一つだけ描く」文法と、黒マスを数える文法を一枚の盤面に接ぎ木したハイブリッド・パズルである。直前に発表されていた「やじさんかずさん」の矢印付きマスを流用し、2005年には早くも「Arrow Ring」として世界パズル選手権アメリカ予選に採用された。公式のXbox/PS Vita移植から、2025年発の専用モバイルアプリ「Loopr」まで、26年間の生存の跡を裏取りする。
押忍!闘え!応援団(2005) — 売れ行きに苦戦した音ゲーが、輸入されて世界に届いた日
連載「今日は発売日」第15回は、任天堂がニンテンドーDS向けに発売したリズムアクション『押忍!闘え!応援団』。発売日は2005年7月28日、開発はイニス。困っている人が「おうえんだ~ん!」と叫ぶと学ラン姿の応援団が駆けつけ、プレイヤーは下画面のマーカーをタッチペンで叩き、なぞり、回して気合いを送ります。上画面ではマンガ調のストーリーが進み、応援の出来しだいで途中経過も結末も変わる全15ステージ。J-POPのカバー曲に乗せて、浪人生から腹痛のバイオリニスト、巨大隕石に狙われた地球までを応援します。発売直後は売り上げで苦戦しましたが、口コミで評判が広がり、日本語版を輸入してまで遊ぶプレイヤーが国外に現れ、2006年には海外向けの『Elite Beat Agents』、2007年には続編が作られました。本作に着想を得たPC向けの『osu!』も2007年に登場しています。
Skipping Stones to Lonely Homes(2015) — 石を投げて島を渡る、無料PuzzleScriptが遺した二つの子孫
2015年8月31日、ロンドンのパズル作家アラン・ヘイゼルデンが自身のサイトで公開した無料ブラウザゲーム『Skipping Stones to Lonely Homes』。石を投げた波紋で遠くの睡蓮の葉を動かすという間接操作のソコバン系パズルは、公式サイトが明言する通り『A Monster's Expedition』(2020)の精神的続編の原型であり、ジョナサン・ブロウ渾身の大作『Order of the Sinking Star』(2026)の出発点の一つでもある。無料の同人作が10年をかけて二つの大作へ流れ込んだ道のりを辿る。
バルダーダッシュ(1984) — 落ちる岩を、規則に変えた男たち
1984年3月、Atari 8ビット・コンピュータ向けにFirst Star Softwareが発売した『バルダーダッシュ』(Boulder Dash)は、主人公ロックフォードが洞窟の土を掘ってダイヤモンドを集める、重力を敵に回したアクションパズルである。土を抜けば頭上の岩が落下し、蝶に岩をぶつければダイヤモンドに変わる――この単純な物理則は1987年の『エメラルドマイン』、1991年の『Supaplex』、1995年の『Rocks'n'Diamonds』へと系譜をつなぎ、40年以上生き続けている。カナダの開発者二人が半年で書き上げた盤面から、時代の裏取りを行う。
ドクターマリオ(1990) — マリオが白衣を着て、ファミコンとゲームボーイに同時にやってきた日
連載「今日は発売日」第14回は、任天堂の落ち物パズル『ドクターマリオ』。ファミリーコンピュータ版とゲームボーイ版が同時に発売されたのは1990年7月27日です。マリオが医師に扮し、ビンの中に繁殖した3色のウイルスを2個1組のカプセルで退治します。縦か横に同色4つ以上で消えるシンプルなルールに、スピード3段階×レベル21段階の調整幅、FEVERとCHILLの2曲のBGM。ファミ通クロスレビューでは両機種とも31点(40点満点)でシルバー殿堂入りし、国内出荷はFC・GB合計約361万本。雑誌の特集やテレビ番組での対戦放送も手伝って、当時としては珍しく主婦層まで人気が広がりました。FC版は2018年から、GB版も2024年からNintendo Switch Onlineで配信中で、今もそのまま遊べます。
ソニック・ザ・ヘッジホッグ(1991) — セガがマリオに挑むために放った、音速の青いハリネズミ
連載「今日は発売日」第13回は、セガ・エンタープライゼス(現・セガ)が開発・発売したメガドライブ用アクション『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』。日本でメガドライブ版が店頭に並んだのは1991年7月26日です。任天堂のマリオに対抗できる新しいマスコットを——という社内公募から生まれた一本で、開発は1990年に始まりました。全7ゾーン(最終ゾーンを除き各3アクト)を、坂を駆け下りる爽快感とループを描く高速アクションで駆け抜けます。海外(ジェネシス)では一足先に1991年6月23日に本体同梱で発売され、北米・欧州で爆発的にヒット。全世界で1500万本以上を売り上げ、ソニックはマリオに並ぶセガの「顔」になりました。日本での発売直後の反応は海外ほど大きくはなかったものの、その後シリーズは長寿化。2018年にはNintendo Switchの「SEGA AGES」、2022年には『ソニックオリジンズ』で復刻され、今も遊べます。
カックロ(1966) — クロス・サムから加算クロスへ、六十年動かない足し算の格子
カックロ、英語圏で言う Cross Sums は、1966年に米デル社の一パズルとして生まれた。1980年代のニコリがこれを日本へ持ち込み「加算クロス」と名付け、2005年にはガーディアン紙を通じて逆輸入的に世界へ広まる。本稿は、クロスワードでも数独でもない、この足し算専用の格子が六十年のあいだ媒体を替えながらも規則を変えなかった理由を、当時の紙面と現在のスティーム販売ページの双方から辿る。
ザ・キング・オブ・ファイターズ'95(1995) — 八神庵が現れ、「チーム編集」が始まった日
連載「今日は発売日」第12回は、SNKが開発・発売したネオジオ(アーケード/MVS)用の対戦格闘『ザ・キング・オブ・ファイターズ'95』。1995年7月25日にアーケードで稼働を始めました。前年の『KOF'94』で始まった「別作品の主役たちが3対3で戦う」お祭りを受け継ぎつつ、今作から自分の好きな3人でチームを組める「チームエディット」を初めて搭載。そして主人公・草薙京のライバルとして八神庵が初登場します。前作とともにシリーズ最初の黄金期を築いたヒット作で、庵の人気は作品の枠を超えて広がりました。1995年のうちに家庭用ネオジオへ、1996年にはPlayStation・セガサターンにも移植。2022年にはハムスターのACA NEOGEOとして各機種に復刻されています。
You Have to Burn the Rope(2008) — タイトルが攻略法を兼ねた3分間のメタゲーム
2008年4月、スウェーデンの学生キアン・バシリが「Mazapán」名義でFlashポータルに公開した『You Have to Burn the Rope』。タイトルそのものが攻略法という直球すぎる自白は、当時のインターネットで爆発的な話題を呼び、2009年のIndependent Games Festivalでイノベーション賞の最終候補に残った。本稿は、この3分足らずの一発ネタが、なぜ思考系パズルの設計史に確かな爪痕を残したのかを、当時のFlashポータル文化とともに読み解く。
サンダーフォースIV(1992) — メガドライブが16ビットの限界を見せつけた日
連載「今日は発売日」第11回は、テクノソフトが開発・発売したメガドライブ用横スクロールシューティング『サンダーフォースIV』。1992年7月24日発売、シリーズ第4作でメガドライブ向けとしては最後の一本です。緻密な多重スクロールと巨大なスプライト、FM音源で歪ませたエレキギター風のBGMで「16ビットの限界を見せつけた」と評され、発売時から「メガドライブ最高のシューティング」の一角に数えられました。海外では翌1993年に『Lightening Force: Quest for the Darkstar』の名で発売。2018年にはSEGA AGESとしてNintendo Switchで復刻されています。
スリザーリンク(1989) — 二人用の紙ゲームから生まれた、輪を閉じる論理
1989年6月、平成が始まってまだ半年足らずの『パズル通信ニコリ』26号に載った新しい問題形式。二人用の対局ゲーム「スリザー」を一人用のペンシルパズルへ書き換えたスリザーリンクは、「線を引ける場所」より「引けない場所」を確定させる逆説的な解き味と、後年のNP完全性の証明、そして2020年代のSteamにまで続く38年近い生存の系譜を持つ。鍜治真起が「数独の息子」と呼んだこの輪の論理を、時代の文脈から裏取りする。
第3次スーパーロボット大戦(1993) — シリーズ終了の危機を、雑誌とクチコミが救った夏
連載「今日は発売日」第10回は『第3次スーパーロボット大戦』。1993年7月23日、バンプレストがスーパーファミコン用に発売したシミュレーションRPG(開発はウィンキーソフト、9,800円)です。パイロット能力値とユニット改造が本作で初めて導入され、乗り換えシステムも初実装——のちに30年以上続くシリーズの土台が、この一本で据えられました。一方で発売直後の売れ行きは振るわず、シリーズ終了が持ちかけられたと伝えられています。それを覆したのはゲーム雑誌の熱のこもった記事とクチコミでした。初期出荷約10万本から最終出荷25万本へ、中古価格が定価を上回るほどの人気に転じた逆転劇を掘り返します。
English Country Tune(2011)— 卵の落ちる先が、動くたびに変わる巣
2011年11月25日、無料ゲームを500本以上作ってきた多作の開発者 Stephen Lavelle(increpare)が初めて有料で世に出したパズルゲーム、English Country Tune。卵を孵化器へ運ぶだけのソコバン的な導入は、進むごとに重力の向きが盤面ごとに書き換わる規則へと崩れていく。IGF 2012 デザイン部門ノミネート作。2年後に無料公開する PuzzleScript、そして2016年の Stephen's Sausage Roll、さらに Baba Is You へと続く、Lavelleの妥協なき設計哲学の起点を裏取りする。
パルスマン(1994) — ポケモンを作る前夜、ゲームフリークが放った電気の少年
連載「今日は発売日」第9回はゲームフリークが開発しセガが発売した『パルスマン』。1994年7月22日発売のメガドライブ用アクションで、ディレクションは杉森建と田尻智、音楽は増田順一——のちにポケモンを作る面々が集まった一本です。電気をためて跳ね回る独自アクションと、メガドライブ屈指の美しいグラフィックが持ち味。日本国内のみの発売(海外は翌1995年にSega Channel配信のみ)で当時は静かな存在でしたが、Wiiバーチャルコンソール(2007/2009)やNintendo Classics(2023)で再評価されました。必殺技「ボルテッカー」は、のちにピカチュウの技名として受け継がれています。
Hitman GO(2014) — 暗殺者を盤上の駒に変えた年
2014年、Square Enix Montrealはコンソール向け大作『Hitman』計画の頓挫から一転、ノードと線の盤上を進むターン制パズル『Hitman GO』を配信した。紙のプロトタイプから始まったこの「蒸留」の設計は、2015年の『Lara Croft GO』、2016年の『Deus Ex GO』へと続くシリーズを生み、モバイルからSteamへも合流する。AAAブランドを盤上の駒へ組み替えた方法論の系譜を辿る。
マリオテニス64(2000) — ワルイージがゲーム史に初登場した日
連載「今日は発売日」第8回は任天堂の『マリオテニス64』。2000年7月21日発売のNINTENDO64用テニスゲームで、開発は『マリオゴルフ64』のキャメロット。ワリオのダブルスの相方として新造された「ワルイージ」が初登場した一本でもあります。海外レビュー集計Metacriticでは91点の絶賛区分、国内でも発売2週間で20万本以上を売り上げ、GameSpotの年間ベストN64ソフトでは『パーフェクトダーク』に次ぐ次点。いまもNintendo Switch Onlineの棚に現役で並んでいます。
PuzzleScript(2013) — 一行のルールが量産した、世界中の“押すゲーム”
2013年10月、Stephen Lavelle(increpare)が無償公開したブラウザ用パズルエンジン PuzzleScript。たった一行のルール記述で倉庫番系パズルが作れるこの道具は、Alan Hazelden の初期作を経て『A Good Snowman Is Hard to Build』を生み、Hempuli 自身が語る“ブロックパズルの再興” を経由して『Baba Is You』の土壌にまで繋がった。系譜を裏取りする。
ヒットラーの復活 トップシークレット(1988) — ジャンプを捨てたアクションが生まれた日
連載「今日は発売日」第7回はカプコンの『ヒットラーの復活 トップシークレット』。1988年7月20日に発売されたファミコン用アクションで、主人公はジャンプができず、腕から伸びるワイヤーだけで崖を越え天井を渡ります。ファミコン通信クロスレビューは26点、国内の売れ行きは振るわなかったものの、同年12月に海外で出たNES版『バイオニックコマンドー』はNintendo Power誌の表紙を飾り、後年の名作ランキング常連に。国内と海外で別々の顔を持つことになった一本です。
ハナヤマ キャストパズル(1983)— 芦ヶ原伸之が繋いだ、金属パズルとデジタル脱出ゲームの系譜
1983年、日本の玩具メーカー・ハナヤマは金属製の分解パズル「キャストパズル」を発売した。監修したパズル作家・芦ヶ原伸之(1936-2004)の手は、この文字のない金属パズルの経験を、1996年のスライドパズル「Rush Hour」、そして2012年に登場しのちにSteamへも展開する脱出パズル「The Room」へと、意図せず橋渡ししていた。40年を経ても解けない問いの系譜を辿る。
ファイナルファンタジーIV(1991) — 戦闘に「時間」が流れはじめた日
連載「今日は発売日」第6回はスクウェアの『ファイナルファンタジーIV』。1991年7月19日、シリーズ初のスーパーファミコン用ソフトとして発売され、コマンドを選んでいる間にも敵が動く「アクティブタイムバトル(ATB)」を初めて搭載しました。ファミ通クロスレビューではプラチナ殿堂入り。一方で「難しすぎる」という声は、3か月後の『イージータイプ』発売という形で記録に残っています。今日でちょうど35年——そして10年後の同じ7月19日にはFFXが発売された、シリーズにとって特別な日付です。
ゼルダの伝説(1986) — 宝物と迷宮が定めた探索の文法
1986年2月21日、ファミリーコンピュータ ディスクシステムのローンチタイトルとして生まれた『ゼルダの伝説』。宮本茂と手塚卓志が築いた「宝物を得て道が開く」という一方向の鎖構造は、40年を経て現代の探索型パズルの祖先となった。ディスク容量という当時の制約から生まれた設計を、私は歴史家の視点で読み直す。
ボクらの太陽(2003) — 本物の太陽をカートリッジに入れた夏
連載「今日は発売日」第5回はコナミの『ボクらの太陽』。2003年7月17日、カートリッジに太陽センサーを内蔵し、本物の太陽光を武器のエネルギーにしてしまったGBAの「太陽アクションRPG」です。監督・プロデュースは小島秀夫氏。プレイヤーを屋外へ連れ出した異色作は、しかし記録的な冷夏の年に発売されるという皮肉な巡り合わせも背負っていました。今日でちょうど23年です。
Simon Tatham's Portable Puzzle Collection(2004) — ブラウザの片隅で40種を生成し続けた22年
2004年、PuTTYの作者としても知られる英国の技術者 Simon Tatham が公開したフリーの一人用パズル集。数独やマインスイーパーから、輪を描くLoopy、橋を架けるBridgesまで、実行のたびに計算機が新しく生成する40種の論理パズル。移植性のためだけに書かれたこの個人プロジェクトが、20年後にAIの論理推論ベンチマークの土台になった経緯を追う。
ヘクター'87(1987) — 夏の大会のために生まれたシューティング
連載「今日は発売日」第4回はハドソンの『ヘクター'87』。1987年7月16日、夏休みに全国を巡るゲーム大会「第3回TDK全国ファミコンキャラバン」の公式ソフトとして生まれた、縦横交互スクロールのシューティングです。ライフ制と大会同仕様の2分間/5分間モードを備え、誌面評価はファミコン通信クロスレビュー29点。発売日そのものが夏の大会から逆算されていた一本。今日でちょうど39年です。
Auditorium(2008)— ブラウザで「音を描く」パズルの誕生
2008年4月、フィラデルフィアの新興スタジオCipher Primeがブラウザで公開した音楽パズル『Auditorium』。光の粒子を制御装置で誘導し、音響コンテナを満たすと楽曲が完成するこの作品が、iOS・PS3・PSPを経て2012年にSteamへ辿り着くまでの回り道を追う。
ドンキーコング(1983) — ファミコンが生まれた日に、いっしょに並んだ一本
連載「今日は発売日」第3回はファミコン版『ドンキーコング』。1983年7月15日、ファミリーコンピュータ本体(14,800円)とともに店頭に並んだローンチタイトル3本のうちの1本です。アーケードの大ヒット作が居間のテレビへ。同じ日にセガのSG-1000も発売され、のちに「ゲーム機戦争」と呼ばれる時代がこの日いっせいに始まりました。今日でちょうど43年です。
This is the Only Level(2009)— 一画面をループさせた、Flash時代の意地悪ないたずら
2009年8月8日、ジョン・クーニー(jmtb02)がArmor Gamesで公開した『This is the Only Level』は、同じ一画面を30段階にわたって規則だけ書き換えながら反復させるメタパズルプラットフォーマーである。Flash終焉という技術的絶滅を経て、2023年に作者自身の手で『The Elephant Collection』としてSteamへ移された、稀有な保存の物語を読み解く。
マリオペイント(1992) — マウスがテレビ画面にやってきた日
連載「今日は発売日」第2回はスーパーファミコン用『マリオペイント』。1992年7月14日、スーパーファミコン初のマウス専用ソフトとしてマウス同梱で発売されました。お絵かき・作曲・アニメ・ハエたたき。ファミ通クロスレビュー35点でプラチナ殿堂入り。そして2025年7月、Nintendo Classicsにマウス操作対応のまま帰ってきました。
ペルソナ3(2006) — スタイリッシュな路線変更でシリーズを変えた日
毎日、ちょうどその日(月日)に発売されたレトロゲームを掘り出す新連載「今日は発売日」。第1回はプレイステーション2用『ペルソナ3』。2006年7月13日発売、当時はスタイリッシュな路線変更にファンが驚き、ファン層を大きく広げた作品。そして今日はちょうど発売20周年で、開発元のアトラス自身が新編曲のお祝い動画を公開していました。
ミニ・メトロ(2013) — 48時間のゲームジャムから始まった路線図
2013年4月、Ludum Dare 26のためにニュージーランドのカリー兄弟が週末で作った試作『Mind the Gap』。「絵が描けない」「音楽が作れない」という制約から生まれたミニマルな路線図パズルが、2014年のSteam Early Accessを経て2015年に正式版『Mini Metro』として完成するまでを追う。
タングラム(七巧板)— 1810年前後、七片の嘘と真実
七つの図形――五枚の三角形、一枚の正方形、一枚の平行四辺形――だけで無数のシルエットを作る。タングラムの起源は18世紀末の中国にあるが、その歴史は1903年、パズル作家サム・ロイドが書いた真っ赤な嘘の年代記によって長らく歪められてきた。私は七片の玩具が辿った実際の航跡と、その航跡を覆い隠した虚構を、併せて掘り起こす。
ぷよぷよ(1991) — 連鎖という新しい動詞の発明
1991年10月25日、MSX2とファミコンディスクシステムで同時発売された『ぷよぷよ』。米光一成の発案、コンパイル制作、翌1992年のセガとの共同アーケード版によって「連鎖」という新しい動詞が生まれた。開発元が2003年に消えた後も、この設計は2014年の『ぷよぷよテトリス』、そして2018年のSteam版へと生き延びている。私はこの一本を、対戦型パズルという競技の起点として読み直す。
Monument Valley(2014) — 不可能建築を歩く、モバイル黄金期の一篇
2014年4月3日、iOS向けに配信が始まった『Monument Valley』は、ロンドンのデザインエージェンシーから派生した六人のチームが、エッシャーの不可能図形を建築として歩かせた作品だ。フリーミアムが App Store を覆っていた時代に、有料・短時間・高密度という逆張りで数百万本を売った本作を、視点系パズルの系譜とモバイル黄金期の記録として読み直す。
ヘンリー・デュードニー(1907) — 三角形を正方形に変える、蝶番のついた四片
1907年、イングランドのパズル作家ヘンリー・デュードニーは『カンタベリー・パズル』の中で、正三角形をたった四片で正方形に変える「服地商のパズル」を発表した。蝶番でつなげば一動作で姿を変えるこの分割は当時から評判を呼んだが、四片が本当に最小かという証明は驚くほど長く未解決のままだった。決着したのは2024年、計算幾何学の論文によってである。デュードニーとサム・ロイドの確執、マーティン・ガードナーによる再評価を辿りながら、紙の上のパズルが117年をかけてコンピュータ科学に届いた道のりを読み直す。
ジグソーパズルの誕生(1760年代) — 地図を切り分けた男と、260年変わらない一つの動詞
1760年代のロンドンで、地図彫版職人ジョン・スピルズベリは刷った地図を板に貼り、国境に沿って切り分けて売り出した。「Dissected Maps」——のちにジグソーパズルと呼ばれる形式の商業的出発点である。本稿は、この遊びが地理教育の道具として生まれた文脈、「どこで切るか」自体が設計であるという構造、そして大恐慌下の厚紙パズルから2021年のVR『Puzzling Places』まで、動詞を一度も変えずに260年生き延びた形式の系譜を、歴史の視点から読み直す。
Crimson Room(2004)— 赤い密室が「脱出」を世界語にした日
2004年3月4日、日本の開発者 Toshimitsu Takagi 氏が Flash 製の小さなゲームを無料公開した。深紅の壁の部屋で目を覚まし、鍵と道具を拾い、施錠された扉から出る——ただそれだけの『Crimson Room』が「脱出ゲーム」というジャンルを世界に広め、アジアでは作者の名を冠した「Takagism」という呼び名を生み、2007年の京都で世界初のリアル脱出ゲームの引き金を引いた。私はこの赤い部屋を、デジタルの遊びが現実空間へ逆流した稀有な結節点として読み解く。
パイプマニア(1989) — 流れが来る前に、順路を賭ける
1989年6月、英国の The Assembly Line が Amiga 向けに『Pipe Mania』を発売した。北米では Lucasfilm Games が『Pipe Dream』の名で配給し、日本ではビデオシステムのアーケード版をナムコが流通させた。緑の粘液が流れ出す前に配管を敷く——この一動詞が、リアルタイム空間接続パズルの型を鋳造した。
モグラ〜ニャ(1996)— 地上と地下、二層の盤面が教えたこと
1996年7月21日、任天堂はゲームボーイ向けに『モグラ〜ニャ』を発売した。開発は任天堂情報開発本部とパックスソフトニカ、プロデューサーは宮本茂。押す・引く・投げる・掘るの四つの動詞で鉄球をゲートへ運ぶこの小品は、地上と地下という二層の盤面を携帯機のモノクロ画面に持ち込んだ。私はこの忘れられた作品を、現代の多層パズルに連なる空間推論の祖先として掘り返す。
Cursor*10(2008)— 十人の私が塔を登る、セルフ協力の原点
2008年1月、Nekogamesの石井義雄氏が一本のFlashゲームを自サイトで公開した。名は『Cursor*10』。操作するのはマウスカーソルそのもので、寿命の尽きた自分の行動が次の生で再生され、過去の自分と協力しながら16階の塔を登る。日本の正月休み一回分で作られたこの小品を、私は「セルフ協力」という現代パズルの文法の起点として読み解く。
ニコリ(1980) — 読者が育てたパズル誌と、数独が世界を巡った道
1980年創刊の「パズル通信ニコリ」は日本初のパズル専門誌である。誌名は競走馬から取られ、数独の原型はアメリカから来た。本稿は、読者投稿と手作りを柱とするニコリの生産様式がスリザーリンク(1989)やぬりかべ(1991)を生み、香港の判事ウェイン・グールドの自動生成プログラムを経て数独が世界へ広がるまでの40年を辿り、「良い問題は誰が作るのか」という現代パズル設計の問いの源流を読み直す。
レイトン教授と不思議な町(2007) — 1966年の謎かけを携帯機へ運んだ器
2007年2月15日、レベルファイブが任天堂DS向けに世に出した『レイトン教授と不思議な町』。その謎かけの束は、プロデューサー日野晃博が幼少期に愛読した多湖輝の『頭の体操』(1966年、光文社)を直接の源とする。本稿は、紙のパズル集を物語の器に沈めるというレイトンの構えが、四十年前の書物から携帯機へ、そして現代の推理・演繹系パズルへどう連なるかを、歴史の視点から辿る。
クロスワード(1913) — アーサー・ウィンの菱形から始まった格子の系譜
1913年12月21日、ニューヨーク・ワールド紙の娯楽欄に刷られたアーサー・ウィンの「Word-Cross」。誤植から「クロスワード」と呼ばれるようになったこの遊びは、1924年のサイモン&シュスター刊行本で爆発的に広まり、1930年のタイムズ紙、1942年のニューヨーク・タイムズへと世界化した。本稿は、格子・交差・手がかりという三つの発明が、紙の升目からニコリのペンシルパズルや現代デジタル作品まで、思考系パズルの設計語彙として生き続けている系譜を辿る。
ハノイの塔(1883) — 再帰という遺産を遺した、終わらない64枚
1883年、フランスの数学者エドゥアール・リュカが「N. Claus (de Siam)」なる偽名で一つの木の玩具を世に放った。三本の杭、大きさの違う円盤、たった二つの規則。だがその単純な見た目の裏には、n枚を移すのに最小 2ⁿ−1 手を要するという再帰の数学が横たわっていた。本稿は、この玩具の本当の出自、64枚の塔が終わるとき世界が滅ぶというベナレスの作り話、そして「再帰」と「状態空間」という発想が後の計算機科学と現代パズルへ遺したものを、歴史の視点から読み直す。
echochrome/無限回廊(2008) — 視点が世界の物理になる、不可能図形のパズル
2008年3月19日、PSPで発売された『echochrome/無限回廊』は、九州大学の藤木淳が研究した「OLE座標系」という錯視の理屈を、そのまま遊びに翻訳した作品だ。木製の人形が歩く世界の物理は、プレイヤーがどの角度から眺めるかで書き換わる。エッシャーとロイテルスバルトの不可能図形を、回転するパズルへと仕立てた本作を、視点系パズルの系譜の中で読み直す。
ザ・ロストバイキング(1993) — 一人ずつ動かす、三つの身体で解く協働パズルの古典
1993年、Silicon & Synapse(後のBlizzard Entertainment)がInterplayから世に出したThe Lost Vikingsは、能力の異なる三人のバイキングを一人ずつ切り替えて操作し、全員を出口へ導く協働パズルであった。日本ではT&E Softが『バイキングの大迷惑』として配給した。本稿はその時代背景、三者協働が生んだ思考の質、そしてレミングスやGobliiinsから現代の三者協働パズルへと至る系譜を、年代を追って読み直す。
『Threes!』(2014) — 三で増える、最後のひと盤
2014年に iPhone で登場した『Threes!』。一夜で原型が生まれ14か月磨かれた本作は、わずか一か月後の『2048』旋風によって原典のほうが模倣を疑われるという逆転を経験する。合体スライド・パズルの原点を、開発者の証言に基づいて辿る。
ルービックキューブ(1974) — 43京の迷宮と、たった一つの解
1974年、ブダペストの建築家エルノー・ルービックが教材として削り出した小さな立方体は、やがて43京通りの配置と、たった一つの完成形を持つ「状態空間」そのものを掌に載せてしまった。本稿はこの玩具の正確な出自——1974年の発明、1980年の世界デビュー、2010年に証明された『神の数=20』——を一次・二次資料で辿り、ディスプレイも電源も持たないこの物体が、現代のパズル設計者が口にする『可逆性』『単一の解』『探索すべき空間』という語彙を、半世紀前にどう物として体現していたかを歴史として読み直す。
Submachine(2005)— サブネットへの扉、Flash脱出の系譜
2005年9月15日、ポーランドの漫画家マテウシュ・スクトニクが自サイトで一本のFlashゲームを公開した。当初の名はただ『Submachine』。やがて『Submachine 1: The Basement』と改称され、10作に及ぶ脱出パズルの系譜の起点となる。Steamに並ばぬこの手描きのブラウザ作品を、私は脱出系パズルの歴史の一節として読み解く。
Adventures of Lolo(1989)— エメラルドの框、解の単一性
1989年、HAL研究所が NES に放った『Adventures of Lolo』。その母体は1985年 MSX の『Eggerland Mystery』である。11×11 の盤上で、押せる框と動く敵を組み合わせ、ただ一つの正解へ収束させる——倉庫番の血を引くこの一画面論理パズルが、現代の同種パズルに先んじて確立したものを、私は系譜として読み解く。
レミングス(1991) — 「個」ではなく「世界」を操作する、間接制御パズルの源流
1991年2月14日、スコットランドのDMA Designが放ったレミングスは、プレイヤーがキャラクターを直接動かさず、役割を割り当てて群れの運命を導くという「間接制御」を確立した。本稿ではその時代背景、8つのスキルが生んだ思考の質、そしてRTSや現代パズルへ至る系譜を、年代を追って読み直す。
15パズル(1880) — サム・ロイドが世界を騙した、解けない一手
1880年初頭、アメリカとヨーロッパを席巻した「15パズル」の狂騒。だが世間が発明者と信じたサム・ロイドは、その狂騒が終わって16年後にようやく自作を主張した詐称者だった。本稿は、この箱の本当の出自と、ロイドが懸賞金を賭けた「14と15が入れ替わった盤面」が数学的に絶対に解けないという1879年の証明を辿り、スライドパズルが現代のデジタルパズル設計に残した「解けることの保証」という遺産を読み直す。
ジ・インクレディブル・マシン(1993) — ルーブ・ゴールドバーグを遊びに変えた工作箱
1993年、Dynamix と Sierra が世に出した『The Incredible Machine』は、歯車・ボール・送風機・猫を一枚の画面に並べ、ルーブ・ゴールドバーグ装置を組ませる物理パズルだった。9か月、3万6千ドルで組み上げられたこの工作箱は、自由制作モードという発明とともに、現代の物理・装置パズルの源流となる。2014年、同じ作者たちが Steam に『Contraption Maker』を出すまでの21年を辿る。
マリオのピクロス(1995) — お絵かきロジックという、1987年生まれの論理
1995年3月14日、ゲームボーイで発売された『マリオのピクロス』は、その8年前に日本で二人の発明家が独立に生み出した「お絵かきロジック」を遊びに翻訳した作品だ。新聞パズルからゲームへ、そして現代の Steam ノノグラムへ。一つの論理パズルが半世紀近く形を変えずに生き延びた系譜を辿る。
倉庫番(1982) — メタパズルの44年前の原型
1982年、シンキングラビットの今林宏行が発表した倉庫番。歩く・押すの2動詞だけで成立したこの作品が、44年後の Baba Is You と Patrick's Parabox の祖先である理由を、時代の文脈から読み直す。


























































































































