RETRO-REVIEW · 2026-07-14

This is the Only Level(2009)— 一画面をループさせた、Flash時代の意地悪ないたずら

ブラウザで生まれた30段階の規則書き換えが、20年後にSteamへ還ってきた理由

はじめに

2009年8月8日、Flashゲームの老舗ポータル Armor Games に、奇妙な一本のブラウザゲームが公開された。作者はジョン・クーニー、当時の名は jmtb02。タイトルは『This is the Only Level(これがただ一つのレベルだ)』——その名の通り、ゲーム全体がたった一つの画面を、姿を変えながら何度も繰り返すだけの作品である。主人公は小さな青い象。右へ走り、パイプに飛び込む。それだけの動作を、プレイヤーは30回近く、毎回異なる規則のもとで演じ直すことになる。

私が最初にこの作品に目を留めた理由は、その潔さである。多くのパズルプラットフォーマーは新しい部屋、新しい仕掛けを次々に用意することでゲームを長くする。だがクーニーは正反対の賭けに出た——同じ地形、同じゴール、同じ象を使い回し、規則だけを書き換えることで30段階を成立させたのだ。重力が反転し、操作が入れ替わり、画面が縮み、時には『レベルなど存在しない』というジョークのような一手まで用意される。一つの箱の中で、可能な限りの発想を使い切る。これは制約からの発明である。

『This is the Only Level』の一画面ループを象徴するイメージ(AI生成)同じ扉、同じ象、書き換えられる規則(イメージ・AI生成)

その時代の文脈

この作品を生んだ土壌を語るには、2000年代のFlashポータル文化そのものに触れねばならない。Newgrounds、Kongregate、そして Armor Games——これらのサイトは、開発者が無料でゲームを公開し、広告収益やスポンサー契約で収入を得るという独特の経済圏を築いていた。クーニー自身、2007年に Armor Games の最初の正社員として加わり、後年のインタビューで『Flash はまさに魔法だった。ちっぽけなファイルなのに、遊びごたえのある体験ができた』と振り返っている。彼が語るところでは、当時のヒット作は公開から24時間で百万回再生に達することもあったという。

クーニー自身の出自も、この時代を象徴している。専門教育を受けたプログラマーではなく、Flash というお絵描きソフトに似た環境の中でアニメーションを作るうちに、自然とスクリプトへ踏み込んでいった人物だ。本人の言葉を借りれば『Flash が私にプログラミングを教えてくれた』のである。専門教育を経ずに、遊びながら作り手になれる——この間口の広さこそが、2000年代ブラウザゲーム文化最大の遺産だったと私は見る。

2000年代のFlashポータル文化を喚起する時代背景のイメージ(AI生成)Newgrounds、Kongregate、Armor Games——広告と無料経済の時代(イメージ・AI生成)

メカニクス

『This is the Only Level』の構造そのものは、驚くほど単純である。象を操作し、右へ走ってパイプに飛び込めばステージクリア。ただし同じ地形が、毎回異なる規則のもとで立ち上がる。ジャンプの高さが変わり、視点が反転し、操作キーが入れ替わり、時には画面そのものが崩れて見えなくなる。プレイヤーは新しい部屋を探索するのではなく、慣れた部屋の中で新しい前提を疑い直す。

ここで働いているのは、レベルデザインというより『規則デザイン』である。空間を固定し、動詞や物理法則だけを変数として動かす——この手つきは、本誌が『一画面に閉じる設計』で論じた思考を、別の軸で先取りしていた。倉庫番やBaba Is Youが一画面の中で同時可視性の密度を追求したのに対し、本作は一画面を時間軸方向に積層させ、『同じ場所で何を疑うべきかを一つずつ教える』という別種の密度を作った。

この自己言及的な作りは、Wikipediaが『メタゲーム』と分類するように、ゲームというメディアの規約そのものをおちょくる仕掛けでもある。だが自己言及は目的ではなく手段だ。クーニーは30段階の中に、隠された『無限に続くが勝てない』ステージまで仕込んでおり、これは『ゲームは必ず終わる』という暗黙の約束さえ揺さぶる、悪戯めいた一手である。

同じ盤面で規則だけが書き換わる構造を表す抽象的な図解イメージ(AI生成)同じ盤、同じ駒、書き換えられる一つの変数(イメージ・AI生成)

現代への系譜

2020年12月31日、Adobe は Flash Player の公式サポートを終了した。翌年1月には主要ブラウザがことごとくFlash再生をブロックし、二十年余りにわたって蓄積されたブラウザゲームの大半が、事実上再生不能になった。『This is the Only Level』が公開されていた Armor Games も例外ではない。同社は同じ2020年12月、オープンソースのFlashエミュレーター Ruffle を自社の再生プレイヤーとして採用し、かろうじて自社カタログの命をつないでいる。

クーニー自身、この消滅を座視しなかった。2023年11月6日、彼は自作10本を選び直し、解像度を約3倍に上げ、実績機能や開発者コメンタリーを加えた『The Elephant Collection』を Steam・GOG・itch.io・Humble で同時発売した。『This is the Only Level』とその続編2本もここに含まれる。Game Developer 誌のインタビューで彼は『保存の努力はこの産業にとって決定的に重要だ。映画産業に起きたことと同じことが、ゲームにも起きかねないと私は懸念している』と語っている。象徴的なのは、意図的にバグを修正しなかった点だ。本作を長く支えてきたスピードラン・コミュニティが今も活発であることを踏まえ、クーニーは『12年前にチートのように感じられた抜け道を、もう一度体験してほしい』と、あえて欠陥を遺産として残したと明かしている。

クーニーはさらに、Flash出身の開発者たちが現代のヒット作を生んだ事実にも触れている。GOGのインタビューで彼が名を挙げるのは『Among Us』『Cult of the Lamb』『Super Meat Boy』『Samorost』『Kingdom of Loathing』——いずれもFlash文化の申し子であり、少なくとも一部は今もSteamの代表作として名を残す。『多くの開発者(私自身も含めて)がFlashから出発し、彼らの現代のヒット作は、そこまでの道を作ったFlashゲームの連なりに支えられている』とクーニーは述べる。これは本人による証言であり、憶測ではない。私はこの一言を、Flashという消えた器が、いかに現代のパズル・インディー文化の土壌そのものだったかを示す一次資料として読む。

Flashの終焉から保存を経てSteamへ連なる系譜のイメージ(AI生成)消えた器から、選ばれ直した10本へ(イメージ・AI生成)

参考文献

本記事で参照した情報源:

Wikipedia: This is the Only Level

Wikipedia: John Cooney (video game developer)

Armor Games Blog: This is the Only Interview (John Cooney)

Game Developer: Flash game preservation evolves with The Elephant Collection

GOG.com: Interview with John Cooney on Flash games' impact and The Elephant Collection

Saving Content: The Elephant Collection is out now on PC via Steam, GOG, Itch.io, and Humble

Wikipedia: Ruffle (software)

Adobe: Flash Player End of Life

Steam: The Elephant Collection (2023)

おわりに

2009年に無料で公開されたこのブラウザゲームは、遊ぶたびに規則を裏切る意地悪ないたずらだった。だが、その意地悪さは20年近くを経て、有料のSteam商品として、しかも作者自身の手によって現在へ運び直された。無料経済の中で生まれた作品が、保存という目的のもとで有料の器へ移される——この転換自体が、ブラウザゲーム時代のもう一つの終わり方を示している。

歴史家としての私の結論は次の一点に尽きる。『同じ画面で規則だけを変える』という発想は、2009年のFlashにおいて既に高い完成度で実践されていた。倉庫番が動詞の設計を、Baba Is Youがルールの操作を教えてくれるとすれば、本作はその中間——固定された舞台で前提そのものを疑わせる技法を、Steamの外側から先取りしていた一例として、私はここに記録しておく。

静かに佇む象と一本のパイプの締めくくりの情景イメージ(AI生成)象はまだ、同じパイプへ向かって走っている(イメージ・AI生成)

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