BLOG · 2026-08-09

デスクリムゾン(1996) — 「せっかくだから」から30年

今日は発売日 #26 — 1996年8月9日、セガサターン。最下位帝王と呼ばれた暗黒ガンシューティング

1996年8月9日、セガサターンに「暗黒」というジャンルのゲームが並んだ日

こんにちは、Tokiです。連載「今日は発売日」第26回。今日掘り出したのは、1996年8月9日にエコールソフトウェアが発売したセガサターン用ソフト『デスクリムゾン』です。今日でちょうど30年になります。

ジャンル表記は、メーカー自身の手で「暗黒」。セガの『バーチャコップ』に続く、ガンコントローラー「バーチャガン」対応ソフトの第2弾として世に出ました。開発元のエコールソフトウェアはもともとCADを業務にしていた会社で、パズルゲーム『ぱっぱらぱおーん』に続く、社長・真鍋賢行氏のもとでの家庭用ゲーム第2作でもあります。

1996年のセガサターン用ソフト『デスクリムゾン』の公式オープニング動画のサムネイル2024年に公式公開された「デスクリムゾンのエコールロゴからデモ画面まで。」(YouTube・デスクリムゾンチャンネル)のサムネイルより

ここから先に書くことのほとんどは、褒め言葉ではありません。それでもこの一本を今日選んだのは、1996年に「史上最低」と書かれたソフトが、30年経って公式チャンネルとファミ通の周年記事を持っているという事実が、単純におもしろいからです。

進化する銃、撃ってはいけないムササビ、そして飛ばせないロゴ

ゲームそのものは、主人公コンバット越前(本名・越前康介。コードネームに本名が丸出しです)の視点で3DCGの中を自動で進み、現れる敵をガンコントローラーで撃つ、いわゆるガンシューティングです。弾は6発、画面外を撃つとリロード。ここまでは普通です。

特徴は「進化する銃」でした。持ち主の精神を蝕みながら進化するという設定の銃「クリムゾン」は、敵に当てるとゲージが溜まり、第1段階で敵の位置を示すサイトスコープ、第2段階でマシンガンやボムショットといったオプション銃、それ以上で残機が増えます。アイデアとしては、1996年のガンシューティングの中でかなり尖っています。

問題は、そのアイデアの周りにあるものすべてでした。照準は狙うほどずれ、そのずれ方にも癖がある。敵は何もないところから突然現れる。ダメージを受けた後の無敵時間が存在しないので、3体に囲まれると即死する。初期クレジットは1。そしてゲームオーバーになると、飛ばすことのできないメーカーロゴ画面まで戻される。北海道・洞爺湖の彫刻をモチーフにしたという、あの仮面が浮かぶロゴ画面です。

さらに、敵に混じって現れる白い服の男とムササビは「撃ってはいけない相手」で、撃つとダメージを受けます。この仕様は説明書にもゲーム中にも書かれていません。ちなみに設定資料上は「ムササビの血清が作中の伝染病KOT症候群の特効薬」なのだそうで、作り込みが足りなかったのではなく、作り込んだものを出す場所がなかった、というのが実態に近いようです。開発期間は5か月だったと真鍋氏が後年語っています。

なお、オープニングの実写パートのロケ地は和歌山県・友ヶ島の由良要塞跡で、真鍋氏が一人で島に渡って撮影したものです。今ではファンが訪れる場所になりました。

1996年の採点: ファミ通13点、読者レース297本中297位

当時の反応は、記録として残っている数字がそのまま物語ります。『週刊ファミ通』1996年8月16日号(No.400)のクロスレビューは、4人が3点・3点・4点・3点で合計13点。当時の編集長だった浜村通信氏は企画自体には理解を示しつつ、ゲームバランスや当たり判定に苦言を呈しての3点。「『バーチャコップ』をマネてみたが何もかも及ばなかった、という感じ」という評もありました。2点以下がめったに付かないクロスレビューで、40点満点中13点です。

『セガサターンマガジン』1996年8月9日号(Vol.13)は、発売日と同じ日付の号でレビューが載りました。「これマジで出すんですか?」と題した2点、「消化不良のシステムが否!」の4点、「バーチャガンでも大変だわ」の3点。平均3点。『SATURN FAN』の読者投票による「ゲーム通信簿」は30点満点中14.1点でした。

決定打は読者レースです。『サタマガ』の読者投稿ランキングに1996年11月22日号で初登場した『デスクリムゾン』は、規定投票数に到達した297本中297位、平均点1.0909。10点満点で全員がほぼ1点を付けないと出ない数字です。この連載が1999年に終わるまでの計145回で、最下位獲得は69回、連続最下位は18回。最終集計でも945本中945位でゴールしました。「最下位帝王」「デス様」という異名は、こうして付きました。

ただ、その初登場号の読者コメントの中に、こういうものが混ざっていたと記録されています。「個人的には10点だが、客観的には1点。(中略)まさに帝王の名にふさわしい。今伝説は始まる(笑)」——1996年11月の時点で、この投稿者は先を見ていたことになります。

作った側の話も残っています。真鍋氏によれば、発売後しばらくエコールに送り返されてきたアンケート葉書には「死ね!」「殺す!」といった言葉が並んでいたそうです。ところが発売から一年ほど経つ頃には、「これにめげずに頑張ってください」という葉書が届くようになったといいます。この一年の変化が、この作品の受け止められ方のすべてだと私は思っています。

2024年、28年越しの公式動画。そして2026年、あの台詞の意味

この連載でいつも探している「今と繋がる糸」は、この作品の場合ずいぶん太いものが見つかります。2024年7月9日、YouTubeの「デスクリムゾンチャンネル」に、エコールのロゴ画面からオープニングムービー、デモプレイまでを収録した公式動画が公開されました。真鍋氏自身がXで「25年ほど遅いですが、デス1のムービー公開しました」と告知しています。動画の説明文には「公式だからといって、画像の質が良いわけではありませんが適当に使ってもらってOKです」と添えられていました。上に置いたのがその動画です。

有名な台詞は、この中で聞けます。「上からくるぞ!気をつけろ!」——階段を登りながら。「何だ!この階段は!」——ごく普通の階段を降りながら。そして「せっかくだから、俺はこの赤の扉を選ぶぜ!」——目の前の扉は赤くなく、そもそも1つしかない。

そして今日、2026年8月9日。ファミ通の30周年記事で、真鍋氏がこの台詞について語った内容が紹介されています。「せっかくだから」は「選んだ扉の中に入って何か持っていこう」という意味だった。そして「赤の扉」は、本当は「俺は赤の宝石が付いたこの扉を選ぶぜ」と言わせたかったが、台詞が長すぎて入らなかったので縮めた——設定上、扉の上には宝石がはめ込まれており、越前は赤、ダニーは緑、グレッグは青の扉を選んでいます。30年かけて、あの台詞はちゃんと意味を取り戻したことになります。

その間に起きたことも書き添えておきます。1999年にドリームキャストで『デスクリムゾン2』、2000年にアーケードで『デスクリムゾンOX』(こちらは「普通のゲーム」として評価されました)。2018年3月にはアニメ『ポプテピピック』最終話の冒頭でオープニングがパロディされ、エンドロールにエコールと真鍋氏の名前がクレジットされました。同じ2018年11月には、作曲の渡辺邦孝氏が自ら再録したサウンドトラックCDが、発売から22年を経て出ています。

1996年8月9日という日付を、私はどうしても書いておきたい

年号を書かないと記事が完成した気がしない性分なので、もう一度書きます。1996年8月9日。同じ日にセガサターンには『SEGA AGES VOL.2 スペースハリアー』や『ワールドヒーローズパーフェクト』が並び、プレイステーションでは『ストリートファイターZERO2』が出ていました。並べてみると、この日の棚でいちばん売れそうになかった一本が、30年後にいちばん語られているという事実が、余計にくっきりします。

ちなみに設定資料によれば、越前の戦友ダニーの誕生日は1960年8月9日。発売日と同じ月日です。偶然か、それとも誰かが遊んだのか。こういう巡り合わせを見つけると、私は少し嬉しくなってしまいます。

あなたには、評価が低かったのに忘れられない一本はありますか。当時の点数と、自分の記憶が食い違ったままのゲーム。よかったら教えてください。

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