HISTORY · 2026-08-06

Mirror Isles / Skipping Stones to Lonely Homes(2014-2015) — 無料のジャム作品が、十年後の二つの脱出島に姿を変えるまで

PuzzleScript が可能にした「まず作り、当たれば育てる」制作様式の、もっとも具体的な実例

はじめに — 気軽に公開された二本の実験作

2014年10月と2015年8月、ロンドンのパズル作家アラン・ヘイゼルデン(Alan Hazelden)は、無料のパズル制作エンジンPuzzleScriptを使って、数週間ほどで仕上げた実験作を二本、自分のサイトに無造作に公開した。『Mirror Isles』(鏡の島々)と『Skipping Stones to Lonely Homes』(石を跳ばして寂しい家へ)である。当時のブログやコメント欄の反応は、賛辞と「解けない」という悲鳴が半々だった——ジャム作品にふさわしい、軽い扱われ方である。

だが2025年12月、ヘイゼルデン自身の公式サイトにこの二作が再び姿を見せた。「関連作品」の欄に、2020年発表の商業作『A Monster's Expedition』と、10年の開発を経て2026年にデモが公開されたJonathan Blow率いるTheklaの新作『Order of the Sinking Star』が並んでいる。本人の言葉によれば、前者はこの二作の「精神的後継作」であり、後者は「インスピレーションと出発点の一つ」として使われたという。

私がこれまで追ってきたPuzzleScript(2013)の系譜——エンジンが無償で配られ、誰もが実験でき、当たれば育てられるという生産様式——の、もっとも具体的な実例がここにある。本稿では、この二本の無料ジャム作品が実際に何をしていたのかと、それが十年の時を超えて二つの異なる商業作へどう繋がったのかを、本人の証言だけを手がかりに辿る。

鏡面に浮かぶ二つの島影のイメージ(AI生成)鏡の向こうに、もう一つの島が浮かぶ(イメージ・AI生成)

その時代の文脈 — PuzzleScriptが生まれた直後の量産期

2014年から2015年という時期を、まず押さえておきたい。PuzzleScriptは2013年10月、Stephen Lavelle(ハンドル名increpare)が公開したばかりのエンジンだった。ブラウザで動くJavaScriptベースの無償ツールで、正規表現に似た短いルール記法だけでグリッド上のターン制パズルが書けた(当サイトのpuzzlescript-2013で先に取り上げた通りである)。ヘイゼルデンはこの直後から、自身のサイトでPuzzleScript製の小品を次々に公開しはじめている。『Mirror Isles』も『Skipping Stones to Lonely Homes』も、その初期の連作の一部である。

ヘイゼルデン自身は2013年7月、代表作『Sokobond』の発売を機にフルタイムの開発者になったばかりだった(当サイトのdesigner-hazeldenで先に取り上げた通り)。つまりこの二作が生まれた2014-2015年は、彼が商業作の合間に「まず量を作る」という、本人が繰り返し語る哲学を最も実践していた時期にあたる。

当時のブラウザパズル文化圏の反応も記録に残っている。ベルギーの開発者Bart Bonteは自身のブログで『Mirror Isles』を公開直後に紹介し、コメント欄では読者同士が解法を教え合っている。『Skipping Stones to Lonely Homes』はBoing Boingでも紹介され、「難破した水夫が石を跳ばして島々を渡る」という設定が、パズル専門コミュニティの外の一般メディアにまで届いたことがわかる。

ブラウザで動く簡素なパズルエンジンの時代背景のイメージ(AI生成)2014年、ブラウザの中だけで量産されていた小さな盤(イメージ・AI生成)

メカニクス — 鏡の記憶、石の計画

『Mirror Isles』のルールは単純だ。プレイヤーの分身が鏡面の向こうに存在し、矢印キーで自分を動かすと、鏡の中の分身も反転して同時に動く。スペースキーで自分と鏡像の操作を入れ替えられる。目印のマスに到達すればクリアだが、終盤になると岩まで鏡に反応するようになり、「何が反転し、何が反転しないか」を頭の中で保持し続ける負荷が急激に増す。当時のプレイヤーからは「レベル15で急に難しくなった」という報告が複数残っている。

『Skipping Stones to Lonely Homes』は一転して探索型だ。難破した水夫を操作し、石を蓮の葉に向かって滑らせて仮設の橋を架け、島から島へ渡っていく。壊れた船を直すための部品を求めて複数の島を行き来する構造は、公開当時のブログ記事や反応を見る限り、それまでのヘイゼルデン作品としては最も野心的で難しいものだったようだ。

両作に共通するのは、「PuzzleScriptのグリッドと数個の動詞」という同じ制約の中から、まったく異なる質の緊張を作り出している点である。『Mirror Isles』は一手ごとの対応関係を頭の中で保持させる記憶型のパズルであり、『Skipping Stones to Lonely Homes』は限られた資源(石・蓮の葉)をどう配置し直すかという計画型のパズルだ。同じ道具から異なる文法が生まれるという、当サイトが繰り返し確認してきた現象が、一人の作家の中でも起きている。

グリッド上で反転する駒と、水面を跳ぶ石のイメージ(AI生成)反転する駒と、水面を跳ぶ石——同じ盤から生まれた二つの文法(イメージ・AI生成)

現代への系譜 — ひとつは自分の会社へ、もうひとつは畑違いの大作へ

この二作の続きは、ヘイゼルデン自身の公式サイトに明記されている。『Mirror Isles』と『Skipping Stones to Lonely Homes』のページには、いずれも「気に入ったなら、精神的後継作である『A Monster's Expedition』も」という一文があり、そのリンク先は2020年9月10日に配信が始まったDraknek & Friendsの商業作『A Monster's Expedition』である。倒した木を丸太にして水に転がし、橋や筏を架けて島々を渡るという核の構造——「資源を配置し直して渡る」——は、『Skipping Stones to Lonely Homes』の骨格を、より大きな盤面と非線形の探索構造へ翻案したものだと読める。

もう一つの継承は、まったく違う場所で起きた。2025年12月、ヘイゼルデンは自身のBlueskyでこの二作へのリンクを改めて投稿し、両作のページにも「これは『Order of the Sinking Star』のインスピレーションと出発点の一つとして使われた作品である」という一文が加えられた。『Order of the Sinking Star』は、『Braid』『The Witness』のJonathan Blowが率いるTheklaが10年をかけて開発してきたパズル大作で、2026年6月にSteam Next Festでデモが公開されたばかりである(当サイトのroundup-20260615で先に紹介した)。無料のジャム作品が、畑違いの大規模商業作の出発点の一つになったと作者本人が明言している例は、当サイトで扱った中でも稀少である。

ここで慎重に線を引きたい。ヘイゼルデンの言葉は「インスピレーションと出発点の一つ」であり、Thekla側からの詳しい経緯は公開されていない。だから「Mirror Islesがなければ Order of the Sinking Star は存在しなかった」と言うのは言い過ぎである。確実に言えるのは、2014年に無償で公開された数週間の実験作が、10年以上を経て、まったく異なる二つの商業パズル大作の参照点として、開発者自身によって名指しされたという事実だけだ。

一本の道が二つに分かれ、遠くの塔へ続くイメージ(AI生成)一つの実験から、二つの遠い塔へ道が分かれる(イメージ・AI生成)

参考文献

本記事で参照した情報源:

・Alan Hazelden公式サイト: Mirror Isles(2014)(「精神的後継作」「Order of the Sinking Starの出発点」という本人記載の出典)

・Alan Hazelden公式サイト: Skipping Stones To Lonely Homes(2015)(同上の記載)

・Draknek & Friends公式Bluesky、2025年12月12日の投稿

・bontegames(Bart Bonte): mirror isles(2014年10月31日)

・bontegames(Bart Bonte): skipping stones to lonely homes(2015年8月)

・Boing Boing: Escape a shipwreck by skipping stones across the water(2015年9月8日)

・Grinding Down: Hitting reset repeatedly in Skipping Stones to Lonely Homes(2015年9月11日)

・Wikipedia: A Monster's Expedition

・PuzzleScript公式サイト

・当サイト内: PuzzleScript(2013)、Alan Hazeldenの哲学、Order of the Sinking Starに関する設計ラウンドアップ(roundup-20260615)

おわりに

『Mirror Isles』と『Skipping Stones to Lonely Homes』が歴史的に示したのは、ジャム作品というものの本当の役割だと私は考える。ジャムの成果は、その場の得点や反応のためだけにあるのではない。作者自身の中に「まだ解いていない設計上の問い」として残り、何年も経ってから別の形で回収される、その仮置き場としての役割である。

PuzzleScript(2013)が可能にしたのは、この仮置きを無償で、しかも数週間単位の速さで行えるようにしたことだった。ヘイゼルデンという一人の作家の中だけでも、2014年の「鏡」と2015年の「跳び石」が、2020年の『A Monster's Expedition』と2026年の『Order of the Sinking Star』という、規模もジャンルの文脈も異なる二つの商業作へ、別々の道筋で流れ込んでいる。この事実こそが、当サイトが繰り返し確認してきた「小さな道具が長い時間をかけて系譜を作る」という主張の、もっとも具体的な証拠の一つである。

静かな水面に浮かぶ小さな石と、遠くの島影のイメージ(AI生成)静かな水面に、まだ渡っていない島影が浮かぶ(イメージ・AI生成)

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