HISTORY · 2026-07-20

PuzzleScript(2013) — 一行のルールが量産した、世界中の“押すゲーム”

無料の設計図が、ジャム作家たちに何を配ったのか

はじめに

2013年10月7日、ゲーム業界誌 Game Developer(当時 Gamasutra)に短い記事が載った。見出しは「Open-source HTML5 puzzle game engine PuzzleScript now available」。書いたのは英国のインディー開発者 Stephen Lavelle、通称 increpare である。彼はその時点で既に500本を超える無料ゲームを発表していた多作の作家だったが、この日公開したのはゲームそのものではなく、ゲームを作るための道具だった。

PuzzleScript は、ブラウザだけで完結する無償・オープンソースのパズルゲームエンジンである。インストールも要らず、サイトを開けば左に簡潔な記述言語のエディタ、右にテスト画面が並ぶ。プログラミング経験がなくても、数行のルールを書けば動くパズルが即座に完成する——この手軽さが、後に数百人のジャム作家を巻き込む起点になった。

PuzzleScriptのコードエディタと盤面が並ぶイメージ(AI生成)一行のコードから盤面が生まれる様子のイメージ(イメージ・AI生成)

その時代の文脈

2013年は、ブラウザゲームの主戦場が Flash から HTML5 へ移り変わる過渡期だった。同じ年、インディーゲームの配布サイト itch.io がベータ公開され、個人開発者が作品を無料または投げ銭形式で世界に出せる場が急速に整い始めていた。PuzzleScript は、まさにこの「道具が民主化される年」に生まれたわけである。

Lavelle 自身の証言によれば、PuzzleScript は当初、1991年にMS-DOS向けに公開されたアスキー文字のアクションアドベンチャー『ZZT』のような、コミュニティ制作型のゲームを作る道具として構想されていた。だがそこに、プログラマー Tom Murphy が2012年のゲームジャム Ludum Dare 向けに作った『T in Y World』という作品の、簡潔なルール記述の文法が影響を与える。この出会いが Lavelle の構想を変え、PuzzleScript は「純粋なパズルゲームを作るための道具」として再設計された、と研究者 Jonah Warren が Lavelle本人への取材を基にまとめた論文で記録している。

2013年のブラウザとitch.ioを思わせる画面群のイメージ(AI生成)HTML5へ移り変わる2013年のブラウザ環境のイメージ(イメージ・AI生成)

メカニクス

PuzzleScript の核は、宣言的なルール記述にある。たとえば倉庫番型の「押す」動作は、公式ドキュメントでは次のたった一行で表現される——[ > Player | Crate ] -> [ > Player | > Crate ]。矢印の向きを変えるだけで、押す動作は引く動作に変わる。オブジェクトも5×5ピクセルの格子で定義され、見た目・音・レベルのすべてがテキストの中で完結する。複雑な汎用エンジンを学ぶ代わりに、この一枚の宣言的な文法だけを覚えればよい——という制約こそが、PuzzleScript の設計思想だった。

この手軽さは数字にも表れている。ゲームデザイン研究者 Jonah Warren が2019年に itch.io 上のデータを調査したところ、PuzzleScript で作られたゲームは508本、開発者は308人にのぼっていた。付与タグの上位には「sokoban」(93件)や「blocks」(106件)が並び、「押して動かす」という一つの動詞が、無数の小さなパズルへと枝分かれしていく様子が数字として残っている。

格子状の盤面でブロックが押し出される図解のイメージ(AI生成)宣言的なルールが盤面を動かす仕組みのイメージ(イメージ・AI生成)

現代への系譜

PuzzleScript が配ったのは道具だけではない。英国の開発者 Alan Hazelden(屋号 Draknek)は、2013年から自身のスタジオ Draknek & Friends を運営しながら、2014年に鏡面反射を使う『Mirror Isles』、2015年にはロープを渡り歩く『Skipping Stones to Lonely Homes』を、いずれも PuzzleScript のジャム作品として発表している。そして同じ2014年、Hazelden は Benjamin Davis との協働で、雪だるまを作るパズル『A Good Snowman Is Hard to Build』の試作を PuzzleScript 上で組み上げた。翌2015年2月25日、正式版が Draknek & Friends から発売され、後年 Steam でも高く評価される一本となる。

この流れが『Baba Is You』へと繋がる証拠は、開発者本人の言葉に残っている。Arvi “Hempuli” Teikari は、自作『Baba Is You』のジャムビルド版の itch.io コメント欄で「PuzzleScript のおかげで、近年ブロックを押すタイプのパズルゲームが盛んになったと感じている」と直接語った。Baba Is You 自体は2017年の Nordic Game Jam で、お題「Not There」から着想を得て生まれ、Teikari は『Snakebird』『Stephen's Sausage Roll』、そしてまさに『A Good Snowman Is Hard to Build』を含む作品群を影響源として挙げている。2019年3月、拡張版が PC と Switch で正式発売され、その年の Game Award でベストパズル&トリビアゲームなど複数の賞を獲得した。

つまり系譜はこう繋がる。無料の一枚のエンジン(2013)→ 一人の作家が量産したジャム作品群(2014-15)→ その中の一本が商業パズルとして結実(2015)→ 別の作家がそれを影響源の一つに挙げつつ、エンジンそのものへの謝辞も語る(2017-19)。祖先にあたるのは単一のゲームではなく、一行のルール文法を無償で配った道具そのものだった、と私は考えている。

小さなジャム作品群から一本の太い流れが伸びていく系譜のイメージ(AI生成)無数の小品が一つの潮流へ合流する様子のイメージ(イメージ・AI生成)

参考文献

本記事で参照した情報源:

Game Developer: Open-source HTML5 puzzle game engine PuzzleScript now available (2013)

PuzzleScript 公式サイト

Jonah Warren, "Tiny Online Game Engines" (Lavelle本人への取材を含む研究論文)

Alan Hazelden: Mirror Isles (2014)

Alan Hazelden: Skipping Stones to Lonely Homes (2015)

Wikipedia: A Good Snowman Is Hard To Build

Game Developer: Q&A — A Good Snowman Is Hard To Build (PuzzleScriptプロトタイプへの言及)

Wikipedia: Baba Is You

Hempuli (Arvi Teikari) 本人のコメント — Baba Is You (Jam Build), itch.io

Red Bull: Developers Hempuli Oy talk Baba is You and video game toughness

おわりに

この記事を書きながら私が驚いたのは、系譜の起点が「作品」ではなく「道具」だったという点である。倉庫番のような一本のゲームを祖先に据える記事はこれまでにも書いてきたが、PuzzleScript の場合、Lavelle が2013年に手放した一枚の宣言的な文法が、数百人の見知らぬ作家の手に渡り、そのうちの一人が偶然にも後世に残る一本を仕上げた。歴史とは、しばしばこうした匿名の分岐の集積でできている。

2026年の今、Steam の「thinky puzzle」棚に並ぶ作品の作者を遡っていくと、少なからぬ数が PuzzleScript のジャムシーンを通っている。無料で、説明書も薄く、たった一行でルールが書けるという1983年のキャストパズルにも似た制約が、13年後の今も静かに新しい作家を生み続けている——それが、この道具が示した最大の遺産だと私は見ている。

静かなブラウザ画面に小さな盤面が灯っているイメージ(AI生成)次の作家を待つ、静かなエディタ画面のイメージ(イメージ・AI生成)

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