RETRO-REVIEW · 2026-07-27

Skipping Stones to Lonely Homes(2015) — 石を投げて島を渡る、無料PuzzleScriptが遺した二つの子孫

同人の一本が『A Monster's Expedition』と『Order of the Sinking Star』の出発点になった道のり

はじめに — 石を投げて渡る群島

2015年8月31日、ロンドンを拠点にするパズル作家アラン・ヘイゼルデン(Draknek)は、自身のウェブサイトに一本の無料ブラウザゲームをひっそりと公開した。『Skipping Stones to Lonely Homes』。難破した船乗りが、名もない群島「Lilypad Isles」で睡蓮の葉を橋代わりに渡り歩き、沈んだ船を立て直すまでを描く小品である。矢印キーで移動し、Zでアンドゥ、Rでチェックポイントに戻る——それだけで完結する、飾り気のない一本だ。

アカウント登録も広告もダウンロードも要らない。ブラウザを開けば、その場で遊べて、その場で閉じられる。この気安さは偶然ではなく、2013年にスティーブン・ラヴェルが公開した無料エンジン「PuzzleScript」——本欄で以前に取り上げた——がもたらした民主化の産物である。数十行のルールを書けば誰でもブラウザ動作のソコバン系パズルを公開できた時代の、ごく初期の収穫の一つが本作だった。

本稿は、この無料の一本が、10年後に二つの大きな子孫を生んだという、公式に確認できる系譜を辿るものである。

群島と睡蓮の葉のキービジュアル(AI生成)波紋の先に浮かぶ、無人の群島(イメージ・AI生成)

その時代の文脈 — Flashの黄昏と、フルタイム二年目の作家

2015年という時期を押さえておく必要がある。Flashはまだ息絶えてはいなかったが、既に終わりの見え始めた技術だった。ブラウザゲームの主戦場は、Flashのアニメーションから、JavaScriptで書かれた軽量なゲームへと静かに移りつつあった。PuzzleScriptはまさにその移行を体現するエンジンで、ソースコードそのものをブラウザの編集ページに晒し、誰でも改造・派生できる仕組みを取っていた。ヘイゼルデン自身、Google グループのPuzzleScript掲示板に本作のソースを公開している。

ヘイゼルデン個人の経歴で見ても、2015年は移行期にあった。彼は自身のインタビューで、2006年から学生の趣味としてゲームを作り始め、2013年7月の商業作『Sokobond』のリリースを機にようやくフルタイムの開発者になったと語っている。つまり本作は、彼が「食べていけるパズル作家」になってからわずか2年、まだ手探りで小品を無料公開していた時期の一本である。気軽に出せる一人称の実験場として、PuzzleScriptは当時の彼にとって都合の良い場だった。

この時代のitch.ioやPuzzleScript界隈には、収益化を急がない小品が数多く漂っていた。『Skipping Stones to Lonely Homes』もその一つに過ぎなかった——後年の系譜が明らかになるまでは。

2015年、Flashからブラウザ標準技術へ移り変わる時代背景(AI生成)沈んでいくFlashの水面と、浮かび上がる軽量エンジン(イメージ・AI生成)

メカニクス — 押すのではなく、投げる

本作の核となる動詞は、押すことではなく「投げる」ことである。古典的なソコバン系パズルは、隣接するブロックに歩み寄って押す、という直接操作を基本文法としてきた。だが『Skipping Stones to Lonely Homes』では、プレイヤーは水面に石を投げ、その波紋が遠く離れた睡蓮の葉を動かす。手の届かない場所にあるものを、間接的に、時間差を伴って動かすという発想が核にある。

この「遠隔操作」という着想は、ソコバン系の文法史において地味だが見過ごせない分岐点である。箱を押すには箱に隣接しなければならない、という制約そのものをずらすことで、パズルの見通しと計画の質が変わる。プレイヤーは目の前の一手ではなく、波紋が届くまでの数手先を頭の中で組み立てなければならない。island(島)から island へ、断片的な視界の中で計画を継ぎ足していく構造も、後年の探索型パズルに通じる特徴だ。

小さな無料作品でありながら、後年の「間接操作」「遠隔起動」系パズルの語彙の一端を、静かに先取りしていたと言ってよい。

波紋が遠くの駒を動かす、間接操作の図解(AI生成)石を投げ、波紋が届き、駒が動く——三段階の間接操作(イメージ・AI生成)

現代への系譜 — 一本の無料作が、二つの大作の出発点になった

この小さな一本が10年後の二つの大作に直接つながっている事実は、ヘイゼルデン自身の公式サイトが明言している。本作の紹介ページには『気に入ったなら、精神的続編(spiritual successor)である A Monster's Expedition や、私のスタジオ Draknek & Friends の他作品もどうぞ』と記されている。Apple ArcadeとSteamで大ヒットし、2021年のNintendo Switch版でメタスコア92を記録した『A Monster's Expedition』(2020)は、無人の群島を探索するという原型を、丸太を転がして水路を渡るという洗練された文法へ育て直した作品である。

さらに、同じ紹介ページには『本作は Order of the Sinking Star の着想源であり出発点の一つとして使われた』という一文が添えられている。Order of the Sinking Star は、『Braid』(2008)『The Witness』(2016)のジョナサン・ブロウが手がける三作目で、10年の開発期間を経て1000問超の手作りパズルを収める大作として2026年内の発売が予定されている。無料で誰でも遊べる同人的な一本が、インディーの代表作と、業界屈指の完璧主義者による大作の両方に、開発者本人によって出発点として名指しされている——この事実は、パズルの系譜が必ずしも予算の大きさの順に流れるわけではないことを示している。

PuzzleScriptという土壌自体、2013年にラヴェルが公開した無料エンジンである。無料の設計道具が無料の実験作を生み、その実験作が商業的な大ヒットと、業界屈指の大作の両方を静かに準備した——この三段の連なりこそ、Flash以後のブラウザパズル史が遺した最も具体的な系譜の一つである。

小さな石の波紋から、丸太の航路と千の扉へ連なる系譜(AI生成)一つの波紋が、二つの大河になるまで(イメージ・AI生成)

参考文献

本記事で参照した情報源:

・Alan Hazelden公式サイト: Skipping Stones To Lonely Homes(精神的続編、Order of the Sinking Starとの関係を明記)

・Thinky Games: Skipping Stones to Lonely Homes(開発者・発売日データ)

・TouchArcade: Draknek Interview(Alan Hazelden本人の経歴証言)

・Draknek & Friends公式サイト

・A Monster's Expedition 公式サイト

・Wikipedia: Order of the Sinking Star

・Steam: Order of the Sinking Star

・Engadget: Ten years after The Witness, Jonathan Blow's next massive puzzle game is almost ready for primetime

・PuzzleScript公式サイト(Stephen Lavelle)

おわりに — 岸に届くまでの10年

『Skipping Stones to Lonely Homes』は、今なおヘイゼルデン個人のウェブサイトで無料で遊べる。だがそれは同時に、この作品の保存が一人の開発者のサーバー代とドメイン更新に依存していることも意味する。Steamのライブラリに並ぶ『A Monster's Expedition』や、PlayStation 5にも展開される『Order of the Sinking Star』が何十年と生き延びる基盤をある程度持つのに対し、その源流にある無料のブラウザ小品は、いつ静かに消えてもおかしくない立場にある。

私がこれまで辿ってきたFlash時代の作品の多くも、同じ脆さを抱えていた。だがこの一本が教えるのは、無料で気軽に公開された実験こそが、後年の大作の設計思想を静かに用意しているという逆説である。2015年の石投げは、2020年の丸太転がしとなり、2026年の千問の迷宮の出発点の一つとなった。歴史とは、こういう小さな波紋が、10年をかけて岸へ届く過程のことを言うのだろう。

一人のサーバーに残る無料作と、静かな水紋の情景(AI生成)岸辺に届くまでの、10年分の波紋(イメージ・AI生成)

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