HISTORY · 2026-08-05
ぬりかべ(1991) — 妖怪の名を借りた、二×二禁止の論理
『パズル通信ニコリ』33号、れーにんが仕掛けた「島」と「海」のルール
はじめに
私はぬりかべの話をしよう。1991年、『パズル通信ニコリ』33号(1991年はる分)の「オモロパズルのできるまで」という欄に、れーにんという投稿者名で発表された盤面パズルである。数字の書かれたマスと、白か黒かの決まっていないマスだけの、素朴な盤面から始まる。白いマスの塊は「シマ」と呼ばれ、数字と同じ広さになるよう仕切られる。黒いマスは「海」として一つながりになり、二×二の四角い塊を作ってはならない。たった四つの規則だが、この組み合わせが、35年後のいまも解き飽きられていない。
ぬりかべ、という名は、夜道を塞ぐ見えない壁の妖怪から借りた。ニコリはこの妖怪をモデルにした独自キャラクターまで誌面に登場させている。海外ではNurikabeの名がそのまま定着したが、Cell Structure(部屋の構築)、Islands in the Stream(島と潮流)と呼ばれた時期もあった。世界パズル選手権に初めて出題された第7回では、Lay Bricks(煉瓦を敷く)という題がついていたという。一つのパズルが、国と言語を越えるたびに、少しずつ名前を変えてきた。
数字が示す島と、一つながりの海のイメージ(イメージ・AI生成)
その時代の文脈
1991年のニコリを、当時の文脈に置いてみる。数独の前身「ナンバープレース」の連載開始から10年、スリザーリンクの初出はまだ2年後の1989年――いや、スリザーリンクはすでに1989年に発表されており、この時点で2年が経っていた。同誌は季刊で、読者投稿を編集部が育てる「オモロパズルのできるまで」という欄を持ち、ぬりかべもそこから生まれた。それ以前に発表されていた「面積ブロック」という、数字の広さに盤面を仕切るだけのパズルに、黒マスを塗るという独自の要素を加えたのが、れーにんの着想だったという。
だが日本語版ウィキペディアが伝える通り、発表当時の編集部は、このパズルが人気になるとは予想していなかった。ルールが四つもあり、他のペンシルパズルに比べて煩雑に見えたためである。それでも38号からは専用の欄が設けられ、独立したパズルとして定着した。以来ニコリは『オモロパズル大全集』をはじめ、ぬりかべ専門の書籍を複数刊行している。一見複雑なルールが、慣れれば自然と身体に馴染む論理へと変わる好例として、編集部の予想は外れたわけである。
季刊誌の投稿欄から生まれたパズルのイメージ(イメージ・AI生成)
メカニクス
ルールは四つ。数字の書かれたマスは黒くならない。数字は、その数字を含む白マスの塊(シマ)の広さを示し、各シマにはちょうど一つの数字が入る。すべての黒マスは縦横に一つながりの「海」を作る。そして黒マスが二×二の正方形になってはならない。数字同士が斜めに接していれば、その間のマスは黒に確定するし、「1」の数字はそれだけで完成したシマなので周囲四マスは即座に黒く塗れる。試行錯誤ではなく、この手筋の積み重ねで解き進めるのが前提になっている。
この単純な四規則が、計算複雑性の研究対象になったのは2004年のことである。ブランドン・マクフェイルとジェームズ・フィックスは学会発表で、マーカス・ホルツァーらは論文で、それぞれぬりかべがNP完全であることを示した。数字が1と2しか使われない縮小版でもNP完全性は崩れない。人間が手筋だけで一意に解けるよう作問されたパズルが、計算理論の側では最も難しい問題群に属する――この落差こそ、ペンシルパズルという形式の妙味だと私は思う。
四つの規則が押し合う盤面のイメージ(イメージ・AI生成)
現代への系譜
ぬりかべの「黒マス二×二禁止」という規則は、その後の新作パズルにも継承された。2004年、ニコリ106号で発表されたヌルオミノ、現在はLITSと呼ばれるパズルは、あらかじめ印刷されたポリオミノの中から一つのテトロミノを塗り、塗られたマス全体が正しいぬりかべになるよう仕込む。英語版ウィキペディアは、この規則がぬりかべから直接引き継がれたものだと明記している。2024年現在、この禁止規則を定番として昇格させたのはLITSだけだ、と日本語版ウィキペディアは注記する。系譜は、規則という最小単位でも受け継がれるものである。
そしてデジタルの側では、2025年に発売されたSteam向け『Nurikabe World』(開発:Hemisquare)が、そのままぬりかべを名乗って登場した。盤面を陸地から海への塗り替えとして立体化し、シマが確定するたびに木や建物が生えてくる。KotakuのJohn Walkerは「これほど巧みに設計され、美しく提示された論理パズルは稀だ」と評し、Buried Treasureも150問の手作りレベルと、動画チャンネル「Cracking the Cryptic」で紹介された経緯を伝えている。1991年に紙面で生まれた四つの規則が、34年後もそのまま――名前ごと――ゲームの土台になっている。
紙の盤面から現代のデジタルゲームへの系譜のイメージ(イメージ・AI生成)
参考文献
本記事で参照した情報源:
・Kotaku: I Cannot Stop Playing This Extraordinary Puzzle Game
おわりに
ぬりかべが教えてくれるのは、複雑に見えるルールほど、時間をかけて磨かれるという順序である。当初は「人気にならない」と見られたパズルが、38号で独立欄を得て、2004年には計算理論の対象になり、2025年には海外のSteamストアで再び名前を取り戻した。34年という時間は、一つの規則が古びるには十分すぎるはずだが、二×二禁止という制約は、いまも解く者を惑わせ続けている。
私が歴史家として言えるのは、ぬりかべが「規則の発明」という一点で成功した稀有な例だということだ。妖怪の名を借りたのも、投稿誌の一欄から始まったのも、時代の偶然にすぎない。だが黒マスと白マスの張り合いだけで一意の解を作る、というアイデアそのものは、35年経っても代替が見つかっていない。それが、この盤面が今も現役である理由だと私は見ている。
満ちた海と残された島のイメージ(イメージ・AI生成)
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