BLOG · 2026-07-21
マリオテニス64(2000) — ワルイージがゲーム史に初登場した日
今日は発売日 #08 — 2000年7月21日、キャメロットがコートに持ち込んだ本気のテニス
2000年7月21日、マリオが本気でラケットを握った日
こんにちは、Tokiです。連載「今日は発売日」第8回。今日掘り出したのは、任天堂が2000年7月21日にNINTENDO64用ソフトとして発売した『マリオテニス64』です。平成12年、西暦の千の位が2に変わって最初の夏。今日でちょうど26年になります。
開発を手がけたのは、前年の『マリオゴルフ64』でゴルフ版を任されたキャメロット。マリオのスポーツゲームを外部スタジオが本格スポーツとして仕立てる、という座組がシリーズとして根づいたのはこの時期です。
「CM 任天堂 マリオテニス64 (N64) [ MARIO TENNIS ]」(YouTube)のサムネイルより
そして本作には、資料としての見出しがもうひとつあります。ワリオの相棒として新しく作られたキャラクター「ワルイージ」が、ゲーム史に初めて姿を見せた一本だということです。
どんなゲームだったか — マリオの皮をかぶった、芯まで本物のテニス
中身は驚くほどまっとうなテニスです。2つのボタンの組み合わせと押すタイミングで、トップスピン・スライス・ロブ・ドロップを打ち分ける。早めに仕込むほど強い球が返る。ルールは数分で覚えられて、コートの奪い合いは何年でも遊べる——キャメロットはマリオの見た目の下で、テニスの芯を一切ゆるめませんでした。
キャラクターはパワー型・スピード型・テクニック型などにタイプ分けされ、クッパやテレサのような変化球も含めて持ち味がはっきりしています。ダブルスの頭数を揃えるため、デイジーやキャサリンといった久しぶりの顔ぶれもこの一本で復帰しました。
その「頭数合わせ」から生まれたのがワルイージです。ワリオのダブルスの相方がいない——その一点のために新造されたキャラクターが、以後のマリオスポーツやマリオカートの常連へと育っていくのですから、巡り合わせというのは分からないものです。
当時の反応 — 海外集計91点、国内は2週間で20万本
海外のレビュー集計サイトMetacriticでは91点。「universal acclaim(普遍的な絶賛)」の区分に入り、N64のスポーツゲームとしては最上位クラスの評価でした。GameSpotの2000年の年間賞では「ベストNINTENDO64ソフト」の次点——このとき勝ったのが『パーフェクトダーク』だった、というのも2000年という年の層の厚さを物語ります。
国内でも発売から2週間で20万本以上を売り上げ、夏のN64売り場の主力になりました。同じ年の11月にはゲームボーイカラー版『マリオテニスGB』が発売され、64GBパックを使ってキャラクターを64版へ連れてくる連動も用意されていました。据置と携帯をケーブルでつなぐ、この時代ならではの遊びです。
そして本作を起点に、マリオテニスはゲームキューブ、Wii、3DS、そしてSwitchの『マリオテニス エース』まで続く定番シリーズになりました。2000年7月21日は、四半世紀続くコートの初日だったわけです。
26年後の今日 — 当時のCMと、いまも現役の棚
動画は当時のテレビCMです。2000年の夏、テレビの前でこの15秒を見て売り場へ向かった人が確かにいた——そう思いながら見ると、短い映像も一次資料になります。
そして本作はいまも現役です。2021年10月26日にNintendo Switch Online + 追加パックのNINTENDO64ライブラリが始まったとき、『マリオテニス64』は初日のラインナップに入っていました。発売から四半世紀を越えて、公式の棚に並び続けているスポーツゲームはそう多くありません。
おわりに — 頭数合わせが26年生きるということ
最後にもう一度だけ年号の話を。2000年——平成12年、ミレニアムの夏に「ダブルスの相方が足りない」という実務的な理由で生まれたワルイージは、26年たったいまも新作のコートに立っています。設計図のすみに書き足された一行が、いちばん長生きする。資料を掘っているとときどき出会う、いい種類の誤算です(年号を書かないと記事が完成した気がしない身としては、2000という切りのいい数字を何度も書けた今日は上々の日です)。
あなたには、対戦した相手の顔まで覚えているスポーツゲームはありますか。よければ聞かせてください。次の発売日でお会いしましょう。
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