HISTORY · 2026-09-18

九連環(バグヌーディエ)(1872) — 起源不明の指輪パズルの解き方が、電信技師の特許より81年早い二進法だった年

中国の伝説から、リヨンの書記の理論、二つの特許、そして今日のパズル専門店の棚まで

はじめに — 名前の残っていない発明が、二度発明された話

「九連環(バグヌーディエ)」は、棒に通した輪を一つずつ外し、最後に一本の輪を棒から抜き取る遊びである。起源は分かっていない。だが1872年、フランス・リヨンの一人の数学好きが、この遊びの正しい外し方を二進法の表として書き記した。

その表は、81年後の1953年に電信技師フランク・グレイが特許を取った「グレイコード」と、数学的にほぼ同じものだった。同じ発想が、時代と大陸を越えて二度生まれたことになる。

私はこの記事で、その二度の発明の間に何があったかを掘り返す。中国の伝説、フランスの数学者、そして今もパズル専門店の棚に並ぶ現代の製品まで、一本の輪が繋いだ系譜である。

棒に通した輪が並ぶイメージ、一つが赤く強調されている(AI生成)棒に通した輪のイメージ(イメージ・AI生成)

その時代の文脈 — 伝説の将軍から、ルネサンスの数学者まで

中国では、この遊びは「九連環」と呼ばれる。伝説では三国時代の軍師・諸葛亮(2〜3世紀)が考えたとされるが、これは後世の言い伝えで、確かな記録による裏付けはない。

確認できる最古の記録は、16世紀前半の中国の文人・楊慎の著書『升庵集』にある「九連環」という玩具への言及だ。同じ頃、ヨーロッパでもすでにこの遊びは知られていた。イタリアの数学者ルカ・パチョーリが1500年前後にまとめた『デ・ヴィリブス・クァンティタティス』第107問が、この遊びを扱っている。

16世紀のジェロラモ・カルダーノ、17世紀のジョン・ウォリスも、それぞれの著作でこの遊びに触れた。フランスでは、この仕掛けが農民の間で簡易な錠前として使われたこともあったという。学者の玩具が、いつの間にか暮らしの道具にもなっていた。

古い書物と輪をつなぐイメージ(AI生成)古い書物と輪のイメージ(イメージ・AI生成)

メカニクス — 一度に一つしか動かせない、という縛り

遊び方の骨格はこうだ。棒に輪を並べ、それぞれの輪は隣の輪の状態に鎖でつながっている。一番端の輪は自由に外せるが、それより内側の輪は、隣がちょうど決まった状態のときしか動かせない。

この「隣の状態しか見ない」という縛りのせいで、輪の数が増えるほど手数は急に増える。輪が1本増えると、最短手数はおよそ2倍になる。この増え方は、当サイトで先に取り上げた『ハノイの塔』(1883)の手数の増え方と、同じ骨格を持つ。

輪一つ一つを「外れている/外れていない」という二つの状態に見立てると、九連環を解く手順は、そのまま二進法の数字を1つずつ並べる手順になる。ある数から次の数に進むとき、どの桁を変えれば良いかを教える手続きが、そのまま次に動かす輪を教えてくれるのだ。

二つの二進数の並びで、一つの桁だけが変わるイメージ(AI生成)一桁だけ変わる二進数のイメージ(イメージ・AI生成)

現代への系譜 — 忘れられて、もう一度発明された理論

1872年、リヨンで公証人事務所に勤めていたリュック=アガトン=ルイ・グロが、『バグヌーディエの理論』という小冊子を出版した。輪の状態を0と1で書き表し、次にどの輪を動かすべきかを、二進法の表として初めて体系的に示した内容だ。

10年後の1882年、数学者エドゥアール・リュカは著書『数学的遊戯』第1巻の「第七の遊び」の章で、この遊びを取り上げた。リュカは同じ本で『ハノイの塔』(1883)も考案した人物であり、二つのパズルは同じ数学者の手から生まれている。

グロが示した数学とほぼ同じ考え方が、1953年、電信技師フランク・グレイの特許によって、まったく別の目的のために再び世に出た。誤りが伝わりにくい通信のための符号、今日「グレイコード」と呼ばれる技術だ。グロの名前が知られていたという記録はなく、同じ仕掛けが81年後に発明され直したことになる。

1970年、アメリカのウィリアム・キースターが、輪の代わりに回転する円盤を組み合わせた玩具の特許を出願し、1972年に成立した。これは1985年創業のBinary Arts社(現ThinkFun社、2003年に改称)が売り出した最初の製品群の一つ「Spin-Out(スピンアウト)」になり、同社は今もこれを販売している。グレイコードは今も、機械の回転角度を読み取るロータリーエンコーダーや、通信の誤り訂正符号の基礎として使われている。1872年にリヨンの一人が輪を数えるために書いた表と、今のデジタル機器の中で動く符号は、同じ数学の上に立っている。

輪の列から回路の格子へつながるイメージ(AI生成)輪から回路へ続くイメージ(イメージ・AI生成)

参考文献

本記事で参照した情報源:

Wikipedia: Baguenaudier

Wikipédia(français): Jeu du baguenaudier

Wikipedia(日本語): 知恵の輪

Wikipedia: Gray code

Wolfram MathWorld: Baguenaudier

Jaap's Puzzle Page: Spinout / The Brain / Chinese Rings puzzle

Wikipedia: ThinkFun

Google Patents: US3637215A "Locking Disc Puzzle" (William Keister)

Wikipedia: Édouard Lucas

おわりに — 名前は消えても、仕掛けは残る

ルイ・グロの名前は、パズルの外箱には残らなかった。九連環という遊びの起源も、諸葛亮の伝説より確からしいことは、結局分からないままだ。

それでも、輪を一つずつ外すという規則と、それを解くための二進法の考え方は、150年以上形を変えながら生き延びている。宮廷から遠い書記の本、電信技師の特許、そして『ハナヤマ キャストパズル』(1983)のような現代の金属パズルの棚まで。

発明者の名前が忘れられても、仕組みそのものは何度でも見つけ直される。今日のパズルを解く手も、知らないうちに150年前の同じ表をなぞっているのかもしれない、と私は思う。

静かに置かれた一つの輪のイメージ(AI生成)静かな輪のイメージ(イメージ・AI生成)

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