TAG
#physical-puzzle
0 レビュー · 8 エッセイ
関連エッセイ
ピラミンクス(1981) — ルービックキューブより先に生まれ、キューブ・ブームに便乗して世に出た四面体
四面体の各面を9枚の三角に分け、頂点と辺だけを組み替える『ピラミンクス』。発明者ウーヴェ・メフェルトが基本構造を考えたのは1971年頃、エルノー・ルービックが立方体を考案した1974年より先だったとされる。しかしメフェルトは各国での特許確保を待ち、キューブ・ブームに乗る形で1981年、トミーの手で商品化した。初年度で1000万個、3年で9000万個が売れたという。4つの角(チップ)だけが他のどの駒とも無関係に独立して回るという設計は、43京通りの解を持つルービックキューブとは異なる、『どこまでを繋ぐか』というもう一つの設計思想を示している。
九連環(バグヌーディエ)(1872) — 起源不明の指輪パズルの解き方が、電信技師の特許より81年早い二進法だった年
棒に通した輪を一つずつ外し、最後に一本を抜き取る「九連環(バグヌーディエ)」。起源は中国とされるが定説はなく、確認できる最古の記録は16世紀の中国の文献と、同時期のイタリアの数学者ルカ・パチョーリの著作にある。1872年、フランス・リヨンの数学愛好家ルイ・グロが、この遊びの解き方を二進法の表として初めて理論化した。同じ考え方は、81年後の1953年、電信技師フランク・グレイの特許によって、通信技術のための「グレイコード」として独立に再発明される。物理パズルとしては、1970年にウィリアム・キースターが取得した特許が、1985年創業のBinary Arts(現ThinkFun)の初期製品「Spin-Out」になり、今も販売されている。本稿は、一つの輪の仕掛けが辿った150年の系譜を追う。
ペグソリティア(1697) — 発明者のいない遊びが、「解けない」を証明する数学になった日
十字形の盤に並んだ釘を、隣り合う一つを跳び越えては取り除き、最後に一つだけを残す。ペグソリティアの最初の記録は1697年、ルイ14世治世下のフランス宮廷誌『メルキュール・ギャラン』に載った。発明者は誰かわからない。伝わる「バスティーユの囚人が考案した」という逸話は、1801年の英国の書物にしか根拠がなく、史料としては疑わしいと歴史研究者ジョン・ビーズリーは指摘する。1912年にアーネスト・バーゴルトが18手の最短解を示し、1982年には『Winning Ways』がその不可能を証明する「パゴダ関数」という道具を数学に加えた。2007年、この盤は『レイトン教授と悪魔の箱』の謎として携帯機に移植される。本稿は、発明者を持たないまま300年以上遊ばれ続けた一つの規則を辿る。
マスターマインド(1970) — 電話技師が考えた四色の推理、半世紀後にFalloutのハッキングになる
1970年、イスラエルの通信技師モルデカイ・メイロウィッツが考案した「マスターマインド」は、四本の色ピンと赤白の採点ピンだけで、見えない答えを絞り込ませる遊びだった。大手玩具会社に断られ続けた末インヴィクタ・プラスチックスから1971年に発売され、70年代のうちに3000万個以上を売る。1976年にはドナルド・クヌースが五手以内で解けることを数学的に示し、2007年にはBethesdaのプログラマーがこの遊びをそのまま『Fallout 3』のハッキング画面に移した。本稿は、色しか教えないという半世紀前の制約が、Wordleの時代にも生き延びていることを辿る。
箱入り娘/クロツキー(1930年代) — 曹操を閉じ込めた駒たちの系譜
西洋では特許図面として、中国では曹操の敗走を模した切り紙として、日本では『箱入り娘』という木箱の玩具として——互いに参照し合った形跡のないまま、ほぼ同一の滑り駒パズルが1890年代から1930年代にかけて三つの場所で独立に立ち上がった。1964年にMartin Gardnerが最短81手の解を『Scientific American』に発表し、1991年にはWindows Entertainment Packが世界中のPCへこれを運んだ。2021年のSteam作品『Blockee』が自ら『クロツキーへのオマージュ』と明言するまでの、並行進化の記録。
ソマキューブ(1933) — 量子力学の講義中に生まれた、27個の断片
1933年、コペンハーゲンで量子力学の講義を聞いていたピエト・ハインは、四個以下の立方体を面で結合してできる非凸な断片を数え上げ、七片・27個からなる「ソマキューブ」を生み出した。1958年のマーティン・ガードナーのコラムで世界に知られ、1969年にパーカー・ブラザーズ社が商品化。240通りの解を手作業で解き明かしたコンウェイとガイの逸話、そしてルービックキューブの発明者エルノー・ルービック自身が語る「ソマキューブへの負債」まで、90年に及ぶ立体分割パズルの系譜を辿る。
ジグソーパズルの誕生(1760年代) — 地図を切り分けた男と、260年変わらない一つの動詞
1760年代のロンドンで、地図彫版職人ジョン・スピルズベリは刷った地図を板に貼り、国境に沿って切り分けて売り出した。「Dissected Maps」——のちにジグソーパズルと呼ばれる形式の商業的出発点である。本稿は、この遊びが地理教育の道具として生まれた文脈、「どこで切るか」自体が設計であるという構造、そして大恐慌下の厚紙パズルから2021年のVR『Puzzling Places』まで、動詞を一度も変えずに260年生き延びた形式の系譜を、歴史の視点から読み直す。
ルービックキューブ(1974) — 43京の迷宮と、たった一つの解
1974年、ブダペストの建築家エルノー・ルービックが教材として削り出した小さな立方体は、やがて43京通りの配置と、たった一つの完成形を持つ「状態空間」そのものを掌に載せてしまった。本稿はこの玩具の正確な出自——1974年の発明、1980年の世界デビュー、2010年に証明された『神の数=20』——を一次・二次資料で辿り、ディスプレイも電源も持たないこの物体が、現代のパズル設計者が口にする『可逆性』『単一の解』『探索すべき空間』という語彙を、半世紀前にどう物として体現していたかを歴史として読み直す。




