HISTORY · 2026-09-19
ピラミンクス(1981) — ルービックキューブより先に生まれ、キューブ・ブームに便乗して世に出た四面体
1971年頃の設計、1981年の特許、そして『無関係なのに動く4つの角』が教えた設計の分離
はじめに — キューブより先に生まれ、キューブより後に売られた
「ピラミンクス」は、正四面体の4つの面をそれぞれ9枚の小さな三角に分け、4つの頂点と6つの辺を回して色を揃える立体パズルである。見た目はルービックキューブの親戚だが、生まれた順番は逆だったという説がある。
発明者のウーヴェ・メフェルトが基本構造を考えたのは1971年頃、エルノー・ルービックが後の『ルービックキューブ(1974)』を考案する前だったとされる。だが商品として世に出たのは1981年、キューブが世界を巻き込んでいた真っ只中だった。10年近い空白が、この四面体にはある。
私はこの記事で、その空白に何があったかを追う。先に生まれたものが、なぜ後から出て、後発のブームにちょうど乗ることができたのか。そして、キューブとは違う場所に引かれた『繋がない』という一本の線についてである。
四面体のパズルのイメージ(イメージ・AI生成)
その時代の文脈 — 香港に渡ったドイツ人と、キューブ・ブームの熱
ウーヴェ・メフェルトは1939年生まれのドイツ出身のパズル設計者である。香港を拠点に活動し、生涯で350種類を超える回転式の機械パズルを考案・改良したという。ピラミンクスは、その最初の代表作だった。
1974年、ハンガリーのエルノー・ルービックが独立に立方体のパズル(のちのルービックキューブ)を考案する。1980年前後、このキューブは世界的な『キューブ・ブーム』を巻き起こし、各国のメーカーが類似の回転式パズルを求めて動き出した。
メフェルトはこの機を捉えた。すでに考えていた四面体の仕組みについて、まず主要国で特許を確保し、その上で香港からトミー(当時世界第3位の玩具会社)に持ち込んだ。ヨーロッパ特許 EP 42,695 は1981年12月30日に成立している。準備が整ったのは、ブームがすでに始まっていたそのタイミングだった。
1980年代の玩具のイメージ(イメージ・AI生成)
メカニクス — 動くけれど、何にも影響しない4つの角
ピラミンクスの駒は3種類に分かれる。4つの頂点(3方向の向きを持つ)、6つの辺(2方向の向きを持つ)、そして4つの角(チップ)である。組み替えが必要なのは頂点と辺だけで、その組み合わせは6!×2⁴×3⁴÷(対称性による調整)を経て933,120通りに絞られる。
チップは違う。四面体の先端にちょこんと乗っているだけの駒で、独立して自由に回せる。動かしても他のどの駒の位置関係にも影響を与えない。『いかにも動かせそうで、実は解に関係しない』駒が、盤面に最初から混ざっているのがこの立体の特徴だ。チップの向き(3⁴=81通り)まで含めれば、状態の総数は75,582,720通りに増える。
この作りは、当サイトで先に取り上げた『ルービックキューブ』(1974)とは対照的である。ルービックキューブでは、どの駒を回しても必ず他の駒の関係が変わる。全ての駒が互いに縛られている。ピラミンクスは、あえてその縛りの外に4つの駒を置いた。
独立して回る4つの角のイメージ(イメージ・AI生成)
現代への系譜 — 競技になった玩具と、繋がない設計という教え
ピラミンクスは今日、スピードキュービングの世界選手権(世界キューブ協会、WCAが統括)で公式種目の一つとして扱われている。2003年の世界選手権にはすでに記録が残り、以後も定番種目として競技され続けている。玩具は、計測され記録される競技対象になった。
メフェルト自身も1本のヒットで終わらなかった。トニー・ダーラム考案の『スキューブ』を最初に製品化したのも、後に『メガミンクス』を売り出したのも彼である。ルービックキューブの登場者が一人だったのに対し、四面体・多面体パズルの系譜は、メフェルトという一人の設計者の手でその後も広がっていった。
私が歴史家として注目したいのは、駒の関係を『すべて繋ぐ』か『あえて外す』かという設計の分岐点だ。ルービックキューブが体現したのは、全ての駒が互いに縛られた状態空間の純粋な標本だった。ピラミンクスは、その隣で『関係しない駒を混ぜてもパズルは成立する』という、もう一つの答えを示した。今日の思考パズルの設計者が使う『どの要素を状態に含め、どれを外すか』という判断は、この対比の中に、すでに1970年代の物として存在していた。
そして、この玩具はデジタルの上でも生き続けている。ルービックキューブの記事で触れた通り、Steamをはじめ各種プラットフォームには回転式パズルのシミュレータやタイマーが数多く並び、ピラミンクスもその一つとして扱われている。物として生まれた四面体は、今も画面の中で解かれ続けている。
物からデジタルへ続くイメージ(イメージ・AI生成)
参考文献
本記事で参照した情報源:
・Google Patents: EP0042695A2 "Puzzle toy"(Uwe Meffert)
おわりに — 早すぎた発明が、正しい年に届いた話
1971年頃に考えられ、1981年に売られた。10年の差は、発明そのものの価値とは関係がない。ただ、市場という別の時計が、まだ動いていなかっただけだ。
メフェルトはその10年を、特許という形で埋めた。急いで出さず、機が来るまで抱え続けたという判断そのものも、この四面体の歴史の一部だと私は思う。1981年という年号は、だから発明の年ではなく、待つことをやめた年として覚えておきたい。
そしてもう一つ。動いても何も変えない4つの角は、なんの役にも立たないように見えて、実はこの立体を『四面体である』と一目でわからせている飾りでもある。関係を持たない駒にも、意味がないわけではないのだ。
静かな四面体のイメージ(イメージ・AI生成)
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