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HISTORY · 2026-08-02

ソマキューブ(1933) — 量子力学の講義中に生まれた、27個の断片

ピエト・ハインの余談から始まった立体分割パズルの系譜、そしてルービックキューブへ渡った一本の糸

はじめに

これは1933年、コペンハーゲンで生まれた話である。デンマークの詩人にして数学者、ピエト・ハイン(Piet Hein、1905-1996)は、ヴェルナー・ハイゼンベルクによる量子力学の講義を聴講していた。だが彼の頭を占めていたのは講義の内容ではなく、別の思考実験だった――四個以下の立方体を面で結合し、少なくとも一つの凹んだ角を持つ「非凸」な断片を、すべて数え上げるとどうなるか、という問いである。

答えは七つ出た。三個の立方体からなる断片が一種類(直角に曲がったL字/V字形)、四個の立方体からなる断片が六種類。合計は3+(6×4)=27――ちょうど3×3×3の立方体を過不足なく埋め尽くす数だった。ハインは自宅でこの七片を実際に組み上げ、「ソマ」と名付けた。名の由来はオルダス・ハクスリーの小説『すばらしい新世界』に登場する架空の薬物である。彼はこの発明を同年12月2日にデンマークで特許出願したが、成立までには実に三年、1936年9月28日までかかっている。

27個の断片が組み上がっていくキービジュアルのイメージ(AI生成)七つの色分けされた断片が寄り集まるイメージ(イメージ・AI生成)

その時代の文脈

1930年代のヨーロッパにおいて、個人が思いついたパズルが広く知られるまでには時間がかかった。ハインの特許は成立したものの、ソマキューブがすぐさま商品として世に出たわけではない。実際に量産されたのは1967年前後、デンマークの家具・木工業者スキョーデ・スキェアン社によるローズウッド製の高級版が最初とされる。発明から実に三十年余り、この立体パズルは限られた人々の手の中にとどまっていた。

転機は1958年9月に訪れる。アメリカの科学啓蒙誌『サイエンティフィック・アメリカン』誌上で、マーティン・ガードナーが自身の看板コラム「数学ゲーム」でソマキューブを取り上げたのだ。当時、専門家以外の読者に新しい数学パズルを届ける媒体は、こうした一般向け科学誌の紙面がほぼ唯一の経路だった。ガードナーの記事は世界中の読者にこの立体パズルの存在を知らしめ、以後の商業化への地ならしとなった。

商業化の本番は1969年夏である。米国の玩具メーカー、パーカー・ブラザーズ社が青・赤・白・オレンジの4色のプラスチック版を発売し、これが大きな話題を呼んだ。同梱の解説書には36通りの形が載っていたが、実際に組めたのはそのうち33通りのみだったという逸話も伝わる。同じ1969年、カーネギーメロン大学の大学院生だった心理学者エドワード・デシは、報酬の有無が課題への意欲に与える影響を調べる実験の題材としてソマキューブを採用し、後の「内発的動機づけ」理論の基礎となる研究を行った。木工玩具が実験室の被験者の手にまで渡っていたことは、この時代のソマキューブの広がりをよく示している。

1958年の雑誌コラムと1960年代の玩具パッケージを思わせる時代背景のイメージ(AI生成)雑誌の紙面と玩具箱のイメージ(イメージ・AI生成)

メカニクス

ソマキューブの規則そのものは驚くほど単純である。四個以下の立方体を面で結合してできる形のうち、少なくとも一箇所は凹んだ角(内角)を持つものだけをすべて列挙する――これが唯一の生成規則だ。三個の立方体では、そうした「非凸」な形はL字/V字型の一種類しか存在しない。四個の立方体では六種類。あわせて七種類、27個の単位立方体は、そのまま3×3×3の立方体を過不足なく埋め尽くす数と一致する。数え上げの規則から盤面のサイズまでもが自動的に導かれてしまう――この偶然にも近い一致こそが、ソマキューブを特別な発明たらしめている。

この七片を3×3×3の立方体に組む方法は、回転・鏡像を除いて240通り存在する。この数を最初に手作業ですべて割り出したのは、数学者ジョン・ホートン・コンウェイと共同研究者マイケル・ガイである。1961年のある雨の午後、二人は240通りの解を一つ残らず数え上げ、さらに「SOMAP」と呼ばれる、ある解から別の解へピースを動かして到達するための遷移図まで作り上げたと伝えられている。コンピュータのない時代に、人力で解空間の全体像を描き切ったという事実は、後の探索アルゴリズム研究にとっても示唆的な先例として記憶されている。

3×3×3の格子と一つの断片、解の遷移図を示す図解のイメージ(AI生成)格子と断片、解の分岐図のイメージ(イメージ・AI生成)

現代への系譜

この立体パズルが現代のパズル設計にどう繋がっているか。もっとも直接的な証言は、意外にも、別の伝説的パズル作家自身の口から出ている。ルービックキューブの発明者エルノー・ルービックは、2020年の自著『Cubed: The Puzzle of Us All』の中で、ソマキューブについて数ページを割いて綴った。ある書評ブログが引く記述によれば、ルービックはハインの発明を「一つの芸術作品」と呼び、「ルービックキューブを作ろうと思い立つよりずっと前に、私は自分なりのソマキューブ版を作っていた」と告白している。ソマキューブは、マックマホンの色付き立方体パズルと並んで、ルービックキューブという形そのものに影響を与えた二つの源流の一つだったとも伝えられる。この経緯は、当連載で以前に取り上げたルービックキューブ(1974)の記事とあわせて読まれたい。

ルービックのブランドからは、ソマキューブそのものに近い「Rubik's Bricks」というパズルも発売されている。これは27個の立方体を面または辺で結合した断片からなり、3個の立方体を結合する方法がちょうど9通りあることを利用して、やはり3×3×3の立方体に組み上がる仕掛けだ。名前こそ違えど、発想の根はソマキューブと同じ場所にある。

ソマキューブ自体も、玩具としては今なお現役だ。ハイン家の会社ピエト・ハイン・トレーディング社がオリジナル版を、ThinkFun社が「Block by Block」の名で販売を続けている。iPad向けの「SomaBox」、VR空間で組む「ARSoma」といったデジタル移植も生まれた。さらに12個のペンタキューブと1個のテトラキューブで4×4×4を埋める「ベドラムキューブ」や、6ピースで3×3×3を埋める「ディアボリカルキューブ」など、同じ発想を継承した後継の立体分割パズルも次々と考案されている。唯一解、あるいは少数の解しか持たない状態空間を、限られた駒の組み合わせで探索させる――この設計語彙は、90年以上前の講義室での余談に、すでに姿を現していた。

木製の古い立方体から多色の現代的な立方体へ糸が繋がる系譜のイメージ(AI生成)旧い立方体と新しい立方体を結ぶ糸のイメージ(イメージ・AI生成)

参考文献

本記事で参照した情報源:

Wikipedia: Soma cube

Wikipedia: Piet Hein (scientist)

Thorleif Bundgaard (ed.), Ole Poul Pedersen: "The birth of SOMA"

Wolfram MathWorld: Soma Cube

Toy Tales: SOMA Cube from Parker Brothers (1969)

The Curiosity Box: Everything You Need To Know About Your New Soma Cube (quotes Erno Rubik's "Cubed")

Wikipedia: Edward Deci

Siam Mandalay: What is the Soma Cube? A History of the World's Favorite Puzzle

おわりに

量子力学の講義に集中できなかった一人の詩人の余談が、27個の木片となり、やがて特許となり、雑誌のコラムとなり、玩具店の棚に並び、実験室の被験者の手に渡り、そして半世紀後には別のパズル作家の発明の土台の一つになった。ソマキューブの歴史が私に教えるのは、優れたパズルの規則とは、しばしば発明者自身の意図を超えて、別の時代・別の作り手のもとで新しい形に生まれ変わるということだ。倉庫番が44年後にメタパズルの祖として読み直されたように、ソマキューブもまた、90年の時を経て今なお現役の系譜として動き続けている。

月明かりの下、静かに置かれた木製の立方体のイメージ(AI生成)月明かりの下の立方体のイメージ(イメージ・AI生成)

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