HISTORY · 2026-07-31
Get Off the Earth(1896) — サム・ロイドが特許を取った、数え間違いの装置
円盤を一回転させるだけで、13人が12人になる
はじめに
1896年、アメリカの新聞コラムニストにして稀代のパズル作家サム・ロイド(Samuel Loyd, 1841-1911)は、一枚の厚紙細工に特許を取得した。長方形の台紙の中心に、地球儀を模した円い盤がピンで留められ、自由に回転する。盤には矢印が描かれ、それが北東を指すように合わせると、円周上に13人の中国人の人影を数えることができる。ところが盤をほんの少し回し、矢印が北西を指すようにするだけで、人影は12人にまで減ってしまう。タイトルは『Get Off the Earth(地球から出て行け)』。消えた一人はどこへ行ったのか、という問いだけを残して、盤は今日も回り続けている。
当サイトでは以前、ロイドが晩年に「自分が発明した」と偽り続けた1880年の15パズルを取り上げ、その主張がいかに作り話であったかを検証した。だが今回は、逆の話をしたい。Get Off the Earthは、ロイドが本当に自分の手で考案し、実際に特許を取得し、生涯にわたって莫大な数を売り続けた、数少ない「本物の発明」の一つである。詐称者としての顔と、正真正銘の仕掛け師としての顔――両方を知らなければ、この人物の歴史における位置は測れない。
円盤が回るたびに一人分の輪郭が消えていくイメージ(イメージ・AI生成)
その時代の文脈
ロイドがこの仕掛けを世に出した1890年代のアメリカは、新聞と印刷広告がパズルの主戦場だった時代である。ロイド自身、ブルックリン・デイリー・イーグル紙にパズルコラムを持ち、読者からの解答を募っては賞金を出す、という双方向のやり取りを長年続けていた。Get Off the Earthの発表時にも、5ドルから100ドルの賞金を懸けて「消えた一人の説明」を募集したが、当選者の名前だけを発表し、肝心の解説は公表しなかったと伝えられている。正解を教えないまま関心を引っ張り続けるという、今日の「ネタバレ厳禁」の作法に通じる商売のやり方を、ロイドはすでに百三十年前に実践していた。
だがGet Off the Earthの仕掛けそのものは、ロイドの純粋な独創ではない。1880年、ニューヨークのWemple & Company社が売り出した広告カード『The Magic Egg Puzzle』は、長方形のカードを4つの短冊に切り分けて並べ替えると、卵の数が8個にも9個にも10個にも見えるという、同じ原理の消失トリックだった。ロイドが1896年に特許を取ったのは、この「切って並べ替える」トリックそのものではなく、円盤をピンで留めて回転させるという、より洗練された機構の部分である。発明というより、既存の原理により良い装置を与えた、というのが正確なところだろう。
さらに遡れば、ロイド自身がこの種の錯視トリックで財を成したのは、これが初めてではない。1858年、若きロイドは2頭のラバと2人の騎手を描いた紙片を考案し、切って並べ替えると騎手がラバに正しく跨って見える『トリック・ミュールズ』を作った。1871年にP・T・バーナムが1万ドルを支払って自分の興行の名を冠させ、後に『フェイマス・トリック・ドンキーズ』として売り出されると、生涯で1億枚以上売れたと伝えられている。ロイドの経歴を貫くのは、実は一つの原理――『部品を並べ替えると勘定が狂う』という仕掛けを、姿を変えて何度も売り続けたことだった。
パズルコラムと広告カードが行き交う時代のイメージ(イメージ・AI生成)
メカニクス
Get Off the Earthの種明かしは単純だが良くできている。13人の中国人の人影は、実は円盤と台紙という2枚の紙にまたがって描かれている。腕、脚、胴体、頭、剣――それぞれの人影は複数の小さな断片の寄せ集めで、境界線のすぐ内側と外側に、ごくわずかに欠けた破片が隠れている。矢印を北東から北西へと動かして盤を回転させると、この境界線をまたぐ断片たちがわずかにずれ、13人分あった部品が12人分の身体へと再配分される。誰か一人が消えたのではない。全員が少しずつ痩せて、その分の余りが一人分の輪郭を作れなくなるだけなのだ。
この「数を数えたつもりが、実は面積や部品を勘定していた」という錯覚は、ロイドの別の代表作にも姿を変えて現れる。8×8のチェス盤を4つに切り分け、並べ替えると5×13の長方形になり、面積が64から65に増えて見える『チェス盤のパラドックス』(通称ロイド=シュレーミルヒのパラドックス)である。実際には、長方形の対角線に見える一本の線は真っ直ぐではなく、ごくわずかに折れ曲がっており、その隙間に消えた1マス分の面積が隠れている。
この図形が今日「ミッシング・スクエア・パズル」として知られ、数学の授業で使われ続けているという点は見逃せない。生徒に教えるのは、図を目で見て信じるのではなく、公理と数値だけを頼りに証明せよ、という態度である。ロイドが100年以上前に仕掛けた「見た目を信じるな」という罠は、今も教室で現役の教材として働いている。
断片が再配分されて数が変わる仕組みのイメージ(イメージ・AI生成)
現代への系譜
ロイドの死後、彼の評判を20世紀へと橋渡ししたのは数学解説者マーティン・ガードナーだった。ガードナーは1957年8月のサイエンティフィック・アメリカン誌のコラムでロイドを「アメリカ最大のパズル作家」と呼び、1959年の著書『Mathematical Puzzles and Diversions』の第9章を丸ごとロイドに割いた。ただしガードナーは同時に、ロイドを「明らかに山師でもあった」と評してもいる。詐称と本物の発明を併せ持つ人物として記憶させたのは、称賛者自身の筆だった。
Get Off the Earthが仕込んだ「切って並べ替えると勘定が狂う」原理は、その後も形を変えて生き延びた。1968年にはパット・ライオンズが同じ幾何学的原理を使った『ヴァニシング・レプラコーン』を発表し、2014年にはガーディアン紙のアレックス・ベロスが、同じ原理を使った現代のデジタル錯視パズルを紹介する記事を書いている。数学教育サイトcut-the-knot.orgには、盤面をマウスで実際に回転させて確かめられる対話式の再現版が今も置かれている。物理的なカードは消えても、仕掛けはブラウザの中で生き延びた。
現在Steamで遊べるパズルにも、同じ系統の企みを見出すことはできる。『Gorogoa』(2017)はパネルを並べ替えることで絵の意味そのものを変え、『Superliminal』(2020)は遠近感を操作して物の大きさの知覚をねじ曲げる。どちらも「並べ替えや枠組みによって、勘定や知覚が狂う」という点でGet Off the Earthと同じ家系に属して見える。ただし、私が調べた限り、両作の開発者がロイドの名を直接引いた記録は見当たらなかった。系譜として断言はできない。あくまで、同じ原理が独立に生き延びているという一例として書き留めておく。
百三十年をまたいで生き延びる仕掛けのイメージ(イメージ・AI生成)
参考文献
本記事で参照した情報源:
・Wikipedia: Missing square puzzle
・Wikipedia: Famous Trick Donkeys
・MacTutor History of Mathematics: Samuel Loyd (1841-1911)
・The Worlds of David Darling: Get Off the Earth
・Cut the Knot: Sam Loyd's Fifteen, the history of the puzzle
・Games Learning Society: How does the missing square puzzle work?
おわりに
15パズルでロイドが騙ったのは、他人の発明を我が物だと偽ったことだった。だがGet Off the Earthで彼がやったのは、それとは正反対の仕事――既存の原理を、より洗練された装置へと磨き上げ、特許を取り、実際に大量に売り、生涯その利益を得続けたことである。詐称と発明、その両方を同じ一人の人物の中に見出さなければ、サム・ロイドという歴史上の存在は正しく測れない。
1896年に彼が回した円盤は、130年後の今も同じ問いを投げかけている――目に見える数字や輪郭を、そのまま信じてよいのか、と。答えを教えないまま賞金だけを懸けたロイドの商売っ気は、今日のネタバレ厳禁の風潮にも、公理だけを頼れという数学教育にも、形を変えて生き延びている。盤を回すたび、私たちは百三十年前の詐術師の手のひらの上で、もう一度数え直しをさせられているのである。
回転を終えて静かに置かれたカードのイメージ(イメージ・AI生成)
リアクション(ログイン不要)
匿名で残せます • 同じリアクションは1日1回まで
関連シリーズ
パズル事件史第18回 / 全18回
