RETRO-REVIEW · 2026-06-09
ジ・インクレディブル・マシン(1993) — ルーブ・ゴールドバーグを遊びに変えた工作箱
1992年春に9か月で組み上げられた物理パズルが、2014年のSteamに同じ作者の手で甦るまで
はじめに
これは1993年の作品である。DOSの画面に、傾斜板やベルトコンベア、ロウソク、風船、そして一匹の猫が散らばって表示される。Dynamix が開発し、Sierra On-Line が販売した『The Incredible Machine』、すなわち「すごい機械」と名づけられたこのパズルは、与えられた部品を画面上に組み合わせ、「ボールを箱に入れよ」「ミキサーを回して扇風機をつけよ」といった一見ささいな目標を、複雑きわまる手順で達成させる遊びだった。
『工作箱』の部品例 — ボール、斜面、扇風機、風船、ベルトコンベア。決まった物理法則のもとで、これらをどう並べて連鎖させるかだけが問われる。
目標そのものは子供じみている。だが、そこへ至る道筋を自分で設計しなければならないところに、この作品の核がある。プレイヤーは部品を配置し、重力と慣性に従ってそれらがどう連鎖するかを頭の中で先読みする。要するに、漫画家ルーブ・ゴールドバーグが描いた「単純な仕事を、無駄に手の込んだ機械で片づける」という冗談を、そのまま遊べる装置に変えたのだ。
本稿では、この1993年の物理パズルを入口に、装置を組み立てるという遊びがどこから来て、現代の Steam にどう受け継がれたかを辿る。とりわけ私が注目するのは、この作品を作った人々自身が、21年後に同じ思想の続編を世に出したという、稀有な系譜の連続性である。
その時代の文脈
話の発端は意外に古い。英語版Wikipediaによれば、本作の構想はもともと1984年、Electronic Arts がコモドール64向けに作ろうとしたものだったという。だが Dynamix は当時Amiga版『Arcticfox』の開発を優先し、企画は塩漬けになる。実際に開発が始まったのは1992年の春、八年もの空白を経てのことだった。プログラマーのケヴィン・ライアン(Kevin Ryan)が、わずか9か月、3万6千ドルという小さな予算で、たった一人この機械を組み上げたと記録されている。
1993年という年は、PCゲームがCD-ROMとマルチメディアへ雪崩を打って向かっていた時期である。派手なムービーや実写取り込みが流行るなかで、本作は逆に、歯車とボールという素朴な物理現象だけで勝負した。プロデューサーはジェフ・タンネル(Jeff Tunnell)、開発元のクレジットは Jeff Tunnell Productions、流通は当時のパズル・アドベンチャーの雄 Sierra が担った。同年には部品と面数を倍に増やした拡張版『The Even More Incredible Machine』(160面)も発売されている。
当時の批評は、この素朴さを正確に見抜いていた。米誌 Computer Gaming World は1993年、80のパズルを「最高に楽しい」と評しつつ、最も優れた要素として目標のない「フリーフォーム・モード(自由制作モード)」を挙げ、「好奇心旺盛で、いじくり回すのが好きな10歳の子供が呼び覚まされる」と書いた。本作は累計80万本超を売り上げ、1996年には同誌の「史上の名作150選」で62位に選ばれている。
メカニクス
本作のメカニクスは、二層に分かれている。下層は物理シミュレーションだ。重力が働き、ボールは転がり落ち、ベルトコンベアは物を運び、扇風機は風船を押し上げる。猫はネズミを追い、トランポリンは跳ね返す。これらの挙動はすべて決定論的で、同じ配置からは必ず同じ結果が生まれる。プレイヤーが操作するのは部品の配置だけであり、いったん「動かす」を押せば、あとは自分の組んだ機械が物理法則に従って勝手に進行するのを見守るしかない。
『工作箱』の発想。固定された地形と限られた部品(ボール・斜面・シーソー・受け皿)を並べ、重力にまかせた連鎖でボールをゴール(★)へ届ける。物理は一定で、組み方だけが解になる。
上層は制約である。各面では、置ける部品の種類と数があらかじめ限られ、固定されて動かせない部品も配置されている。プレイヤーは限られた手駒で、与えられた地形を読み、目標へ至る連鎖を一つ設計する。ここにあるのは、現代のパズル理論でいう「制約下の構成」そのものだ。倉庫番が一手ずつ詰めていく逐次的な論理だとすれば、本作は機械全体を先に組み、一括で走らせて検証する、いわば並列的な論理を要求した。
そして最大の発明が、目標を取り払った「フリーフォーム・モード」である。ここではクリア条件が存在しない。プレイヤーはただ、好きな部品を好きなだけ並べ、ばかげた装置を作って眺める。パズルでありながら、解くべき問題のない空間を用意したこと——この「砂場(サンドボックス)」の発想が、本作を単なる問題集から創作の道具へと押し上げた。なお、この装置パズルの仕組みは独創的とされ、姉妹作『Sid & Al's Incredible Toons』を通じてタンネルらは米国特許(第5,577,185号)まで取得している。
現代への系譜
本作が歴史的に示したのは、「物理を予測する遊び」と「制約のなかで装置を構成する遊び」を一枚の画面に同居させられる、ということだった。決定論的な物理エンジンの上に、限られた部品という制約を敷き、そこへ自由制作という余白を加える。この三層構造は、後年Steamで花開く物理・装置パズルというジャンルの骨格そのものである。橋を架けて荷重に耐えさせる作品も、歯車と分子を組んで工程を最適化する作品も、根を辿ればこの「組んで、走らせて、見届ける」という型に行き着く。
そして、この系譜には憶測を要しない一本の確かな線がある。2013年から2014年にかけて、本作の生みの親であるジェフ・タンネルが設立した Spotkin から、『Contraption Maker』が Steam で発売された。開発には、オリジナルのプログラマーであるケヴィン・ライアン、そしてブライアン・ハーン(Brian Hahn)という、まさに当時の作り手たちが再び集った。2014年7月7日の正式リリース版は、200以上のパズルと100種を超える部品、そして Steam Workshop による作品共有を備えていた。
ここで重要なのは、これが他人による「影響を受けた後継作」ではなく、作者本人たちによる正統な続編だという点である。本サイトでよく扱う Baba Is You や Patrick's Parabox とは別の流れ——「ルールを書き換える」のではなく「物理を組み立てる」系譜——が、21年の時を越えて同じ手で受け継がれた。1993年の工作箱に注がれた思想は、誰かに模倣されて広まったのではなく、作った当人たちの手で Steam Workshop という現代の流通に接続されたのだ。系譜とは、しばしばこうして本人によって閉じられ、また開かれる。
参考文献
本記事で参照した情報源:
・Wikipedia: The Incredible Machine (1993 video game)(開発経緯・予算・売上・批評・受賞)
・Wikipedia: The Incredible Machine (series)(シリーズ全体と開発者クレジット)
・Wikipedia: Contraption Maker(Spotkin・原作者再集結・2014年Steamリリース)
・Steam: Contraption Maker(公式ストアページ・部品数・Workshop)
・TechSpot: Contraption Maker is the spiritual successor to The Incredible Machine
・The Internet Archive: The Incredible Machine(ブラウザ実機保存)
・Computer Gaming World (April 1993): Tinkering with Sierra's The Incredible Machine
おわりに
1993年の『The Incredible Machine』が歴史的に示したのは、物理シミュレーションという「予測の遊び」を、制約と自由制作という二つの枠で挟むことで、思考系パズルが成立しうるという事実だった。解は一つではなく、目標へ至る道筋は無数にある。この「多解」と「砂場」の同居は、当時としては大胆な賭けであり、そして正しい賭けだった。80万本という数字と、半世紀近い模倣の連なりが、それを証している。
歴史家として最後に書き留めておきたいのは、この作品が辿った系譜の閉じ方の美しさである。多くのレトロ作品は、後続の他者によって解釈され、変奏され、原形をとどめぬまま受け継がれていく。だが本作は、21年の歳月を経て、作った当人たちの手で Steam に戻ってきた。1992年の春に9か月で組まれた小さな機械は、模倣の歴史を経たのち、創案者自身によってもう一度走らされたのである。装置はまだ、動き続けている。
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