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RETRO-REVIEW · 2026-06-02

マリオのピクロス(1995) — お絵かきロジックという、1987年生まれの論理

新聞の片隅に生まれたノノグラムが、ゲームボーイで遊びになるまで

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はじめに

1995年3月14日、ゲームボーイのモノクロ画面に、数字の並んだ格子が表示された。任天堂が発売し、ジュピターとエイプが開発した『マリオのピクロス』である。プレイヤーは行と列の端に書かれた数字だけを手がかりに、塗るべきマスと空けるべきマスを論理で決めていく。塗り終えると、ドット絵が一枚立ち上がる。マリオが解説役を務めるその一本は、任天堂が「ピクロス」という商標で売り出した、新しい看板パズルの第一作だった。

1 1553124442解いている途中のピクロス。端のヒント数字をもとに、確定した塗りマスと、論理上ありえない『×』(空白確定)を書き込みながら、一マスずつ絵を立ち上げていく。

だが、私が今回掘り返したいのは、この1995年のゲームそのものよりも、その器に注がれた「中身」の出自である。ピクロスというルール、すなわち数字の手がかりから絵を復元する論理パズルは、1995年に生まれたものではない。それは8年前、1987年の日本で、しかも二人の人物の手によってほぼ同時に、独立して発明されていた。

本稿では、この『マリオのピクロス』を入口に据えつつ、お絵かきロジック(ノノグラム)というパズルの型が、新聞の片隅から携帯ゲーム機へ、そして現代の Steam へとどう受け継がれてきたかを辿る。これは一本のゲームのレビューであると同時に、一つの論理形式の系譜論である。

その時代の文脈

話は1987年に遡る。グラフィック編集者の石田のん(Non Ishida)は、東京であるコンテストに参加し、高層ビルの窓の灯りを点けたり消したりして格子状の絵を描くというアイデアで優勝した。ここから、格子の特定のマスを塗りつぶすことで絵を浮かび上がらせるパズルの着想を得たという。ほぼ時を同じくして、プロのパズル作家・西尾徹也(Tetsuya Nishio)が、まったく独立に同じ仕組みのパズルを考案し、別の雑誌に発表していた。一つの論理形式が、二人の手で同時に世に出たのである。

1988年、石田は三つの絵入り格子パズルを「ウィンドウアートパズル」の名で日本に発表する。これを見た英国のパズル収集家ジェームズ・ダルゲティ(James Dalgety)が世界での出版を申し出、創案者の名「Non」と「diagram(図表)」を合わせて「nonogram(ノノグラム)」という名を作った。1990年からは英サンデー・テレグラフ紙が週刊で連載を始め、1993年には石田自身による最初のパズル集が日本で刊行される。新聞と雑誌という、当時もっとも安価で広い流通網に、このパズルは静かに根を張った。

そして1995年、任天堂がこの流行に目をつけ、「picture crossword(絵のクロスワード)」を縮めた「ピクロス(Picross)」を自社商標として登録し、『マリオのピクロス』をゲームボーイで世に出す。紙の上で完成していた論理を、限られた解像度と乾電池で動く携帯機へ移植したわけだ。英語版Wikipediaによれば、日本では相応の成功を収めたが、任天堂の大規模な宣伝にもかかわらず米国市場では振るわなかったという。

メカニクス

ノノグラムの核は、数学でいう離散トモグラフィである。各行・各列の端に並ぶ数字は、その線上に「いくつ連続した塗りマスの塊が、どの順で並ぶか」を示している。たとえば「4 8 3」なら、四つ・八つ・三つの塗りマスの塊が、間に最低一つの空白を挟んでその順に並ぶ。プレイヤーは行と列の数字を突き合わせ、論理的に確定できるマスだけを塗っていく。当て推量で一マスでも誤れば、その誤りは盤面全体に伝播し、後から修正するのは難しい。絵は完成の確認にはなるが、解く過程ではむしろ目を惑わせる存在にすぎない。

1 15531244425×5 のノノグラム(完成図)。行と列の端の数字は『連続して塗るマスの塊』の長さと並び順を表す。両者を突き合わせ、塗る/空けるを論理だけで確定させると、絵が立ち上がる。

『マリオのピクロス』は、この紙のパズルにゲームならではの緊張を加えた。制限時間が設けられ、ヒント(行と列を一本ずつ開ける機能)を求めるとペナルティとして時間が削られる。誤って塗れば、これも時間の罰を受け、ミスを重ねるほど罰は重くなる。一方、隠しモードの「ワリオのピクロス」では、ヒントもミスの表示も時間制限もすべて取り払われる。間違えても教えてもらえない代わりに、全マスを正確に塗り終えたときだけクリアと認められる。罰を見せる任天堂の設計と、罰すら見せないワリオの設計。同じルールに対する二つの態度が、一本のソフトに同居していた。

この緊張設計が成り立つのは、ノノグラムが見かけ以上に深い問題だからだ。1996年に上田・長尾が示したように、ノノグラムの求解は一般にNP完全である。つまり、すべての盤面を多項式時間で解く一般的な手続きは(P=NPでない限り)存在しない。だからこそ難易度を素直に格子の大きさで刻める。5×5の小さな絵から始め、行・列の数が増えるほど、人間が同時に保持すべき制約の量が跳ね上がっていく。

現代への系譜

『マリオのピクロス』が示したのは、紙のパズルがゲーム機の上で「採点され、時間に追われ、隠しモードを持つ」体験へと再構成できるという事実だった。任天堂はこの型を手放さなかった。2007年にはジュピター開発の『ピクロスDS』がニンテンドーDSで国際展開され、以降『ピクロスe』シリーズ(3DS、2013〜)、『ピクロスS』シリーズ(Switch)、立体版の『立体ピクロス』(2009/2010)、その続編(2015)へと枝を伸ばしていく。1995年に商標化された一語が、四半世紀にわたって任天堂の常設パズル枠であり続けた。

そして同じ論理形式は、任天堂の外でも生き続けている。重要なのは、これが「ある作品が別の作品を生んだ」という影響関係の話ではなく、ノノグラムという『パズルの型そのもの』が公共財のように受け継がれてきた、という点だ。2017年に登場したPC向けの『Pictopix』は、Rock, Paper, Shotgun 誌に「PCにおけるピクロスの正統な後継」と評され、プレイヤーが自作問題を共有できる仕組みを備えていた。現在 Steam を覗けば、ノノグラム/お絵かきロジックを冠した作品が絶えず供給されている。1987年に新聞の片隅で確立された論理が、デジタル配信の時代にもそのまま遊びとして通用しているのだ。

歴史的に見れば、ピクロスの系譜が教えるのは、優れたパズルの型は流通媒体を選ばないという事実である。窓の灯りという物理から始まり、新聞という紙、ゲームボーイというハード、そして Steam というプラットフォームへ。器は変わっても、行と列の数字から絵を復元するという核は1987年から一度も変わっていない。これは、当サイトで既に扱った1982年の『倉庫番』が「押す」という一つの動詞を半世紀運び続けたのと、よく似た強靭さである。

参考文献

本記事で参照した情報源:

Wikipedia (English): Nonogram(1987年の石田のん・西尾徹也による独立発明、ダルゲティによる命名、サンデー・テレグラフ連載、NP完全性、ピクロス系譜の経緯)

Wikipedia (English): Mario's Picross(1995年3月14日ゲームボーイ発売、ジュピター/エイプ開発・任天堂発売、日本での成功と米国での不振)

Wikipedia (English): Picross(「picture crossword」由来の任天堂商標、シリーズ展開)

James Dalgety, "Origins of Cross Reference Grid & Picture Grid Puzzles" (Puzzle Museum)(命名者本人による一次的経緯の記述)

MobyGames: Mario's Picross(開発・発売元、プラットフォーム、発売日の確認)

Rock, Paper, Shotgun: "Wot I Think: Fantastic picross puzzler Pictopix" (2017)(2017年Pictopixを「PCにおけるピクロスの後継」と評した二次情報)

・Nobuhisa Ueda & Tadaaki Nagao, "NP-completeness Results for NONOGRAM via Parsimonious Reductions" (Tokyo Institute of Technology, TR96-0008, 1996)(ノノグラム求解のNP完全性)

おわりに

『マリオのピクロス』が歴史的に示したものは、発明と普及が別の出来事だということだ。論理パズルとしてのノノグラムは1987年に二人の手で完成していた。それを「採点され、急かされ、ドット絵という報酬を持つ」遊びの形に翻訳し、家庭用ゲーム機の常設メニューに格上げしたのが1995年の任天堂だった。発明者は紙の上で型を作り、普及者は媒体を与えた。どちらが欠けても、今日 Steam で当たり前に並ぶこのジャンルはなかった。

私が系譜を遡って繰り返し確かめるのは、この「型の頑強さ」である。行と列の数字から絵を取り戻すという一つの操作は、窓の灯りからゲームボーイ、そして配信プラットフォームへと媒体を渡り歩きながら、39年間その芯を変えていない。媒体が消えてもルールは残る——ピクロスの歴史は、そのことを静かに証明している。

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