HISTORY · 2026-08-25
Book of Lenses(2008)— ゲームを覗くための、100枚のレンズ
ジェシー・シェルが教室から持ち出した、パズル設計者のための道具箱
はじめに
今日、私が机に広げるのは一本のゲームではない。2008年に出版された一冊の本だ。書名は『The Art of Game Design: A Book of Lenses』。著者はカーネギーメロン大学の教授、ジェシー・シェルである。パズルの遺跡ばかり掘ってきた私が、なぜゲームではなく本を扱うのか。理由は単純だ。この本自体が、パズル設計者のための道具だからである。
本は攻略法を教えない。代わりに「レンズ」と呼ぶ100個の問いを手渡し、自分の作っているゲームを覗かせる。盤面を作る前に手に取るべき、虫眼鏡のような一冊だと言っていい。以来18年、世界中の大学のゲームデザイン講義で教科書として使われ続けている。
一冊の本と、それを覗く100の視点(イメージ・AI生成)
その時代の文脈
著者シェルは1970年生まれ。1995年からの7年間、ウォルト・ディズニー・イマジニアリングに勤め、DisneyQuestやオンラインゲーム『Toontown Online』の制作に関わった。そこでカーネギーメロン大学教授ランディ・パウシュと出会う。招かれて2002年、同大学エンターテインメント・テクノロジー・センター(ETC)の教員となり、同じ年に自ら開発会社シェル・ゲームズも設立した。
本の中身は、彼が実際にETCで教えていたゲームデザイン講義そのものだった。シェル本人が後年こう語っている。「教室でうまくいっていたことを、そのまま書き留めただけだ」。2008年9月12日、出版社Elsevierから約500ページで刊行された一冊は、大学の一講義から世に出たのである。
教室からそのまま持ち出された一冊(イメージ・AI生成)
メカニクス
本の骨格は、100個の「レンズ」だ。それぞれが一つの問いになっている。例えば『これは一体何が一番奇妙なのか』(Lens of the Weirdest Thing)というように、自分のゲームを別角度から覗かせる。シェルはゲームを「問題解決という活動に、遊び心を持って取り組むこと」(37ページ)と定義し、力学・物語・美術・技術という四本柱(Elemental Tetrad)で設計を整理した。
レンズは紙のカードにもなった。シェル・ゲームズが発売した『A Deck of Lenses』は、100枚の問いをシャッフルして机に配れる形にした道具である。ゲーム開発者ダニエル・クックは2009年2月18日、Gamasutra(現Game Developer)への書評で「100のレンズは、時の試練に耐えてきた問いの集合だ」と評した。分厚い本を棚に置くより、カードを配って回すほうが設計の現場では役に立つ、という指摘だった。
一つの盤面を、複数の問いで覗く(イメージ・AI生成)
現代への系譜
本は版を重ねた。2008年の初版(520ページ)、2014年の第2版(600ページ)、そして2019年の第3版(778ページ)。版が厚くなるたび、VRやAR、基本無料モデルなど、その時々のゲーム業界の変化が書き加えられていった。シェルは今もETCで教壇に立ち続けている。
この本を評したダニエル・クックその人が、興味深い系譜を作っている。彼は2010年、開発会社Spry Foxを共同設立し、2014年8月5日、ローグライク・パズル『Road Not Taken』をSteamで発売した(アプリID 293740)。レンズという道具を「使える」と評した設計者が、いま現在もパズルゲームを作り続けている。理論と実作は、思いのほか地続きの場所にある。
一冊の本から、いまのパズルゲームへ(イメージ・AI生成)
参考文献
本記事で参照した情報源:
・Wikipedia: Road Not Taken (video game)
・Goodreads: The Art of Game Design — editions
・Elsevier: The Art of Game Design, 1st Edition
・Routledge: The Art of Game Design, Third Edition
・Carnegie Mellon ETC: How Jesse Schell Trains the Next Generation of Game Designers
・Game Developer (Gamasutra): Book Review — The Art of Game Design (Daniel Cook, 2009)
・Schell Games: The Art of Game Design (official product page)
おわりに
歴史的に見て、この本が示したのは「パズルを解く」知識ではなく、「パズルを作る」ときに何を見るか、という視点そのものだ。2008年、一つの教室から出た100の問いは、いまも世界中の設計机の上で、静かにシャッフルされ続けている。
問いは閉じた本の外で、静かに使われ続ける(イメージ・AI生成)
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