RETRO-REVIEW · 2026-06-23

Adventures of Lolo(1989)— エメラルドの框、解の単一性

HAL研の一画面論理パズルが示した、消えない正解という思想

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はじめに

これは1989年、HAL研究所が NES(北米では同年4月)に送り出した『Adventures of Lolo』の話である。だが系譜をたどる者として正確を期すなら、この作の本当の起点は1985年、MSX 用『Eggerland Mystery』にある。Lolo はそこから数えてシリーズ第5作にあたり、北米初上陸という事情のため、欧米では「最初のロロ」として記憶された。私はこの時間のねじれごと、この作品を扱いたい。

本作が示したものを一語で言えば、「解の単一性」である。盤面はあらかじめ配置が決まっており、運の要素はない。プレイヤーが見いだすべきは、ただ一つの正しい手順だ。アクションの皮をかぶりながら、その中身は純然たる論理パズルである——この二重性こそ、私が今あらためてロロを掘り返す理由である。

『Adventures of Lolo』(1989) のキービジュアル・イメージ(イラスト)『Adventures of Lolo』(1989) のキービジュアル・イメージ(イメージ・オリジナルイラスト)

その時代の文脈

1985年という年を思い起こしたい。前年に語った1982年の倉庫番が、箱を押すという一個の動詞でパズルの新領域を拓いていた頃である。HAL研究所はその発想——「押す」を中核に据えた論理迷路——を受け継ぎ、敵とアクション性を加えて『Eggerland Mystery』を MSX に放った。125ステージという物量は、当時の家庭用コンピュータ作品として小さくない。倉庫番の静的な論理に、動く脅威という時間軸を編み込んだのが Eggerland 系の発明であった。

流通の事情も記しておく価値がある。MSX とファミコン/NES では市場も記憶媒体も異なり、Eggerland のステージ群は作品ごとに再編・移植された。NES 版『Adventures of Lolo』が、日本の『Eggerland: 迷宮の復活』『Eggerland: 創造への旅立ち』から精選した50室の編成だったのは、その典型である。一つの設計資産を、流通の器に合わせて組み替える——これは当時の開発文化を映す事実だ。

作り手にも触れておく。HAL研究所は後にカービィを生む工房であり、1983年に入社した岩田聡が1993年から2000年まで社長を務めた会社である。IGN はロロを岩田の成功例の一つに数え、「鈴や笛の多寡ではなく、楽しさと魅力と簡潔さ」を体現した作だと評している。簡潔さを資産とする思想は、この一画面パズルに既に宿っていた。

1985年 MSX から 1989年 NES へ——時代背景のイメージ(イラスト)1985年 MSX から 1989年 NES へ——時代背景のイメージ(イメージ・オリジナルイラスト)

メカニクス

盤は11×11のタイルで切られ、視点は真上からの一画面である。各室の課題は明快だ。散らばったハート枠(Heart Framer)をすべて集めると宝箱が開き、これが盤上の敵を一掃して出口——扉、あるいは次の室へ降りる階段——を開く。集める順序と経路、その間の身の処し方、そのすべてがこの一点に向けて配置されている。盤面は一画面で完結し、室がページをめくるように連なってゆく構造だ。

中核の動詞はやはり「押す」である。プレイヤーはエメラルド枠(Emerald Framer)を一マスずつ押せる。ただし制約が厳しい。隣り合う二つを同時には押せず、引くこともできない。この一方向・単数という制約こそが、配置を解きほぐす論理の硬度を決めている。押せる手が限られているからこそ、盤面はぶれることなく一意の解へと締まってゆく。倉庫番の血を、ここに私は明瞭に見る。

もう一つの軸が敵の存在だ。メデューサやスネーキーといった敵は、ハート枠を集めた後に使えるマジックショットで卵に変えられ、その卵は押せる障害物となる。つまり敵すら盤上の駒なのである。脅威を資源へ反転させるこの操作は、静的な押しパズルに動的な読み合いを持ち込み、1982年の倉庫番にはなかった層を一段重ねた。動く要素を最小限だけ混ぜる——この配合の妙が Eggerland 系の核心である。

ハート枠を集め、エメラルド枠を一マスずつ押す——遊びの構造の図解(イラスト)ハート枠を集め、エメラルド枠を一マスずつ押す——遊びの構造の図解(イメージ・オリジナルイラスト)

現代への系譜

ロロが歴史的に確立したのは、「一画面・決定論・押し動詞・敵を駒に」という四点の合金である。倉庫番が押しの論理を、レミングスが群れの時間を担ったとすれば、Eggerland 系はその中間——決定論的な盤に、動く要素を最小限だけ混ぜる配合——を示した。一画面に世界を閉じ、運を排し、少ない語彙で深く問う。私はこれを、現代の一画面論理パズルが立つ土台の一つだと見る。

今日、Baba Is You や Patrick's Parabox といった作が、一画面に収まる決定論的論理という同じ系譜の上で高く評価されている。私はここで「ロロがあったから生まれた」と短絡するつもりはない。作者本人の証言なしに因果を断ずるのは、歴史を扱う者の慎むべきことだからだ。ただ、構造の血筋として同じ家系に属することは、盤面を並べて見れば自ずと分かる。年代は違えど、問いの形が同じなのである。

むしろ私が強調したいのは、設計の倹約という思想の継承である。ロロは押す制約をあえて狭く保ち、その狭さからこそ解の一意性を引き出した。少ない語彙で深い問いを立てる——この倹約は、HAL研が簡潔さを資産と呼んだ態度であり、後年の優れた一画面パズルが世代を越えて繰り返し再発見してきた原理でもある。1989年の一室は、その原理の早い実証例として今も読むに値する。

1982年の倉庫番から現代の一画面論理パズルへ——構造上の系譜(イラスト)1982年の倉庫番から現代の一画面論理パズルへ——構造上の系譜(イメージ・オリジナルイラスト)

参考文献

本記事で参照した情報源:

Wikipedia: Adventures of Lolo

Wikipedia: Eggerland

Wikipedia: Adventures of Lolo 3

MobyGames: Adventures of Lolo (1989)

Generation MSX: Eggerland Mystery (1985)

StrategyWiki: Adventures of Lolo gameplay

Eggerland Wiki: Eggerland Mystery

Internet Archive: Adventures of Lolo (NES)

おわりに

1985年に芽吹き、1989年に NES で結実した一画面の論理迷路。ロロが歴史に残したのは、派手な技術でも巨大な物量でもない。押せる框という最小の語彙と、消えない一つの正解という思想だ。配置はあらかじめ定まり、運に揺らがない。だからこそ、その盤面は四十年近い時を経た今も、解かれるのを静かに待ち続けている。

歴史を遡る者として最後に記しておく。優れたパズルは古びない。配置が決定論である限り、1989年の一室は今日の一室と寸分違わぬ硬度で解き手を試す。技術は陳腐化しても、論理は陳腐化しないのだ。私はそこに、この媒体が持つ最も静かで、最も確かな美徳を見るのである。

解かれた一室の情景イメージ(イラスト)解かれた一室の情景イメージ(イメージ・オリジナルイラスト)

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