HISTORY · 2026-09-06

エッガーランド(1985) — 卵にした敵を押す、一室完結パズルの原型

後に任天堂の社長となる岩田聡が、プロデューサーとして磨いた二年間

はじめに — 卵になった敵

今日、私が方眼紙の上に広げるのは、いまのSteamのどこにも並んでいない一本のソフトだ。『エッガーランド ミステリー』。1985年、HAL研究所がMSX向けに出した、地味な見た目のパズルゲームである。

遊び方は単純だ。主人公ロロが魔法弾を敵に当てると、敵はしばらくの間、動かない卵になる。卵は押して動かせる。部屋じゅうのハートを集めれば宝箱が開き、敵は消えて次の部屋へ進める。使う動詞は「撃つ」「押す」「集める」の三つだけだ。

この骨格は、私がすでに書いたとおり1989年の『ロロの大冒険』としてアメリカへ渡り、任天堂の看板パズルの一つになった。だが今日はゲームの中身だけでなく、その製作の椅子に座っていた人物を掘り返したい。プロデューサーの名は岩田聡。のちに任天堂の第四代社長となる人物である。

1985年から1988年、彼がまだ一介のプログラマー・プロデューサーだった時代の四年間を追うと、一室完結のパズルという発明が、どうやって磨かれ、海を渡ったのかが見えてくる。

エッガーランドの卵の主題のイメージ(AI生成)卵に変わった敵のイメージ(イメージ・AI生成)

その時代の文脈 — MSXの一本と、ファミコンディスクの二年間

1985年の日本には、家庭用ゲームの土俵が二つあった。任天堂のファミリーコンピュータと、家電各社が競って出したMSXという家庭用パソコン規格である。HAL研究所はこの前年までに、ファミコン向けの『ピンボール』(1984年)、『ゴルフ』(1984年)、『バルーンファイト』(1985年1月22日)をプログラマーとして手がけていた。いずれも自社の名は表に出ない、任天堂の下請け仕事である。

『エッガーランド ミステリー』は、そんなHAL研究所が自らの名で世に出した数少ない作品の一つだった。11×11マスの部屋を舞台に、卵にした敵を押して宝箱を開けるという発明は、この一本から始まっている。

転機は二年後だ。1987年1月29日、ファミコンディスクシステム向けに『エッガーランド』が発売される。ディスクシステムは、書き換え可能な安価なフロッピーでソフトを供給する任天堂の周辺機器で、当時まだ勢いがあった。この作品のプロデューサーとして名を連ねたのが岩田聡である。

翌1988年、シリーズは二本に増える。8月9日のファミコン用カートリッジ『エッガーランド 迷宮の復活』では、岩田はプロデューサーに加えツールクリエイターとしても名を連ねた(T.MUKAI氏との共同)。10月18日のディスク版『エッガーランド 創造への旅立ち』でも、プロデューサーは変わらず岩田だった。この二本こそが、翌年アメリカへ渡る素材になる。

1985年から1988年へ積み上がる開発時代のイメージ(AI生成)MSXからファミコンディスクへ(イメージ・AI生成)

メカニクス — 押せるのは、一度に一つの卵だけ

各部屋は一枚の盤として完結している。壁と敵とハートと宝箱があらかじめ配置され、ロロはその中を歩いて解を探す。倒すのではなく、魔法弾で「一時的に無力化する」というのが最初の発明だ。

卵は押して動かせるが、一度に押せるのは一つだけ。行く手をふさぐ壁ではなく、置き場所を選べる荷物として卵は扱われる。この「押して動かす」という文法自体は、1982年に出た倉庫番と同じ倉庫番系ブロック押しの一族に連なる。

ただしエッガーランドの卵には、倉庫番の木箱にはない性質がある。数秒たつと卵は孵化し、また元の敵に戻ってしまう。放っておけば脅威が復活する以上、解答には「いつ・どの順で押すか」という時間の設計が加わる。物を押すだけでなく、生き物を一時的に眠らせて運ぶという一手だ。

ハートを全部集めれば宝箱が開き、部屋の敵はまとめて消えて道が開く。当てずっぽうの反射神経ではなく、あらかじめ用意された一つの正解手順を探す——これは当時のファミコンの棚にはまだ珍しい、行動パズルの形をした論理パズルだった。

卵を押す盤面構造のイメージ(AI生成)一度に一つだけ押せる卵(イメージ・AI生成)

現代への系譜 — 41年後もスイッチで遊べる部屋

1989年4月20日、アメリカ任天堂は『Adventures of Lolo』としてNES向けにこのシリーズを発売した。前年の『迷宮の復活』と『創造への旅立ち』のパズルを編集し直した、シリーズ初の北米上陸である。

続編は現地でも『Adventures of Lolo 2』(1990年)、『Adventures of Lolo 3』(1991年)と続いた。一方、日本ではゲームボーイ向けに『ロロの大冒険』(1994年3月25日、イマジニア)が出ており、ここでも岩田はエグゼクティブプロデューサーとして名を連ねている。HAL研究所の看板が『星のカービィ』(1992年)へ移った後も、彼はこのシリーズに関わり続けていたことになる。

デジタルでの余生も長い。『Adventures of Lolo』はWiiバーチャルコンソール(2007年8月6日)、Wii Uのeショップ(2014年)、3DSのeショップ(2015年)と繰り返し再発売され、現在もNintendo Switch Onlineの加入特典として遊べる。1985年にMSXの一本として書かれた文法が、2026年のいまも現役の配信ラインナップに載っている計算だ。

岩田は1993年、経営難だったHAL研究所自身の社長となり、2002年には任天堂の社長に就いた。「名刺を渡すと社長ですが、頭の中はプログラマーで、心の中はゲーマーです」という本人の言葉はよく知られている。エッガーランドの一室一解という設計思想——遊び手を試すのは反射神経ではなく、用意された一つの筋道を見つける力だという考え方——は、彼がのちに任天堂の舵を取るときに大切にした「誰にでもすぐ分かるルール」という姿勢と、同じ根から出ていると私には見える。

この『押して、時間を稼いで、解く』という一族は、本サイトがすでに辿った倉庫番の系譜に、卵という寿命つきの一手を足した支流である。押す・詰めるという文法が今なお現役のパズルジャンルであり続けている理由の一端は、1985年のこの一本が示している。

旧世代機から携帯機へ続く系譜のイメージ(AI生成)旧いカートリッジから現代の携帯機へ(イメージ・AI生成)

参考文献

本記事で参照した情報源:

Wikipedia: Eggerland (series)

Wikipedia: Eggerland Mystery

Wikipedia: Adventures of Lolo

Wikipedia: 岩田聡

Minus World: The HAL Laboratory games you've probably never played

Nintendo Life: Adventures of Lolo (NES)

おわりに — 名前の出ない椅子

1985年のHAL研究所は、任天堂の下請けとして名の出ない仕事を重ねる会社と、自分の名を掲げる会社の、ちょうど境目にいた。エッガーランドはその境目に置かれた一歩である。

遊び方だけを追えば見落としてしまうのが、その一歩を後ろで支えていた製作者の椅子だ。のちにHAL研究所を、そして任天堂を率いることになる人物が、まだ一人のプロデューサーとして、卵になった敵を押す部屋を一つずつ磨いていた。会社の歴史というのは、誰も名前を知らないうちに小さな仕事を積み重ねる時間からできている。

2026年9月のいま、1985年にMSXの一枚のカセットに刻まれた文法は、スイッチの定額サービスの中で、いまも一タップの先にある。ほとんどの機種がとうに姿を消した中で、これほど長く生き延びた盤面はそう多くない。

卵は、しばらく眠っているだけで、いずれ元の姿に戻る。だが押されて動いた場所の記憶だけは、盤面に残り続ける。エッガーランドが遺したのは、そういう種類の痕跡だと私は思う。

棚に置かれた卵の静かな情景のイメージ(AI生成)棚の上で眠る卵(イメージ・AI生成)

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