HISTORY · 2026-09-08
Pigs in Clover(1889) — 傾けるだけの木箱が、上院を巻き込んだ三か月
発明者はサム・ロイドではない。チャールズ・クランドールという名を、137年後に置き直す
はじめに — 木箱が止めた三か月
1889年、アメリカ全土が一つの木箱に取り憑かれた年である。透明なガラス板の下、渦を巻いた迷路の奥に、四匹の小さなガラス玉——「豚」——を、盤を両手で傾けるだけで追い込む。それだけの遊びに、酒場でも汽車でも議事堂でも、大人たちが指を止めた。
発明者の名はチャールズ・マーティン・クランドール(1833-1905)。特許出願は1889年2月、正式に特許を取得したのは同年9月10日である。名前は「Pigs in Clover(クローバーの中の豚たち)」といった。
発売から三週間、工場は一日8,000個を作っても注文に20日遅れたと当時の地元紙は報じている。四月末までに累計100万個を超えたと、当時の実業家モーゼス・ライマンが証言した。
携帯電話もアプリストアもない時代に、手のひらに収まる大きさの熱狂が全国を席巻した。この記事では、この一つの木箱がどうやって議会まで巻き込み、137年後の今もなお姿を変えて生き続けているのかを辿りたい。
傾けるだけの盤に閉じ込められた四匹の「豚」のイメージ(イメージ・AI生成)
その時代の文脈 — 上院を巻き込んだ豚追い競争
クランドールはこの発明の前から、木製の建築ブロックや知育玩具で名を上げていた職人だった。1866年からペンシルベニアで積み木を製造し、クロッケーセットなども手がけている。パズルという新市場に、彼はベテランの目で乗り込んだ。
1889年3月、上院議員ウィリアム・エヴァーツとジョージ・ヴェストがこの玩具を本会議場に持ち込み、他の議員4人を巻き込んで「豚追い競争」を始めた、と当時の記録は伝える。同月17日、ニューヨーク・ワールド紙は、ベンジャミン・ハリソン大統領を茶化し、豚の囲いをホワイトハウスに見立てた風刺画を掲載した。キャプションはこうだ。「ハリソン氏はこの空腹な豚たちを、全部囲いに入れられるだろうか」。
特許が下りるまでの空白を突いて、模倣品が溢れた。「Pigs in Sty」など別名の粗悪な複製が出回り、二年後の1891年1月、パズル作家サム・ロイドが地方紙のインタビューで「自分が発明した」と語る事態まで起きた。しかし当時の複数の新聞記事と、クランドール自身が署名した宣誓供述書が、発明者が誰であるかをはっきり示している。
流通を担ったのはSelchow & Righter社。すごろく系ボードゲーム「パーチージ」で名を上げた老舗で、この会社はのちに1952年からScrabbleのライセンスを扱い、1972年には商標そのものを買い取ることになる。一つの木箱の熱狂は、後の盤上ゲーム帝国が育つ土壌の一部にもなった。
議事堂まで巻き込んだ熱狂のイメージ(イメージ・AI生成)
メカニクス — 一手が他を壊す
遊び方は単純明快だ。渦巻き状の溝が刻まれた円盤の中心に、四つのガラス玉を転がし入れる。透明な板で蓋をした盤を両手で傾け、重力だけを頼りに、四匹全部を中央の囲いまで導く。
難しいのは「一つ動かせば、他が逃げる」という構造にある。一匹を囲いに近づけようと盤を傾けると、別の一匹が外周へ転がり出てしまう。プレイヤーは常に複数の目標を同時に管理しなければならない。
この「一手が他の状態を崩す」という緊張関係は、のちのパズル設計でも繰り返し語られる基本問題だ。私はここに、倉庫番(1982)の「箱を壁際に押すと詰む」という不可逆操作の恐怖と、遠い親戚のような構造を見ている。どちらも、プレイヤーの一手が盤面全体の可能性を静かに減らしていく。
素材は木とガラスと厚紙という、当時の玩具としてはごく普通のものだった。壊れやすく、現存する個体は少ない。だから今日、実物の写真より、当時の新聞記事や特許文書のほうが多くこの玩具を語り継いでいる。
一つを動かせば、もう一つが逃げる構造のイメージ(イメージ・AI生成)
現代への系譜 — 傾けるという文法
「傾けて、重力で導く」という設計思想は、姿を変えながら20世紀を生き延びた。イギリスのR. Journet & Company社は1891年から1960年代まで、軍事・時事・流行を題材にした「迷路もの」の玩具を作り続けたという。
1984年、アタリのアーケード筐体『マーブルマッドネス』はこの原理を電子化した。豚をガラス玉に持ち替え、トラックボールで球体そのものを転がす操作へと置き換えたのである。詳しい経緯は当サイトの別記事に譲る。
そして現在、Steamにも同じ「傾けて誘導する」設計を持つ立体パズルは珍しくない。ただし、それらの開発者が本作を直接の元ネタとして語った資料を、私はまだ見つけていない。だから因果関係として断定はしない。ただ、137年前に一つの木箱が定めた「重力で複数の目標を同時に扱う」という文法が、形を変えて今も生きている、とだけ言っておく。
米国のストロング国立プレイ博物館は、この玩具を「最初のモバイルゲーム」と呼んだ。同館とロチェスター工科大学は、この作品を実際にiOSアプリとして復元する「The Original Mobile Games」プロジェクトまで手がけている。ポケットに収まる大きさの熱狂は、130年以上の時を超えて、もう一度画面の中で遊べるようになった。
木箱から画面へ、姿を変えて続く系譜のイメージ(イメージ・AI生成)
参考文献
本記事で参照した情報源:
・The Strong National Museum of Play: The First Mobile Game Goes Viral — Pigs in Clover
・Antique Toy Collectors of America: Crandall's Pigs in Clover
・Wikipedia: Charles Martin Crandall
・Wikipedia: Ball-in-a-maze puzzle
・Game Developer: Meet The Mobile, Casual Puzzle Games Of 100 Years Ago
おわりに — 冷めた夕食
1889年3月、シカゴ・トリビューン紙はこう書いた。「夕食は冷め、令嬢たちは芝居に行く支度もできず、商売は麻痺している」。この一文だけで、私はこの年を記憶する。
年号を書かないと、この記事は終わった気がしない。1889年——ホワイトハウスの主まで、四匹の豚を追いかけていた年である。あなたにも、大人たちが夢中になっていた古い玩具の記憶はあるだろうか。
遊び終えたあとの木箱のイメージ(イメージ・AI生成)
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