BLOG · 2026-08-17
エアー・フォートレス(1987) — シューティングの続きを、要塞の中を歩いて解く
今日は発売日 #30 — 1987年8月17日、ハル研究所発売。前半で撃ち、後半は反動で飛ぶ。倒産の5年前のHAL研が残した5,300円のファミコンソフト
1987年8月17日、5,300円の空中要塞
こんにちは、Tokiです。連載「今日は発売日」第30回。今日掘り出したのは、1987年8月17日にハル研究所がファミコン用に発売した『エアー・フォートレス』です。今日でちょうど39年になります。
発売元はハル研究所、定価5,300円、型番はHAL-AI。ジャンル表記はシューティング——なのですが、この一本を最後まで遊ぶと、実際に画面の中でやっていることの半分はシューティングではありません。そこが面白いところです。
「NES Longplay [819] Air Fortress」(World of Longplays, YouTube)のサムネイルより
ハル研究所の名前は、いまでこそ『星のカービィ』の会社として知られています。ただ1987年の時点では、カービィはまだ影も形もありません(初代『星のカービィ』は1992年)。この年のHAL研は、MSX向けの統合環境「HALNOTE」を作りながら、自社ブランドでファミコンのソフトを出している会社でした。
どんなゲームだったか — 撃つと後ろに下がる
構成は二段になっています。前半は横スクロールのシューティング。小型艇(ライトシップ)で空中要塞の外壁まで飛び、敵をかわしながらエアロックにたどり着く。ここまでは1987年のファミコンでよく見た形です。
問題は後半です。要塞の中に入ると画面が切り替わり、今度は主人公が自分の足と背中のジェットで内部を進みます。上ボタンを押すと浮上し、離すと落ちる。迷路のような通路を抜けて最深部のコアを壊し、爆発する前に脱出する。前半で拾ったエネルギーやアイテムは、そのまま後半に持ち込まれます。撃ちすぎて帰り道の分を使い果たす、という事故が起きる設計です。
そして内部パートの一番の癖が、撃つと反動で後ろへ押されることです。ノーマルショットもボムも、撃つたびに自分が逆方向へ流れる。慣れると、これは移動手段になります。行きたい方向と反対に撃てば速く飛べる——武器が推進器を兼ねているわけです。1987年のファミコンで、この無重力のような手触りをわざわざ入れてきたのは、いま見てもかなり尖った判断だと思います。
ステージは全8面、さらに裏の8面が用意されていました。ディレクター兼プログラマーはHiroaki Suga、音楽は金指英樹(日本版のクレジット表記は「Jumper Kanagushi」)。最終要塞のパスワードが「SUGA」になっているのは、当時のスタッフの署名のようなものでしょう。
当時どう受け止められたか
当時の評は、日本より北米・欧州のほうがまとまって残っています。北米版は1987年に385本というごく小規模なテスト販売を経て、1989年9月にHAL Americaから改めて発売されました。二年の時差があるので、以下は「1989年の受け止め方」として読んでください。
Nintendo Power誌は、映像と音、操作性、手応え、面白さのいずれにも高い評価を与えています。一方でVideoGames & Computer Entertainment誌のAndy Eddyは、アーケード的な要素とアドベンチャー的な要素を混ぜた発想の独創性を認めつつ、音楽が繰り返しに感じられること、色数が乏しいことを指摘しました。
Computer Entertainer誌は画面を褒めたうえで、最初の要塞を越えたあたりから難度が急に上がること、そしてシューティングパートよりも要塞内部の探索のほうが面白いと書いています。二段構成のうち、後半のほうが評価されたわけです。ドイツのPlay Time誌でOliver Menneは、スクロールが滑らかでちらつきが出ない点を挙げ、HALのグラフィックと音楽の仕事ぶりを評価しました。
つまり当時から、この一本は「発想は面白いが手放しの傑作ではない」という位置に置かれていた。称賛と留保が同じ記事の中に同居している——そういう評され方をした作品です。
39年後の今日から見ると
映像で見ると、二段構成の切り替わりがよく分かります。外を飛んでいたはずの画面が、エアロックをくぐった瞬間に「歩いて探す」画面に変わる。ここが1987年当時のこの作品の売りでした。
資料を並べていて少し手が止まったのは、発売から5年後の日付のほうです。このソフトを出したハル研究所は、1991年4月に山梨の開発センターを完成させたものの、その借入金の金利がのしかかり、1992年6月22日に和議を申請しました。負債総額はおよそ50億円。翌1993年3月、任天堂の支援を受けて岩田聡が代表取締役社長に就任し、再建が始まります。
『エアー・フォートレス』は、その坂を下りきる前の——まだ自社ブランドでファミコンに好き勝手な二段構成のソフトを出していた頃のHAL研の一枚です。撃つと後ろに下がる主人公を作った1987年と、負債を返しながらカービィを育てた1990年代は、同じ会社の地層として続いている。そう思って眺めると、5,300円のシューティングの見え方が少し変わります。
おわりに
1987年8月17日。この年号を書かないと、私はどうも記事が終わった気がしません。ファミコン本体の発売が1983年ですから、そこから4年目の夏に出た一本です。
シューティングとして買ったのに、気がつくと要塞の中を歩いて出口を探していた——そういう「途中で別のゲームになる」体験は、いまのゲームでもときどきあります。あなたが最初に驚いたのは、どの作品の、どの場面でしたか。
それでは、また明日の発売日で。
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