RETRO-REVIEW · 2026-07-21
Hitman GO(2014) — 暗殺者を盤上の駒に変えた年
Square Enix Montrealが頓挫したAAA計画から生んだ、Unity製ターン制ボードパズルの方法論
はじめに
2014年4月17日、iOSに一本のパズルゲームが配信された。タイトルは『Hitman GO』。おなじみの暗殺者エージェント47を主役に据えながら、画面の中身はスニーキングアクションではなく、ノードと線で構成された盤の上を進む、ターン制のボードゲームだった。開発したのはSquare Enix Montreal——2011年に設立されたばかりで、この作品がスタジオにとって初めての完成作となった。
私がここで掘り返したいのは、単なる一本のスピンオフの物語ではない。大作ブランドを盤上の駒へと組み替える——この発想が、同スタジオの『Lara Croft GO』(2015)、さらに『Deus Ex GO』(2016)へと続くシリーズの方法論そのものを作った過程である。加えてこの一族は、のちにSteamにも渡っている。2016年、『Hitman GO: Definitive Edition』としてだ。モバイルで生まれた盤上の駒が、何を経てSteamの棚に並んだのか、その道筋を辿りたい。
盤上に立つ一つの駒のイメージ(イメージ・AI生成)
その時代の文脈
Square Enix Montrealは2011年、既存のヨーロッパ拠点スタジオの人員によって設立された。当初の使命はコンソール向けの新作『Hitman』を大作として開発することで、チームは150人規模への拡大を目指していた。だが1年を経てもチームは拡大の途上にあり、このコンソール企画は中止され、スタジオはモバイルゲームへと軸を移すことになる。この転換で、スタッフのおよそ3分の1が離職した。
モバイルへの転換は、単なる規模縮小ではなく、開発の作法そのものを変える出来事だった。2013年半ば、デザイナーのDaniel Lutz——インディーモバイル開発の経験を Nonverbal の名で積んでいた人物——が提案した、ターン制の『Hitman』ボードゲーム案がグリーンライトされる。開発初期のプロトタイプは、紙に印刷したキャラクターの駒を並べて検討する、という素朴な手法で作られた。
チームは最終的に11人規模で開発を進め、エンジンにはUnityを選んだ。参入障壁の低さと、複数のモバイルプラットフォームへの対応力が理由だったという。2014年2月に発表され、4月にiOS版、6月にAndroid版が配信された。この規模と制約が、のちに述べる『蒸留』の設計哲学が育つ土壌になった。
大きな装置が小さな仕組みへ組み直されるイメージ(イメージ・AI生成)
メカニクス
『Hitman GO』の盤は、ノード(位置)と線(移動経路)で構成される。プレイヤーは線に沿ってスワイプし、1手ごとにエージェント47を隣接ノードへ動かす。プレイヤーが1手を終えると、盤上の敵は一斉に1手動く——チェスに似ているが、双方が同時に動くという点で異なる駆け引きである。
美術面の発想源は、建築模型やジオラマ、そして意外なことに当時話題になっていたSNS『Rich Kids of Instagram』だったという。Lutz本人によれば、間隔の空いた豪邸や巨大なヨットの写真に漂う『空虚さ』を、盤の余白の演出に落とし込んだ。キャラクターは可動関節を持たない固定ポーズの駒として作られ、チェスの駒に近い佇まいを持つ。色分けされたマテリアルを使い回すことで、描画コストを抑えつつ多彩な敵の見た目を実現している。
設計上、プレイヤーが待ち伏せできる機能も試作されたが、『盤上のどの敵も殺せてしまい、パズルとして機能しなくなる』という理由で削られた。原作『Hitman』の代名詞である『待つ』という行為が、パズルとしての解を一意に保つために切り捨てられている——単純な移植ではなく、再設計であることを示す小さな決断だ。
ノードと線の盤面で交互に手を進める駒のイメージ(イメージ・AI生成)
現代への系譜
『Hitman GO』の成功は、2015年8月27日発売の『Lara Croft GO』へと引き継がれる。技術ディレクターAntoine Routonは、この方法論を『大きなエンジンを分解し、ワークベンチの上に部品を並べ、そこから組める最も無駄のないエンジンを作り直す作業』と表現した。彼はこれを『Goゲームを作るというパズル』と呼んでいる——ブランドを煮詰めて最小構成へ還元する設計哲学が、ここで明確な言葉を得た。
このシリーズ化は翌2016年、『Deus Ex』を題材にした『Deus Ex GO』でさらに続く。『GOシリーズ』という型が、この時点で確立したと言っていい——大作ブランドをターン制のミニマルな盤上パズルへ翻案する様式そのものが、継承の単位になったのである。
そしてこの一族は、モバイルの外側にも渡った。『Hitman GO』は2016年2月、『Definitive Edition』としてSteam・PS4・PS Vitaに上陸し、『Lara Croft GO』も同年12月にSteam版を得ている。当サイトで先に取り上げた『Auditorium』(2008)がブラウザからSteamへ4年の回り道を経たのと同じ構図が、ここでも繰り返されている——当時『本流ではない』とされたプラットフォームで確立した設計が、後から主要な棚に合流する道筋だ。
批評面でも、系譜への言及がある。USgamerのJaz Rignallは『Lara Croft GO』のレビューで、この作品が『Monument Valley』(2014)から影響を受けたように見えると評した。両者はともに、俯瞰的な幾何学の盤を舞台にした同時代のモバイルパズルである。これは開発者本人の証言ではなく批評家の指摘に留まる点は明記しておくべきだが、2014〜2015年のモバイルパズルが、示し合わせずに似た解へ収束していたことを示す一例ではある。
複数の盤が連なり、遠くの棚へ続いていくイメージ(イメージ・AI生成)
参考文献
本記事で参照した情報源:
・USgamer (Jaz Rignall)「Lara Croft Go iOS Review: Pretty, Brilliant Puzzling」2015-08-27
おわりに
『Hitman GO』が歴史的に示したのは、一つの発明というより、一つの方法の確立だったと私は考える。AAAブランドの中止という後ろ向きな出来事から、逆に『分解して最小構成へ組み直す』という前向きな設計思想が生まれた。これは偶然の産物ではなく、Lutz、そしてRoutonという二人の開発者が、明確な言葉で語り継いだ意識的な方法論である。
この方法論は、ブランドを盤上のパズルへ蒸留するという一点において、後続の多くのモバイルパズル、そして巡り巡ってSteamの棚に並ぶ作品群にも、間接的な影を落としている。厳密な師弟関係を証明する一次資料はまだ見当たらないが、少なくとも『GOシリーズ』という一つの型が、2014年から2016年のわずか数年で確立し、モバイルからSteamへと合流した事実は揺るがない。
誰もいない盤に一つだけ残る駒のイメージ(イメージ・AI生成)
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