RETRO-REVIEW · 2026-07-03

Cursor*10(2008)— 十人の私が塔を登る、セルフ協力の原点

正月休みに生まれたFlashの実験作が、「過去の自分と協力する」というパズル文法を世界に広めた

はじめに

これは2008年1月の作品である。日本のNekogames、石井義雄氏が自サイトで公開したFlashゲーム『Cursor*10』。読みは「カーソル・タイムズ・テン」。画面にあるのは白地に線画の塔だけで、主人公もいなければ物語もない。プレイヤーが操るのはマウスカーソルそのものであり、与えられた生は10回。各カーソルには寿命があり、時間が尽きれば次のカーソルが1階から登り直す。目指すは16階、塔の頂上である。

ただし、前の生は消えない。新しいカーソルで登り始めると、これまでの自分の操作がすべてそのまま再生される。過去の私がボタンを押さえ、いまの私がその隙に階段を駆け上がる。公開直後の2008年1月4日、Rock Paper ShotgunのJohn Walker氏はこれを「考えうる最良の協力プレイ」と評した。ひとり用の協力ゲーム——この逆説こそが、本作が歴史に残した発明である。

カーソルたちが塔を登るキービジュアルのイメージ(AI生成)十本のカーソルが一つの塔を登る——『Cursor*10』の構図(イメージ・AI生成)

その時代の文脈

2008年はFlash文化の最盛期にあたる。ブラウザさえあれば誰でも遊べ、個人作家が思いつきを数日で形にして翌日には世界へ届けられた。NewgroundsやKongregateが投稿の場となり、Jay is Gamesのようなレビューサイトが毎日のように新作を掘り出していた。Steamのような統一された流通はまだパズルの主戦場ではなく、実験作の揺りかごはブラウザの中にあったのである。

『Cursor*10』はまさにこの生態系の産物だ。Hardcore Gaming 101の記事によれば、本作は中村勇吾氏のFlash作品「Finger Tracks」に着想を得て、日本の正月休み一回分の期間で作られたという。塔を登り切ると現れる隠しメッセージは「happy new year 2008」——制作時期を作品自身が証言している。石井氏は後に『Hoshi Saga』シリーズでも知られる、この時代を代表するFlash作家の一人である。

本作は口コミで瞬く間に広まり、後に書籍『1001 Video Games You Must Play Before You Die』(2010)にも収録された。同書は「完成品というより概念実証に近い」と記しつつ選出している。数日で作られた無料のブラウザ小品が、商業大作と同じ棚に並ぶ——それがこの時代の流通の姿だった。

2008年のブラウザゲーム文化の時代背景のイメージ(AI生成)ブラウザの窓から世界へ届いた2008年のFlash文化(イメージ・AI生成)

メカニクス

ルールは簡潔である。カーソルで階段をクリックすれば階を移動し、ピラミッドをクリックすれば得点、寿命ゲージが尽きれば次のカーソルに交代する。仕掛けはこの寿命と再生の間に張られている。たとえば「押している間だけ階段が現れるボタン」。いま操作しているカーソルでボタンを押さえ続ければ、その生は階段を登れずに終わる。だが次の生では、過去の自分がボタンを押さえた状態が再生されるため、悠々と先へ進めるのだ。

つまり本作の資源は時間そのものであり、プレイヤーは一本のカーソルの寿命を「未来の自分への投資」として使う。9階には制限時間内に99回クリックせねば消えない箱があり、一つの生では到底間に合わない。複数の生で叩き続けて初めて壊れる。15階では複数のボタンを同時に押さえる必要があり、しかも6階に隠されたボタンがその一つに数えられている。塔全体がひとつの分業計画になるのである。

この設計は行動計画のパズルでありながら、実行には反射も要る。Jay is Gamesのレビューが「パズルとアーケードの境界線上」と評した通りだ。最高得点188点、残りカーソル5本でのクリアといったやり込みが公開直後のコメント欄で競われたことも記録されている。二色の線画、マウスクリックのみ、それでこの深さ——引き算の設計の見本である。

寿命と再生が絡み合う遊びの構造のイメージ(AI生成)一本の犠牲が次の一本の通路になる——分業の構造図(イメージ・AI生成)

現代への系譜

「記録された過去の自分と協力する」という文法は、2008年前後に各所で芽吹いていた。Braid(2008)の影の世界、The Company of Myself(2009)、The Misadventures of P.B. Winterbottom(2010)。この中で『Cursor*10』は最も裸の形——キャラクターも物語も剥ぎ取った純粋な構造として、この文法を提示した一本である。Boluk & LeMieuxの研究書『Metagaming』(2017)は、本作をセルフ協力(self co-op)様式の普及に寄与した作品として位置づけている。

直接の影響を本人の言葉で確かめられる例もある。Frank Force氏は自作『A Stitch in Time』(2010)のポストモーテムで、着想元として『Cursor*10』に言及している。また本作自身も続編『Cursor*10 2nd Session』を生み、2009年にはSilicon Studio開発・フロム・ソフトウェア発売のPSP用ソフト『己の信ずる道を征け』として大幅に拡張された移植が出ている。無料のFlash小品が家庭用機に逆輸入される——流通の川を遡るこの経路自体が、当時としては珍しい記録である。

現代のSteamに目を移せば、The Talos Principle(2014)の録画装置、Induction(2017)、Timelie(2020)など、「過去の自分」を盤面の駒として扱うパズルは一つの定番になった。これらすべてが本作の直系だと言うつもりはない。ただ、10本のカーソルが一つの塔を登ったあの正月に、この文法が最も純粋な形で世界に示されたことは、歴史の一節として書き留めておくに値する。

過去から現代へ連なるセルフ協力の系譜のイメージ(AI生成)2008年のカーソルから現代の時間パズルへ連なる系譜(イメージ・AI生成)

参考文献

本記事で参照した情報源:

Wikipedia: Cursor*10

Rock Paper Shotgun: Cursor * 10(John Walker、2008年1月4日)

Jay is Games: Cursor*10 レビュー(2008年1月3日)

Hardcore Gaming 101: Onore no Shinzuru Michi wo Yuke(PSP版の解説)

Frank Force: A Stitch In Time – Postmortem(2010年、Cursor*10への言及)

Internet Archive: Cursor*10(Flash本体の保存)

Nekogames 公式サイト

おわりに

歴史的に『Cursor*10』が示したものは、主人公も物語も要らぬ、ということである。カーソルという最小の存在と、寿命と再生という時間の仕掛けだけで、パズルはまったく新しい文法を獲得できる。そしてそれは、正月休み一回分の制作期間と、ブラウザという即時の流通があって初めて世界の共有財産になった。Flashのプラグインはもう動かぬが、本作はInternet Archiveに保存され、いまも遊べる。塔の頂で待つ「happy new year 2008」の一文は、18年を経てなお、あの時代の身軽さを静かに証言している。

塔の頂に一本のカーソルが残る静かな情景のイメージ(AI生成)登り切った塔の頂、静かな結び(イメージ・AI生成)

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