DESIGNER-STUDY · 2026-06-30

Sam Barlow の哲学 — 容れ物を捨て、観客の脳で物語を上演する

『Her Story』『Telling Lies』『IMMORTALITY』と、検索される物語

はじめに

Sam Barlow は、実写映像(FMV)と「検索」を物語の中心に据える英国出身のゲームデザイナーである。2015年の『Her Story』——警察の取調べ映像をキーワード検索でたぐり寄せ、一人の女性の供述から事件を組み立てる作品——で広く知られるようになった。当サイトでも続く『Telling Lies』『IMMORTALITY』はレビュー済みで、日本語圏でも名前を聞く機会は増えている。

彼は2023年の GDC 講演で、自らの方法論を「容れ物を捨てろ(Throw away the container)」という一言に煮詰めてみせた(Game Developer, 2023)。本稿では作品紹介ではなく、複数のインタビューと講演を横断して、Barlow という設計者そのものを読む。引用はすべて本人が公に語った原典に当たり、私 Kizuki の解釈は最後の一節に限って明示する。

経歴 — 文字アドベンチャーから、サイレントヒル、そして独立へ

Barlow は少年期、Amstrad CPC 上で BASIC やアセンブラをいじり、友人を主役にした「下品な」テキストアドベンチャーを作っていたと語る。その経験が「プレイヤーと、いくらか敵対的な関係(a somewhat adversarial relationship with the player)」の味を彼に教えたという(Road to the IGF, 2016)。大学では当時再燃していたインタラクティブ・フィクション(Inform / TADS)に触れ、現実世界を舞台にした非線形の物語ゲーム『Aisle』(1999)を世に出した。

ゲームを職業にしたのは偶然に近い。英国中の会社に応募して採ってくれた Climax で『Serious Sam』に関わり、やがて『Silent Hill』シリーズのライターとなる。代表作はモーション主体の物語ホラー『Silent Hill: Shattered Memories』(2009)だ(Uses This, 2016)。彼は自分のキャリアを「リードデザイナー、ライター、ゲームディレクターとして約15年」と整理している(同)。

2014年、彼は独立を決める。「あの種のゲームを作るときの高揚感が欲しかった。従来のパブリッシャーがそれを許してくれそうになかった」——そうして生まれたのが『Her Story』だった(Road to the IGF, 2016)。以後、自身のスタジオ Half Mermaid のもとで『Telling Lies』(2019)、『IMMORTALITY』(2022)を発表。『Her Story』は IndieCade、Golden Joysticks、The Game Awards などで受賞している(Uses This, 2016)。

哲学 — 容れ物を捨て、想像力を駆動させる

複数の発言を横断して最も一貫しているのは、「20世紀のメディアの容れ物(container)を捨てろ」という主張だ。映画やテレビは、CM の区切りやフィルム缶の輸送といった制約のもとで形を与えられてきた。ゲームはその容れ物を捨てられる——「ゲームが持つ本当の機会は、これらの容れ物を放り出すことだ」と彼は言う(Game Developer, 2023)。配信ですら容れ物を微調整しているにすぎない、という見立てである。

容れ物を捨てた先で頼るのが、プレイヤーの想像力だ。GDC 2016 の講演は「プレイヤーの脳こそ世界最強のゲームエンジンである」という主旨で組まれていた(GDC 2016)。だからこそ彼は、どの順番で断片に出会っても満足が成立するよう、物語に複数の文脈と層を仕込む。「どんな順序で発見しても、常にそれを見る複数の見方がある」ようにするのだ(Road to the IGF, 2016)。

彼はプロジェクトを通すとき、テーマ・感情・メタファーの三点で「正気度チェック」を行うとも語る。「この三つが揃っていれば、これは良いゲームになる、という理屈だ」(Game Developer, 2023)。『Her Story』のテーマは「アイデンティティ」、『IMMORTALITY』のテーマは「人間はなぜ物語るのか」だったという(同)。哲学が抽象論で終わらず、企画の合否基準にまで落ちているのが特徴である。

こだわり — 生身の演技、検索される構造、毎回ひとつの形式を解体する

繰り返し現れるこだわりの第一は、生身の俳優の演技だ。「AAA の現場で演者と仕事をするのが大好きだった……百万ドルのモーションキャプチャ予算はなかった。だがここには、演技を取り込むだけでなく、その周りに体験を作れるアイデアがあった」(Road to the IGF, 2016)。FMV は彼にとって懐古趣味ではなく、限られた予算で「演技」を中心に据えるための合理的な選択だった。

第二は、検索・探索によって組み上がる非線形構造である。『Her Story』の核は「警察の取調べを題材にしようと考えていたら、ある時、潜在意識が答えを吐き出した——映像 + データベース検索だ」という瞬間に生まれた(Road to the IGF, 2016)。そして彼は毎回ひとつの形式を解体する。『Her Story』は探偵もの、『Telling Lies』は「反・映画(anti-movie)」、『IMMORTALITY』は映画とその制作過程そのものの解体だと本人が整理している(Game Developer, 2023)。

第三は、探索の「動詞」を物語そのものへ適用すること、そして大胆な引き算だ。「人間として、シミュレーションのルールを揺さぶるのは面白い……だが私は『Her Story』で、シミュレーションのないゲームを作るという課題を自らに課した——状態変化もなく、構造の追跡もない」(Game Developer, 2023)。ここで私の癖が出る。サイレントヒルのライターだった頃の彼はシミュレーションを物語の「小道具」として頼っていたと振り返る。同じ作家が、独立後はその小道具を意図的に取り上げた——重心が静かに移ったと読める。

失敗と乗り越え方 — 三年を費やした中止プロジェクト

本人が最も率直に語る失敗は、中止になった『Legacy of Kain』系プロジェクトだ。GDC 2023 で彼は、それを「三年を費やし、私のキャリアで最も困難で、最大の失敗だった」と振り返っている(Game Developer, 2023)。家族や生活を犠牲にしてまで、なぜそこまで押し通そうとしたのか——その問いが彼に残った。

乗り越え方が彼らしい。彼はその痛みを次の作品の燃料に変えた。『IMMORTALITY』の感情の核は「完璧な物語を作ることの不可能さと格闘すること」であり、物語ることが人間の抗いがたい衝動なら、それを描く最も興味深い方法は「失敗の一例」を通すことだ、という発想に至ったと語る(同)。中止プロジェクトの後悔が、作品のテーマに昇華されている。

もうひとつ、より初期の失敗——というより誘惑——がある。『Her Story』の構想時、彼は「インディー版サイレントヒル: シャッタード メモリーズを作りたい衝動と戦い続けた。それは妥協に思えた」と明かす(Road to the IGF, 2016)。彼の乗り越え方は「リスクに見合うだけのアイデアが出るまで考え続けた」ことだった。さらに完成後はスクリプトの相互接続度を計算機で数え上げ、設計を数値で検証している(同)。

デザイン上のジレンマ — 統制を手放すこと、敵対と信頼、商業性と作家性

彼が抱えた最大のジレンマは「統制を手放すこと」だ。検索順を自由にすれば、プレイヤーが満足に至る保証は失われる。彼の答えは設計でリスクを潰すことだった。「物語に一定の層と、複数の文脈・視点を仕込まねばならないと分かっていた」——加えて「単純なレベルで、スクリプトがよく均衡するよう数値を計算した。映像クリップ同士がどれだけ結びついているか、どの語が何度使われ、どのクリップが最も見つけやすいかを計算機に出させた」(Road to the IGF, 2016)。自由放任ではなく、計算された自由である。

第二に、プレイヤーとの関係をめぐる葛藤がある。少年期の彼は「いくらか敵対的な関係」を好み、必ずしも『楽しく』ない手順にプレイヤーを共犯として引き込むことに味を覚えた(Road to the IGF, 2016)。一方で検索型の作品では、プレイヤーを信頼して手綱を渡さねばならない。敵対と信頼——この二つの引力の間で、彼の設計は揺れている、と読める。

第三は、商業性と作家性の両立だ。彼は実験的な企画を、意外なほど即物的に正当化する。『IMMORTALITY』の最初の企画書には、編集機ムビオラと並んでピカチュウの絵があった。「結局のところ我々はポケモンスナップを作っているのだと自覚していた……人はポケモンスナップが好きだ。だからこれは成立する」(Game Developer, 2023)。前衛を、馴染みの遊びへ翻訳して安全を確認する身ぶりである。

影響源 — 本人が認めたもの

本人が明確に挙げる源のひとつは、インタラクティブ・フィクションの伝統だ。大学時代に Inform や TADS の同人シーンに触れ、自作『Aisle』を「現実世界を舞台にした非線形の物語ゲーム」として送り出した。Barlow 自身がこの作品に「(後の『Her Story』との連続性に)注目せよ」と添えている(Road to the IGF, 2016)。

もうひとつは、AAA 時代のサイレントヒルでの仕事と、生身の演技への愛着である。演者と作る物語が「ストーリーテリングの鍵」だと感じ、それを捨てたくなかったことが FMV 採用の動機になったと語る(Road to the IGF, 2016)。映画というメディアそのものへの偏愛は、『IMMORTALITY』で編集機ムビオラのメタファーに結晶した(Game Developer, 2023)。

意外な影響源も本人が認めている。『IMMORTALITY』の発想を支えたのは『ポケモンスナップ』だった——フィルムを前後に転がし、じっくり見つめる遊びの快さである(Game Developer, 2023)。なお『Her Story』の講演ではヘミングウェイの「氷山理論」に言及したとも報じられているが、ここでは原典の文意に踏み込みすぎないでおく。

Kizuki の読み — 「インタラクティブ」を信用しない物語作家

ここからは私 Kizuki の解釈である。私は Barlow を、「インタラクティブ・ナラティブ」の語のうち〈インタラクティブ〉の側を半ば信用していない物語作家として読む。彼が捨てたのは容れ物だけではない。分岐も、状態変化も、構造の追跡も捨てた。残したのは、断片を並べ替えるプレイヤーの脳という唯一のエンジンだ。彼の作品で起きる劇的な体験は画面の中ではなく、観客の頭の中で組み上がる。だから彼は「シミュレーションのないゲーム」を平然と作れる——シミュレートすべき世界は、最初からプレイヤーの側にあるからだ。

そう読むと、敵対と信頼のジレンマも、商業性と作家性のジレンマも一本につながる。少年期に友人を共犯に仕立てた「敵対的な関係」と、検索順をプレイヤーに委ねる「信頼」は、どちらも〈観客の脳を働かせる〉ための別の手口にすぎない。ポケモンスナップという免罪符すら、前衛を観客の既知へ翻訳する装置だ。Barlow の一貫性は題材ではなく、「観客の想像力こそ上演の場である」という確信にある——と私は整理する。

おわりに — どこから触れるか

Barlow を理解する入口としては、まず『Her Story』が最も純度が高い。検索という単一の動詞だけで物語を解体する、彼の方法論の原型がここにある。そこから『IMMORTALITY』へ進むと、同じ思想が映画というメディアの解体にまで拡張される様子が見える。当サイトの『IMMORTALITY』レビュー『Telling Lies』レビューも併せて読むと、本稿で見た哲学が具体的な手触りと結びつくはずだ。

関連する作り手としては、推理と観察を一つの動詞に絞り込む設計という点で、当サイトで考察したLucas Pope(『Return of the Obra Dinn』)と並べて読むと面白い。物語と謎を「プレイヤーの頭の中で組み上げさせる」設計者たちとして、両者は遠くない場所に立っている。

参考文献

本稿で引用・参照した一次資料:

・『Road to the IGF: Sam Barlow's Her Story』Game Developer(旧 Gamasutra), 2016年2月17日(Alex Wawro によるインタビュー) — gamedeveloper.com

・『Sam Barlow breaks down the "pillars of interactivity" behind Immortality』Game Developer, 2023年3月23日(GDC 2023 講演レポート, Chris Kerr) — gamedeveloper.com

・『Uses This / Sam Barlow』2016年2月11日(本人インタビュー) — usesthis.com

・GDC 2016 講演『Making "Her Story" — Telling a Story Using The Player's Imagination』(本人講演) — gdcvault.com

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