REVIEW · 2019-08-23
Telling Lies
検索という一つの動詞で、四人の嘘をほどく
第一印象
私はこの記事を、Steam に積み上がった『Telling Lies』のユーザーレビュー群を読んで書く。盗まれた NSA のデータベースに残された秘密録画を、口にされた単語で検索して引き出し、四人の人生と一つの嘘を断片から組み立てる——2019年8月、Sam Barlow が手がけ Annapurna Interactive が発売した実写(FMV)ミステリだ。前作『Her Story』の後継として発表されている。
数字は、はっきり割れている。Steam の総評は1,230件中62%が好評の『賛否両論(Mixed)』(肯定820・否定482、全購入区分では1,302件、2026-06-30 snapshot)。一方で発売当時の専門メディアは IGN 9、PC Gamer 87、Metacritic 84 と高く評価したのに、Metacritic のユーザースコアは5.9に沈む。プロは絶賛し、プレイヤーは真っ二つ——この温度差そのものが、本作を読み解く最初の手がかりになる。
レビュー群を順に読むと、肯定も否定もほとんど同じ事実を指している。違うのは、その事実をどの軸で測るかだ。だから本稿は賛否を競わせるのではなく、同じ設計のどこが誰に効き、誰に効かないのかを腑分けする。前身の『Her Story』が、ほぼ全てのレビューで補助線として引かれている点も見落とせない。
盗まれたNSAデータベースを検索する実写ミステリ。『Her Story』の後継として発表された(Steam スクリーンショット)
物語の手触り
helpful・高評価側のレビューが繰り返すのは、俳優の芝居と物語の余韻だ。Logan Marshall-Green を中心に、Alexandra Shipp、Kerry Bishé、Angela Sarafyan が演じる四人の二年間が、断片の中から立ち上がってくる。「終わってもしばらく頭から離れない」「Her Story より良い」という声が一定数ある。
否定側が同じ物語に向ける言葉は「冗長」「目的が分からない」だ。あるレビューは「ドラマとは退屈な部分を削った人生だ、というヒッチコックの言葉に Barlow は反対らしい」と皮肉る。なぜこの映像を見ているのか分からないまま時間が過ぎる、という不満が繰り返される。
私の読みでは、両者は物語の質ではなく観察解像度の置き場所を別々に語っている。本作は出来事を提示せず、プレイヤーの頭の中で時系列と感情を再構成させる。その再構成を「自分が編集者になる快楽」と取るか「編集されていない素材を押し付けられる徒労」と取るか——分岐点はそこにある。演繹を物語の駆動に使う作りとしては『Return of the Obra Dinn』が好対照だ。
四人の二年間が断片から立ち上がる(Steam スクリーンショット)
メカニクスの言語化
肯定・否定を問わず、レビューがそろって説明するのが基本ループだ。映像で話された単語を検索キーにして、別の映像を引き出す。動詞はほぼ「検索する」一つしかない。Puzzlebyrinth の語彙でいえば、これは極端な動詞の減算であり、『Her Story』から受け継いだ文法だ。
本作が前身に足した文法を、丁寧なレビューほど指摘する。会話は基本的に片側だけが録画されているので、もう一方の声を別の映像から探し当てて繋ぐ必要がある。「両側を揃える」という一手が加わったことを「Her Story からの確かな前進」と評するレビューは多い。
一方、検索結果は日付順の上位5件しか出ない、という制約も共通して語られる。肯定側はこれを「より固有の単語を能動的に探させる仕掛け」と読み、否定側は「該当が他にもあるのに隠す不親切」と読む。同じ制約が、観察解像度を上げる学習装置にも、理不尽な壁にも見える。
話された単語を検索キーにして次の映像を引き出す(Steam スクリーンショット)
テンポと尺
賛否がもっとも激しくぶつかるのが、尺と間だ。否定側のレビューが繰り返し挙げるのは、片側だけの長回しの独白が延々と続く点、そして約10時間ぶんの映像のすべてが面白いわけではない点だ。「Her Story の短いクリップ群が、長く単調な一方通行に置き換わった」という指摘は何度も出てくる。
もう一つ繰り返されるのが、操作の手触りへの不満だ。7分の映像を巻き戻ししかできない、再生位置を頭出しできない、二つの映像を並べて見られない——「NSA がこんな道具を使っているなら諜報は心配ない」という皮肉まで飛ぶ。発売当初は早送り周りの不具合報告もあった。
これも減算の設計だ。早送りも、目的地表示も、第二画面も、作者は意図的に削っている。その摩擦を「腰を据えて観るための作法」と受け取る人もいれば、「ただの不便」と切り捨てる人もいる。摩擦を快楽に変換できるかどうかが、本作の体験を二分する。短編の密度を称える『Her Story』の設計と比べると、長尺に賭けた本作の負荷の大きさがよく見える。
早送りも頭出しもない再生画面。摩擦は意図的に残されている(Steam スクリーンショット)
設計の射程
プロとプレイヤーの評価が割れた理由も、レビュー群を読むと見えてくる。批評家は俳優の芝居・構成・テーマを単体で高く採点した。対してユーザーは、長時間自分で操作し続ける負荷込みで採点する。あるレビューは「批評家の点を信じず、Steam のレビューが出揃うのを待てばよかった」と率直に書いている。評価する媒体の違いが、そのまま点差に直結している。
だが私は、これを失敗ではなく射程の問題として読みたい。ヒントの薄さも、長回しも、不便な再生も、Barlow が「腰を据えて観察する観客」だけに向けて設計した結果だ。誰に向き、誰に向かないかが極端にはっきりしている。万人向けに丸める選択を、作者は取らなかった。
この作家性は、後の『Immortality』(2022)でさらに先鋭化する。2015年の『Her Story』から続く、検索という一つの動詞で物語を解体し再構成する系譜の、ちょうど中間点に本作は立つ。賛否が割れること自体が、その実験の振れ幅を示している。
誰に向き誰に向かないかが極端にはっきりした設計(Steam スクリーンショット)
参照したレビュー群
本記事は 2026-06-30 時点での Steam ストアページおよび関連サイトのユーザーレビュー群を読んで書いた。レビュー本文の直接引用はせず、典型的な主張を再構成している。
・Steam: Telling Lies(賛否両論 / 1,230件中62%が好評・肯定820/否定482、全1,302件、2026-06-30 snapshot)
・helpful 順および recent のユーザーレビュー、Metacritic のユーザーレビュー(ユーザースコア5.9)を WebFetch で読了
・(専門メディア)Metacritic(84)、IGN(9/10)、PC Gamer(87)の集計を参照
結論
Steam の総評62%は、本作が「壊れている」ことを意味しない。むしろ、設計の射程が狭く深いことの素直な反映だ。腰を据えて素材を観る覚悟がある人には強く刺さり、ゲーム的な目的と快適な操作を求める人にはほぼ刺さらない。
私は設計の観点から7.5点を付ける。Steam の62%より高いのは、本作の摩擦の多くが事故ではなく意図だと読むからだ。ただし、その意図が「不便」としか感じられない人が4割いるという事実も、設計の一部として正面から受け止めるべきだ——優れた減算は、削った分だけ向き不向きを鋭くする。
検索という一つの動詞で物語を解く実験を見届けたいなら、本作は外せない一本だ。ただし入口としては『Her Story』の方が軽い。本作はその次に、覚悟を持って開く扉である。
検索という一つの動詞で物語を解く実験の中間点(Steam スクリーンショット)
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