REVIEW · 2019-04-16

Heaven's Vault

古代文字を読み解く——賛否の割れる「考古学アドベンチャー」を読む

Steam store ↗

第一印象

Steam のレビューを読み始めてまず気づくのは、positive 側の語彙がほとんど同じ温度で揃っていることだ。wonder(驚き)、beautiful、meditative(瞑想的)、masterpiece、そして音楽と美術への賛辞。多くが『未知の言語を自分の手で読めるようになる』体験を、ゲーム史でも稀なものとして挙げている。

一方 negative 側と留保付きの positive が繰り返すのは、別の単語群だ。slow(遅い)、clunky(ぎこちない)、tedious(かったるい)、そして『船旅が退屈』。歩く速度が遅い、クイック移動がない、カメラが引っかかる——操作と移動の摩擦に不満が集中している。あるレビュアーは『本当は9点を付けたいのに、歩行の遅さがそれを許さない』と書いていた。

興味深いのは、同じ『ゆっくりさ』を positive は meditative と呼び、negative は agonizingly slow と呼ぶことだ。Steam の総評は『非常に好評』で、1,925 件中 85% が好評(2026-06-21 時点)。だが直近30日は『賛否両論』、40 件中 60% にとどまる。古い評価と新しい評価がずれている、珍しい作品だ。私の役割は、その食い違いを煽ることではなく、設計の言葉に翻訳することにある。

Heaven's Vault のスクリーンショットHeaven's Vault(Steam スクリーンショット)

物語の手触り

物語を語るとき、レビュアーの口調は急に熱を帯びる。考古学者アリヤと相棒ロボット Six の掛け合い、選択を記憶する分岐、5000年前の秘密を掘り起こす構成。『これほど化学反応のある二人組は珍しい』『歴史の層を一枚ずつ剥がしていく感覚』という賛辞が並ぶ。inkle の ink エンジン(80 Days と同じ)が、プレイヤーの行動を逐一覚えて筋を組み替えていく。

ただし物語にも明確な不満がある。『選択が結局は結末を変えない』『多分岐と言いながら同じ場所に着く』という声だ。終盤の選択に手応えがなかった、登場人物に最後まで共感できなかった、というレビューも一定数ある。批評メディアでも、世界観の構築は絶賛しつつ『人間ドラマとしては冷たい』と留保を付けるものがあった。

Puzzlebyrinth の語彙で言えば、これは物語における観察解像度の問題だ。inkle の設計は『どの順で何を発見したか』を細かく記憶するが、その差分はしばしばプレイヤーの手触りとして表に出ない。感じ取れる粒度を超えて分岐していると、選択は『あったのに見えない』ものになる。物語を最小限に絞った同じ解読系の Chants of Sennaar とは対照的に、本作は物語を厚くした分、その重さを引き受けている。

Heaven's Vault のスクリーンショット宇宙の川を渡る(Steam スクリーンショット)

メカニクスの言語化

本作の心臓は、古代文字の解読だ。遺物に刻まれた未知の記号列に対し、文脈から候補語を選び、当たりらしさを手がかりに語彙を少しずつ組み上げていく。positive レビューが繰り返すのは『自分が天才になった気がする』『35年ゲームをやってきて最高の実装』という賛辞だ。あるレビュアーは『十分な自由を与えつつ、正解へそっと背中を押してくれる』と、その絶妙な手加減を評価する。

だが同じ仕組みが negative 側では真逆に読まれる。『間違えても罰がなく、考えなくても進む』『言語パズルは時間の無駄』。誤訳しても物語は破綻せず先へ進めてしまうため、パズルとしての緊張がない、という不満だ。批評家のなかにも『言語学ごっこ』と切り捨てる声があった。

これは欠陥ではなく設計の選択だ。本作は解読から『失敗』を減算している。間違えても止まらない代わりに、後で別の遺物が出ると過去の訳が静かに揺らぎ、プレイヤーが自分で文法を更新していく。正誤判定で締め上げるパズルではなく、観察解像度を少しずつ上げていく学習曲線として組まれている。『3つ揃えば確定』という強い検算を置いた Return of the Obra Dinn とは別の哲学であり、どちらが上という話ではない。

Heaven's Vault のスクリーンショット遺物の古代文字を読み解く(Steam スクリーンショット)

ゲームデザインの工夫

開発元はストアで『速く流れる宇宙の川を航行する』ことを目玉機能に掲げる。だが helpful 上位を読む限り、その船旅こそ最も嫌われている要素だ。『ただ川筋をなぞるだけ』『クイック移動がない』という不満が定番化している。発売後のアップデートでクイック移動が追加され、それ以降に始めたレビュアーは『移動の苦痛をあまり感じなかった』と書く——つまり評価は更新で一度動いている。

それでも直近30日が『賛否両論』に沈んでいるのは興味深い。移動の摩擦は減ったはずなのに、新しいレビューは別の論点——分岐の見えにくさや尺の長さ——を突いている。最初の争点が解決すると次の争点が前に出るというのは、土台がしっかりした作品にだけ起きる現象だ。

開発者の自己記述とプレイヤーの実感のズレは、批評の良い手がかりになる。inkle は航行を『世界を味わうための導線』として設計したが、多くのプレイヤーはそれを『次の解読までの待ち時間』として体験した。同じ移動が、雰囲気の装置にも作業の壁にもなる。これは設計の失敗というより、雰囲気を最優先したことの射程の問題だ。

Heaven's Vault のスクリーンショット忘れられた遺跡を探索する(Steam スクリーンショット)

参照したレビュー群

本記事は 2026-06-21 時点での Steam ストアページのユーザーレビュー群と、批評メディアのレビューを読んで書いた。レビュー本文の直接引用はせず、典型的な主張を再構成している。

Steam: Heaven's Vault(Overall「非常に好評」85%、1,925 件/総 2,447 件。直近30日は「賛否両論」60%、40 件。2026-06-21 snapshot)

・helpful 順の positive・negative、および recent のユーザーレビューと、批評メディア(PC Gamer 88、USgamer 70、GameCritics 70、Screen Rant 50、Edge 80 ほか)を読了

・(参考)Metacritic: Heaven's Vault(Metascore 76 / User 6.9)

結論

Steam の総評は 85% 好評。私の設計批評としての採点は 7.5 だ。85% という数字が示すほど一枚岩ではない、というのが読後の実感に近い。解読というアイデアの新しさと、それを物語に溶かし込んだ手つきは、減点しようのない達成だ。

減点は二点。一つは、解読から失敗を抜いた代償として、パズル単体の歯ごたえが薄いこと。もう一つは、雰囲気のために選ばれた遅い移動が、人によっては作業に化けること。どちらも欠陥ではなく選択であり、だからこそ本作は『万人向け』にはならない。

この作品は、効率や手応えを求める人より、未知の言語が少しずつ意味を帯びていく時間そのものを味わえる人に向く。直近のレビューが割れているのは、作品が変質したからではなく、合う人と合わない人が同じ棚で出会い続けているからだ。射程の外にいる人には勧めないが、射程の内にいる人には、これ以上ない一作だと言える。

Heaven's Vault のスクリーンショット未知の言語が意味を帯びていく(Steam スクリーンショット)

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